囚われ幼女と呪う蛇
開いたドアより姿を見せる人影は…人のような形をしていますが魔物ですな。
潤いすぎな程にツヤツヤの肌。頭には帽子を被っているかのようにふっくらとしたキノコのようなクラゲのようなモノがプヨプヨ動いている。
そんな人のような形をした何かが、歩く度にプルンプルンと肌を揺らして迫ってくるその姿は。
特に威圧感を感じる事はないぐらいに可愛らしい。
「後は回収して運ぶだけかと思っていたのですが」
どことなく可愛げのある魔物は片足を軸にくるりと一回転。
なんとも無駄の大きい動作で、両膝をつくような姿勢となり。
そのまま頭部の丸っこい傘を此方に向けて土下座のような姿になりましたよ?
「折角です。この場で用件を済ませてしまいましょう」
そんな無駄な動作からの土下座姿となり、言葉を繋げる魔物は一体何が目的なのか?
目的を聞きだすべく、アリエルが意を決して一歩、相手に踏み込んだその時だった。
「ああ、丁度良く離れてくれましたね。ありがとうございます」
しゅるんと擬音を付けられそう勢いで複数の触手が放たれた。
またもや触手ですか? しかも先程の噛めば霧散する系の触手ではなさそうです。
目の前の魔物の傘より次々と向かってくる無数の触手。
ただの水に魔力で操っていた触手とは比べ物にならない程に強靭な触手であった。
しかし見た目はプルプルで触感気持ちよさそうな触手である。
そんな触手がアリエルをぐるぐる巻きにしてくれました。
それを目にしたヨルンも対抗するべく飛び出すが、妨害する事適わず見えない壁に阻まれました。
畜生めー、ちょっと触ってみたかったのに、噛みついてみたかったのに、あの触手を。
ヨルンの邪魔する壁、一体これは?
物理的な障壁で尚、弾力がある。
タマゴで殴ってみればその衝撃相応の分だけ奥へ進む。
相手に怪我をさせる気がないかのように低い反発力で元に戻る壁。
ええい、うっとおしい。
タマゴで叩く。続けて体当たり。さらにテールスピアにて押し通る。
進んだ距離は伸びたものの、今のサイクルを10度以上繰り返さねばアリエルには届かない。
ならばその数分を試行し続けてくれよう。
そう思ったが、凹んだ部分の足場の影響も相まって事はそう単純ではなかった。
見事にすっ転び、反発力に負けて押し戻されるヨルンがココに居る。
「アンタがこんな事したの? 一体何ン…ッ?」
そうこうヨルンが苦戦している内に幼女のお口へ触手が侵入してしまいました。
今までの抵抗は無意味だったというのか。
ものの数秒にして、アリエルの意識は刈り取られたのだろう。
だらんと腕を垂らしたその様子からこれ以上の抵抗はもう無いと思われる。
それを確認してか、おとなしくなったアリエルに巻き付く触手はその体を宙へ吊るす。
「よし、精度は十分。エルフを殺さぬないように力を調整するのも難しいですが、まあこんな所でしょう」
そんな言葉と共に、魔物より放たれる魔力の大きさは桁が外れているぐらいに感じられた。
爆発かと見紛う程の閃光の後、触手に絡まれる幼女の姿は無かった。
ヨルンの視界に入るは透明度の高い円柱の中へ閉じ込められたアリエルの姿。
先に魔物が言っていた通りであるならばアリエルは生きてはいるようだが、
確認出来る限りにその体はピクリとも動かない。
ああ、ヨルンはなんて無力なのでしょう。
「他に人間の気配は無し。関係する魔法の道具も無し」
ヨルンは眼中にないというのか、目の前の魔物は確認作業を淡々とこなしていた。
視認できる範囲で魔力の波紋が広がり、そして収束しているのが分かります。
潜水艦のソナーのような、蝙蝠が放つ超音波のような、とにかく何かを探知しているのですね。
ものの数秒間の行為でしたが言葉通りの確認を終えたのだろう。
その後、蛇と幼女を遮っていた壁が無くなった。
しかし新たなる壁が、より強固なモノとなって接触を阻んでいる。
試すまでもなく、今のヨルンに閉じ込められたアリエルを助ける術はない。
そう思いながらも円柱のような結界を殴ってみるのが心情って奴ですがね。
攻撃してもガイーン、ガキーン、コイーン、チュイーンという効果音すら鳴りません。
見事な魔法でございます。ヨルンではどうにも出来ない結界を作ってくれましたな。
アリエルは囚われの幼女様となってしまったのだ。
続けてアリエルを閉じ込めた魔物は壁に、浴槽に、ありとあらゆる隙間に、穴にその触手を忍ばせていた。
表現が怪しいですが対象物は室内です、幼女じゃありません。
あの魔物は今度は何をしているのでしょう?
