森の筋肉魔女
「インプロテ……マゴユデタ……」
心を静かに保ち呪文を唱え、湧き上がる魔力を体の隅々まで巡らせる。
メキメキと増強していく筋肉に確実な手応えを感じながら、手元の荷物をしっかり抱え直す。
「行っくぞーーーっ!!」
私は1ヶ月分の食料を詰め込んだ袋を前に抱いて、走り出した。
◇
魔女の魔法薬を買い取ってくれる薬屋は、宿場町として栄える「カザロフ」にある。
魔女の師匠である祖母が無くなってから2ヶ月経ち、ふさぎ込んでいた私でも流石に食料だけは買わねばと、町にやってきた。
『薬を売ったお金で買い物をする』
只それだけの事なのに私のメンタルはえぐられて、今や使い古しのボロ雑巾なみにズタズタだ。人と関わると、メチャクチャ疲れてしまう……。
私の住むミンカッセの森の小屋までは、カザロフの町から大人の足で歩いて3時間程。でも私の筋肉増強魔術があれば、30分もかからない。
魔女の系統の中でも特殊な「筋肉強化系」
自身の筋肉をパーツ指定し瞬間的に運動能力を爆上げしたり、持久力を底上げ出来る筋肉魔術。
森に向かって走る私が力強く地面を蹴り上げる度に、街道の砂利混じりの土が蹴り飛ばされていく。激しい動きに耐えられる、この革の編み上げブーツは私のマストアイテムだ。
道ですれ違う騎乗の騎士様は目を見開いて驚いているし、追い抜かした幌馬車は後からスピードを上げて追いかけてくる。
時々居るんだよね‥、追い抜かれるとやる気出しちゃう人……。
ムチで打たれた馬のいななきが聞こえてくるのも嫌だし、早く振り切ってしまおう。
私はスピードを上げて駆け抜けた。
両手が荷物で塞がっていてちょっと走りづらいけど、体が弱ってからのおばあちゃんを横抱えにして町まで運んでいたから、これくらいは楽勝だ。
ひたすら真っ直ぐで走りやすかった街道から脇道にそれ、ミンカッセの森へ入っていく。
私が暮らす小屋は森の奥深くにあり、森の中の細い道を進んだ先にある。
獣も魔物も出る区域だから、この辺りに住む人は他に居ないし立ち入る人もほぼ居ない。
さっき木々の間にチラッと熊の姿が見えたけれど……、野生の生き物は自分より強いものには近寄らない。
この辺りの熊は私を見ると逃げて行く。
◇
「うぁぁーっ!くうっ!」
何やら前方が騒がしく、男性の声が聞こえる。
揺れる、緑の大型植物‥もしや、
マンイーター!?
「このっ!離せっ!」
森の奥深くを歩き、運悪く魔物に遭遇してしまったのだろう。見知らぬ男性が手足に触手を巻きつけられ、ズルズルっと緑の茂みに引きずり込まれていた。
……間違いない。これはマンイーターの捕食行動だ。
まぁ、私の経験から言えば武器の一つでも持っていたなら、自力で振り払える程度の魔物だ。
そして、捕まっているのは成人男性。
うん、放っておいても大丈夫。
コミュ障の私が人助けして自爆する方が被害甚大だ。
私は「マンイーター VS 成人男性」をスルーして我が家へと急ぎ帰った。
◇
「ふーっ……」
我が家に帰り、買ってきた食料を戸棚にしまい一息付くと、何故かさっき見かけた男性が気になってくる。
(マンイーター相手に、もし武器の一つも持っていなかったら?)
