純白の光明
どれくらい時間が経ったんだろう。
短かった気もするし、永遠みたいにも思えた。
僕はただ、眠り続けるかぐやの隣で、その手を握っていた。
「入るで、お二人さん」
「精霊王様、それに博士も」
「お前、一度着替えに帰ったらどうだ? 血生臭くてその小娘も堪らんだろう。見て見ろ、心なしか眉間に皺が」
「あほか」
なんか、帰って来たんだなぁ……。
「確かに、帰ってきてそのままだったな……」
「その前に少年。改めてその子の事を伝えときたいんやけど」
「おい、今は……」
「黙っとけ。遅かれ早かれ伝える事になんねやったら、先に言っといたほうがええ。それに、聞きたいこともあるしな」
どうやら、いい話ではなさそうだな。
でも、僕も精霊王様には同意だ。先に詳しく聞いておきたい。
「わかりました。聞かせてください」
「まず、その子と少年はどういう関係なん?」
「幼馴染なんです。ほんとに小さい頃、ずっと一緒に過ごしてきた、僕にとって家族みたいな……」
それから、僕とかぐやの関係をすべて伝えた。憶えている限りの全てを。
楽しかったことも、辛かったことも。
話下手だから行ったり来たりの話になったけど、何も言わずに静かに聞いてくれた。
「そか、少年にとってその子は、よっぽど大事な人なんやな。あんたのやった事は辛かったと思うけど、うちはその決断を責めたりせんよ。よう頑張ったな」
「精霊王様……。ありがとうございます」
「だからこそ、言わなあかんな。聞いたかもしれんけど、その子の中におった精霊は、切り離された精霊の間でまだ暴走を続けて、とんでもない量の穢れを吐き出しとる。その子が目ぇ覚まさんのはそのせいや」
「やっぱり、そうですか。オリジンからも聞かされていました。今の状態は、あくまで応急処置だって」
「せや。無理やり止める方法、それこそオリジンの力で精霊ごと消してしまうのも一つの方法ではあるけど……」
「それは絶対にダメです。僕がそんなことさせません」
「……少年」
違う。それは絶対にダメだ。
だって、かぐやの中にいる精霊は、ずっとかぐやを守ってきた精霊なんだ。
なのに、ゴドナーの勝手な実験に知らないうちに利用されて、兵器化されて、望んでもいないのに自分の主さえも危険な目に合わせる状態にされただけなんだ。
利用されて、壊されて、最後は危ないから消しますなんて、そんな終わり方はあまりにも勝手すぎる。
そんな残酷な事、絶対にさせない。
「この子の精霊は、熱し切った硝子みたいなもんや。急に冷ませば、耐えきれず割れてまう。だから時間かけてゆっくり暴走を鎮めて、穢れを浄化する必要がある。……でな、正攻法として考えた治療手段は、常に三人以上の精霊術師に今日から十年くらい、毎日絶やさずずっと浄化術をかけ続けてもらう事しかないと思うねん」
「――ッ!? じゅ、十年間、ずっと!? それじゃあ、かぐやが目覚めるのは」
「どんだけ早くても十年はかかる」
「……そんな」
なにか手はないのか。
せっかく自由になれたのに。
今度は誰にも声が届かないまま、また一人で閉じ込められるなんて。
『……大丈夫、まだ方法はあるよ』
ここは、精霊の間? ってことはオリジン!?
「なにか知ってるの? まだ助けられる!?」
『手がない訳じゃない。でも、あまり褒められた方法じゃないけど』
「なんでもいい! 教えて!」
白い世界の奥で、オリジンが少しだけ目を伏せた気がした。
『……かぐやの中にいる精霊を、穢れごとボクの中に取り込む。でも消すわけじゃない。宿主さんと同じく、消却するなんて反対だよ。でも、ボクなら、一緒に抱えてあげられる』
「でも、それならオリジンは……」
言いかけた言葉の続きを、僕は飲み込めなかった。
その方法がどれだけ危険なのかくらい、聞かなくてもわかる。
『うん、負担が大きい。実質かぐやの精霊暴走をいきなり肩代わりするんだからね』
オリジンは、どこか困ったように笑った。
『……まぁ、慣れてるよ、そういうの。なんたって十年以上も呪われてる状態だったんだからね。十年くらい、今更だろ?』
「いや、違うよオリジン」
『え?』
「オリジンだけじゃない。僕たちで、でしょ」
一瞬だけ、白い世界が静まり返った気がした。
『そうだね』
柔らかく笑う声。
『取り込む場所はここなんだ。宿主さんも一緒に暴走する精霊の穢れを受けることになる。その苦痛からはどうあがいても逃げられないし、途中で止める術もない。でも、ボクの力なら、主様の言っていた方法よりも早く宿主さんを解放してあげられる』
「……そっか。どうしようオリジン」
『どうって?』
「僕、今すごく嬉しいんだ」
胸の奥が、不思議なくらい温かかった。
「きっとこれから、とんでもなく苦痛な時間が待ってる。それなのに、オリジンが助けてくれることが、すごく嬉しい」
『えぇ? 悩む余地はないのかい? 痛いの苦手な癖に』
「頑張れるよ。僕にはオリジンがいるんだから」
自然と笑っていた。
怖くないわけじゃない。
痛くないわけでもない。
それでも、一人じゃないと思えたから。
『本当にいいんだね?』
「オリジンこそいいの? こんな僕の我がままに」
『ボクは、主様に神殺しの脅威が無いようにしているだけ。それに、ボクにも責任が無い訳じゃない。世界の消却よりも宿主さんを選んだ時点で、この提案はしなきゃと思っていたしね』
「そっか。ありがとう、オリジン」
少しずつ遠ざかっていく白い世界に、僕は何度も「ありがとう」を零した。
戻ってきた現実に流れる沈黙。
申し訳なさそうな表情をしていた二人に、僕はそっと呼びかけた。
「精霊王様、博士。……お願いがあるんですけど」




