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31、冒険者に恩を売る

 木漏れ日の中を歩いていく。

 木々の鮮やかな緑、空の爽やかな青。

 色を宿した太陽の光が葉の一枚一枚に乱反射し、景色全体が脈動する。

 どこからともなく聴こえてくる鳥のさえずりも相まって、それはひとつの芸術品のように感じられた。

 雰囲気の良さとしては、満点をつけてあげたいところだ。



 ………この空腹感さえなければね。



 晴れ渡る空を見て分かる通り、迷宮都市を出発してから一夜が開けている。

 こんなことも想定して、空間魔法の空間収納を使って暖かい布と最低限の食料は持ってきた。

 寒い季節なので、布団はあったかそうな分厚いのを持ってきたからそれだけで結構容量を食ってしまった。

 なので、食料は本当におやつ程度にしか食べることができていない。

 だって、空間収納の限界だったんだもん。

 寒さ対策は重要だし、仕方ないね。


 美しい景色に満足する目に反比例して、空っぽの胃は依然として栄養を求めてくる。

 森に入ってからというもの、木の実や果物がないかとずっと探してみたけど、そう都合よくなっているわけもなく……。

 まあ、このまま進んでいればいつかはなにか見つかるだろうと楽観視している部分があったことは否定できない。

 なんにしても、こんなところで餓死なんて絶対嫌だ。


 早足で進んでいると、甲高い金属音が聞こえてきた。

 続けて、何やらくぐもった悲鳴も聞こえる。


 おお、ちょうどいい。

 食べ物を分けてもらえるかは分からないけど、人がいることは間違いなさそうだ。


 すぐさま音の発生源へと走る。

 木々を抜けた先、街道のど真ん中に、どうやら戦闘中らしき集団がいた。


 一人は皮の鎧を身に纏った大男。

 次に、弓を背負った軽装の男。

 三人目は、白い法衣を着て杖を持った女性。

 三人に相対するのは二頭の大きな牙を持った猪。


 うん、冒険者だね。

 迷宮都市で何人も見てきたので服装から職業を判別できた。


 そして、見たところなかなかピンチみたいだ。

 大男は鎧の肩の部分が破れてところどころから血が流れ出ている。

 軽装の男は本来弓で戦うスタイルなのだろうけど、余裕が無いのか慣れない短剣でなんとか応戦しているようだ。

 法衣の女性は肩で息をしながら必死に魔法を唱えているし、猪の暴れ方からしてこの三人には荷が重いのかもしれない。


 せっかく人を見つけたんだから、接触しない手は無い。

 でも、死んでいては意味が無いので、ここは助けた方が良さそう。


 迷宮都市周辺で顔を見られるのはマズイので、空間収納から適当な布切れを出してフードのようにする。

 そのまま飛び出し猪に切りかかろうとしたところで、ふと思い出した。

 ファンタジーのお約束だ。


「そこの方達! 加勢が要りますか!?」


 獲物を横取りされたと後で文句を言われても困るので、一応問い掛けておく。

 冒険者のマナーってやつだ。…と思う。


「ああ! すまないがそっちのを頼む!」


 こっちを向いて表情を一気に明るくさせた大男が一頭の猪を指差して言う。

 そうと決まれば早速突入だ。


 体のバネを使って跳躍し、一息に猪との距離を詰める。

 剣を鞘から抜き放ち、前足を斬りつける。


「ブオオオ!」


 その一撃によって暴れ回る猪は標的を軽装の男からこちらへと変え、大きな牙で貫くように頭を薙ぐ。

 しかしその向かう先には既に俺の姿はなく、牙は空を切るだけだった。


 次の瞬間、猪は背中に激しい痛みを感じて巨体を痙攣させる。

 俺が剣で背中を突き刺したのだ。

 しかし、それでも心臓を貫くには至らず、刃は中ほどでとまっていた。


 思ったよりも硬い。

 筋力に任せてただ押し込むだけじゃ駄目だったみたいだ。


 今俺が使っているこの剣は、仮にも王国兵士も装備しているそれなりのものだ。

 けれど『それなり』以上のものではないということなので、勇者のステータスと武器が釣り合っていないのが現状だ。

 この先も剣での戦闘を伸ばしていくなら、武器の方の性能も求めなければいけない。

 今それを再認識できたのは僥倖だった。


「ブルオオオオオ!!」


 猪はさらに興奮している。

 見境なくこちらへ突進を仕掛けてきた。


 大きな牙、巨体の重量、突進のものすごい勢いが合わさったその威力は計り知れないものとなっている。

 周囲の木を薙ぎ倒して迫る。

 猪の目には、もはや俺しか映っていないようだ。


 俺は冷静にタイミングを見計らい、猪との距離を測る。


 充分な速さになって…………今だ。


 絶賛突進中の猪の隣に転移し、横腹をおもいっきり蹴る。

 ちょっとだけ魔力撃を混ぜた。


 豪快な音を立てて猪が倒れる。

 急激に勢いを失って可愛らしく足をバタバタさせるしかなくなった猪に、今度こそとどめを刺す。


 柔らかい腹から剣を突き刺し、MPを吸い取りながら心臓を貫いた。





「いやー、本当に助かった! なんと礼を言っていいやら」


「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。こちらも貴重な携帯食料を分けていただきましたしね」


