真っ白な記憶
剣は使い物にならないくらいボロボロになり、ついには、拳をぶつけることしかできなくなった。
拳の感覚は無く、我ながら左右とも痛々しいくらい血まみれになってしまった。
「クソッ! クソッ!! 壊れろッ!! ……ちくしょう。なんで……動かなくなっちゃうんだよ」
もう、どのくらいの時間が経ったんだろう。
両腕に力が入らない。ガラス壁に額をぶつけるが、もう、傷すら付かない。
ガラスの向こう側を見ると、もう既に意識が無くなったのか、ピクリともしなくなったまま両腕を繋がれた少女が目に入った。
「……もっと痛かったんだよね。辛かったんだよね」
たかだか数歩しかない場所にいるのに、こんなに手を伸ばしているのに、その距離は変わらなくて。
「ごめん……、ごめんね。もっと、もっと早く手を取っていれば……。本当にごめん」
前を向くことができない。静かに目を伏せながら、顔を下ろした。
『……気付いているんでしょ? 人間なんてその程度なんだよ。そんな薄壁一つ壊すのに満身創痍じゃないか』
目の前には、白い世界が広がっていた。
すべての流れが止まったような、あの静かな場所に立っていた。
『いや、違うな。宿主さんはよくやったと思う。たぶん他の人ならとっくに諦めていると思うよ。少なくとも、拳をあんなに痛めることはしないはずだよ』
「ごめん、オリジン。初めての約束くらい守ってあげたかったのに……」
『別に構わないよ。期待なんて、していなかったし。さぁ、もうすぐ神殺しが始まる。お別れの時間だ』
「僕たち、どうなっちゃうの?」
『消えるよ。大丈夫。痛くしないから。それに、みんな一緒だし。……宿主さんとまともに話をしたのは最近だったけど、馬鹿みたいに優しい宿主さんのこと、嫌いじゃなかったよ。ほとんど眠っていたけど一緒にいられてよかった』
「そっか、ずっと一緒だったんだ。じゃあ、僕が憶えていない、小さい頃の事も憶えてる?」
『……うん。というか、ボクがずっと隠していたんだよ』
「えっ? そう、だったの?」
『眠っていたボクに、小さい頃の宿主さんが必死にお願いしたんだ。絶対にみせないでって』
「僕が、言ったの? どうしてそんなこと」
『とっても、辛い記憶なんだ。呪いで限りなく少ない霊力を、加護じゃなく、記憶を隠してあげることに専念したくなるほど』
「ねぇ、オリジン。見せてくれないかな? 本当の僕を知っておきたいんだ」
『本当にいいのかい? ボクが言うのもなんだけど、正直、綺麗な思い出じゃないよ? むしろ……』
どこか言いにくいように言葉を濁した。
だけど、こんな時だからこそ向き合わなきゃいけない気がした。
「……優しいんだね。オリジンなりの気遣い?」
『ち、違っ。そんなわけないだろ!』
「大丈夫だよ。僕はまだ諦めてない。それに、もう逃げたくないんだ。弱い自分から」
『……そう、なら教えてあげる。宿主さんの過去を。そして、“かぐやとの運命”を』
「えっ!?」
『あの時宿主さんが必死に塗りつぶした、罪の記憶を』
突然押し寄せてくる白い奔流。それになすすべなく飲み込まれる。
オリジンは信じがたい言葉を口にした。そして僕の中で、小さな点と点が繋がり始める。
次第に見えてきたのは、幼い三人の、子供の姿だった。