我が物顔で動き回る無作法な乱入者が発する言葉は終始、独り言のように響いているが対話の出来る者が他にいないので仕方ないだろう。
相手の言葉と今の今まで無事である自分の状況を察するに。
「これで邪魔者がやってくる事も無いでしょう。まずは楽にしてください」
ソレの攻撃対象がヨルンに向けられる事になるのは想像に難くない。
楽にしてくださいの言葉の後に、ヨルンに向けられ触手が迫ってきましたよ?
向けられた触手は別に殺意なども感じられず、かと言って大人しく縛られる訳にもいきません。
蛇さんの触手プレイは勘弁ですよ~。
ゴインッ…
むむむ、尻尾のタマゴで触手を打ち払った所で凄い音がしました。
向かってくる触手は弾けたものの、なんという硬度?
スライムのようにプルプルした体をしている癖にとんでもない力ですな。
ああ、でも今ので分かってしまう、埋めようのない実力差。
全然余裕で触手を突き出してきますね、相手さん。
ガインーッ。ガコーンッ。バシイッ。
続け様にやってくる触手をタマゴで打ち落とす。
撃ち落した触手が何の事もなくタマゴを打ち上げる。
浮き上がったヨルンの体を触手が捕まえた。
はい、詰みです。
「やはり、私の事は覚えてませんか?
まあ良いですけど、その体で良くもまあここまで動けるものです。
これもお仕事なのですいません。お体、調べさせて貰います」
ゲル状の触手で絡まれたヨルンは身動き出来ません。
何やらヨルンを知っているような、気になる事を言っていますが何の事やら。
考える余裕も無いままに体中を弄られております。
触手プレイじゃないですかー。
ヨルンさんぎゅうぎゅうに締め付けられてしまいます!
どちらかというと締め付ける側に回りたいんですけどー!
こうして拘束されたまま暫くの時間が過ぎました。
お風呂で綺麗になったというのに、汚されてしまいましたな。
スライム物質でベトベトであります。
抗議の鳴き声ですぞ! ぐぎゃー! ギャシャー!
「怒らないでくださいよ、これあげますから」
わーい、抗議の鳴き声をあげれば触手から解放されました。
続けて差し出されたモノは魔石ですー?
なんか凄そうなモノですよー?
なんだか変な感じがしますがー?
木の実みたいなイメージもしますねー。
「ほいっ、この辺りに埋め込むんでしたっけね」
考えるヨルンへ衝撃が走る。何が起きたのか?
頭に硬質な何かが物凄い力でぶつけられましたよ!
叫ぶ間もなく猛烈な痛みがヨルンの体の自由を奪う。
痛い!これは痛い!じくじく痛い!頭痛が痛い!
例えるのであれば39度の高熱を出した際に、アルコールを摂取してしまい、
さらに自分以外の意思で動く乗り物の中で体全部をシェイクされたぐらいの痛さです!
アヘェ…、暫く後に舌をだらんと垂らした蛇が確認された事でしょう。
この世の地獄を味わったが体は動く、まだ動く。
自分は生きている、まだ生きているぞぉー!
永遠と続きそうなぐらいだった痛みも今は無い。
それどころか快調そのもの。
過ぎ去ってしまえばなんともないぜー。
蛇の体を起こし頭を振ってみても違和感ないぜー。
「うむうむ、生きているという事はやっぱり本物ですな。
念話に呪術に元素魔法、基礎的な物しか押し込めませんでしたが、
元々はアナタの物でしたし直に馴染むでしょうね。」
そういえば目の前の魔物は、やはりというかどこか覚えのある魔物だったが故に、相手は自分を知っていた?
