表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3、苦労無すになるのはいつの日か

 そんな事があってから早二週間。


 あの日以来、ラムースコー家から何かアクションを起こされるという事もなく、ヴァンガイヘン家には今まで通りの平穏な日常が戻ってきた。


……とでも言うと思ったら大間違いである。




「ん? 何やら玄関が騒がしいな……」


 窓拭きの途中、ふと嫌な予感がした俺は階段の手すりを拭きがてら玄関の広間を見下ろした。

予感は的中。

そこには最近ではすっかり見慣れてしまった銀髪オールバックの男……ライトナ様がいた。

服装は貴族らしくキチンとした清潔感あるものになっている。


「リーザさん! 何かオレでも手伝える事はありませんか!?」


「アッハハ、無い無い! 大体ライトナ様はお客様じゃないのさ。客間でゆっくりしてなって!」


 ライトナ様がキラキラとした目でリーザお嬢様の持つ野菜カゴを奪い取る。

思いのほか重かったのか両腕がプルプルしているが……そこは触れないでおこう。


「いえ、母上……ゴホン、リーザさんが忙しくしているのにオレだけ休む訳にはいきません! なぁ、ロック、サンゴ!」


 突然話を振られた二人の男女が戸惑いがちに頷くのが見えた。

あの付き人達、そんな名前だったのか……

一同をぼんやりと眺めながら俺はそっとため息を溢した。



 話によるとライトナ様の母君は彼がまだ幼い時に亡くなられたらしい。

悲しみに暮れる彼を周りの大人達は腫れ物を扱うように気遣い、甘やかし──

結果、とんでもないワガマーマ・ボーイが爆誕してしまったのだ。

母親の愛に飢え、叱られる事も無く育った彼にとってリーザお嬢様のおかん節は天地が引っくり返る程の衝撃だったようだ。


 数日の間は相当落ち込んでいたそうだが、改めてリーザお嬢様と話がしたいと言い出した頃には別人のように穏やかな人物になっていたと聞いた。

彼の中で何があったかは定かではないが、リーザお嬢様のビンタが一人の思春期拗らせ男を救ったのは間違いない。


「はいはい、無理をするもんじゃないよ」


 リーザお嬢様は生まれたての小鹿ってるライトナ様からヒョイとカゴを奪い返すと「じゃあ一緒にジャガイモとニンジンの皮でも剥くかい?」などと宣っている。。

今更ながらこの方は本当にご令嬢なのだろうか……


 仲睦まじいのは結構だが、このままでは「ヴァンガイヘン家、目上のご子息に家事をさせる不祥事発覚!」と報じられ(スッパ抜かれ)かねない。

そろそろ止めに入ろうと階段を下りる俺に気付かず、ライトナ様は話を続ける。


「あのさ、リーザさん。オレ、今まで好き勝手に生きてきたけど、少しずつでも変われるように頑張るよ。……天国の母上にガッカリされない為にも……」


 おっと、危ない危ない。

突然の真面目な展開に俺の足はクイックターンで静かに階段を上る。

俺はただの通りすがりAですよー。


 リーザお嬢様は「よく言った!」とばかりに彼の背を叩いたかと思えば、涙ぐみながら「すっかり良い子になって……(わたくし)は嬉しいよぉ」と親戚のおばさんみたいな事を言っている。

この二人の関係性何なの、と突っ込みたくなる気持ちを堪えつつ手持ち無沙汰に近くにあった花瓶を拭く。

俺は仕事中だ。

これはたまたま聞こえてきた会話なのであって、決して盗み聞きではない。


 すると突然、ライトナ様が意を決したように声を張り上げた。


「あの! もしリーザさんに相応しい、貴女と並んでも恥ずかしくない立派な男になれたら……その時は改めてオレとのお付き合いを考えては頂けないでしょうか!?」


「えぇっ!?」


 二度目の告白には流石のリーザお嬢様も面食らったようだ。

本気の男の求愛──しかも相手はラムースコー家の跡取り息子。

これは「YES」か「はい」で答えるしかないな。


「相応しいも何も……ライトナ様は(わたくし)には勿体ないお方だしねぇ」


「! で、では……!」


 いやぁ、長かった。

これでヴァンガイヘン家も安泰である。


……と、思うじゃん?

悲しい事に「最後まで油断できないのがリーザお嬢様である」って、俺知ってるんだ。

これ以上ない位ピカピカの花瓶を磨く俺の耳に、リーザお嬢様の困ったような声が届く。


「……でもね、困った事に(わたくし)の理想は身の程知らずに高くってねぇ。(わたくし)好みの殿方を目指すなら、かなりの努力が必要なのよ?」


「リーザさんの理想の男とは一体……?」


 神妙に聞き返すライトナ様に対し、リーザお嬢様は実にあっけらかんと答えた。


「え? クローナスだけど?」


 ガシャンバリン!


 こんなお戯れの発言に動揺して花瓶を割ってしまうとは情けない。

俺もまだまだ未熟なようだ。


 驚いた顔でこちらを見上げるリーザお嬢様と目が合ってしまい、無礼を承知で背を向けた。


 リーザお嬢様が「怪我ないかい!?」と二階へ駆け上がって来るまであと十秒。

それまでにどれだけ冷静さを取り戻せるのか、俺は今から使用人としての真価を問われるのだろう。


 さーて、どうしたものやら……



<了>



ちなみに、このお話のモデルとなったのは以前書いた短編童話「風変わり姫のなぜ、なんで?」です(セルフインスパイア)

https://ncode.syosetu.com/n9848fd/


イコールではありませんが、何となく似せてます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