まさかね……。
森の中を散策するのに、ナイフ一つ持ってないなんてあり得ない。
そう、今頃はきっと無事にマンイーターを振り切って、森を抜け何処かへと帰っているに違いない。
あ、でも、近くに熊もいた、な……。
「もう無理ーっ……!気になっちゃったら止まらないよぉ……。でも、もし?後で草むらに服とか靴とか見つけちゃったらどうしよぉ……。ぁー、でも人助けとか私の頭のリミッター壊さないと無理だよぉ……」
私は天国の父と母とおばあちゃんに祈った。
どうか私が人助けと言う自爆行為をしようとも、この世に無事に留まって、静かな日々を送り続けることが出来ますようにっ、と……。
私は最大急に膨れ上がった不安をゴクリと飲み込んで、マンイーターを見た場所へと、走った。
◇
筋肉強化した体でマンイーターの場所に辿り着くと、辺りはいやに静かだ。
(やっぱりあの人、魔物振り切って逃げたんだ……。焦って損したぁ)
私の考え過ぎで、やはり大したことにはならなかったらしい。
熊も気になるところだが、森を歩くなら熊避けの道具も持っているだろうし心配ないだろう。
本当にやれやれだなぁ……。
気持ちを奮い立たせてここまで来たから、気が抜けてしまいドッと疲れが出てくる。
ザワザワ……ザワザワッ
木の陰で何かが動くのが見えた。
地面でうごめいる緑の塊が、さっきのマンイーターの葉によく似ているような‥。
私は静かに呪文を唱え、瞬発力を高める速筋を意識的に増強し、攻撃体制をとった。
腰ベルトに下げた短刀を引き抜き、捕食植物の触手に近づいていく。
″ バサッ、バサササッッーー ″
短刀を高速で振り、次々にマンイーターの触手を切り落としていくと中から現れたのは、綺麗な金の髪色をした男性だった。
「食われとるじゃん……」
まだ溶かされてはいないので、ギリギリ間に合ったと言えるだろう。
「おっと!」
触手に足首を取られた。
せっかくの獲物を逃がさないとマンイーターも必死のようだ。
「それなら、私も行くよぉーっ!」
私の術の便利な所は、必要な動きに合わせ筋力を上げられる所だ。
切り裂く為の腕や肩周りの筋肉も瞬時に高められるし、俊敏な動きをする為に足腰の筋肉も増強出来る。
次々に伸びてくる触手を切り落として本体に近づく。
マンイーターが逃げるように後へ傾いた瞬間を狙って軽く跳躍し、両手持ちにした短刀を上部から刺し入れ、力一杯下まで切り裂く。
(やったぁー!!)
力なく地に伏せるマンイーターだが、まだ触手が小さくうごめいている。
「火だ、火を、放てっ!」
横たわった金髪の男性から指示が飛ぶ。
(意識無いと思ってたのに……。がっかりだよ……)
腰に下げた道具入れからマッチを取り出し、落ち葉の山に投げ入れた。
枯葉に火が燃え移ったのを見計らって、今度はマンイーターを抱え火の上に投げ入れる。
火が消えかけたので、急いで枯葉と乾いた小枝を焚べていく。マンイーターが炎に包まれたのを見届けて作業は終了。
「すごい光景だな」
「ご自分がやれって言ったんですよ」
「あぁ、そうだった……」
弱まってきた火に土をかけた後、残火が森に燃え広がらないよう川から水を汲んでかけていると、まだ金髪男性は座り込んで帰る様子がない。
ずっと居られると気まずいのだが‥……。
これは、私の方が立ち去るが勝ちだな。
私は彼の視野に入らないよう、そろそろと後ろに下がった。
”パキッ”
不味い、踏んだ枯れ枝が鳴ってしまった。
「どこにいく?まだ礼も言えていない」
終わった、終わったよ……。
会話スタートしちゃてるじゃん。
私はゴクリと唾を飲みこみ、茶色く焼け焦げたマンイーターを凝視した。
「えっ、と、あの。大丈夫ですから」
目線はずっとマンイーターに合わせて、出来る限りの言葉を紡ぐ。
「は?大丈夫なのは‥‥僕の、方だ。助かった、よ。改めて礼を、させて欲しい。」
なんだかこの人、会話がたどたどしい……?私と同じ香りがするっ!……もしかして今、コミュ障同士で会話してるの?
「礼とか、いらないです。初め、助けなかったし……」
「!!!……さっき、見て見ぬ振りをして通り過ぎたのは、やっぱり君か?!酷いぞ!」
余計なことを暴露してしまった。不用意に口を開くと碌でも無いことを口走ってしまうな‥。
「す、すいません……」
「まぁ良い。助けてもらったのに、違いはないからな。あと、実は、僕は道に迷ってしまったんだ。帰り道が、分からない」
えっ?何?この人「コミュ障」の上に「天然」なの?
