代償
空気が違う。甘い匂いが、微かに鼻を刺した。
室内は整然としている。器具、薬品、乾燥された花。
その中心にレオンがいた。
そして――アイリス。
ベッドに寝かされ、腕を取られている。
動ける状態ではない。
視線が、止まる。
肌。
赤い発疹が、幾重にも重なっている。
広がり方が、明らかに異様だった。
息が止まる。
次の瞬間、サイラスが踏み込んでいた。
「――離せ」
低く、短い声。
レオンは視線だけを向ける。
「もう少しで終わります」
淡々としたまま続ける。
「ここで止めるのは、得策じゃないと思いますよ」
一拍置く。
「今作っているのは、回復薬です。私を確保すれば、完成は止まる」
その視線が、ルーファスへ向く。
「……それでも、構いませんか」
わずかな沈黙。
ルーファスの視線が机をなぞる。
未完成の薬、並べられた器具――そして、その端。
整然と並ぶ小瓶が目に入る。
封がされ、布で包まれている。
明らかに、運ぶための形だった。
指先が、わずかに止まる。
「……これは」
低く問う。
レオンは否定しない。
「ええ。いくつかは、すでに流しました」
静かな声。
その一言で理解する。
男にも効くそれが、すでに外へ出ている。
量は多くない。
だが、止めなければ確実に広がる。
喉の奥が、わずかに重くなる。
止めれば、回復薬は完成しない。
見過ごせば、被害は広がる。
レオンは何も言わない。
視線だけが、揺れない。
そのときだった。
「……関係ありません」
静かな声が落ちる。
アイリスだった。
「これ以上、誰も傷つけさせないでください」
強くはない。
だが、揺るがない。
誰も動かない。
サイラスの指が、わずかに動く。
レオンの視線が落ちる。
机へ。
小瓶へ。
次の瞬間。
サイラスが踏み込む。
――同時に、レオンの手が動いた。
机を払う。
ガラスが床に叩きつけられる。
乾いた音が響く。
液体が散る。
「……っ」
ルーファスの目が見開かれる。
だが、もう遅い。
サイラスの手が、腕を掴む。
逃がさない。
そのまま体重を乗せる。
レオンの体が床に叩きつけられた。
動きは、完全に封じられた。




