ガリベニアス博士と
頭を抱え、鬱陶しそうに溜息を吐き出した。
でも、そんな表情とは裏腹に、僕の隣へ静かに腰を下ろした。
「変な話をするものではないな。まぁ、こんな機会だ、お前には教えてやろう。報酬の前払いだ」
そんな前置きを語った後、博士は静かに言葉を繋いだ。
「……もう、いつだったかも憶えていないな。私の時代にも徴兵というものがあってな、アルデラントの政府が、今よりも躍起になって国盗り合戦をしていた時代だ。そんな時代に、今日のような戦場をいくつも走り回った」
「徴兵……。博士は、もともと軍人志望じゃなかったんですね」
「当たり前だ。しかし、拒否すれば一族が重い罰を課せられ、人であることを忘れるような労働をさせられる。『戦士ならざるもの人に非ず』飽きるほど唱えさせられたものだ」
「なんかゴドナーも似たようなこと言ってましたよね? なんというか、息苦しそうですね」
「……そうだな。自由という言葉の意味を、忘れるような日々だった」
博士は白衣のポケットから、手のひら程の大きさの何かを取り出した。
それは今まで見たこともない柄の、少し錆び付いた懐中時計。
「お前たちアストピアの人間が生きているのは、とても恵まれた世界なのだ。もっとも、“あの精霊王”が築き上げた世界だからな。そうなってもらわなくては困る」
「ッ!?」
思わず、目を見張った。
懐中時計の中にあったのは、見憶えのない衣装を身にまとい、笑顔を浮かべるガリベニアス博士と、精霊王様だった。
茶色く薄ぼけた写真を、どこか泣き出しそうな面影で眺めた博士。
錆び付いた思い出を握りしめるように、再びポケットに突っ込んだ。
「私の故郷はな、その昔、反乱の戦火に巻き込まれて、滅ぼされたのだ。家族と呼べる者は皆殺され、命辛々生き延びた姉も、心無い弾丸に貫かれ深手を負った。全てを失いそうになった私に、唯一手を差し伸べてくれたのが、まだあいつではない精霊王であった。精霊王は姉に宿り、ほとんど死にかけていた糸のような命を、必死になって繋ぎ止めてくれたのだ」
「じゃあ、いまの精霊王様って……!?」
「あいつの真名は、“アストピアス・アルデラント”。旧文明時代に、代々アルデラントを導いてきた王族、アルデラント一族の末裔であり。私の姉だ」
「博士が、精霊王様の弟……。しかも、アルデラントの王族!?」
「名ばかりのな。あの時代も、王は自分の軍に怯えていたさ」
それに、アストピアスって名前、国の名前と……。
でもこの国が出来たのは、史実だと、確か千二百年も前のはず。偶然……なのか?
「ふっ。『事実は小説より奇なり』という言葉があるのだ。今度から使うがいい」
「それ絶対博士の言葉じゃないですよね」
「喋り過ぎたな。これは我々だけの機密事項だ。例え我が姉が相手でも口外するなよ」
「あの、まだ気になることが」
「全て答えを知っては面白くないであろう!? 好奇心こそが人を育てる。自由こそが人を変える」
「はぁ……」
やっぱり、この人はよくわからん。
「……博士って何の為に生きてるんですか?」
「貴様、遠回しに喧嘩を売っているのか?」
「今は違います! ほら、目標とか、夢とか」
すると、不思議な笑みを浮かべ、一言だけ呟いた。
「……≪精霊たちの黙示録≫」
「……精霊たちの――『おっと、何を言い出すかと思えば』……オリジン?」
「自らの宿主にすら隠すのか。実に抜け目のない」
割り込んできたオリジンのせいだろうか、聴こえていた音に雑音が混じった。
『あんまりベラベラ口外しないでって伝えてもらえる?』
「あぁ、うん。博士、その事ベラベラ喋るなって、オリジンが」
「ふっ……、只の戯言だ。さて、そろそろ持ち場に戻るか。転移装置の調整もしなくてはな」
博士は一つ息を吐くと、メガネを外し、少し高い位置まで昇った太陽に手を伸ばした。
眩しそうに眼を細め、その光をそっと握りつぶした。
「ジン、私からも質問だ。アストピアという国に生きるお前に問いたい。アストピアは面白いか?」
「はい、面白いですよ、アストピアは。精霊と人間が共存して、お互いに助け合って、精霊王様の下で、少しずつ文明を成長させてる。だからこそゴドナーの野望を止めるんです。アストピアを守る為に」
あの戦場で何もできなかった自分には似合わないセリフではあったけど、いいんですよね? 高みに手を伸ばしても。
言った手前引き下がれない。ゴドナーは、僕が倒す。
「お前は神殺しを止めて見せた。私でも成し得なかったことを。初めから面白そうな奴だとは思っていたが、ここまで私を楽しませてくれるとはな」
「僕はずっと、博士の事を嫌な人だと思ってましたよ」
博士の隣に立って拳を突き出す。
いろんな思いを握り締め、この人の期待に応える為に。
待っててくれるアストピアの人たちの為に。
僕にチャンスをくれた精霊の為に、ずっと一人ぼっちにしてきた、かぐやの為に。
「行って来るがいい。私の願いはお前に託した。必ずゴドナーを打ち果たせ。これは他での誰でもない。お前に頼みたい」
「一発きついの叩き込んでやります。そして必ず帰ってきます。それが、憧れている天竜の捕食者の掟らしいので」
「少しは英雄らしい振る舞いになったようだな。……翼は手に入ったのか?」
「ちゃんとありました。僕には勿体ない位、真っ白な翼が」
博士と拳をぶつけたとき、アルデラントで過ごした記憶が、色鮮やかに蘇ってきた。
よくわからない機材に繋がれた日々。
妙に馴れ馴れしかった博士との会話。
その周りから、どこか温かく声をかけてくれた助手の人たち。
故郷で迎えてくれた、優しくて強い人たち。
荒れた戦場で勇ましく戦う、誉れ高き騎士の背中。
そして、息を飲むほど綺麗だったあの景色と、全てを踏みにじられたゴドナーの事。
命を懸けて守りたいと心から思った、ずっと一人ぼっちにしてきた女の子。
僕を待っていてくれる、かぐやのこと。
その全てを背負って、今僕は、この白い翼を広げよう。
「ーーいってきますッ!!」




