日常の中のもの
王都の一角にある雑貨屋は、昼間にもかかわらず客足が途絶えていた。
小さな店内には、色とりどりの装飾品や布袋が並べられている。
その一角。
紐のついた小さな布袋がいくつも吊るされている。
帯や鞄に結びつけられるようになっているらしく、どれも軽く、手のひらに収まる大きさだった。
そこから、甘い香りが漂っていた。
ルーファスは足を止める。
視線が、その袋に向いた。
手に取り、口を開く。
例の花の香りが広がる。
同じだ。
わずかに強い、閉じ込められた香り。
「それ、少し前はよく売れていたんですよ」
店主が声をかけてきた。
「流行っていましてね」
「どこから仕入れている」
短く問う。
店主は少し意外そうな顔をしたが、すぐに答えた。
「詳しくは分かりません。ただ、まとめて買っていく人は多かったですね」
ルーファスは、手の中の袋を見下ろす。
誰でも手に入るものだ。
「……これを使っていた者で、最近亡くなった女性はいるか」
店主は首を傾げる。
「さあ……そこまでは。ただ、その頃から体調を崩す人が増えたとは聞きます」
それで十分だった。
ルーファスは袋を元の位置へ戻す。
「……そうか」
短く言い、店を出た。
王都の外れ。
石壁に囲まれた墓地は、昼でも薄暗かった。
風が吹くたび、乾いた土の匂いが立ち上る。
ルーファスは足を止めず、その奥へ進む。
この場所に来るのは、初めてではない。
「……また来たのか」
墓守が低く言う。
「仕事が増える顔だな」
ルーファスは先ほどの袋を取り出し、差し出した。
「この匂いに覚えはあるか」
墓守は顔をしかめながら袋に顔を近づける。
ひとつ息を吸い、その表情がわずかに変わった。
「……あるな」
低く呟く。
「最近、何度か同じ匂いを嗅いだ。女だ」
ルーファスの目が細くなる。
「見せてほしい」
墓守は短くうなずいた。
「来い」
案内された小屋の中は、ひんやりとしていた。
布をかけられた遺体が、ひとつ横たわっている。
遺体のそばの遺品に目が向く。
小さな布袋。
同じものだ。
それを手に取り、開く。
強い香りが広がる。
雑貨屋で嗅いだものと同じ。
ルーファスは無言で手袋をはめ、布をめくる。
皮膚の状態を確認する。
発疹の広がり、色、壊死の進行。
首元も、腕も、体幹も。
発疹は、ほぼ均一に広がっている。
接触部位に強く出る症状ではない。
「……吸っている」
小さく呟く。
局所ではなく、全身。
時間をかけて取り込まれたもの。
閉ざされた空間に広がる香り。
思考が、静かに繋がる。
「……これも持っていけ」
墓守が言った。
別の包みを差し出す。
「信用できる人物に渡してくれと、預かってきた」
ルーファスはそれを受け取る。
軽い。
中で紙が擦れる感触がある。
包みを開く。
中には、折りたたまれた手紙と、小さな布袋が入っていた。
差出人の名前に目が止まる。
サイラス。
聞き覚えがあった。
記憶を辿る。
アイリスへの聞き取り。
発症前の行動。
関わりのあった人物。
——幼馴染。
その中に、同じ名前があった。
「……あの村か」
小さく呟く。
手紙を広げる。
粗い字だったが、内容ははっきりしていた。
発症した女性の遺品には、特定の花が共通している。
見た目は同じだが、匂いが違う。
小袋にしても、同じ匂いがする。
病との関係がある可能性。
さらに、追記。
同じ内容の手紙を商人経由でも送ったが、届いているか分からないこと。
そして——
誰かがこの花を改良している可能性。
ルーファスの手が止まる。
“改良”。
その言葉が、静かに残る。
視線が布袋の花へ向く。
雑貨屋で見たもの。
遺体のそばにあったもの。
今、手の中にあるもの。
すべてが繋がる。
「……偶然じゃない」
低く、呟く。
意図的なものだ。