その可愛げのある姿、しかしその実、中身の本性は何だったか。
考えても情報の薄い今では時間の無駄である。
今は与えられた情報として念話、呪術、元素魔法を与えられたとの事?
使い方は、出来そうです。折角ですし念じてみましょうクラゲ頭へ!
(アナタは誰で、何しに来たの?)
念話開始であります、届いてるかどうかは相手次第。
心配は杞憂であり話が通じる相手であるのを祈るのみだが。
そもそもに念話は届いているのか、自身の感覚を信じるのであれば出来ている筈ですけどね。
「ええ、私はユグドラシル・サプであり、ヨルン様をお探ししておりました。
こうして無事に会う事が出来てうれしい限り。では早速、一緒に子供を作りましょう。」
心配は杞憂であり、返答は直にやってきた。
自己紹介にて相手の名前はユグドラシル・サプである事が分かり、
ヨルンである自分の事を探していたという事ですね。
そして喜んでいて、一緒に子供を作りたいようです。
(現状の把握は困難。子作りも却下)
どんな流れでこうなったか見当もつきませんが、子供作りに関しては拒否しておきましょう。
プルンと体を震わせるスライムは所謂、スライム娘とかいう類なんですかね?
もしかしてヨルンさん、ハーレム世界への入り口に足を踏み入れたとか?
「私が産みますから一緒に作りましょう!
今後の事も考えまして、軽く1万匹ぐらい!」
きゃっきゃウフフの展開を期待してしまいましたが一瞬で危ない子と認定です。
素直に従ったら一体どんな目にあわされるか分かったもんじゃないですな。
ヨルン的判断により、普段通りな対応を致しますよ。
(待てい、自分まだ生後ひと月も経ってない!)
そんな対応をしてヨルンは考える。
どこかの世界には生まれて間もなく預けられてタマゴ作りを強要される施設があるらしい。
依頼主は自転車に乗って走り回り、右を向いた職員を発見するなり猛スピードで突っ込んできてタマゴを回収していくとか。
高速で回転しながらタマゴが出来るまで待つ系の集まりが存在するとか。
まあヨルンさんには関係ありませんけど。
「ヨルン様ですし、大丈夫です!」
目の前の魔物は事もあろうに様付けして大丈夫ですと言ってくれました。
どうにも本気の目をしていますし、態度もおかしいですよ。
(そういうのは同意の元に行うべき!」
そして言ってから気付く、同意の元に?
探る記憶の中、おぼろげながらにこのサプという魔物の姿、その他の情報がヨルンの頭に詰まっている。
それを完全に思い出すには今しばしの時間が必要であるとの自己分析を終えるが、
記憶の欠片は嫌な予感を伴いサルベージされ続けておりますよ。
「ヨルン様は生まれたその日にタマゴを作った事があると聞きました!」
(マジで!? いや、覚えがある。でっかいタマゴ作ったっけ)
新事実、ヨルンさんは雌だった?
何かとつけて他の魔物に攻めよられていた覚えがあります。
その結果タマゴを作ってしまったけれども、子育てをした覚えはありませんな。
やはりこのヨルンの記憶は混乱しているようです。
落ち着いた時間が欲しいですよ全く。
「ええ、ですから年齢の問題は全くありません!」
そんなヨルンの願いも虚しく押しに押してくる魔物っ子。
正直な所、突然の来訪ですし、触手に襲われましたし、
姿を現せば可愛げのあるその姿で迫ってきている訳ですから何が何だか分かっておりません。
(だけど今は今。あの時はあの時。体が持たん!)
「だったら、一匹だけ良いの作りましょう!」
(嫌です。断ります。せめて現状を理解してから考えます!)
どうやら目の前の魔物は是が非でも己が願望を叶えたい様子。
であるのならば、出来うる限り先延ばしにして情報を引き出さねばと思います。
必死の抵抗を見せるヨルンの念話を受けて考える素振りを見せるスライム娘が出来上がり。
会話が通じるのが救いであるが、何から話せば良いのやら。
「ふぅ…仕方ありませんね。
私が知る限りの事ならお話し致しますよ。
とはいっても、何から話せば良いのやら」
相手さんもこの辺は何にも考えてない様子。
お仕事がどうとか言ってましたが上司でもいるんですかね?
