33、トラブル道中
魔物に苦戦する冒険者を助けたと思ったら、盗賊に襲われるし、やっと落ち着けると思ったら悲鳴が……。
今度は何?
イベントもあんまり発生しすぎると飽きるよ?
愚痴をこぼしながら、熊の魔物に襲われていた馬車を助けた。
別に描写とかいらないよね。
空間魔法を使って完封だったし。
熊を倒してからしばらく、馬車の中から人が出てきた。
鼻の下にちょっとしたヒゲを生やした、恰幅のいい男の人だ。
「あ、あなたがフォレストベアを討伐してくださったのですか………!」
森のくまさんだったのか。
「ええ、そうですよ。大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます!! 何とお礼を言っていいやら……!」
その台詞は今日だけで何回か聞いた。
「天丼って知ってますか?」
「? ……いえ、聞き覚えがありませんな」
まあそうでしょうねえ。
「今、お礼になるものが何もないのです。アレを取り返すことができればよいのですが……」
ああうん、それもデジャヴですね。
それにしても、荷物がないと言っている割には、立派な馬車に乗っているようだけど?
少なくとも王国兵士の乗る一般的な馬車よりかは豪華だ。
着ている服もなんだか綺麗だし、そこんところどうなの?
「なにか事情があるのですか?」
勿体振るような言い方だったので、こちらから聞いてみた。
すると男は落ち込んだ様子でぽつぽつと話し始めた。
「はい、実は…………」
話を聞くところによると、こういうことだった。
まず、この人は行商人のマルクさんというらしい。
マルクさんは俺と同じく迷宮都市からトレットへ行くため、街道を進んでいた。
護衛には数人の冒険者を連れていたそうな。
最初は危なげなく、順調に進んでいたらしい。
しかしある時、事件は起こった。
昨晩は、街道で野宿をしていた。
魔物などの警戒のため、当然、冒険者が交代で見張りをしていた。
だが、冒険者の一人が見張りをサボってしまったのだ!
その結果、警戒の薄くなったところを近頃このあたりで頻繁に出現する盗賊につけいられたそうだ。
盗賊は鮮やかな手口で馬車から商品となる荷物を盗み出していき、気づいたときは盗賊が森の中へ逃げ込んでいるところだったんだとか。
あの荷物の中には大切なものがたくさん入っている。
どうしても取り返したいマルクさんは、冒険者の責任を突きつけて一緒に盗賊のアジトへと殴り込むことを命じたそうだ。なんと豪胆な。
冒険者達は渋りながらも負い目を感じたのか了承し、森へと乗り込んで行った。
しかし、またもやハプニングが。
森の中で、凶暴なフォレストベアに遭遇してしまったのだ!
さすがに勝てないと判断した冒険者達は真っ先に逃げた。
そして、今に繋がると。
「はあ……。それはなんとも運のない……」
「ええ、そういうことなので今は恩に報いることが出来ないのです。くっ……、命の恩も返せないなど、商人として一生の恥! いっそ殺してください!!」
「いや、そんな物騒なこと言わないでください……。もういいですよ、しょうがないですから」
「いいえ! そういうわけにはいきません! くぅぅぅ! あの盗賊さえいなければ!」
盗賊ねえ……。本当に厳しい世界………ん? 待てよ、盗賊?
