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こうして今日も彼女は囲われる


 あれから、話はとんとん拍子に進んだ。

 

 男爵家への住み込みの話はすぐに取りやめ。同時にモンタギュー家へ嫁ぐ準備が始まった。

 

 まずは婚約から、というアイリスやアイリスの両親の申し出はあったが、スチュアートの強い希望ですぐに婚姻することになった。

 

 まさか、こんなに早く結婚になるなんて、思わなかったわ。

 

 アイリスはあまりな急展開に、最初は混乱していた。

 婚約破棄、モンタギュー家で過ごしたあと、元婚約者からの復縁の申し出。

 予期せぬ出来事のオンパレードで、何が何やらわからないまま今日まできてしまった。

 

 なお、住みこむ予定だった男爵家からは、不当な契約不履行だと乗り込まれた。

 しかし、それはモンタギュー家が間に入り、事なきを得た。

 後から聞いた話では、エーデル男爵家では今までも年若い女性を住み込みの家庭教師にしていた。その実績を聞いたから、アイリスは家庭教師を申し込んだのだが、実態はエーデル男爵の愛人にされていたのだという。

 

 没落令嬢ばかり選び、帰るところのない、または困窮していることを笠に、若い女を慰みものにしていたのだという。

 飽きると使用人に下げ渡したり、下町の娼館に売られていたと聞いて、アイリスはゾッとした。

 

 アイリスを採用したのは、伯爵家でありながら婚約破棄というケチがついた令嬢は行き場がないと判断したのだろう。

 

「キミがエーデル男爵の元に行くと聞いた時は、血の気が引いたよ」

 

 スチュアートにそう言われたときは、自分の浅はかさと世間知らずさに我ながら呆れ慄いた。

 

「ごめんなさい。あなたが止めてくれなかったら、大変なことになっていたわ」

「そうだな。刃傷沙汰になって、私は裁判所行きだったな」

 

 大変なことって、そっちか、とアイリスは苦笑する。

 

 正式なプロポーズも経て、アイリスはスチュアートの妻となった。スチュアートは宣言通り惜しみない愛を注いでくれる。

 

 婚約破棄のあと、一年も経たずに結婚なんて、と思っていた。スチュアートに心惹かれながらも、男性を信じる恐怖も残っていたからだ。

 

 エリオットだって初めは優しかった。

 いつかスチュアートも見切りをつけてしまうのではないか、そんな不安がなかなか拭えなかったのだ。

 

 しかし、それは取り越し苦労だった。

 贈り物はもちろん、キスやハグも惜しみなく与えられる。モンタギュー夫妻の前でもお構いなし。

 ロゼッタたち女友だちとの茶会は快く送り出してくれるが、夜会では警護のように張り付いて離れない。

 手に入れて飽きるどころか、溺れるように愛されている。

 

 レイチェルいわく「お兄さまは愛が重苦しい」とのことだ。

 

 レイチェルは、アイリスがモンタギュー家に戻ってくると、泣いて出迎えてくれた。「これからはお義姉さまと呼べるのね」とスチュアートとの婚姻を喜んでくれている。

 

 ちなみにエリオットとイザベラは最近関係がぎくしゃくしているらしい。

 度重なる浪費とおねだりに、エリオットはうんざりしてきており、イザベラもいまだ正式な婚約者にしてくれないエリオットに業を煮やしているという。実際略奪女だと噂も立ち、イザベラは社交界で爪はじきに合っているのだという。

 

「本物の愛情ならば、相手が後ろ指を指されないよう、時間をかけてでも順番を守るだろう。それができずに一時の自分の欲望だけで突っ走るような男だ。相手の女だって伯爵夫人になりたかっただけだろう。そんな打算と欲だらけの二人、うまくいくはずがない」

 

 スチュアートは淡々とそう報告してくれた。

 もう関係のない二人だし、別に不幸になれと望んでいたわけではない。

 

 だが、あれほど彼らのために悩んだというのに、肝心な彼らは別れそうになっているのは、複雑だった。

 

「一息入れてくださいませ」

「ああ、ありがとう」

 

 書斎でこもって仕事をしているスチュアートに、アイリスは紅茶と焼き菓子を差し入れた。

 アイリスに礼を言うスチュアートは、そのまま自身の膝をぽんぽんと叩く。

 

「おいで」

 

 晴れてモンタギュー家の若妻となったアイリスの定位置は、今日もスチュアートの膝の上だ。

 

 こうして事あるごとに、スチュアートはアイリスを膝に座らせて甘やかそうとする。

 スチュアートが休憩している間、こうして膝に乗って過ごせと言うのだ。ときどきこうしていることをメイドにも見られたりして、顔から火が出る思いをした。

 

「も、もういいでしょ。膝の上だなんて恥ずかしいわ」

「キミは私とキスをするたび、腰の力が抜けるだろう? 最初から膝に座っていた方がいい」

「今はあなたに休憩してほしくて紅茶持ってきただけ! だからキスなんてしません!」

「新婚なのにか?」

「新婚関係ありません!」

 

 普段はクールで冷静な次期宰相は、妻にはベタ甘だと他に誰が知っているだろう。

 

 スチュアートはアイリスの髪を指先で弄んだ。

 それはそろそろ口づけをしたい、というアピールだ。

 

「もう。少しだけですよ」

 

 アイリスもスチュアートの甘さに毒されたのか、存外彼のおねだりには甘い。

 

 彼女は今日も、次期宰相に囲われている。




 

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