喋れぬ蛇は音を鳴らす
この世のモノとは思えないぐらいに巨大な蛇が佇んでいた。
ソレは世界中の全てを食らい尽くしてしまうかのように…
山を。森を。そして人里を襲っていた。
実にあっさりと、それが当然のように…
山は無くなり森は削れ、人里は消えていった。
そんな化物と対峙する一人の人間。
女性だろうか? 覚えのある顔立ちなんですが。もう一押しの所で思い出せません。
でもその人間は、まるでファンタジーの世界の勇者の様な。
英雄と呼べるような風格を漂わせ、その女性は立っている。
しかしそんな印象とは似合わず…というか何というか、
身にまとう装備は拳にバンテージのようなものを巻き。
上半身が所謂…半裸であった。豊満な胸に下乳が見える程度の布を巻いている…ぐらい?
良く見れば格闘家のような筋肉質な体付きをしていたが。
山を越える程の大きさの蛇と対峙するには無謀すぎると素直に思う。
だが次の瞬間…そんな思いはどこへやら。
人間の百倍を超えようかという程の大きさの蛇は、踏み付けられて千切られて、胴体は四散し蛇の首は上空彼方へと飛ばされていた。
理解にし難かったが、人間の放った踏み付けと、それに伴う衝撃波により吹き飛んだようだ。
つまり、至極簡単な物理の攻撃が命中した結果のようだ。
大地にクレーター出来てんじゃん。末恐ろしい…で、人間なのかアレ?
まあ…嘘のような冗談めいた現象にて勝敗は決したかに思えた。
しかし…巨大な蛇。脳裏に『ワールドイーター』という名前が浮かんだのでそう呼ぼう。
そのワールドイーターは千切られた部分を起点に無数の魔物となりて対峙する女性を襲い始める事になる。
うわぁ…何これ。分裂ってレベルじゃねーぞ。
どこを見ても蛇…蛇…蛇。大きさもまちまちで、ぼろ雑巾と化したモノまで動いてる始末。
数の暴力で人間側が成す術なくやられてらぁ。
むしろ成す術全部が効果無しって奴?
人間が雑魚を倒す。本体が死体を吸収。再生成みたいな流れが組み上がってんじゃん。
むしろ雑魚も何もかもが全てが、蛇の形を保つかのように長く連なるように引っ付いて再生していく。
潰れても霧散しても塵となっても形すら残らずに消滅したかに思われても。
全ての行為が無意味であると嘲笑うかのように再生は止まらない。
それ所か増殖しているかのようにも思えた。
そして…それは気のせいではなく人間の抵抗は実際に魔物側を圧倒しているようにも見えるのだから、なんとも異常な光景である。
一番デカイ本体と思われし部分を文字通りに一蹴するも…
次の瞬間には一蹴したソレと同じ大きさの蛇が3体にも4体にも増えている。
依然と抵抗する人間だが悪夢のような光景が目の前で行われてる状況に次第に押されていくのが見てとれる。
デカイの1体倒す内に同じかそれ以上の大きさのモノが3体増える。
その3体を瞬く間に踏み付けて倒す人間。
要した時間で2体が沸いて出た。ついでに小さいのが10体以上増えている。
ひと踏みで確実に倒せるぐらいの攻撃を持っている人間もこれには手数が追い付かず。
飛び上がった人間は空中に停滞し、光と羽をを纏ったかと思えば薙ぎ払う閃光を打ち放ったではないですか。
うっひょー、大魔法ですな。流石は魔法の力が存在するファンタジーな世界。
閃光に続いて人間より放たれる球体は蛇を残らず駆逐するべく焼いていく。
まるで神の奇跡のような…神々しさも感じられた光景から繰り出される攻撃を受けた大地は浄化された…とでも表現しよう。
大地には平穏が訪れた。視界に移る限りの…その場にいた魔物達は浄化された訳だが。
そう人間側に希望を持たせた一時の静寂は、ビチャビチャビチャッ…という肉交じり雨の様な音を皮切りに…
やはりというか…人間にとって悪い方向へ、状況が向かっている事が良く分かります。
血の雨。ところにより蛇の雨。
上空高く打ち上げられた蛇は原型そのままに大地へ帰還。
浜に打ち上げられた魚のように血の蒸気が吹き上がる大地の上でビチャビチャビチャビチャ音を立ててのたうち回る。