 もう一頭の猪は冒険者達が倒し、なにかお礼をと言われたので食料が欲しいと言った。

 冒険者達は快く携帯食料を譲ってくれたので、一安心だ。


 ちなみに、携帯食料は乾燥パンと干し肉だった。

 うん、ファンタジー。


「食料なんざ命に比べれば軽いもんよ、欲しけりゃいくらでも持っていってくれていいんだぜ?」


「ええ、そうよ。本当にそれだけでいいの? こっちは救ってもらった側だし、荷物全部を要求されても断れないのだけど……」


 大男の言葉に、法衣の女性が同調する。

 どうやら冒険者も相当に世知辛いみたいだ。

 といっても、これ以上もらっても困るので断っておく。


「流石にそれは悪いですし、最初から無茶な要求をしようだなんて思っていませんでしたよ」


「ほらお前ら、兄ちゃんもこう言ってるしここは厚意に甘えようぜ。ラッキーだと思ってよ」


 軽装の男は、性格も軽いようだ。


「もう、あなたはそんなことだから信用がないのよ。この前だって、あなたのせいでギルドからお金が借りられなくて大変だったじゃない」


「な……あ、あの時は前にこいつの酒代を踏み倒したことを覚えられてたのが原因だろ!」


「てめぇ! 俺になすりつける気か!」


 複雑なパーティ事情を聞くのも面白そうだけど、あまり悠長すぎるのもいけない。

 一旦話を変えることにした。


「このあたりは街道にもこんな危険な魔物が出るんですか?」


 馬車なんかが通行している最中に突然、巨大猪ーーファングボアというらしいーーに襲われていたら大変だ。

 もしそうだとしたら、野宿の仕方も考えなければいけない。


「ん? ……ああ、いや、普段はこんなことはない。安心してくれ」


 今回はたまたまってこと?

 それとも時期的に悪かったのかな?


「もしかして、魔物の大量発生とか?」


 俺の疑問には大男に代わって法衣の女性が答えてくれた。   


「いえ、そうじゃないの。今私達は迷宮都市に向かっているんだけど、ついでに道中ギルドの依頼をやっておこうと思ってね。森の中のファングボアを障害物の少ない街道におびき出したところまではよかったのだけど、そのファングボアが仲間を呼び寄せちゃって……。あとはあなたの見た通りよ。本当に、あなたが来なかったらどうなっていたことか……。改めてお礼を言うわ」


 なるほど、想定外の事態だったというわけね。

 ちょっとしたことで命を落としてしまうのが冒険者ということか。

 俺も気をつけなきゃ。


 その後は世間話をしながら情報を仕入れた。

 曰く、俺がこれから行こうとしている町はトラットというらしい。

 農業や林業が盛んな活気溢れる町らしい。


 町の領主は冒険者に寛容で、これから冒険者になろうとする者には人気があるんだとか。

 それは丁度良かった。と呟く俺に冒険者達は首を傾げていたけど、俺が冒険者志望だと伝えると、声を揃えて驚いていた。


「その点、迷宮都市では基本、冒険者のサポートはせずに自力でなんとかしろって方針だからな。ヘキサールの奴らも迷宮資源を横取りされるように感じているんだろう」


「都市を維持させてるのは実質、冒険者だっていうのに。馬鹿な話よね」


「だがまあ、迷宮都市は今、労働用の奴隷が少なくなっているらしいからな。職にあぶれるこたあねえだろ」


 今更迷宮都市のことを聞かされても余り意味はないと思ったけど、労働奴隷が少なくなっているということは、犯罪者の多くが捕まらずにそのまま盗賊になっているということなので、気をつけた方がいいと言われた。

 へえ、そういうこともあるわけね。


「いやあ、いろいろ教えてくれて助かりました」


「おう、困ったときはお互い様ってもんよ!」


「こら、それはさっきの受け売りでしょう。先に助けてもらったのはこっちなんだから……。たくさん話したけど、そろそろお別れね」


「ああ、世話になったな。そういや、名前を聞いていなかったが、あんたなんて言うんだ?」


 名前………。

 うーん、困った。

 トーヤと名乗るわけにはいかないし、かといって偽名を使っても後で面倒なことになりそう。

 ならば、ここは言わないのが吉。


「あー、すみません。わけあって名前は言えないんです。あ、それと、私のことは他言無用でお願いできますか? うちにも・・・・複雑な事情があるので……」


「そうか。恩人の名が聞けないというのは惜しいが、顔を隠しているくらいだしな。無理に聞くことはできねえ」


 一応口止めはしておいたけど、今の俺は正体不明の怪しい人物だ。

 報告されないとは言いきれない。

 どこか情報が漏れるか分からないし、そこから俺が生きているという推測をされかねない。


 なのでミスリード発言を仕掛けておいた。

 『うちにも』と言うことで、どこぞの貴族のお坊ちゃんが家出でもしてきたんじゃないかと察しがつくだろう。

 これで俺と結び付きにくくなればいいんだけど……。


 冒険者達は迷宮都市に向かって歩いていった。





 ………あ、お金もらえばよかったかも。

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