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55、パートナー

「おかえり!」

「おかえりなさい!」

「やった、かえってきた!」


「ただいま」


「ただいま……です……」


 凄惨な破壊跡が目立つ孤児院だけど、こうして暖かく迎えてくれると帰ってきたという感じがするね。

 一人暮らしが長いと、こういう対応はいつになっても新鮮で、自然と笑顔がこぼれてしまう。


 もうすっかり日が落ちているので、今から食べるのは晩御飯だ。

 なにかとトラブルの多い孤児院では、不規則な食事時間は慣れっこらしい。


 メニューは残念ながら、お粥のみだ。

 災害後らしくはあるけど、やっぱり寂しい。

 俺のせい(?)で大量に保管してあるお米は調理効率が一番いいそうで、建物関係のもろもろで忙しいルーシアさんが作業の合間を縫って作ってくれたようだ。

 うーん、地球の知識を輸入してなにか保存食を作ってみるのも面白そうかも。


「すみません。お米を勝手に使ってしまった上にこんなものしか作れなくて……」


「気にしないでください。今はいろいろとバタバタしていて余裕もないですから」


「……ありがとうございます」


 食事ながらに会話して、少しでも暗い空気を払拭しようとしていると、ふとエマちゃんの様子が気になった。


「あの、エマちゃんそれは?」


「えっ? 普通にマヨネーズお粥だけど?」


「え?」


「え?」


 …………んー。確かに、『普通』の範囲は個人によって分かれるというのは分かる。

 だから、エマちゃんの『普通』と俺の『普通』が今回はちょうど重ならなかった、というのも理解できるただ、器からマヨネーズがはみ出すくらいかけているのは『普通』どうこう以前に『常識』から外れているような、というかもうそれは『マヨネーズお粥』というよりマヨネーズ主体の『お粥マヨネーズ』なんじゃないかと思ってしまうわけであって、いやその前にお粥とマヨネーズという前代未聞の組み合わせは未知数すぎて不安どころか恐怖を感じるレベルだよね。ちょっとその感覚は流石に俺でもわからないっていうかそろそろ自分でも何言ってるか分からなくなってきたので、つまり結論としては……。


「美味しいのそれ? っていうかそんなにかけたら太るよ?」


 かなり本気で心配している俺に対し、エマちゃんは不適に笑って告げる。


「トーヤは知らなかった? 体重はね、運動すれば減るのよ!」


 バァーン、と効果音の付きそうな指を突きつけるポーズで自信満々に言い放つ。


 ………んん?

 俺は首を傾げた。


「それに、見た目ほどかけてないわよ。お湯でかさが増してて器いっぱいに入ってるように見えるけど、ほら。かかってるのは表面だけなの。それにこれ、意外に意外とおいしいのよ! 意外と! みんなもやってるし、問題は全くないわね!」


「むむむ」


 確かに。

 底の方からどんどん分離していってるから分かるけど、本当にこれ表面に薄くかかってるだけだ。(尚、お米の層が見えないくらい全体にかけてるのは触れないこととする)

 周りを見渡すと、みんなも同じようなことをしているし、というかみんなエマちゃんの倍くらい余裕でかけてるし、意外に……意外に、いいかもしれない。意外に。


 エマちゃんの有無を言わせない言葉の連打に納得しかけた俺を、ルーシアさんが遮った。


「言いくるめられないでください。エマも、みんなも、そんなことしちゃ駄目よ。トーヤ様だって、マヨネーズは食べ過ぎると体に悪いって言ってたじゃない。そもそもマヨネーズだって限りがあるんだから、毎日のように使っていてはすぐになくなってしまうわ」


