つないだ温もりを僕は忘れない
「クレイルー、調子はどぉー?」
穏やかな昼下がり、僕は焼き立てのチーズケーキが入った箱を持って病室のドアを開けた。そこにはベッドが一つ置いてあって、その上に特徴的な赤い髪をバッサリと切り落とした少年の姿があった。
「マだ……あマり……」
「あー、ほらほら。手術したばっかなんだから無理しないの!」
窓の外をぼーっと見てたそいつは、僕の姿に気付くと少し掠れた声でぼそぼそと喋った。
あの事件の後、船体を丸くぶち抜かれて、おまけに観測出来ないくらいに上空から降って来た謎の光のせいでこいつらの船は一時的に航行不能になり、応急修理のために僕達の街に急きょ立ち寄る事になった。
サー=マーティンとサー=ミディの二人が時間を稼いでくれてた間に、あいつはこの船のめいんこんぴゅーたーってのに大量の情報を送ってたみたいで、そのおかげでサー=ヌート……クレイルは過去の人体実験で失った色んな身体のパーツを取り戻す事が出来るようになったらしい。
「ほら、水飲んで。一気に飲んじゃ駄目だよ。ゆっくり、すこしずつ、ね」
せき込むクレイルの背中をさすって、コップに注いだ水を口元に当ててやる。
なんでもこいつは組織の研究者同士の間に生まれた子供らしくて、生まれた時から身体が上手く動かせない病気にかかってたせいでその症状を解消するって名目で色んな実験を受けさせられたらしい。その結果、髪の色は変になっちゃうし、声も出せなくなっちゃうしで本当に大変だったって、一晩かけてゆっくりと語ってくれた。
こいつがあいつを組織に勧誘してた理由は簡単。あいつの持ってた情報を使って自分の身体を治してもらうのが目的だったんだと。他のヤツらは本当に旧文明とやらの再興を願ってたみたいだけど。
「どう、落ち着いた? あぁ、喋んなくて良いって。ほら、紙に書いてくれればいいから」
懲りずにまた口を開こうとしたクレイルの機先を制して、サイドボードの上の紙とペンを差し出す。
目論見通りこいつは自分の身体を治す技術を手に入れられた訳なんだけど、あの時受けた傷のせいでまたほとんどの手術を受けられない状態だ。かろうじてこの間声帯再生手術とやらを受けたんだけど、基礎体力が低下してるからまだ再生させた声帯が不安定な状態らしい。それなのに無理して喋ろうとするから困ったもんだ。
「うん、分かった。でも無理は駄目。ほら、チーズケーキ焼いてきたからさ、一緒に食べよ」
箱を見せると、僕はベッド脇に置かれた棚からナイフとフォーク、それからケーキ用のお皿を取り出す。
「あいつの家に置いてあったレシピを見ながら作ったヤツだから、絶対美味いよ!」
何度も練習したし、って言いながらケーキを六つに切り分けていく。どうせ食べんのは僕とクレイルと、もうすぐ来るはずのサー=マーティンにサー=ミディの四人だけなんだけど、四等分じゃちょっと量が多いしね。
「紅茶とコーヒー、どっちが良い? クレイルはコーヒーの方が好きなんだっけ?」
ケーキと一緒に持ってきた二つの水筒を見せると、クレイルはコーヒーって書かれた紙の貼ってある方を指差して何度も頷いた。
喉の手術をした後で経口摂取はいけないんだだとか何とかミディから色々言われたけど、たまにしか来られないんだからちょっとくらい良いよね。
新たに出したコップに僕とクレイルの分のコーヒーを注いで、はいって手渡したとこで、部屋の外が騒がしいのに気付いた。なんかどたどたとうるさい足音が近付いてくる。この足音は……。
「おい、リーオ! 大ニュースだ! って、お前、またそんなもん持ち込んで!」
壊れんじゃないかってくらいにドアを勢い良く開けたサー=マーティンが部屋に転がり込んでくる。テーブルの上に置かれたケーキを見て、またかよって感じの声を上げたけど無視無視。
「少しくらい大目に見てよ、マーティン。んで? 大ニュースって?」