自分の事をヨルン様とか呼んでますし、子供作りたがってますし。
もしかすると、親密な関係だったのかもしれないがそんな覚えは特になし。
(先ずは、自分がおかしいのは理解している。なんでこんなになったか知ってる?)
ならば聞いてみましょう自分の素性。
切り込み口はこんな質問からにしておいて、気になるワードを突っ込んでいくスタイルへ切り替えるのだ。
「知ってます。あれは今から一月程前でしょうか」
(自分がサーペントエッグとして生まれた時期?)
タマゴな時期、ドナドナされての移送もそれなりに時間が掛かっていた。
グラディエーター的な戦いをさせられた日数もあり、ここ数日はゆったりとセレブな生活。
つまり一月ぐらいは経っていると思われます。
「そうです、話すと長くなるので簡単に流れを説明すれば、あの日…あの時。
あの性根の悪そうなチビ魔人のプレゼントを受け取った時、変な奴もいましたね。
何かされたようで、ヨルン様が急に暴れ出し、魔人達の居城を破壊し尽くしました」
(訳が分からないよ)
ざっくり端折り過ぎでしょう。
自分がなんで記憶もなく、このような状況に置かれているのかの説明もされてませんし。
何か話してよの目でみつめると、考える素振りを見せるクラゲ頭は言葉を探している模様。
「傍から見てたらそんな所でした。
詳しい話を聞きたければ、私と子供を一緒に作りましょう」
どうやら話す気は無いようだ。
もしかすると話す気はあるが、願望が優先されてしまい強硬姿勢となっているのかもしれない。
これは不味い、続けて何かを話さねばヨルンの何かが危ないですよ。
(ええい、次は自分の現状だ。正直な所、自分の体に違和感があって動き辛いのなんの、話せる事ある?)
「簡単に言えば新しい体を作って転生の形をとっているようです。
他の同種と比べれば大分強めにはなっていますが、Eランクに分類される程度の体ですから。
ちなみに私はAランクに分類されているらしいですな」
おっと、こっちは単純に分かりやすい。
気も反らせたみたいですし、転生とかいうワードも出て参りました。
新しい体を作ったなんて出てくるとは、元の体に何かあったんですかね?
転生自体に大してはもう、慣れっこな気がしてますし、気になる事はと言えば。
(ほうほう、となるとやっぱり自分も)
「元々はAランク、とまでは話して良いでしょうな。
でも今はそのようなお体で…となればヨルン様、お覚悟を願います。
私、辛抱堪らんとですよ。大丈夫です、一匹だけ作れれば満足しますから」
どうやら悪手を踏んでしまったようだ。
元々はAランクで様付けされて呼ばれるヨルンさん。
記憶は中途半端ですが何となく読めて参りましたよ。
しかし読めたからと言って、状況が改善する訳でも無し。
依然として危険域でまごまごしている状況であるのは変わらず、
突破口があるとすればヨルンと様付けしている、
目の前の魔物から見た自分の扱いがどういうものかによるのだが。
(サプの言うヨルン様相手でも、拒否権は?)
「ええ、勿論あります。拒否しても良いですが、私も魔物です。
我が儘を押し通す為に強引な手段を取り、最悪な結果を招く可能性がある事にご理解を」
簡単に言えば拒否したら強引に押し通りますよ発言ですね。
ヨルンさんは相当にピンチなようです。
密室ですし、アリエルさん人質ですし、戦っても勝てませんし、逃げる事も適わない。
(実質拒否権無いじゃないですかー、ヤダー!)
「勿論勝ち目のない戦いを押し付けるのも面白くありません。
ですが1%でも勝ち目があればヨルン様にとっては100%。
私には…今しかないのです! お願いします! なんでもしますから!」
ん? 今なんでもするって言ってたね。
といっても言葉だけなのは分かるんですけど、両手で思いっきりヨルンさんハグされてますよ。
良い感触です、プニプニです、ツルツルプニプニ、潤いお肌は流石スライム娘ですな。
しかしなんだってこんな態度をとるのだろう?