「あの、マルクさん、盗られたものって、どんなものだったんですか?」
「ええと、確かポーションや食品、衣類、あとは身分証が入っていましたね。ああ、身分証がないと町に入れないのですよ。お先真っ暗だああ」
ビンゴ。
俺が盗賊のアジトから奪っ………没収した袋の中に、同じものが入っていた。
絶望するマルクさんの嘆きっぷりに冷や汗をかきながらも、偶然は重なるものだなと感心する。
とりあえず哀れな商人に手をさしのべる。
「あのー、この袋に見覚えはありませんか?」
こっそり空間収納から大きな荷物袋を取りだし、見せる。
すると、マルクさんは呆気に取られた表情でしばらく固まっていたが、俺が立ち去ろうとすると慌てて再起動した。
「ままま待ってくだされ!! もっと、もっと見せてくだされ!!」
袋を手渡しながら、俺はさっきあったことを説明した。
驚いたマルクさんは、続いて滂沱の涙を流しながら俺の腕に縋り付いた。
「あ゛あ゛りがどぅござい゛ばずぅ……。(ズビーー!)このご恩は、一生忘れませぬう!!!」
うわ、ちょ、汚い。
マルクさんちょっと情緒不安定過ぎませんかねえ。
感謝してくれるのはいいんだけど。
「と……とりあえず、離れてください」
俺がそういうと、マルクさんは目頭を押さえて一旦落ち着いた。
まだ興奮しているのか息は荒いようだけど。
やっぱり商人からしてみれば財産の重みが一般人とは違うのだろう。
取り返せないと諦めていたものが戻ってくれば、感激もひとしおだ。
「ふぅ………いやはや、お恥ずかしいところをお見せしましたな。私としたことが、少々取り乱してしまいました。……さて、それでは、商談といきましょうか」
ふくよかな体を正面に構えて言ったマルクさんの目には、揺らぐことのない炎が宿っていた。
これが、商人の目というヤツなのだろう。
さっきとは威圧感が段違いだと、確かにそう思わせるほどの意思を感じた。
「ふふっ、流石といったところですかね。見破られてしまいましたか」
「会話の端々から、あなたが一筋縄ではいかない人間だと気づいていましたよ。伊達に二十年商いを続けていませんからね」
この荷物は、例えもとの持ち主が誰であろうと俺の戦利品だ。
対価もなしに『はいどうぞ』とは行かない。
相手もそんな都合の良い話はないと分かっているだろう。
いや、老練の商人だからこそ、その辺りの理解は俺よりずっと深いだろう。
マルクさんの荷物というカードに対して彼はどんな手札を斬るのだろうか。
両者の間にピリピリとした緊張感が流れる。
なんだろうこの空気。
ちょっと楽しい。
「では、こういう駆け引きは慣れていないので単刀直入に言いますが」
「ええ、なんなりと」
一呼吸おき、勿体振って要求を告げた。
「私を町に入れてくれませんか?」
「……………………???」
俺の表情と言葉が噛み合っていないと思っているようだ。
マルクさんは真剣な顔を維持したまま頭上に疑問符を浮かべている。
いやいや、本気なんですって。
「えっ…と、実は私にも複雑な事情があってですねぇ……。町に、というかカラゼアラ共和国に入るための身分証となるものを持っていないのですよ」
「そ、そういうことでしたか」
「ええ、ですから、マルクさんのお力でなんとかしていただけないかと思いまして」
「確かに、それならば存分にお手伝いできるでしょう。いや、むしろ………。商人である私がこんなことを言うとは思っていなかったのですが、本当にそれだけでいいのですかな? 対価に見合っていないように思えますが……」
お金は入っていないにしても、荷物全部を合わせれば結構な額になるだろう。
だからマルクさんも俺がそれなりのものを要求してくると思ったようだ。
でも、今の俺には欲しいものはあっても必要なものはないんだよね。
荷物を返してあげるのも半分善意のようなものだし。
「それが今は一番必要ですからね。あとは……強いて言えば、情報ですかね。遠くからやってきたものですから、このあたりには疎いのですよ」
「それならば、交渉成立ですな。これでも私は各地を渡り歩いてきた行商人。見識の広さには自信がありますので、いろいろなことをお教えしましょう」
一応王城の書庫で勉強はしてきたけど、生活するうえでの常識などはまだまだだ。
そこらへんを教えてもらえるとありがたい。
自己紹介を済ませ、今後のことを話し合った。
「それで、町に入る方法なのですが……、少々面倒でしてな」
む? なにか問題があるのかな?
普通にマルクさんに同行すれば通してもらえると思ったんだけど。
「ご存知の通り、ここはヘキサール王国とカラゼアラ共和国の国境です。トレットの町は、ヘキサールからの間者などを警戒して入国審査は徹底しておるのですよ」
まあ、それは当然だよね。
「それでも、普段ならばそこまで厳密な審査というものはありません。ですが、ここ最近ヘキサールの動きが怪しくなってきておりましてな。トレットの警戒に特に力を入れておるのです」
あ、分かった。
それって勇者召喚のことだよね。
うわー、王国はやっぱり勇者を戦争に使うつもりなんだろうなー。
思わぬところで予想の確信が持てたよ。
「そういうわけなので、私の身分証だけではトーヤ殿は通してもらえない可能性が高いのです……」
そこで言葉を区切り、マルクさんはなにやら言いづらそうに顔をしかめた。
「でも、入国する方法があるにはあるんですよね? 実行するかどうかは方法を聞いてから判断するので、教えてくれませんか?」
「……わかりました。トーヤ殿、私の商品として入国する気はありませんかな?」
………商品?
