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待ってる

 ——今より、ずっと幼かった頃。

 サイラスにとって墓地は、用があるときだけ来て、終われば帰る場所だった。

 人は来て、泣いて、名前を呼び、やがて帰っていく。

 残るのは、土と石だけだ。

 それを整えるのが、自分の役目だった。


 人と話すことは少なかった。

 近くに来ても、少し距離を置かれる。

 目を合わせないまま話されることもある。

 理由は知っていた。

 墓守の家系だから。縁起が悪いから。

 そういうものだと教えられてきたし、間違っているとも思っていた。

 それでも、ときどき胸の奥が重くなる。

 どうすればいいのかは分からず、そのままにしていた。

 ひとりでいるのは普通で、

 それが一番、楽だった。

 ——あの日までは。


 墓の前で、泣いている少女がいた。

 どうしていいか分からなかった。

 声をかける理由も、かけ方も分からない。

 それでも、ひとりにするのは違う気がして、隣に座った。

 何も言わずに。

 しばらくして、少女が言う。

「……いなくなっちゃった」

 サイラスは少し考えて、短く答えた。

「……ここにいる」

 墓を指す。

 少女は顔を上げる。

 涙で濡れた目で、まっすぐに見る。

 それでも、目は逸らされなかった。


 それから少女は、ときどき墓地に来るようになった。

 最初は泣いていた。

 あの日と同じように、声を押し殺して。

 サイラスは少し離れて座る。何も言わない。

 それでも、その場を離れることはなかった。


 やがて、泣く時間は少しずつ短くなる。

 代わりに、ぽつりと日々のことを話すようになった。

「今日はね——」

 墓の前で、そこにいる相手に話すように。

 サイラスは聞いていた。返事はしない。

 それでも、その場にいた。


 ある日、話し終えたあとで、少女が隣を見る。

「……聞いてる?」

 サイラスは少しだけ考えて、頷いた。

 それだけだった。


 少しずつ距離が変わる。

 最初は離れていたが、気づけば隣に座るようになっていた。

 何も話さない時間もあったが、不思議と気まずくはならない。

 やがて、それが当たり前になった。


 ある日、少女が花を取り出す。

 自分の墓の前にそっと置き、

「これ、お母さんに」

 小さく言う。

 花を供える人は他にもいる。

 言葉をかける人も、いないわけではなかった。

 だから特別ではない。

 そうやって残ったものに触れようとする気持ちも分かる。

 それでも。

 彼女のそれは、自然だった。

 当たり前のように、そこにいる相手へ言葉を向けている。


 隣に座り、何もせず時間が過ぎる。

 風が吹く。

 置いたばかりの花が揺れ、花びらがひとつ落ちた。

 それを見て、少女が笑う。

「なんか、逃げたみたい」

 花びらを拾い、元の場所に戻す。

「ここじゃないって、言ってるみたい」

 くすっと笑う。

 サイラスは戸惑う。

 花はただ風で動いただけだ。

 そう思う。

 けれど、その言い方は少し違って聞こえた。

 そこに何かがあるようで、誰かがいるようで。

 その光景を、少し長く見てしまった。


 風の音だけが流れる。

 土の匂いも、いつもと同じ。

 墓地は静かな場所で、変わらない場所だった。

 その中で、少女はよく笑った。

 何でもないことで、理由もなく。

 少し場違いで、それでも不思議と浮いてはいない。

 それだけで、景色が少しだけ違って見えた。

 気づけば、目で追っていた。

 その笑顔が、少し眩しかった。


 その顔を、思い出す。

 何でもないことで、笑っていた顔。



 目の前にあるのは、

 動かない顔だった。


  アイリスの意識は戻っていなかった。

 浅い呼吸だけが続いている。

 サイラスは、その手を離さない。

 熱はまだ残っているが、指は動かず、目も開かない。

「……」

 声は出ない。

 ただ見ている。

 自分がここにいても、何も変わらない。

 分かっている。

 それでも——離したくはない。

 それでも。

「……俺には、何も出来ない」

 低く落とす。

 視線は、アイリスから離れない。


「……任せます」

 短い言葉。

 ルーファスは、わずかに目を伏せる。

「……分かった」

 静かに答える。

 それ以上は言わない。

 サイラスは、わずかに息を吐いた。


 やがて指の力が抜け、ゆっくりと手を離す。

 そのまま立ち上がり、振り返ることなく歩き出した。


 村へ戻る道は静かだった。

 足を止めることも、急ぐこともない。

 風が低く草を揺らしている。

 見慣れたはずの道。

 だが、どこか違う。

 人の気配が、薄い。


 やがて村が見える。

 煙は上がっておらず、扉は閉じられている。

 静かすぎた。

 サイラスはそのまま歩く。

 止められなかったものが、ここにも来ている。


 墓地へ向かう。

 布に包まれたものが並んでいた。

 ひとつではない。いくつも。

 まだ土に入れられていない。


 サイラスは何も言わず、道具を手に取る。

 土を掘る。

 音だけが響く。

 淡々と、繰り返す。

 やがて手を止め、名を刻む。

 短い時間で終わる。


 目を閉じる。

 短く息を吐く。


 遠くを思い浮かべる。

 熱の残る手。

 かすれた声。

 目を閉じたままの顔。


 やがて、ゆっくりと目を開ける。

 墓の前に立つ。


 そして——

「……待ってる」

 静かな声だった。


 風が通り過ぎる。

 サイラスは、その場に立ち続ける。

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