エピローグ6
■海洋研究構造惑星 産業同盟本部
そこは巨大に開けた場所であった。
しかし無限に続く空間であるわけでもなし、周囲をガラスのようなクリアー素材で出て来た水槽で覆われている世界。この世界に内側という領域を規定するかのように……白い円卓を真ん中で切り抜いたようなテーブルが置かれ、不随するテーブルが並んでいる。
水槽で泳ぐ地球原種とされる巨大な海洋類や、魚類が泳ぐ姿を背に……着席している面々も知られた顔ばかり。
ここに招待された地球帝国現宰相ヴィルヘルミナ・ミュラーの知古というものではない。
銀河連邦議会の重責を担うもの達……惑星開拓機構のような外郭団体や、内部のセクションを管理統括する人間ばかりなのだ。現在の銀河連邦加盟国家に所属する惑星国家内で政務を担当する人間でその顔を知らないとなれば、お里が知れると後ろ指を差されててしまいようなメンバー。
フィナメスにある銀河連邦本部で配布されているパンフレットやリーフレットに顔写真付きと”あいさつ”が載せられているようなもの達ばかり。
だが上座ともいえるその頂点に……中心にいるものは銀河連邦議会議長のような広く知られた存在ではなく、現惑星国際社会で全く知られていない顔だった。
漆黒のマスクにドクロのマーキング、正式な場というのにマントを脱ぎもせず足を組みヴィルヘルミナを見据えている存在。
産業同盟最高幹部ヴォイド将軍。
皇帝が代替わりした後に送られてきた公文書の祝辞以来……地球帝国側からの要請を無視してきた産業同盟。地球帝国から生まれたはずであるのに、力関係が逆転しズレてしまっていたパワー・バランスが原因により……もはや過去から続く分断へと変貌していた関係性。
それでもただ1人皇帝の要請だけは受け付ける一種の異端か、地球から分かたれたものたち。
その分かたれたはずの存在から突然宰相に向けて送られてきた招き。
皇帝ではなく、宰相に向けて。それに応えヴィルヘルミナは地球帝国内部でも最高権限と言ってもいいナンバー2の……宰相が持てる権限をもって近衛兵団から団長の副官や補佐を務めるもの達を集めて来ればだ。
信じがたい光景が広がっていたのだ。
「こうして地球帝国の宰相と面会するのは久しぶりだ。何世紀ぶりか」
「世紀と言う言葉は廃れて久しいが過去から続く現在を認識する指標ともなる」
「その通り。我々は未来の話をするために君を呼び寄せた」
国際社会の政治情勢からしてもヴィルヘルミナはまだ若い。それでも他勢力や政治家に並んでも引けを取ることのない才媛であることは、ロイヤル・ガードの人間でも知っている。
対外的に見ても銀河連邦内部の機関でも知られているし、他惑星国家とも関係性を構築できている。幼い皇帝に代わり執政を務めるだけではなく、国際社会に於いても発言権と影響力を持ち関係性を作り出せる能力ある人間なのだ。
そのヴィルヘルミナが、今までにないぞっとするような気配を感じ……背中から汗が噴き出してくる。薄着などではない、公的でフォーマルな重装のドレスを重くし背中から地面へ引っ張ってしまいそうな……力を感じてしまう。
三者三様の発言。
それはこの集まった面々……ましてやヴォイドから放たれたものではない。
ヴォイドの背後にある、三本の柱から聞こえて来たのだ。
それはシェルターだったのだろう。柱を覆う外殻が下がっていくと……姿を現す生体の立体物。肥大化させ細分化し凝縮させた脳細胞の柱が……3つ。ヴィルヘルミナはすぐさま理解した。この3本は今の産業同盟を構成する3つの軍産複合体のトップであると。
「何も驚くことはあるまい。常に地球帝国を、銀河連邦の軍事力を支えていた我らがいつから存在するかなど」
「1000年以上の時を経ても尚変わらないことを選んだだけさ、当代の宰相殿」
「その我々が君たちにコンタクトを取ったのは他でもない。時が来たからだ」
その言葉を合図に……ヴォイドが立ち上がり、マントを翻し手を掲げる。己に注目を集め、これから始まるお話を聞かせるためだ。独裁者やショーマンがやるような手口を、態々この場で行うことは……知るものが知れば茶番でしかないとわかりやすくアピールするためか。
なぜならば三大企業のトップはそれぞれが代替わりしても、常に皇帝にだけは忠誠を誓っている存在だったはずだ。
1000年前からいた存在などではない。
「時が来たのだ。銀河変革の時が。再生者が現れた今こそ真に世が失われるか問われる時」
「我らが機械福音教団を打倒し、銀河を再びひとつにする時なのだ。過去からの遺物ではなく、ただびとである個人ではなく……!」
既に仕込みは終わっているのだろう。他の参加者たちが立ち上がり、拍手と喝采をヴォイドに送っている。ここの場は既にヴォイドに支配されてしまっている。いや……ここだけではない。三大企業のトップすらも、であるならば……もう銀河連邦はその漆黒の掌中に収められてしまったという他はない。
ロイヤル・ガードの長であるエルシーから聞いていたヴォイドの正体。
エヴァンゲリウムの高位使徒マリネリラ。
ヴォイドが妥当すると宣言している相手が、いる。これから始まる銀河戦争の相手が自作自演で戦争を起こそうとしているのだ。銀河連邦を崩壊させるために。そしてそれを止める術は……今のところ、ヴィルヘルミナらにはない。
