信じている
「最終起動施設はもうすぐだ」
しばらく道なりに薄暗い通路を進むと、使用中の赤いプレートが光る、重く冷たい扉が立ちはだかった。
「ここは開錠番号がそのままなのか。あの豚が、バカにしおって……。よし、開くぞ」
微かな発信音の直後、重々しく扉が横に動いていく。その先に見えたのは、重厚なガラス壁と力なく、その内側で、ぐったりと頭を下げた少女の姿だった。
「ッ!! 大丈夫!? 返事をして!」
「装置が、止まっている……?」
博士の言う通り、室内は物音一つせず、嫌な静けさを放っていた。
最奧のガラス壁に駆け寄ると、もう既にボロボロになった少女が、ゆっくりと顔を上げた。
「……テ……」
何かをボソボソと呟いているようだったが、声に力はなく、もう既に虫の息だった。
「喋らないで。もう大丈夫だよ。今助けてあげる」
言葉が届いたのか、目からは大粒の涙が溢れていた。
だけど、すぐ首を横に振った。
「ひどい状態やな。力が消えかけとる。精霊の力も弱すぎんでこの子」
「待っていろ、すぐ開けてやる」
「じれったい。また吹き飛ばしたろか」
「やめんか! あの小娘の姿が見えんのか!?」
博士と精霊王様は制御室に入り、隔壁の解放を始めたらしい。
ひとまず、一刻も早くここを空けて解き放ってあげたい。
「お願い……、逃……て……」
逃げて。その言葉は、直後の轟音と共にかき消された。
――ガシャンッ!!
上から降ってきた重厚な鉄格子。異様な気配を放つそれは、僕の背後にそびえ立っていた。
「博士!? 精霊王様!?」
「――ッ!? これに触れるな!!」
「なっ!?」
その言葉を聞いて、咄嗟に手を引っ込める。
よく見ると、表面がゆらゆらと波打っていた。
「……なんだ、これ?」
「ディメンションオーラだ。精霊術の研究で開発された、精霊術を拒絶する科学障壁だ」
「御名答。さすがは精霊術研究の権威とも名高い聡明な方だ。これまで多くのアストピア人での実験から開発した我が軍自慢の傑物だ」
その声を聴いた瞬間、心臓が止まるような感覚になった。
「ゴドナー。貴様……」
「人の実験施設に勝手に侵入されては困りますよ。ガリベニアス殿」
施設内にやけに篭った声が響き渡った。
「通信音声、遠隔監視しているのか!? ……ゴドナー出てきたらどうだ。この兵器は欠陥品だ。今すぐ小娘を解放しろ。さもなくば、全てが吹き飛ぶぞ」
「それが脅しのつもりかねガリベニアス殿。どうやらこの兵器についてお詳しいようですが。まぁいいでしょう、ようやくここまで来たのです。……あぁ、全て創造主様のお告げ通りだ。あとは起動すれば……。私は、新時代の王となれるッ!! もう誰も、この私を馬鹿にできんぞ! 私が神に選ばれた人間なのだ!!」
「妄言吐くのもええ加減にせぇ!!」
「これはこれはアストピアの国王陛下ではありませんか。わざわざ見学にご足労いただきありがとうございます。……ですが、もうお別れですねぇ。これからあなた様は、私の実験の集大成に、喰い殺されてしまうのですから」
「それは残念やな。いっぺんあんたの顔をどついたらなアカンと思っとったからなぁ。これは人が手ぇ付けてええもんちゃうんやで。これは世界を終わらす力や」
「そうですか。精霊の王である、あなた様がそこまでほざくのであれば、さぞ危険なモノなのだろうなぁ。……では、感想でも言ってみろ」
「こいつ、ほんまに……うぐっ」
「イヤあぁぁ――ッ!!」
精霊王様の言葉を遮るように、ガラス越しの少女が、再び痛々しい叫び声をあげた。
「――ッ!! ゴドナー! 今すぐそれを止めろっ!!」
「その装置で止めようと無駄だ、ガリベニアス。実はその制御装置はダミーなのだ。貴様が騙されるかと思って、特別に用意させたのだが、まんまと引っかかるとは、どこまでもふざけた男だ」
「……おのれ、生かしてはおかんぞゴドナー。アルデラントの人々への弾圧、身勝手な実験による被験者たちの死、その全ての思いを、貴様の死をもって鎮めることにしよう」
「何を呑気な。いいことを教えてやろう。貴様ら馬鹿共の為に、わざわざアルデラント軍を掻き集めておいた。総勢三万の軍隊だ。今頃地上では、反乱軍の虫共が血祭りに上がっているであろうなぁ。だがこれはまだ序章にすぎない……。アッハッハ――」
悲痛な叫びをあざ笑うかのような高笑い。さすがに僕も腹が立った。
拳を強く握り、あの子を隔てるガラス壁に思いきりぶつける。
そして、ゆっくり深呼吸し、揺らめく背後の壁に声をかけた。
「博士、精霊王様を連れて外に向かってください。軍が出てきたとなれば、一般の人も混乱しているはずです。何の罪もない皆さんを助けてあげてください。神殺しは、僕が一人で止めます」
「ジン、お前……」
「できますっ! やってみせます。必ず、助けてみせます」
震えるな。しっかりしろ。
絶対に不安にさせちゃいけない。
僕が今しっかりしなきゃ、この人は僕を放っていかない。
強がりなのかわからない。自信だってあったわけじゃない。
でも、博士に救い上げてもらった僕が、ちゃんと成長できるって証明しなきゃ。
僕の言葉を聴いた博士は、ゆっくりと姿勢を起こして出口に向いた。
「……ジン、お前の言葉を信じる。いいか、決して諦めるな」
「任せてください」
「……おい、歩けるか? 我々は地上に行くぞ」
「ッ、はぁ……、はぁ。ちょい、ちょい待て」
「なんだ、もたもたしている時間はないぞ」
神殺し化が始まりかけている影響からか、かなり辛そうな精霊王様。
博士の肩を借りながら、フラフラと近付いてきた。
「御霊四霊、顕世七霊。我、其の天に立つ者也。森羅万象を司る尊き神霊に告ぐ」
「精霊王様……」
「暫し我はこの者を眷属とし、ここに契りを交わす」
「お前、眷属の契りか……?」
「うちの霊力を、少年に繋げた。でたらめなオリジンの力やって、これでなんぼでも使える。うちからの依頼料や」
「でも、さっきから霊力が吸い取られ始めて」
「なに言ってんねん。助けてくれるんやろ? うちも待っとるからな少年」
「――ッ、もちろんです」
「アイツはあれで頑固やからな、簡単には使われへんで。でも、少年ならきっと信じてあげられるはずや。今度こそアイツを――ウぐッ!」
「精霊王様ッ!?」
「……はぁ。もう、時間がない。頼んだで…少…年……」
「おい、しっかりしろ! おい!!」
体から力が抜け、ぐったりと頭を下げた。
「無茶をしおって。まだ大丈夫だ。ジン、神殺しは頼んだぞ」
ガラス壁へ顔を向けると、既に声にもならない苦痛に悶えていた。
遠退いていく重たい足音は、やがて完全に消えた。
僕は、頑なに拒む透明な壁へ歩み寄った。