(強気なのか弱気なのか)
「だってヨルン様はいつも、何かあれば遠慮なく言うが良いって。
いつか一緒に子供も作ろうって約束してくれたじゃないですか」
脳裏に過ぎる光景、壊れた記憶を保管するかのようにピースが埋められていくこの感覚。
記憶喪失になっている者に変なピースを与えるんじゃありません!
それが見事にハマってしまうと、それが本当の事のように思えてしまうんですよ?
良くあるドキュメンタリーな番組程度の知識ですけど、
記憶喪失前に発生した事故を思い出させようと無理に人物名を当てはめた結果、
変にピースが埋まってしまい、関係の無い人物を恨みの対象にしてしまったとか聞いた事ありますし。
事実、今のヨルンさんもそんな状態なのであり、なんだか覚えがあるような気がしてしまい。
(否定できないのが悔しい)
今のヨルンの心情はそんな約束をしてしまったんなら…別に良いかと思ってしまう始末。
だがヨルンに残る理性が訳の分からぬままに進みたくはないという選択肢を選び続けている。
しかし依然と押せ押せスタイルを貫くランクAの魔物を相手に、いつまで持つか?
「私だって我慢していたんです、そして今目の前で無力な姿を晒しているヨルン様を前にしたら…
少しぐらい強気に出てしまっても、仕方ないじゃないですか?」
上目遣いに見上げるスライム娘の破壊力、これがランクAの力?
しかしヨルンは思う。自分は性別で言えばどちらなのだろう?
アレもソレも何もありませんし、思えば蛇のアレは二股に分かれているって話じゃないですか。
ともあれ自分は蛇ですが魔物です。魔物ですがこういう思考をしてしまうのです。
(気持ちは分からんでもない。しかし、そこで踏みとどまるのが理性というものだ!)
「その理性を壊そうとしているのがヨルン様なのですよ。
ああ…お互いが同意の元で行う行為を今、この場でするのです!」
ひしひしと感じる限界ライン。
いつ襲われてもおかしくないこの状況。
目が光っていたり、ハートマークと錯覚するぐらいなテンションですよこの子。
ムギュムギュと抱きしめられるヨルンの頭はスライム状の体にほんのりめり込み、心地良さすら感じています。
状況が状況であるのなら、ずーっとこうしていたい気分にもなりますが、そうもいかないでしょう。
(そんなになるまで…というか自分にそこまでの魅力あるん?)
「それはもう、魔物としての本能が叫んでいます、とにかく子供を作らせろと!」
そう高らかに宣言するユグドラシルなサプさん。
スライム状の触手と腕で、ヨルンを抱き締める力がミシミシと鳴るぐらいに強くなる。
ああ、もうダメそうだ。限界かもしれないが…やるしかあるまい。
(だが断る! このヨルンが最も好きな事のひとつは、
別に良いかと思ってる事でもノー!…と、そうあえて答えて、相手の反応を知る事だ!)
「そしてその後にロードをし直して、次はイエスと答えてあげるのですね?」
分かってるじゃないかサプよ、ヨルンの理解を深めてくれるサプは見ていて楽しいぞ。
これは褒めてやらねばならんな。
何かがあれば頼りになるのは一番、真面目そうなサプであると思い、
その能力も見込んで保険を掛けていた甲斐があるというものよ。
(その通り。サプよ、褒美に…ってアレ?)
そこまで考えたが、続く言葉が思いつかず。
一体自分は何をしようとしていたのか、立場が完全に自分が上であるという気分になっていたよね?
それは多分気のせいではなく、記憶の欠片を正しく当てはめれば思い出せそうなぐらいにまで持ってこれた筈だ。
あと少し、時間さえあれば良いのだが。
「分かっていましたとも。私には、ヨルン様のお考えが。
もう少し我慢すれば、ヨルン様との子を作る事が出来るのですね!」
サプもなんだか上機嫌となり体をプルプルさせております。
しかし少女っぽい体でそんなにプルプルされると可愛いですが、形が崩れて気持ち悪くもなってきますぞ?
