幼女の前で進化する蛇
幼女との死闘を繰り広げる事、飽きるまで。
やはりこの幼女、力だけは妙にありおる。
見た目に騙されると痛い目見る系ですな。
ヨルンさん、しっかりと掴まれて、ぐるぐるに巻かれて持ち上げられました。
アリエルは重いと言いつつ、ヨルンを頭の上に丸めて掲げ、ゲットされましたよ。
効果音は~ご、ま、だ、れー、って感じですかね。
でも効果音は鳴らなかったので、ヨルンさんこのまま投げつけられた。
勇者が家探し中に壊されるツボの如しに割れてしまいそうです。
「とおりゃー」
やる気のない掛け声とともに、ヨルンは放り上げられる。
重量物を放り投げるも重すぎて全然飛ばせない投げ方ですな。
少々の浮遊感の後に、ヨルンはべちゃんと大地へ着弾する。
まあダメージも無く、着弾地点はタマゴの中でした。
そうそう、ヨルンは尻尾の先にタマゴが付いたままのサーペントエッグという種族の魔物でしたが、
今ではアリエルに引きちぎられて尻尾の先がちゃんとあります、丸見えです。
でも普通の蛇の尻尾でした。切断面とかなくて良かったって所?
しかし折角タマゴを乗り回して面白い戦い方を模索してたのに実践で使う事叶わずか。
まあ他の行動を模索しましょうかね。魔法も思い出した事ですし。
そういう訳でヨルンさん普通のサーペントになってしまいました。
尻尾のタマゴもヨルンから離れた途端に、重くなった気がしますよ。
微動だにしませんし、地面にめり込んでおります。
何この重量物? こんなもの振り回してたの? 鉄より重いんじゃないですかね。
体でぐいぐい押しても大きく動く気配がありません。
ああ脱げてしまったんだなと実感が沸き、でも脱げてしまうと名残惜しい。
せめて何かに使えないものか。
そう思い、お口を開けてタマゴにがぶりと噛みついたその時だった。
美味しいじゃないか。
食べ始めてすぐに感じたのは、今は懐かしきジャンクフードのようなポリポリした食感。
その後に始まった、お口の中に広がるサラサラしたこの感じは高級感のある砂糖菓子のように後味が良い。
久しぶりにこんな類の物を食べたのだから量はあれども飽きは来ない。
ボリボリボリボリ食べ進める事、どのぐらい掛かっただろう?
そんな自分を見てアリエルも、ひとかけら摘んでお口に運びましたよ?
「かたい」
そんな一言と共に食べられなかったタマゴをヨルンに差し出しました。
幼女の関節キッス以上のようなモノをポリポリ食べて、ついに完食です。
ゲプッと胃の中より溢れてくる空気を吐き出すのを我慢しつつ、美味い物を食べて満腹になった時の至福の時を味わいつつ横になる。
今は平和で温かい昼下がりに幼女と二人きり、ゴロゴロ寝転がるお時間です。
そんな姿を見てか、あの大きめのタマゴが丸々消え去った事実を確認してかアリエルはボソっと言葉を漏らす。
「売れば高くなったんだけどなぁ」
そういえばアリエルに飼われてからというもの、
何かとお金勘定が入るようですが、アリエルさん何者なんでしょう?
貴族感がありますが、ヨルンが思い描く貴族像とはかけ離れております。
お金持ちなのは間違いありませんが、もしかすると商人系でありますか?
しかし意外と身体能力も高めで幼女な外見ですけど、今までの経験から察するに外見は関係ありませんよね。
少し興味が湧いてきましたが、アリエルの素性を聞いてみるべきか否か。
(高い?)
なんとなく場を繋げる為に聞き返してみましたが、アリエルの様子はヨルンをジロジロと品定めするかのようにみつめております。
ヨルンの値段でも調べるんですかね? 買値は白金貨取引でしたから、それ以上のモノとなっていれば嬉しいのですが。
「あのぐらいのタマゴなら白金貨1枚ぐらいにはなる」
どうやらタマゴの値段のようでした。
タマゴだけで白金貨一枚となるようです。
満足気に頷くアリエルは何を思っているのだろう。
少なくても勿体ないとか貴重品を食べやがって、とか思っている訳ではなさそうです。
(白金貨って何なの?)