それだけには止まらず…血の雨は続く。
続けて降ってくる巨大な蛇はまるで隕石が如しに大地を穿ち、またもや地形が変わった。
それに伴い大地を燃き続け…蛇は元気に焼けた大地を泳いでいた。
尚も巨大な蛇が炎を纏いつつ轟音を立てて大地へ着弾。
それも一発や二発ではなく…断続的に降り注ぐ蛇は天災というのに相応しいぐらいの現象となっていた。
それは世界にとっても悪夢のような光景だった。
対峙していた人間も何をするでもなくただその様子を呆然と見ていただけだった。
これが魔物のランクAとやらの真骨頂って訳ですかい。
ワールドイーター恐るべし。
大地に生えた蛇達はまるで赤黒いチンアナゴ…なんて可愛いものじゃありません。
成すがままに踏み付けられていた巨大な蛇達は反撃へ転じました。
その光景はまるでSF映画のロボットバトル。もしくは艦隊戦を彷彿とさせる光を伴う射撃の嵐。
蛇の体の一部。どこかしらから開いた悍ましい肉片蠢く傷口のような穴から放たれる魔力の波動は狙いなど関係なしに周囲へ放たれる。
つまり、対象など関係なしに360度周囲、虚空に向かい。大地を抉り。
自分の一部であろう部位ですらも削り尽くし、あらん限りの破壊行動を繰り返していた。
煉獄の様な光景が広がり続け…
このままワールドイーターが暴れ続ければ人間世界の終わりが見えるのも自然に感じられる。
進退窮まった人間さんはいつの間にか消えていました。
ありゃ対策不足ですね。どんな対策があるか知りたい所ですけども。
化物の蛇は対峙していた人の形をした何かが消えた事は特に気にしてはいなかった。
その後も思うが儘に暴れ続けたが、何も周りにいない事を悟ったのか、
全ての蛇が一斉に大人しくなり、その動きを止めました。
未だに空を漂っていた蛇達は次々と大地に轟音を立てて帰還し続け、見渡す限りの大地は蛇が9割という異常な事態となりましたよ。
その後、気が遠くなるような時間をかけて、蛇達は全てが一つとなろうと収束し続けている。
やがて暗雲立ち込める空模様も落ち着くと一つの巨大な塊となった蛇は大地の奥底で深い眠りについた。
うーん…流石にありゃ疲れたのかな? 理不尽にも程があるってレベルでしたけども。
しかし…なんかあの蛇側…自分だった気がするんですが。
全く記憶に無いですよ? あの悍ましい光景も真似出来る気もしませんし。
何より思い返しても記憶に合致しないというかその部分が弾かれるというか。
他に見ている夢はなんとなく覚えがあるというのに、なんとも奇妙な感覚です。
いやあ…昨日は狼さんと死闘を繰り広げたと思っていたのに…
夢でアレだもの。自信無くすわー。変に覚えがある分…確実に居るんだろうなー。
どうにもならない恐怖の存在を目の当たりにした気分だわー。
…で、成長したら自分あんなのになるん? マジで言ってんの?
ワールドイーターだっけ。ランクAで収まるん?
むしろ人間の手に負えないからランクAに分類されていたと記憶から掘り起こされてますな。
興奮気味に起きてしまった後は目が冴えてしまいなんとも落ち着かないって奴です。
しかしあんなのにはなりたくはない。ならないで下さい…なんて言われていた気もしますし。
ふむむ。考えていても仕方ありませんな。
今はどうにも記憶が不安定で、何が出来るか何が出来ないかの境界が曖昧すぎます。
あんな夢を見たお陰で感性がぶっ飛びそうになりましたが…
夢と現実の区分けはしかりせんとね。
幸いにも今日は試合は組まれてないようですし。飼主さんがどこかに連れ出してくれるようです。
気分転換はできますが、一体どういう事ですかなー?
ねーねー。飼主さんどこいくのー?
台車に載せられた檻がガラガラ音を立てて進んでいきます。
無論自分は檻の中です。ドナドナドーナー。
もう既に出荷されてグラディエーターもどきですけど。
しかしアレですよ。別に後を付いていくぐらいは出来るのに。
飼主さんも密着して撫でたりしてくれてたじゃないですか。
少しぐらい信用してくれても良いんじゃないです?