念話に出す訳にもいかず、続く言葉も思いつかず。
振動するスライム娘が落ち着けばヨルンを前に顔を密着させての頬ずりですよ。
ヨルンに考える時間は与えられなかった。
(うむ、しかし今は問題があってな。何かが足りんのだ。ヨルンにとって大事な何かが)
「それは私に話す事を許可されていません。なので早く子供を作って先へ進みましょう」
話題を反らすも失敗である、ランク差の壁は厚かった。
どうあがいても絶望、圧倒的な武力の差に交渉の余地など無いのだ。
だからと言って諦める訳にもいかず抵抗を続ける訳ですけど。
少し暴れれば一先ずの解放はされました。
この機会を逃す訳にはいきません。
(まだ断る! というか、どうせ作るなら元の体に戻ってから作ろうじゃないか?)
得られたチャンス、しかし出来る事はといえばもう後先考えずに無難な言葉を並べるのみである。
所謂、肯定しつつ後にしよう作戦。
「いえいえ今の状態であるなら、また違ったものが作れる訳でして。私トシテハ楽シミガ増エル訳デ」
しかしそんな作戦も相手のカタコト棒読みの前に一蹴されるのみ。
じりじりにじり寄ってくるスライム娘の威圧感だけでヨルンは動けなくなりそうですよ。
(これは、ヨルン様、詰んでます?)
「はいそのようです。邪魔をする者は誰もいませんから」
(オーノー)
避けられぬ運命を悟るヨルン。
逃げる選択肢も平和的に解決する選択肢も暴力的な選択肢も全て廃された。
いわゆる完全なる詰み状態となったのだ。
「ヨルン様は心配なさらず、このサプに身を任せてくれれば良いのです」
両手を広げ、ヨルンを迎え入れようとするサプさん。
身を任せたら一体どうなっちゃうんですかねぇ?
(せめて、せめて、アリエルの姿を隠して!)
妄想するにヨルンさんが触手に巻かれてあれやこれやと。
もしかすると体の中に取り込まれてしまうかもしれません。
そんな姿、幼女にはとても見せられない、見られたくないですよー。
「このエルフなら意識なんてありませんから問題ありません」
そんなささやかなる抗議も一蹴されました。
見れてないにしても囚われし裸の幼女の目の前で蹂躙される姿を晒すのはちょっとね?
足も動かさずにじりじりと近寄るスライムがヨルンに触れるのも時間の問題です。
長々と続いたやりとりも、ある程度の情報を引き出せたのだから上場でしょう。
とはいえ、単に諦めるだけというのも面白くはない。
であるのならば、試してみるのが魔物の心情って奴よ。
(ならば最後の抵抗じゃあ。体当たりを食らえーい!)
全力で全開な攻撃をヨルンは放つのだ!
やる気は十分、気合は程々。
冷静に状況を見れば、何か驚かせる攻撃の一つや二つぐらい出来る筈!
覚えたての元素魔法にてタマゴを滑らせスライド移動させる事による高速の体当たりをまずは敢行である!
「潔し、ヨルン様から来てもらえるなんて、嬉しいですよ!」
しかしそれに動じる事無く、両腕を広げたポーズのままにヨルンを受け入れようとする魔物娘。
だがこんな体当たりでどうにかなるなんて微塵も思っていない。
このヨルンは自分が何も出来ない事等、全てお見通しなのよ。
(かかったな! 阿呆が! 気化冷却法!)
故にヨルンの攻撃はゴリ押しという選択肢を廃する必要がある。
相手の油断を初撃で誘いつつ、次なる攻撃が本命なのだ。
水分を気化させる事によって熱を奪いその周囲を凍らせる、属性の複合攻撃!