折角ですので機会の無かった貨幣の価値を聞いてみましょう。
ヨルンさんには何一つとして指標がありませんでしたから。
金銭関連は全て曖昧な情報から得られての、あとは勘ですよ勘。
「んーと、これ一枚で御飯一年分ぐらいは食べられるお金ね」
そして得られた答えはこれまた曖昧な答えでした。
御飯一年分とか、消費する金額は人によって違いますし、
一年分なんて言われてもピンと来ませんよ、何かの景品ですか?
でも文句なんて言ってられません。ここは一つノッてあげましょうね。
(一年分っ。ヨルン一年分食べた?)
「もっと食べたかもしれないけど」
(そーなのかー。一年分ってどのぐらい?)
「まっ、これから食べる分ぐらいは働きなさい。アンタにも白金貨2枚ぐらい払ってるんだから」
詳しく聞きたかった部分は流されての、ヨルンさんの値段判明です。タマゴ2個分です。
サーペントエッグという魔物の値段が白金貨2枚でした。
魔物は高い? 高級品? 一応レアモノ扱いされてましたな。
ゴブリンとか供給早くて安くて弱そう。
でもモノによっては王様になったり、すっごく強くなったりしそうな感じはするんですよね。
まあ好奇心が残っていれば観察してみるのも良いかもしれませんが、今は今でやる事が出来ましたな。
(ヨルン働くっ。でもブラック企業は反対っ)
自分の意思はしっかりと。通るかどうかは分かりませんでしたがアリエルは一言。
ブラック企業? 頭にクエスチョンマークを浮かべておりました。
この世界ではブラック企業という言葉は浸透していなかった。
つまり、ブラック企業が無いという事。ヤッター。
でもなく、ブラック企業が普通という可能性もあります。ヤダー。
「とりあえず、あのタマゴ全部食べたんだから、体の方はどうなの?」
(お腹いっぱい)
「なんかほんわかしてるんだけど、そろそろ進化してもおかしくはないとは思うのよね」
(ヨルンもそう思う。何か足りてない?)
そういえば自身の体が火照っておりました。
食べたばかりで、胃に血が回って良い気分になってるだけかと思ってましたけどなんだか違うようですな。
アリエルが言うように、意識してみれば進化という言葉が頭で引っかかっております。
もしかすると、ヨルンさんランクアップのお時間ですか?
(ヨルン。進化! でも分かんない)
流れに乗ればなんとなく進化できそうなイメージなのですが正直に言えば分からない。
進化しますか? はい。いいえ。なんて出てきたらはいを押して進化開始という訳でもないようですし。
念じても今一つ、形となっていない状態では次のステップに踏み込めない。そんな感じです。
「そういえばヨルン、何かあのプルプルした奴から貰ってなかった?」
(これこれ、箱に入った何か)
プルプルした奴、それはあのスライム娘なサプの事ですな。
もしかすると雄だったかもしれませんが、性別は無いっぽい系でしたしスライム娘で通します。
そんなサプより受け取っていたお土産のような箱モノが目の前にあるのです。
「桐の箱よね。魔物から貰ったのに高級感あるんだけど、どうやって開けるのかな?」
見れば確かに高級そうな箱である。
ダンジョン下層の魔物が落としてレアな装備が入っている可能性が高そうな。
迂闊に開ければトラップが発動して、全滅する可能性がありそうな雰囲気を漂わせる箱ですな。
でも、この箱にそんな危険は無さそうですが、はてさて?
