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【コミカライズ】歌姫の罪と罰  作者: 琉莉派
 第一章 ミュージカル界へ
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第二十話 琴美の励まし

 私は身体の震えを感じながら、無言で立ち尽くした。


「今のはちょっとまずかったな。やりすぎたよ」


 蒼ざめた顔の鮫島が近づいてきて心配そうに言った。


「……ええ」


 自分でも分かっている。分かっていながら止められない。この性格は自分でもどうすることもできないのだ。


 鮫島が去ると、今度は西條敦子が近づいてきた。


「私はあなたの言ったこと、間違ってないと思うわよ」


 私は敦子を見た。


「あずさの歌はまだまだ未熟よ。技術的にはあなたの足元にも及ばない。ところが滝沢にはそれが見抜けない。音程を外したことだって、おそらく彼は気づいていないわ」


 ああ、分かってくれる人もいるんだ。救われたような気持ちで小さく頷いた。


「先代の座長は音楽にも精通して偉大だったけど、彼は親の七光りで劇団を引き継いだだけだからね。本当の才能はないのよ。特に歌に関しては素人同然。私はあずさよりあなたの方が遥かに可能性があると思った」

「ありがとうございます」


 傷ついていただけに、温かい激励が心に沁みた。


「私はあなたの味方。あずさなんかに負けないでよ」


 敦子は私の肩をぽんとひとつ叩いて去っていった。


「ごめんね」


 俳優たちがいなくなった稽古場で、ひとり心配して寄り添ってくれる琴美に謝った。「やり過ぎちゃった」


 琴美は黙ってかぶりを振る。


「これが自分の欠点だって分かってるんだけど、我慢できなかったの」

「勝負はこれからですよ」


 琴美は励ますようにいった。


「いいえ。私の負けよ。演出家に向かってあんな口を利いた以上、自分が選ばれるなんて思っていない」

「滝沢先生はそんな度量の狭い方じゃありません。あくまで実力で判断されるはずです。公開プレビューでの出来が全てです」

「そうは思えないわ」


 私の心は折れかけていた。


「最後は情実が勝つのよ」

「諦めたら駄目ですよ。滝沢先生から指摘された点を、一から洗い直していきましょう」


 琴美は最後まで全力で挑み続けるべきだと力説した。今日はこのまま帰りたいと言う私に、駄目です、演技レッスンをやりましょう、と言ってきかない。


 この子はなぜ、これほど私のために親身になってくれるのだろう。私は琴美の顔を見つめながら、ふと思った。


 たんに片桐あずさ憎しの感情からだけとは思えない。最初はそうだったかもしれないが、彼女から演技を教わり、お返しに歌唱法を指導する中で、二人の間にはいつしか友情の絆が生まれ始めていた。琴美は明らかに職責の枠を越えて私をサポートしてくれている。その心意気がうれしかった。


「そこまで言うなら、もう少しだけ頑張ってみるわ」


 彼女の粘りに根負けし、モチベーションが上がらないまま、一幕の台詞を最初からさらおうとした時だった。


「水原!」


 と前方から男性の野太い声が飛んできた。見ると、出入口の鉄扉が半分ほど開き、桜井が顔をのぞかせている。


「滝沢先生がお呼びだ。至急、先生の部屋へ行ってくれ」

「はい」


 琴美は返事をした後、怪訝そうに首をかしげ、「何の話でしょう?」と不安げにこちらを見た。


「どうせ私のことよ」


 先ほどの無礼な態度に対する処罰を言い渡す気だろう。稽古から外されるか、あるいは何らかのペナルティーが課されるか――。


「だったら私から滝沢先生にご説明します。百合亜さんのさっきの発言は、役柄を真剣に追求すればこそだって。決して先生に歯向かったわけじゃない。どうかもう一度、百合亜さんにチャンスを与えてあげてください」

「言ってもむだよ」

「水原!」


 桜井が再び大声で叫んだ。


「はい、すぐ行きます」


 琴美は返事をすると、「では行ってきます」と小声で囁いて去っていった。


 私は彼女を見送った後、放心状態で近くの椅子によろけるように腰を降ろした。

 虚脱感が全身を襲う。

 十年以上に及ぶオペラのキャリアを捨て、退路を断ってミュージカル界に飛び込んだというのに、なんというザマだろう。

 これ以上稽古を続けても、ミミ役に選ばれる可能性はほとんどあるまい。


 そもそも片桐あずさにあらかじめ主役の座は決定しているのだ。これは出来レースなのだ。そのことが今日はよく分かった。私はあずさをスターとして売り出すための当て馬であり、ピエロに過ぎない。

 そう思うと無性に悔しさが込み上げてくる。


 畜生。


 これ以上生き恥を晒すくらいなら、いっそのこと、こちらからミミ役を蹴ってやろうか――。

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