扉の先へ
だいぶ日が傾いたフォルバーの裏通り。
今日は少しだけ乱暴な風に吹かれながら、家までの暗い日陰を歩く。
道場で風花さんと別れた帰り道、僕の頭には、あの言葉がこびりついて離れなかった。
――"滅ぶべき剣"。
夕暮れのフォルバーは、いつもと変わらず賑やかだった。
買い物帰りの人たち。駆け回る子供たち。店先から漏れる笑い声。
なのに、僕の耳には何も入ってこない。
かぐやが守ろうとしているもの。
家族の背中を追いかけて、誰にも教わらないまま振り続けていた剣。
なによりかぐやの、いや、僕にとっても、ヤマト兄ちゃんとの大切な思い出でもある。
それが、滅ぶべきものだなんて。
「……そんなわけ、ないだろ」
思わずこぼれた言葉は、夕暮れの雑踏に飲み込まれ、酒場から響く豪快な笑い声に溶けてしまった。
もし、この話をかぐやが知ったら、どんな顔をするだろう。
……いや。もしかしたら、もう知っているのかもしれない。
だからあんなにも必死になって、誰にも教わらない剣を振り続けていたのだろうか。
家族の面影だけを頼りに、少しでも近付きたくて、我武者羅に……。
「……ッ」
思わず立ち止まって拳を握った。
こんなの、地図も無く樹海を彷徨い歩くのと一緒じゃないか。
誰も導いてあげられないまま、かぐやはずっと家族の姿を探して彷徨い続けるのか?
そんなの、あまりにも辛すぎる。
俯きながら歩いていると、少し先で玄関の扉を直している親子の姿が、ふと目に入った。
父親が扉を直している横で、小さな男の子が扉を支えながら父親の手元を覗き込んでいた。
「――っ!! 危なッ!」
男の子は覗き込む事に夢中になっていたのか、扉のバランスが崩れて倒れそうになった。
無意識のうちに飛び出し、今にも倒れそうな扉を抑えようと手を伸ばす。
「っと、間に合った」
「ひょお……。あぶねぇとこだったぜ。ありがとな兄ちゃん」
「いえ、間に合って良かったです」
「はっはっは、小便ちびるかと思ったぜ。ほら、お前もお礼言え」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。気を付けてね」
そっと扉から手を放すと、男の子はしっかりと両手で扉を支え直していた。
今度はもう大丈夫そうだ。
手を振る父親に軽く頭を下げながら、再び帰路につく。
そっか。一人では支え切れなくても、誰かが少し手を貸すだけで、人はまた前を向ける。
……僕だって、そうだったじゃないか。
「僕には剣を教えることはできない。でも、隣で歩くことならできる」
少しだけ、身体が軽くなったような気がした。
そうだ。今の僕にできることをしよう。
なにか、かぐやの力になれることはないのか……。
そう考えているうちに、答えは驚くほど単純だった。
僕には剣を教えられない。月下剣術も知らない。
でも――。
かぐやが探そうとしている答えを、一緒に探すことならできる。
だったら。僕にできることは、ひとつしかない。
一緒に帰ろう。
かぐやと僕が育った、あの故郷に。