ヨルンさん、げきおこプンスコ丸ですぞ!
でも…正直言うと運んでもらえて楽なんです。
尻尾のタマゴが足枷のように重かったりするんですよね。
転がって移動も出来ますけど。蛇的な移動はちょっと疲れるんです。
まさか…それを考慮して運んでくれているのでしょうか?
実はこの飼主さん優しい!?
という訳で変わり映えのしない通路を進み、とある部屋へ到着しました。
お外へは連れて行って貰えなかったようです。残念。
やっぱり飼主微妙だわ。外の空気吸わせてよ。常識ねぇなぁ。
抗議の目線が飼主の気に留まる訳ではないが。
檻からようやく解放されました。
目の前には見慣れぬ人がいます。
容姿ですが特異な感じがしますな。
まず目に付いた場所からですが。
所謂…ペストマスク的な物を付けてますな。
その他、露出が全然無いです。
見るからにヤバそうという印象が先ず湧き上がってしまいました。
値踏みするかのように自分を観察する嘴男。嘴女かもしれない?
ならば嘴人間だ。ペストマスクしてるけどペスト医師って訳でも無さそうですし。
そして嘴人間は飼主に手を差し出した。
なんか尖った鉤爪がピンセットのような。トングのような。奇抜な形状をしてますな。
やはり怪しい。直接触れない系って事は…本当にペスト医師的な?
そんな嘴人間に飼主は金貨を手渡した。
確認するかのように目の前に硬貨を寄せて眺めると、確認を終えたのか暫く後に嘴人間は口を開いた。
「解剖するので?」
はい? 嘴人間が口に出した言葉に驚くも飼主が無言でローキックを繰り出したのを見て、解剖の意思はないのだなと理解し安心です。
そしてローキックを受けた嘴人間は動じた様子もなく、声で性別を判断するのも難しいぐらいのかすれ声で応対していた。
「冗談、ですよ。調査。ですか?」
調査ですと? 自分を? 魔物を? サーペントエッグである自分をですか?
これはもしやステータスがどの程度か分かるというアレですかな?
先に金貨を一枚渡していましたし、相当な代金を取られるようですが…
もうちょっと早く…戦場に送り込む前に調べてくれても良いんじゃないですかねぇ?
そんな意思を込めて見上げましたが、飼主は気が付いた様子もなく嘴人間と話を続けていた。
「っとそうだ、その前に。コイツの名前を付けたい。アレは余ってるか?」
「いいえ。余って。ません。最近は。需要が。ありすぎて。ね?
ええと、そうですな。サーペントエッグ用…であれば。
プラチナタグを、白金貨2枚で。金貨なら。230枚となります」
あーあー…金銭感覚が鈍ってますが。予想してみましょう。
現代貨幣に換算しますと。100万だか200万軽く超えてそうです。
1000万とか超えてるかもしれません。
つまり。ヨルンにとっては比べるモノが殆どなく、良く分かってないという事です。
とにかく高い。とだけは分かってます。
ちなみに自分はその…白金貨複数枚とやらで買われたようですが。
詳しい金額は分かってません。だって…目の前で取引が行われた訳じゃありませんから。
えーと、食料品は銅貨でのやりとりで。
酒場やその系のお店で豪遊するとなれば銀貨で事足りて。
冒険者の装備品なんかは金貨でのやりとりが多いとか。
自分が知ってるのがそのぐらいですよ。蛇ですし。魔物ですし。
白金貨は多分アレよね。家とか買えちゃうんでしょうね。多分。
そんなこんなで飼主さん。高い!とか流石に無いだろう!
とか食いついてますが嘴人間は需要が高くて在庫が無いとか。供給が全然だとか。
欲しけりゃ自分で取ってくるしかないぞ。とか言われてます。
数分に渡る論争の結果。
飼主さん。渋々白金貨とやらを取り出して嘴人間に支払ったではないですか。
…もしかして飼主さん…大金持ち? まあそこそこに持ってるんだろうなとは思ってましたが。
念願のプラチナタグとやらを手に入れた飼主さんは何やら考え込んでいます。
確かに本物だな。と口に出して確認していますな。
「では、調査、前に。名付けて…しまいますか?」
「うむ。そうする」
どうやら今までの流れを察するに魔物である自分。
既に名の付いているヨルンに名付けをしようという流れなのでしょうか?