その言葉の意味がわからず、俺は訝んだ。
マルクさんもそれを察して、発言の意図を説明してくれた。
「商品といいますか……奴隷ですね。私は手広く商売を行っておりまして、奴隷も扱っておるのです。といっても、奴隷商のように高価な奴隷を何人も扱っているわけではありません。立ち寄った町の奴隷商で売れ残った者を見つけては、他の町で買い手を探しているのです。
………まあ実質、慈善事業ですな。実家での奴隷の扱いを見兼ねて、少しでも幸せにしてやりたいと思うようになったのです。商人としては、あるまじき行為ですが」
小さく笑うマルクさんは、思いやりに満ちた優しい空気を纏っていた。
一方で、俺は奴隷について考えていた。
この世界に来てからというもの、良く耳にしていた単語、奴隷。
本で読んだところによると、基本的には借金を返しきれなかった人や、犯罪を犯してしまった人がなるそうだ。
彼らは虐げられ、鬱憤のはけ口として日常的に暴力を振るわれているのだとか。
かわいそうだとか、同情する気持ちはある。
だけど、それをおこがましいとも思う。
どれだけ同情しても、その人の全てを理解することなんて絶対に出来ない。
価値観や、ものの見方が全く同じ人なんて、世界に一人としていないから。
だから、奴隷の苦しみは俺には分からない。
会ったこともなければ、何も知らない俺からしてみれば、奴隷は『不幸な人達』だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
ただしその『不幸』は、文字通り俺には理解できない領域にある。
そこには複雑な感情が渦巻いている。
そんな人達に対して、行動という確かな形をもって優しく接しているマルクさんは、素直に、とても、そう、とても尊敬できる。
でも、それが入国審査にどう関係するのだろう?
「話がそれてしまいましたが、トーヤ殿が奴隷として私の馬車に乗ってくだされば、問題なく入国できます。奴隷は商品として扱われるので、審査は免除されますからね。……ですが、命の恩人を奴隷扱いするわけには……」
そういうことね。
詳しいことは分からないけど、それなら安全に入国できるのだろう。
「ええ、それでいいですよ。むしろそれだけで入国できるならありがたいくらいです。本当に奴隷になるわけではないのでしょう? ならば、問題ないです」
マルクさんはほっと息をつき、安堵の表情となった。
その後、馬車の中へ走っていき、何か取り出してきた。
黄色い石が嵌め込まれた、黒い首輪だった。
「これは奴隷の首輪……の偽物です。本来であればこれを着けた者は自ら外すことはできず、主人の命令には絶対に逆らえなくなります。無理に外そうとしたり、主人に反抗すると激痛が走るようになっているのです。
もちろん、これは偽物ですので、そのような機能はついていません。ご安心ください」
へえ、そういうタイプの奴隷なんだ。
レプリカを受け取った俺は、一応解析してみた。
『黒い首輪 価値:銀貨二枚
黄色い魔石をあしらった首輪。
特殊効果無し。 』
うん。大丈夫そうだ。
早速装着した。
「ええ!?」
しかしマルクさんは何故か驚いていた。
「? どうかしましたか?」
「い、いいえ。そんな無用心に……よかったのですか? 本物の首輪だったら外すことは出来なかったのですよ?」
しまった。今のは不自然だったかな。
内心の動揺を隠し、なるべく笑顔で取り繕う。
「ふふっ。そこはマルクさんへの信用ということで。それに、目には結構自信があるんです」
「そ、それはどうも、いやしかし、豪胆な方ですなあ。将来大物になる予感がしますぞ」
そんな会話をしながら、荷馬車に乗り込む。
思えばこのときは、あんなに軽い気持ちだったんだなと、後になって思う。
次の一瞬に巻き起こる衝撃を、予想しようともせず、俺は荷馬車の扉を開いた。
荷馬車の中はからっぽだった。
だから、隅でひっそりと体育座りをするその子は、すぐに目についた。
別に目立つ見た目というわけじゃない。
ぼろ切れを纏い、顔は伏せられていた。
俺じゃなければ、存在さえ気付かなかっただろう。
逆に言えば、俺だから、俺だったからこそ、気づけた。
芦原凍弥の根源は、一人の少女に引き付けられるかのように、打ち震えた。
密閉された空間。一筋の光さえ差し込む余地のない荷馬車の中。
陽光という、突然の来訪者によって、少女は意識を覚醒させた。
煩わしいとでも言うかのように、体を丸めたまま僅かに貌を傾ける。
目が合った。
今更になって、自分が呼吸を忘れていることに気がついた。
半ば強引に思考する。
思考しなければならない。強迫観念にも似た感情が、やっとのことで唇を震わせた。
「真弥………」
一目見て、その顔が浮かんだ。
当然だ。
その顔を忘れたことなんてない。
ただの一秒たりともだ。
ああ、ああ、なんで。
なんで居るんだよ。
妹が、こんなところにさあ。