私より凄い人がいた……。
「歩きながら、考え事をしていたんだ。気がつくと屋敷が見えなくて、困って、それで、彷徨っていたらあの魔物に遭ってしまって。」
元々、森歩きをする目的でも無いなら護身具を持っていないのも納得だ。
そして、天然も確定だ。
目が合う事が怖くて今までちゃんと見ていなかったが、薄汚れてはいるもののシルクだろう光沢のあるシャツに、滑らかな上衿の付いた仕立ての良いジャケットを羽織っている。靴だって貴族の人が履くような飾り付きだ。
「この辺りで城は珍しいから‥、知っていたら、送ってもらえないか?」
ーーあぁ、あれかと、納得する。
おばあちゃんと一緒に薬草を取りに行った時に聞いたっけ「あれは王家の方々が休暇に訪れる城」って。
何がどうしてこうなったのか?人目を避けて暮らして来た私が王家の関係者に出会ってしまった。
万事休す。
お礼とか要らないし、いち早くお帰りいただく事にしよう。
「歩け、まふ、か?」
やっぱり舌が回らない。
「あぁ、足を挫いたみたいだけど、どうにか」
やっぱり天然って人の助けをナチュラルに必要とするんだな‥。私もこの技を持っていれば、もう少し人と関われる日々を過ごせていたかもね。
「あの、お連れします、から……。黙って、口を閉じていてください、ね?」
私は、問答無用。説明無しで全てを早く終わらせる為に、金髪男性を横にして抱き抱えた。
◇
木々の枝葉が横から迫る森の狭い道を、細身とはいえ自分より背の高い男性を横抱きにして疾走する。
男性の頭や足を小枝にぶつけてしまわなよう、キュッと長い体をまとめる様に抱え上げ、通り抜ける場所を選びながら、走り抜けていく。
途中、枯れ葉が積もった柔らかな足場や木の根に足を取られるけれど、自慢の体幹力で持ちこたえ、決して転んだりはしない。
抱え上げている男性は流石におばあちゃんよりは重たいが、骨格がしっかりしているせいか意外にも抱えやすかった。
だが、こんな時でも目は合わないように、視線はしっかり前に向けておく。
この至近距離で目でも合おうものなら、私は爆発して木っ端微塵になるだろう……。
スピードを上げて走っているので私のシールド、魔女ローブのフードが外れてしまった‥。
こんな至近距離で素顔を晒し、なおかつ、お姫様抱っこで男性を運ぶのは、もしかしたら王族関係者への不敬になるのだろうか?
人と交流をするのが果てしなく苦手な私が、雲の上程に身分の高い人物を抱えて走るなんて‥。
誘拐罪で捕まっても反論出来る気がしない。
果てしない緊張感の中、もの凄く長い距離を走ってきたように感じたけれど、そんな時間もようやく終わりだ……。
目の前に石造りの城が見えてきた。高い塀に守られ、許可のない者は東西南北どこからの侵入も許さないような王家の古城。
腕に抱えるこの男性、よくこの城から抜け出てきたよね?
正門を守る兵士の姿が見えたので、私はゆっくりと男性を地面に下ろした。
これにて私はお役御免だ。
「あ、ありがとう。まさか、夢かな??君って、凄く……」
金髪の男性が頬を赤く染めながら、薄い紫色の瞳を輝かせて礼を言ってくる。
男性の顔を思いがけず直視して、私の脳内は爆発寸前だ。
女性の様に滑らかな白い頬に赤みが指した姿は、何というか妖艶で見てはいけない顔だった。もしかしたら、人馴れしていない私の脳がバグっているの?か?
私は必死に「この人は私と同じコミュ障、おまけに天然……」と心の内で繰り返し唱えて、平常心を取り戻す。
後は私が不敬罪に問われる前に、ここからいち早く立ち去ろうっ……。
私は軽く会釈をし、振り返ると同時の猛ダッシュで来た道を戻った。
風変わりな魔女と不器用なシナリオ王子とのラブコメです。
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