まあ…彼等には知る由もない筈ですからね。
さて。どうしたものか?
ヨルンが悩んでいると嘴人間はプラチナタグとやらをぺったり頭に乗せやがりました。
「では。名前を。む? …え?」
ちょっとした間の後、狼狽した声をあげる事となった嘴人間。
何かと思えばキィンッ…という音を立ててプラチナタグが弾け飛んだではないですか。
うむ。不良品ですな。ヨルンには分かりますぞ?
ヨルンは悪くありません。これは何かの陰謀ですな。
弾けとんだプラチナタグはみるも無残な姿を晒し、真っ二つに割れてしまいました。
「おい、一体どういう事だ?」
「いえ、これは。ええっと。少しだけ。お時間を…」
明らかに慌てた様子で部屋の奥へ引っ込んでいく嘴人間。
不思議そうな顔をする飼主と目が合い、お互いが良く分からない状況に首を傾げるばかり。
間もなく嘴人間が戻ってくると、今度は二つの同じプラチナタグを用いやってきたではありませんか。
…あれ、何気にマスクも変わってますがな。別人ですかい?
「なんだ、在庫が無いんじゃなかったのか?」
「…この二つで。最後だ。少し、確認、を。する」
挙動不審な嘴人間は飼主の質問を軽く流し、壊れたプラチナタグと新品らしきモノを見比べる。
虫眼鏡のようなモノまで用いて何を調べているのやら。
見ればその虫眼鏡にはちょっとした魔力が籠っている様子。
なにかの魔法道具なのでしょうか?
ふむむ。なんともこそばゆい感覚に身を捩らせたくなってきてしまいます。
嘴人間はしきりに…既に名前が付いている?
いや…それだけで壊れる筈がない。
道具に問題が? いや…壊れていれば直に分かる。
だとしたら…ぬぐぐ。憶測にしかならない。
等と苦戦している様子。
それなりの時間が経過し、業を煮やした飼主が声をかけたが
嘴人間の対話の矛先が飼主に向くだけであり、妙な威圧感が籠った低い声がマスクの底で響いていた。
この魔物を見つけたのはどこだ?
何?買い取っただと?
どういう経緯で手に入れたのだ?
生後どのぐらいだ? 何を食べてた?
質問攻めである。
何これ。不味い状況?
アレですか。ヨルンさんが変だって事ですか?
しかしなんて事もない情報しか飼主からは出ず。
…いや、聞いてる分にはおかしい事だらけでしたね。
魔物の常識っていうのがちょっと分かりませんでしたが…
生後10日以内で今までの対戦。つまり、対魔物の複数戦を3戦分をこなしていたらしいです。
そーかー。魔物って生まれたばかりでも戦えるんだー。スゴイナー。
そんな現状に軽い眩暈を覚えた所で、嘴人間の手はヨルンに伸びる。
そして嘴から捻り出される声には力が籠り、
頭の高さを合わせるように膝を折った嘴人間のマスクの奥底からの視線は真っ直ぐにヨルンを捉えてた。
「オマエは。ヨルン。と言う…のか?」
嘴人間から出た、最初の一言はヨルンの名前を言い当る。
そうか。この嘴人間は…そういう類のスキルを持っているんだな。
戦闘とはまた違った緊張感に蛇の体を強張らせ、ペストマスクがカクンと傾いた。
使い古されてますねぇ。その仮面。
ヨルンさんの解析眼も伊達ではありませんよ?
…そういう類のスキルには覚えがありますから。
とはいえ対話も出来ぬこの体でどう対応したら良いものか。
高鳴る心音に先の見えぬ不安を感じつつ、肯定の意味を交えて真っ直ぐに見返すヨルン。
深く頷いた嘴人間は、それをどう捉えたのか。言葉を発せぬヨルンに返せる言葉は無かった。
なので、クギューと鳴いてみた。
* * *
ペストマスクは良い物だ。
外見が変わる系のゲームでソレが存在するならば。
常に持ち歩いていても損はないです。