「ぐぬぬ」

「「えー」」

「なんじゃ、つまらんのう」


 うん、正論だ。


 今のやり取りでエマちゃんは頼れるお姉さんという俺の中のイメージが見事に崩壊してしまった。

 いや、もともと崩れかかっていたんだけど。

 あと、ユズリハさんもやっていたことに驚きを隠せない。


「くっ、この調子でマヨネーズを全世界に侵食させてやろうと思っていたのに……!」


「その前に人類が太って動けなくなってしまうわ。馬鹿なこと言ってないで、責任もって食べなさい」


「はぁーい。……本当においしいのに」


「なにか言った?」


「い、いえ! 何も言ってないであります!」


「「わははははは!!」」


 また二、三日ご飯は抜きになりそうだなあ。と思いながら、俺はこのとても暖かい空気を楽しんでいた。

 こんな展開を予想してエマちゃんがわざと『お粥マヨネーズ』を実践した可能性が無きにしも非ずと推測してみる。

 まあ、大方本当に食べたかったからなんだろうけど。


 それでも、子供達の笑顔は紛れもなく心の底からくるものだと分かるし、それは見ていてとても気持ちいい。

 辛いことがあった直後だというのに、みんなは強く、明るく、たくましい。

 そのことの素晴らしさを噛み締めながら、俺も思いっきり笑う。


 そんな中、咳き込む声が聞こえてきて、そちらに目を向ける。

 咳をしていたのは、アリスだった。


 笑おうとして、喉の怪我のせいでそれができずに咳き込んでしまったみたいだ。

 本人は喋れるだけでも幸せだと思っているようだけど、やっぱり見ている方としては完全に治してあげたい。


 だから、アリス。

 もうすぐ、本当にもうすぐだよ。

 約束を、果たすから。





 まさかお粥とマヨネーズの組み合わせを美味しいと感じるとは。

 いや、普通に考えて地雷だと絶対に分かっているのにあえてそれを作りにいくエマちゃんの度胸と、偶然驚愕のコンボを見つけだしてしまった運の強さには敬意を払いたいね。


 それはさておき、今俺はアリスと二人で孤児院の一室で向かい合って座っている。

 今頃子供達は下の大部屋で雑魚寝をしているハズだ。

 普段は俺とアリスもそこに混じって眠っている。


 何故こんな状況になっているかというと、特別な理由があるというわけではなく、単純に俺が今夜はアリスと二人にさせて欲しいとユズリハさんに頼んだから。

 それでこの部屋が宛がわれたんだけど、そのやり取りを聞いていたルーシアさんやエマちゃん、ついでにアリスも顔を真っ赤にしてひどく動揺していたのが気になった。


 薄暗い部屋の中、何が起きるのかとそわそわしているアリスと、部屋に入ったときから微笑を崩さない俺。

 実際には一分も経ってはいない。けれど一瞬とも一時間とも感じられるような緊張感が充満したこの空間でお互いの顔を見つめ合う。

 やがて口を開いたのは、それが自然な流れであるかのように俺だった。


「思い返してみると、アリスと出会ったのは一週間と少し前なんだよね。いろいろと起こり過ぎたせいか、もっと長く一緒にいたような気がするよ」


「……は、はい……そう……ですね………」


「でも、そういえばアリスは俺のことをよく知らないんだよね」


「……は……はい………」


「うん、パートナーである以上、それはあまりよくない。だからこの機会に俺のことをもっとちゃんと知っておいて欲しいと思ったんだ」


 一泊置いてから、さらに微笑を深めて未だ困惑顔のアリスを正面から覗き込む。


「今日……いや、今、このときは君にとって大きな転換点となる。それだけの意味があると、俺は思っているよ。そして同時に、俺も全てをさらけ出そうじゃないか。お祝い、とは少し違うけどね。これから冒険していくことになるだろう相棒への、これは挨拶だよ」


「……あい……さつ………?」


 俺は立ち上がり、アリスの前で膝をつく。

 すると彼女は体を強張らせ、ごくりと唾をのむ。


「正直言って、俺という存在はかなり特殊なんだ。だから、ただ知るだけでも相当の面倒がついて回る。それこそ国が動くような、ね。俺と一緒にいると、もしかしたら命さえ狙われるかもしれないってことだよ。

 ……アリスには、その覚悟があるかな?」


「……………」


 一切の詳細な情報を与えずにこんな質問をするのは、はっきり言って卑怯だろう。

 けれど、この方法こそが、アリスの内心をはっきり見ることができる方法だと思った。


 アリスは、拳に力を入れて考える。

 俺の意図を推し量ろうとしているのか、自分の本心を確かめているのか。

 どちらにせよ、充分に悩んで欲しい。


「………ご主人さまは……どうして………わたしを、買ったんですか………?」


 長い葛藤の末、返ってきたのは質問。

 一見すると答えるのを躊躇っているようにも見える……けど、正解だ。


「死んだ妹に似ていたから。ただこれだけだよ」


「……わたしを……捨てる気は、ありますか………?」


「ないね。少なくとも今までそんなことを考えたことは一度もない。ただ……解放云々の話となると別かな。それはまだ、今は話せない」


「………! そう、ですか……」


 間髪入れずに断言していく俺を見て、アリスにも俺の意志は伝わっただろうか。

 彼女が目を閉じてしまったせいで、そこは読み取ることができない。


「じゃあ……ずっと、わたしのそばに……いてくれますか………?」


 ようやく開いた目。その瞳の中には、様々な感情が渦巻いているのが分かる。

 期待、不安、希望、諦念、恐怖、猜疑ーー。

 その感情のどれもが、俺の答えを待っていた。


 それはおそらく、奴隷になったときの経験、もしくは火事で家族を失ったときのことを想起したが故の感情なのだと予測する。

 『ずっとそばにいる』。言葉にするのは簡単だけど、実行するのはとても難しい。

 だからこそ、アリスはの覚悟を確かめているんだろう。

 もう二度と失いたくない。だからせめて、言葉だけでもその覚悟を聞いておきたい。

 俺にはその気持ちが充分過ぎる程に分かった。

 似た境遇を辿り、失うことを恐れる感情が人一倍強い俺は、アリスの瞳に強く共感できてしまった。


 アリスの意図を察すると、静かに口の中だけで完結してしまうような嘆息をし、少しだけ俯く。



 そしてーー。



「……ふふっ、ふふふ…………ああ、そうだね。誓おう。俺と君の間に『繋がり』がある限り、絶対に俺は君のそばにいよう。トーヤとアリスの主従は、絶対に誰にも引き裂けない。ああ、それを、今ここで誓うよ」


 俺の決意を確かに聞き、アリスの瞳は喜び一色に染まった。

 そして、今までのどの言葉よりもはっきりとした声で告げる。


「……わかりました……! なら……わたしも、ご主人さまのことを………知りたいです………!」


 お互いに、まだスタートラインに立ったばかり、これからやっと始まる。

 でも、その第一歩は信頼と自信に溢れた一歩。

 物語は、光に満ちながら始まった。


「うん、その言葉、確かに受け取ったよ。……じゃあ、俺の方から明かしていこう。

 改めまして、俺の名前は芦原凍弥。こっちだと、トーヤ・アシハラとなる。ちゃんと名乗れた記念にまず、約束を果たそうじゃないか」


『治癒魔法:必要SP1200』


「リバイブ」


 夜更けのとある孤児院の一室。

 はぐれ勇者と獣人の少女はひとつの約束を果たす。

 怪我の治療という簡易な約束ではあるものの、それは、とても大きな意味を持っていた。


 辺りに優しい光が溢れる中、俺の顔はまだ家族が生きていたころ以来の優しい表情になっていた……自分の顔を気にする余裕はなかったけど、きっとそうなっていただろう。

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