「あぁ、そうだ。大ニュースなんだよ!」
「だからそれは聞いたってば。肝心の中身を聞かせてよ」
この興奮っぷりを見て、来たのがマーティンの方で良かったって思う。ミディにおんなじ事されたら絶対頭痛くなるもん。
「お、おう、すまんな。それで、大ニュースの内容なんだが、あいつが見つかったそうだ」
あいつが見つかった。その言葉を聞いた瞬間手に持ってたフォークを落としそうになった。
「どこ!? あいつは今どこにいるって!?」
イスから立ち上がり、マーティンに詰め寄る。
ここの人達は船を修理する傍ら、あの日、あの時、光の柱の中へと消えたあいつ達の行方を探していた。れーだーとかいうのがおかしくなってるせいで、重い機械担いで徒歩で荒野を歩き回らないといけないらしい。僕も一緒に探すって言ったんだけど、ここにいるマーティン達に危険だから駄目だって断られちまった。
まぁ、でもその代わり、あいつがいつ帰ってきても大丈夫なように毎日あいつの家の掃除をしたりとかしてるんだけどな。そーじきって言うのとかすぷりんくらーって言うのとかの使い方は前に聞いてあったし。
んで、目的が同じである以上、僕とこいつらが敵対する理由はない。今のところは。だから時間を見てはクレイルのお見舞いに来てるって訳だ。
「ちょ、とりあえずフォークは置け!」
「あぁ、ごめん」
ついマーティンの顔に鋭く尖ったフォークを向けちゃってたらしい。うん、本当にちょっと落ち着こう。たぶん出来ないけど。
そして今、僕は毎日ずーっと待ち望んでいた話をようやく耳にする事が出来た。これで興奮するなって方が無理な話なんだよ。
「私が話を聞いた時点で目視可能距離に来ていたらしいから、多分今頃はデッキに着いてる頃じゃないか?」
「デッキね、分かった!」
それだけ聞くと、僕ははやる気持ちそのまんまに、フォークを手に持ったまんま病室を跳び出した。
デッキに着くと、案の定人だかりが出来てた。広い船だから当然デッキも広くて、端にいると反対側の人の顔とか服装とかよく見えなくなるくらいなんだけど、今だけは人だかりのおかげであいつがどこにいるのかすぐに分かった。
「はい、どいてどいてー!」
集まった人達を押しのけて進んでくと、目の前に見慣れたダークブルーの頭が見えた。
「セインーッ!!」
大きく息を吸って声の限りに叫ぶと、あいつも僕に気付いたみたいで手に持った変なぬいぐるみと一緒に僕の元までやって来た。
「……お帰り」
「ただいまです」
なんでだろう、戻ってきたら言おうと思って色んな事を紙に書きあげてたはずなのに、いざ本人を前にするとそれしか出て来なかった。
「俺もいるぜー」
ん? 今の声ってもしかして? 反射的に身を強張らせて周囲を見回す。でも、あいつの姿は見えないよなぁ?
「ここだ、ここ! こいつの抱えてるぬいぐるみだよ!」
その声は間違いなくジェノスのものだった。けど、なんでか分かんないけどそれはセインの抱えるぬいぐるみから聞こえてきてた。
「えぇー、なんでこんな事になっちゃってんのジェノス!?」
「実は、衛星からのレーザー攻撃を受けて気絶してた俺を、ジェノスが自分の部品を使って直してくれたんだそうです」
「感謝しろよなー」
ぬいぐるみだから動かないけど、きっと胸を張って偉そうにふんぞり返ってるんだろうな。
でも目が覚めてすぐの時は殺そうとしてきたのに、なんでわざわざ自分のパーツ使ってまで修理してくれたんだろう。変な奴。心変わりの理由を聞いてみたいけど、今はそれより――
「まぁ、なにはともかくお帰り、セイン! 大好きだよ!」
「ただいまです、リーオ。俺も大好きですよ」
「ちょ、抱き合うのは良いけど俺が潰されてるー!」
こうして、僕達の日常はまた元に戻った。前よりはだいぶにぎやかになってるけどね。
僕はもう二度と、この手につないだひんやりとした温もりを忘れない、離さない。僕らは死ぬまで一緒だ。




