月下の剣術
まだ陽の高いアストピアの首都フォルバー。
武道場の窓からは眩しい西日が射し込み、表を駆け回っているらしい近所の子供たちの声が楽し気に行ったり来たりしている。
「それで、聞きたいこととは何でしょうか、ジンくん」
ティナ先生と一緒に見学に来ていたかぐやの稽古が終った後、僕はかぐやの指導者である風花さんを呼び止めた。
稽古が終ったかぐやには、ティナ先生と一緒に先に帰ってもらい、静まり返った道場には、僕と風花さん二人だけが残った。
「……あの、かぐやの剣術についてなんですけど、あれ、かぐやの実家で教えていた剣術だと思うんですけど、なにかご存じないですか? 風花さんも僕やかぐやと同じ、東方の出身ですよね?」
「噂程度ですが、話は聞いたことがありますよ。ですが、随分と前の話だったと思いましたが、ジンくんもご存知だったのですね。かぐやちゃんのご実家、月下剣術道場のこと」
「はい、薄っすらですけど……」
そんなに大きい訳じゃなかったけど、かぐやの実家は剣術を教える道場をしていた。
かぐやのお兄さん、ヤマト兄ちゃんもその門下生の一人で、小さい頃のチャンバラごっこでは、よくあの独特な構えをしていたのを薄っすらと憶えている。
「あの、僕の記憶が正しければ、かぐやはまだあの剣術を教わっていなかったはずなんです。その後は、その……」
「言わなくて大丈夫です。辛い思い出なのでしょう?」
あの日の事をどう言葉にしようかと迷った時、そっと右手を挙げて遮ってくれた。
「すみません……。それで、お聞きしたいんですが、かぐやはあの剣術をどこで学んだのか聞いていませんか?」
僕の質問を頷きながら最後まで聞き終えた後、小さく息を吸い込んでもう一度頷いた。
「知っていますよ。と言うのも、先日私がかぐやちゃんを叱った内容がそれなんですけれどね」
「そう、だったんですか」
「実はあの剣術、誰に教わった訳でも無いみたいなんです。記憶の中にある、あの子のお爺様やお父様、それからお兄さんの姿を思い出しながら剣術を模倣しているらしくて」
その言葉を聞いた瞬間、稽古場で必死に木刀を振っていたかぐやの姿が脳裏をよぎった。
誰も教えてくれない、大切な家族の思い出だったはずだ。
それでも忘れたくなくて。
失った家族の背中だけを追い続けていたのだろうか。
「当然ではあるんですけど、剣術は滅茶苦茶で型もバラバラ。隙は大きいのにダメージは小さい。改善の余地があればと、あの子の剣術にはあえて口を出さなかったのですが、騎士団に入団させるという根本的な目的がありますので、騎士学校でも教えている基礎剣術に転向するべきだと諭したんですけど、聞いてくれなくて……」
意外な答えに思わず面食らってしまった。
しかし同時に、突然失ってしまった家族の面影を固く握りしめているようにも感じ、そんな闇雲な稽古をしていたのかと思うと、どうにも居たたまれなかった。
「それで、このまえの話に至ったんですね」
「そうです。かぐやちゃんがあの剣術を使い続けたいという気持ちも痛いほどわかります。ですが、あのままでは……」
風花さんの言っていることは何も間違っていない。
むしろかぐやの事をとても案じた言葉だったとすら思える。
ならこのまま、かぐやに風花さんの言う通りにした方が良いと諭すべきなのだろうか。
違う、これでは納得する解決にはなっていない。
なにより、かぐやが必死で握り締めているモノを、無理矢理取り上げるような事をしたくなかった。
きっと、家族を失ったあの日から。
かぐやはずっと、一人であの剣を守ろうとしていたのかもしれない。
忘れないために。手放さないために。
そんなかぐやに至らせてしまった事に多少なりとも関わっているのだと思うと、どうにも放ってはおけなくなっていた。
「……風花さん、かぐやに今のままの剣術を鍛えていただけませんか? お願いします」
そう言って頭を下げるが、返って来たのは小さな溜め息だけだった。
「私も出来る限りは力になります。でも、私自身が月下剣術を知っている訳ではありません。いずれ限界が来てしまいます。せめて、月下の剣術について知っている人がいれば良かったのですが……」
その言葉に、僕の脳裏へ懐かしい故郷の景色が浮かんだ。
小さい頃にこっそりのぞき見ていた道場。
ヤマト兄ちゃんと一緒に剣を振っていた門下生たち。
そうか、だったら――。
「……僕たちの故郷に行けば、知っている人がいるんじゃないですか?」
我ながら単純だとは思う。けれど、確実な方法にも思えた。
しかし、僕の明るい気持ちとは裏腹に、風花さんの表情は重く沈んでいった。
「……あの、ご存知ない、ですよね? かぐやちゃんのご実家の話」
「えっ?」
今までの声から一段と小さい声で呟いた言葉に、眉をひそめながら顔を寄せた。
「まだかぐやちゃんには伝えていないんですが、月下の剣術は、完全に途絶えてしまっているんです」
「――ッ!? だって、ヤマト兄ちゃんの他にも、あの剣術を習っていた人がいるんじゃないですか!?」
「残念ですが……。もっとも、かぐやちゃん本人は薄々気付いているのかもしれませんが」
「そんな……」
「私も東方の出身なので、あちらの剣術流派についてはいろいろと話が入ってくるのですが、私がまだ騎士団にいた頃なので十年ほど前でしょうか。同郷の知人からそう言ったお話を聞きました」
そこまで言うと、少し答え難そうに視線を伏せて、ぽつりと溢した。
「……"滅ぶべき剣"が、ついに途絶えたと」
滅ぶべき剣。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
まるで、かぐやが守ろうとしているもの全てを否定するような響きだった。
動揺が隠せず、喉が鳴るほどの唾を飲み込んだ。