タマゴから放たれる冷気は、並みの人間であれば体が触れたその一瞬で氷漬けにしてしまいそうなぐらいの元素魔法だったが。
………ヤバイ。
ある意味で初の魔法攻撃だったので調整が効かなかった。
自身へのダメージも相当なモノになり、お風呂とその後の運動で火照った体がキンキンに冷えやがりました。
しかも相手さんのダメージは特に無さそうです。やはり理不尽な能力差が互いの間に存在していたのだ。
「火照った体が冷えましたな。丁度良いあんばいですよ」
(ざんねん ヨルンのぼうけんは ここでおわってしまった)
もはや体は動かない。
完全なる自爆でしたが、まあ他に有効な手もありませんでしたし。
チート主人公補正は自分には無かったって事ですな。
カチンコチンなヨルンはユグドラシル・サプの体に包まれてしまった。
「悪い子にはお仕置きですな」
サプはそう言ってヨルンを完全に取り込んだ。
今までとは何かが決定的に違う。スピリチュアルな感覚がヨルンを駆け巡った。
どうみても捕食です。本当にありがとうございました。
ジュウジュウ肉コース。ヨルンは溶けた。スネーク(笑)
「これだけ痛めつけても、適当で投げやりな対応を貫く魔物は他にいませんし。
やはりヨルン様で間違いないですな。子供もやっぱり作れるだけ作ってーっ!?」
しかしヨルンは死ななかった。
相手も薄皮一枚、脱皮する程度をほんのりその身に取り込もうとしていたようだったらしいのだが。
本格的なダメージが入ってくるまで、じわりじわり続けていたのが運の尽き。
驚かせる事に成功しましたな。驚いた拍子にヨルンさん体の外に吹っ飛ばされました。
なんで解放されたかって? そりゃあもう、ヨルンの呪いですよ。
脳裏に『世界蛇の呪い』というスキルが過ぎったのでソレでしょう。
今のヨルンさんなら発動ぐらい容易に出来るようです。
言葉が通じる今、相手が怯んでいる今こそ、その言葉で攻めたてる時!
(これから一生、子供を作る事が出来なくなる呪いをサプに)
「参りました。許して下さい」
(うむ。これから一生、ヨルンと子供を作る事が出来なくなる呪いとしよう)
「お願いします。一匹だけでも」
(うむ。ヨルンが元の体に戻るまでの間、不能としよう)
「分かりました。やはりヨルン様には敵いません。
私は…私は…、いえ、これ以上、何かするつもりはありません」
やったぜ、ハッタリでしたが勝ったようです。
でも実はハッタリじゃなかったかもしれません。
サプの体内より解放されたヨルンの背後には、
鬼の様な形相をした金色に輝く強大な蛇が睨みを効かせているのですから。
(正直な所。今は細かい調整が出来なくてな。一度発動したらどうなるか分からん)
「ええ、分かってます。ですからその物騒なモノをお終い下さい」
見るからにな焦りよう。縁起でもなんでもなく、純粋に背後の蛇を、このヨルンを恐れていての様子であった。
それもそうだ、もしもこの蛇が敵側だったら恐怖失禁をする自身が自分にはある。
故に、サプさん。このヨルンにソレを見せてくれても良いんですよ。
お風呂場ですしお掃除も楽ちんですから。
とはいえ、伝えてからハイ! なんて言われてジョバジョバされても興が削がれます。
(正直な所。操作も出来なくてな。やり場が無くて困ってる)
「ええ、私がこの場を離れるまでヨルン様も動かずに。
報告があるので無事に帰る必要があるので、これにて失礼…あっ」
妄想も程ほどに、サプさんが帰るような素振りを見せたその時だった。
魔法の結界に捕らえられし幼女がサプの頭へと落下した。
集中力が切れたのか、はたまた別の理由か、
意識の外に置いてあった幼女の真下に移動してしまったが故に…
丁度良く開放されたアリエルのお股の間から顔を覗かせるスライム娘の頭。
幼女が巨大なキノコのような傘の上に足を開いて座っております。
いわゆる肩車をしているような状態となりて、それ等はヨルンと対峙する事となり。
焦点の合わない目で正面を見据えるアリエル。
幼女を落とさぬようバランスを取り続けるサプ。
彼等の視線の先には蛇のヨルン。
そして金色に輝く強大な呪いの蛇の姿が悠然と佇んでいた。
後に響く、耳を劈くような幼女の悲鳴。
スライム娘の頭から迸る黄金色の水。
やり場のなかった呪いの蛇は、その力により浄化され、
今ココに至福の顔をするヨルンが発生したのだった………ふぅ。
* * *
呪いは聖水で浄化されるらしいですし。
別にそういう効果ある訳じゃないっぽいですけど。




