第45話 アルベルトからの提案
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その日の晩。
わたくしは居住宮の食堂で、婚儀後からすっかり恒例となっている陛下との晩餐を楽しんでいた。
最初の頃は緊張もしたけれど、今は反対に陛下からこの時間を利用して、国内の様々な事情や現在行われている政策等のお話を伺えるので、とても有意義な時間だと思っている。
そして、本日の肉料理のウズラのキャセロールをフォークで掬って口に運んだ後、ナプキンで口元を拭ってから静かにお皿の上にフォークを置いた。
「近頃、国内の天候は比較的落ち着いてはいるが、東部のルルナ領周辺は、未だ大雨や大風等の災害が定期的に起きている状況だ」
「ルルナ領は、確か小麦の生産が国内でも随一の場所ですね。もちろん、そうでなくとも民が天災により苦しんでいることを思うと居た堪れないですが、……小麦が不作となれば小麦の値が上がり、結果的に国内全体の民が苦しむこととなる可能性が高くなるのですね」
「ああ。とは言え、隣国ドーカル王国等からの輸入分もあるので、当分は急激的な高騰は抑えられるのだろうが、ドーカル王国はルルナ領と隣接しているが故、既にドーカル王国の西部でも災害が発生し被害を受けているとの報告が上がっている」
「左様でしたか……」
事情を知ると、益々居ても立っても居られなくなる。……けれど、例えばルルナ領に赴くなど、下手にわたくし自身が動けば周囲を混乱させかねないのだ。
何か、わたくしにもできることがあれば良いのだけれど……。
「そなた、少々表情が浮かないようだが、大事はないか?」
陛下が心配そうに、わたくしの顔を覗き込んでいる。もしかすると、災害について思案していることを気にかけてくださったのかしら。
「はい、支障ありません。お心遣いに感謝致します」
「……そうか、ならば良いが。と言うのも、食事を始める前から顔色がすぐれないように見えたのでな」
食事を始める前……。では今思案していることではなくて、もしかすると先程の出来事、……わたくしの私室のビューローが、何者かの手により物色されたかもしれないという懸念が、表情に出ていたのかもしれないわ。
そのような僅かな変化にお気づきになっていただけるなんて……。
思わず不安を打ち明けたくなるけれど、そうなると、わたくしの手帳のことも伝えなければならなくなるのかもしれない。
あれには、前回の記憶を元にした考察が複数書かれているから、もし陛下の目に触れるようなことがあれば……。
「はい、大事はありません。お心遣いに感謝致します」
「そうか」
それから食事は進み、デザートのシャーベットを食べ終わりナプキンで口元を拭っていると、ふと口元が気にかかった。
どうやら、陛下がわたくしの方をしげしげと見ているようだわ。
「……流石に夜に行うのは……」
ポツリと、何やら夜にと仰っていたようだけれど、突然どうかなされたのかしら。
気にかかるけれど、改めて訊ねるのは不適切なようにも感じるし……。
陛下は改めてわたくしの方に視線を向けると、少しだけ迷いが生じているような表情で小さく頷いた。
「以前に、そなたのティーサロンで茶を飲むことを提案したと思うが」
あら、陛下はお茶を改めてお飲みになりたいのかしら。
もしかすると、最近国内での災害や難民問題、初夜の儀の一件などで疲弊をなされていて、個室でゆっくりと過ごされたいのかもしれないわ。
「はい。殆ど下手の横好き程度の趣味ではありますが、……もしよろしければ、後ほどティーサロンでお茶をお淹れ致しましょうか?」
陛下は軽く咳払いをされてから、小さく息を吐いてから頷いた。
「ああ。だがそれは、そうだな。……明後日の就任式が終わってからが好ましいな」
やけに具体的なのね。けれど、魔術師長の就任式……。
そう、明後日の就任式にはおそらくビュッフェ侯爵家も招待され、当然カーラも招待されているはず……。
「承知いたしました。……陛下」
「如何したか」
「ビュッフェ侯爵家のカーラ嬢のことなのですが……」
無意識的に、心中の不安を言葉にして紡いでいた。陛下は瞬時に表情を強ばらせる。
「ビュッフェ侯爵家のカーラ嬢か。確か後二ヶ月程でそなたの専属の侍女となる予定だが」
「……はい」
今の時点で陛下はカーラと繋がりがあるのだろうか。どこかその表情を強ばらせて、顔色も優れないようだけれど……。まさか、やはり以前に思案した通り、既に通じているのかしら……。
そう思うと心に暗雲が立ち込めて来るようだけれど、陛下の今の表情や顔色を見ていると、どうにも腑に落ちなかった。
『そなたが愛しい』
一昨日、そう言ってわたくしを優しく抱きしめてくれた時は、もっと優しくて温かくて幸福に満ちていた。
思い出しただけでも鼓動が高鳴り、頬が紅く染まって来たわ。この変化に対して、陛下は気づいていないかしら……。
ただ、そう。あの晩の陛下のご様子は、今のご様子とは全く違うわ。
……確かに、不義に通じていて後ろめたくてそのような表情や顔色になったのかもしれないけれど、何か違うような、……これは何の確証もないことなのだけれど、漠然とそう思った。
「彼女がどうかしたのか?」
「……いいえ、確かカーラ嬢もお茶に通じていると聞いたことがありましたので、ふと思い出したのです」
これは前回の生の時に、実際に目の当たりにしたことだった。
表向きには気さくで何でも卒なく熟すカーラはお茶にも通じていて、正直なところわたくしも彼女に何度も指南を受けたことがあるのだ。
「左様か。それは初めて聞くことだ」
そう言って、目前のティーカップに手を伸ばされた陛下は、大してカーラのことには興味を示していないようだった。
「……やはり、そなたを危険因子の側に近づけるわけにはいかぬな」
「危険因子、ですか……?」
「ああ」
陛下はティーカップをソーサーの上に置くと、もうそれ以上はカーラのことに対して言及されなかった。
もしかして、危険因子とはカーラのこと……かしら? 陛下はカーラのことに対して何かを掴んでいて……。
疑問にも思ったけれど、この先はまだ触れてはいけないと漠然と感じ取り、わたくしも食後のお茶を一口含んだのだった。
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