(ここ押す。そして持ち上げる)
とりあえず開け方は聞いていたのでパカッと開いてみましょう。
蛇の頭でも簡単に開けられるぐらいのワンタッチ式の箱でした。
「へえ、単純で良いわね。うちの商会で採用して売りに出そうかしら」
さらっと商会がある事を話すアリエル。
どうやら商人説が濃厚になって参りましたが、貴族説も残っております。
もしかすると裏な世界のなんとやらな可能性もありますし、今のうちはあれこれ妄想しておきましょう。
そんな事を考えながら、開いた箱の中身を確認すれば。
(中身は、お饅頭?)
「メモ書きがあるね。えーと、ヨルン様へ。
死にそうなぐらいに傷ついたとき。ヨルン様の進化が近い時はこれを食べてください」
開ける前にお土産の様な箱と例えましたが、本当にお土産のようなものでしたね。
メモによれば、回復アイテムのようなお饅頭?
進化が近い時にも食べて良いらしいですけど、そんなお饅頭が…
(いっぱいあるっ)
「試しに一つ食べてみる?」
箱に詰められ並んでました。16個入りに区分けされて綺麗に並べられております。
やっぱりお土産饅頭みたいな印象しか湧き上がりません。
あの魔物が自称Aランクでしたし、効果は凄そうなんですけどね?
折角なのでお一つ頂いてしまいましょう。
(がぶりんちょ)
「やっぱりヨルンって変よね」
念話で効果音を付けながらお口に運んでみたら変と言われてしまいました。
思えば調子に乗り過ぎたかもしれませんが、こういう場合の言い訳は決まっています。
(魔物だもん)
「変な魔物って意味」
無慈悲な突っ込みがヨルンの胸を抉った気分ですが目立ったダメージはありません。
元から変だと自覚してますし、幼女からの突っ込みであれば心地良いものです。
そんな事よりも、お饅頭を食べた事により、ヨルンの体温が急上昇してしまっています。
(体がぽかぽかー。力がめざめるー)
これはもしかして、進化のお時間ですか?
ヨルンさん光っております。体がヒビ割れて光が放射されてるじゃないですか。
心の中のBボタンは反応しないようでキャンセルは不可能のようです。
「あ、光った」
アリエルもヨルンが光っているのを確認していました。
リアクションが薄い気がしますが、多分今まで驚き過ぎた所為ですよね。
(うおー。あっちぃー!)
折角の進化なのにけしからんと思うも、そんな考えは直に吹き飛ぶほどの熱さ。
あまりの熱さにヨルンは飛び上がりました。スピキュールとか叫んでおけば良かったかなと思うも別に体が炎に包まれてる訳でも無し。
小規模の隕石となったヨルンが大地に着弾すれば、噴煙のような蒸気が辺りに立ち込め視界が一時閉ざされる事になる。
ヨルン自身には特にダメージは見られない。
頭は動く、蛇の体の調子も良好。
ほんのり尻尾が重くなった気がする。
体の長さは、思いっきり伸びをしてみればそこそこに長く、大きくなれた感触がある。
心なしか柔軟性も良くなった感じがして、何よりも体中に漲る力は単純に強くなったと実感させられる。
やがて霧のような蒸気が晴れてアリエルの姿が見えるようになった時、ヨルンの姿もお目見えされる事になる。
自身の体が大きく変わってしまった事に多少の違和感を覚えるも、これが魔物進化だという事は理解していた。
アリエルもまじまじと新生したヨルンの姿を観察している。
そして、値踏みするかのようなアリエルの視線が、ヨルンの尻尾へ向けられた時だった。
「きもい」(ひどいっ)
幼女の進化した蛇に対する第一声はキモイの一言だった。
しかし怒りが沸く事は特にない。
だって、ヨルンの尻尾の先に付いているコレは。
我ながらに気持ち悪いとの第一印象を覚えてしまったんですから。
アリエルから先に言われた事により、納得させて頂きました。
幼女の素直な発言は偉大である。
そう感謝しつつ、ヨルンはそのキモイ部分を動かして幼女の前に寄せるのだった。
* * *
気が付いたらサブタイトルに幼女付けるシリーズになっておる。




