招待状①
「はあ〜」
時計の針が時間を刻む音が響く室内で、私はため息を吐く。室内には私以外に4人いるが、応えるものは誰もいない。
『カチャ』
私の横にコーヒーが注がれたカップが置かれる。
「ありがとう、清水くん」
「ため息をついたところで何も変わりませんよ、編集長」
「わかってるんだけどね〜・・・けどさ〜」
と、言いながら私はコーヒーに角砂糖を10個入れる。
「うわ〜、編集長砂糖入れすぎ!」
「本日すでに20個消費、この調子だと明日には容器が空になりますね」
「あら〜、お姉さんそんなに飲めないからすごいわ」
「おい、椎名、佐藤、神崎、無駄口叩いている暇があるなら仕事をしろ!」
副編集長が他の3人を怒る中、私はコーヒーを飲みながら左手の『戦勝記念式典』の招待状を見る。
8年前、『第三次世界大戦』が勃発した。世界40カ国が参戦、死者は民間人を併せ10億人に上る。毒ガスやウイルス兵器による民間人の虐殺、市民のゲリラ化、公共設備の破壊が数多く発生したため、戦争終結から5年が経っても世界の混乱は続いている。
そんな中日本の政府は、戦時中は中立を保っていたが、終戦後直後に突如として戦勝国に対して物資提供をしていたため日本も戦勝国であると発表した。そのため戦争終結後起こった著しい物資不足を解消できると広く喧伝した。多くの人にとって明らかに日本と戦勝国との間で何かしらの取引があったと考えるが、大半の国民はそれを口には出さなかった。
そんな絶対なんか裏があるであろう内容を、手放しに褒める文章で持って大々的に発表した内のひとつが、最も古くから存在する帝国新聞内で、私が編集長を務める第一編集部であった。と、いうふうに世間的にはされているが、本当は私達がしたことではない。私達はただのお飾りであり、実際は政府の息が掛かった第二編集部の人間が書いている。政治や経済を中心に記事を書いてきた第一編集部を潰すと外聞が悪いためである。元々の第一編集部は、ベテラン記者20人体制であったが、現在は28歳の私と、私よりさらに若い4人しかいない。普段から政府を褒める内容の記事を書いている事になっているため、政府に不満を持つ人たちからの誹謗中傷は多い。なのに戦勝記念式典という対面イベントに出ればどうなるかなんて考えなくともわかる。故に式典に参加しないという選択肢は存在しないのだが、ため息のひとつでもつきたくなってしまうし、砂糖の使用量も増えてしまうのだ。
「どちらに?」
「お昼に・・・今日は1人で行かせて」
普段は部下の誰かが義務であるかのようについてきて昼食を摂るのだが、今日はそんな気分ではなかった。
「はあ〜。師匠、私はどうすればいいのでしょうか?」
行きつけの食堂に向かいながら、私は再びため息をつく。5年前、私の父であり、剣術の師匠でもある前編集長が率いる第一編集部のメンバーはハイジャック事件により皆帰らぬ人となった。皆との思い出の場所を失いたくないために編集長の席についたが、今日に至るまでお飾りとしての生き方から脱せない自分に対してため息が出た。
『ガラガラ』
「いっらしゃいませ〜」
「日替わり定食で」
「はーい。日替わり1入ります!」
「はいよ!」
食堂に着くと、「いつもの」を頼む。そして変わらぬおしどり夫婦の掛け合いを聞き、私は少しだけ心が落ち着くと音楽を聴き始める。
3曲ほど聴いたところで店内がやけに静かであると感じ顔を上げると、そこには客はおろか厨房にも誰1人としていなかった。私は席を立ち厨房に入る。ドッキリかと思ったがシンクにはお昼時であるにもかかわらず皿が一枚も存在していなかった。私は急いで荷物を持ち店のドアを開ける。
ドアを開けた先には見慣れた景色に灰色のフィルムを貼ったような景色が広がっていた。
「なに、これ?」
踏んでいるコンクリートの感触は特に変わらない。呼吸をしても、近くの壁や自販機を触っても特に体に影響はない。私の五感がおかしくなったわけではない?。では今のこの状況は・・・
『ドカン』
突如反対車線にある本屋の方から轟音が響いたかと思うと、目の前のガードレールに人がぶつかる。
「清水くん!」
「う・・編集長!なぜここに」
「いや、お昼に食べにき
「守さん大丈夫ですか!って編集長!」
「佐藤くん・・何その背中のは?」
部下の中で最も小柄な佐藤くんの背中には形通りなら刀を背負っていた。佐藤くんは明らかに動揺していて目を合わせてくれない。よく見ると清水くんの手にも刀が握られている。
『ドカン』
再びの轟音と共に、今度は本屋の隣にあるラーメン屋から2人の人影が飛んでくる。
「椎名さん!神崎さん!」
「え!編集長!なんで中間領域にいるわけ」
「鈴音ちゃん来るわよ!構えて」
叫ぶのと同時に飛び出してきたのは全身泥だらけで、ゾウみたいに巨大な生物であった。
「何・・あれ?」
その生物の存在に圧倒されている中、私の手が引かれる。
「とにかく走って!」
「ハア、ハア、椎名さんあれは何なの?あなた達の格好は何?」
200mほど走ったところにあった工事現場に着くと、私は息を切らしながらも聞きたいことを口にする。
「あれは・・・危険なもの」
「それは見ればわかる。じゃあ、あなた達のその格好は?」
「・・・」
「私から説明します」
「ちょっ守本気」
「編集長・・・いえ、如月結様。私たちは神上家の退魔師で、如月様の護衛を勤めております」
「退魔師・・護衛?」
『ガシャーン』
放たれた答えを理解する前に、工事現場に置かれていた資材を吹き飛ばしながら先ほどの生物が敷地内に侵入してきた。
「紅音姉大丈夫」
「あの子打撃が全く通じないわ」
私よりも若いのに、私よりもお姉さんな見た目の神崎さんが、身長よりも高く、顔よりも大きいハンマーを片手にいつもよりハッキリと喋る。
「鈴音、紅音、自分に合わせてくれ、光輝は如月様を護衛しつつ、脱出ルートを探せ」
「「「は!」」」
立ち上がった清水くんが簡単な指示を飛ばすと刀を構える。
4人が戦う覚悟を見せる中、私は浴びせられた情報量を処理しきれずただただ立ち尽くしてしまっていた。