力が、権力がではない。
既に銀河連邦社会に浸透していた産業同盟と、それを乗っ取ったエヴァンゲリウムはもはや銀河連邦と一心同体なのだ。銀河連邦が、産業同盟や惑星開拓機構により動かされ勢力圏拡張政策を取り続けていることを容認していたがため……この宇宙社会はそれで回ってしまっている。
今更止められるわけがない。
「地球帝国のヴィルヘルミナ・ミュラー宰相。今回お呼びだてしたのは他でもない。我々の新たなる関係を祝して贈り物を受け取っていただきたかった」
「……新たなる関係とは?これまでと何も変わらないはずだ」
「君たちを中枢メンバーに迎え入れたいのだ。我々の、だ」
「地球帝国中枢にある……地球回帰を掲げる君たちを」
浅はかだった。ヴィルヘルミナは自らの想定以上に事態が進んでいることを身をもって知ってしまった。産業同盟が完全に支配化に置かれているということは地球帝国がどのような思想のもと、中枢では動かされているか。
そのメンバーはとは……思想結社とは何者か?全て承知しこちらを招いたのだ。
無論その情報が漏れているだろうことは想定していた。最悪の状況に備えてロイヤル・ガードを連れてきて己もまた戦うことも視野にいれて……敵対するならば皇帝の権限を一時用いてこの惑星を自爆させることも覚悟はしていた。
だがそれは融和の手として利用され、戦うことを封じられ。またここにいる銀河連邦の重役をも並べることで自爆の手すらも封じられた。ここでノーと答える選択肢がそもそもなくなってしまったのだ。
そもそも自爆できるかどうかも怪しくなってきた。
「そしてもうひとつ……太陽系封鎖機構、あれを破壊する要塞兵器を建造中だ。これを用いれば提供された情報にあるエヴァンゲリウムの惑星兵器も破壊可能だ」
「太陽系を封鎖している忌々しいザ・マスターの封印構造体を破壊することができる」
「聖域への到達が可能になるのだよミュラー宰相閣下」
感嘆の声があがる。これでエヴァンゲリウムなど恐れるに足らずと。新たな銀河連邦の黄金期がやってくると。しかしヴォイドも、ヴォイドの支配下にある3つの柱も……ヴィルヘルミナもロイヤル・ガードもそんな言葉通りにコトが運ぶ未来など見てはいない。
それは銀河連邦の惑星国家や、組織に向けて放たれるだろうことなど……建造が完了するまでもなかった。死の惑星破壊兵器が建造されているのだ。
「しかしエヴァンゲリウム以外にも潜在的な脅威はまだまだ存在する。この変革期に間延びし停滞させていた過去の遺物再生者」
「それが祭り上げられている統合軍……そしてそれを支えている銀河教導院と現銀河連邦議会の議長ら一派よ。惑星再生事業に参画している対象国家もだな」
「我々はこれを民主的に弾劾し、放逐しそれを餌に統合軍の作戦展開能力を探る」
「銀河を再び1つにするのは我々でなくてはならないのだよ。停滞ではなく拡大をしていく始まりを作らなければならない」
そのフレーズにまた拍手喝采が起きる。ヴィルヘルミナとロイヤル・ガードはこの場で殲滅戦を仕掛けない理性をギリギリ抑えながらご高説を聞くしかないのだ。銀河連邦の、目先の利益や未来へと空手形で約束された植民政策の恩恵により下った連中さえいなければ、と時を呪うほかない状況を受け入れるしかない。
受け入れなければ、すぐにでも地球帝国と銀河連邦の戦いが始まるだろう。ヴォイドは……エヴァンゲリウムのマリネリラは都合がいい戦争の開戦理由があったから今の建前を通しているだけで地球帝国が相手なら相手でいいと思っている。そう辿ることなど容易な程、銀河連邦の崩壊という目的がはっきりしているのだから。
「君たち地球回帰至上主義者……蒼き誓いと我々が目指すべき銀河の新世紀を合わせ……蒼の創世というのはどうだろうかな」
「新たなる関係により生まれる、新たなる条約同盟軍の名前だよ」
「……受け入れよう」
旧来の関係から引き続くものだが、新たに地球帝国の中枢を迎え入れることで銀河連邦の再編を予期させるもの。銀河連邦の誕生の時にはいなかった地球という惑星を加えることで銀河史の更新を生み出そうとしている。
ザ・マスターが生み出していた時代、エルダーらが大手を振っていた時代……そして今の時代。それらを刷新し、新たな銀河連邦の勢力を生み出す新世紀を。
新たなる時代の誕生を祝し、ここでもまた拍手と喝采が生まれ……誕生が祝される。とんとん拍子に、そして議会など通さない真の銀河連邦の中枢となりつつあるこの場所。中枢メンバーとなるだろうヴィルヘルミナの胸中は、祝い事に対する喜びなど欠片もない。
甘んじて受け入れ続けていた、旧時代から続く銀河連邦との関係。見えない幽霊のようなものと結んでいた手がより実態をもったのだ。悪魔として。
それでも手を取るしかない。銀河に住まう人々のためではない。
これからの地球と……そして我らが主のために。この我らが主、皇帝こそこの銀河を統べるべきであるという欲望すらも見透かして……利用し、手を結ばせる悪魔と契約を結ぶしかないのだった。
第六章 【虚空戦記 ヴォイド・コンバット】 終わり
サイドストーリーを2つ挟み
第七章 【闇の始まり ダーク・エルダー】へ続く




