6)罪
人払いされとることを確認して、うちはここまでずっと大切に持ってきたものを取り出した。
ライが首を傾げた。
「王妃パメラ陛下に押された時、道連れにしようと思って髪の毛を掴んだら、手にこれが残りました」
ライが薄気味悪そうに、うちが持ってきたものをつついた。毛の塊や。
「鬘です」
金髪の人を重用する王妃パメラ陛下は、金髪の鬘を被っとった。
『あの女の髪は』
「鬘の下の髪は見えませんでした。ルアナ様も見ていないそうです。暴れるから頭からすっぽり外套を被せられて取り押さえられていたそうですから」
「愚かだな」
スレイとアスが鼻で笑った。
ライがうちの手を握った。
『無事で良かった。心配した』
「心配してくれて、ありがとう」
ライだけに聞こえるように囁く。
「地毛の色を見ておりませんが、知っています」
うちらの知っとるクレト爺ちゃんは優しい人やけど。クレト爺ちゃんは、戦争を戦って生き残った人や。戦争の思い出話をせがんだうちに、クレト爺ちゃんが言った言葉を思い出す。一度人を殺すとな、あとは一緒や。恐ろしいことやけどな。そやないと生き残られへん。
クレト爺ちゃんは、あとは一緒やと言うたけど、クレト爺ちゃんは誰でも彼でも殺すような人や無い。
そやけど、クレト爺ちゃんみたいに人の心を保ったままの人ばかりやない。
「湖畔の村の人は、夏、避暑地にある貴族の館で働いています。下女として働いていた娘の一人が、王妃パメラ陛下の髪色を見たそうです。淡い茶色、冬の枯野のようだったと。それを両親に打ち明けた翌日、仕事にでかけた娘は帰ってきませんでした」
ライがまたうちの手を握った。
「湖で溺れたとだけ連絡があったそうです」
うちを見るライの目が大きく見開かれていた。あの湖よりもずっときれいな群青や。
「当時の村長が、せめて遺体を探してやりたい。どのあたりで溺れたかだけでも教えて欲しいと訴えにいったそうです」
うちは言葉を切った。外の風の音が聞こえてくる。
「村長も帰ってきませんでした」
立て続けに二人、行方不明になっただけやなんて思うのは、相当に頭がおめでたい人やろう。
「湖畔の村の人は、毎日のように湖で泳いでいます。亡くなった二人も、自在に泳げたそうです。溺れるはずがないと村の人たちは考えました。屋敷で働きながら、いろいろなことに耳を澄ませ、湖に舟を出しては二人を探したそうです」
うちはライの手を握った。ライの身に起こったことを考えると、あまり聞かせたくはないけど、仕方ない。
「下女の一人が、王妃パメラ陛下が、戸棚に隠してあった奇妙な薬の瓶を盗み出しました。村の老人が自分が試すと名乗り出ました。一滴だけ飲んだら、老人はその場で眠ってしまいました。目を覚ましたのは二日後でした。老人は声が出なくなりました」
ライの手を撫でてあげる位のことしか、うちには出来へん。
うちがそれを飲まされておったら、声は出なくなったやろう。命はなかったやろう。二人成功して、三人目やという慢心のおかげで、うちは助かったんやと思う。
「後に二人の水死体は見つかりました。手足が縛られていたそうです」
誰も言葉を発しない。
「村の人たちは、ずぶ濡れで泥だらけだった私を助けてくれました。三人目になるはずだった私に同情してくれました。私に溺死させられた村の娘の服をくれました。お仕着せのままでは目立ってしまって危ないからと。両親にとっては形見です。王宮の侍女のお仕着せは、村の人に預けました。適切な水死体がみつかったら、私のお仕着せを着せて、私の死を偽造してくれる約束になっています」
まだ水死体は見つかっとらんのやろう。誰も死んでないのやから、そのほうがえぇ。下手にうちのお仕着せを来た水死体が見つかったら、ライを心配させとったかもしれんし。
「村長に親父の敵をとってくれと言われました。老いた夫婦に娘の敵をとってくれと言われました。あの女は人殺しだ。自分たちにはどうしようもない。きっと辺境伯様ならばなんとかしてくださる。辺境伯様の侍女なら、辺境伯様にあの王妃が人殺しだと訴えてくれ。辺境伯様なら、きっと敵をとってくださると託されました」
難しいことはわかっとる。身分が違いすぎる。王妃が殺したのは平民や。何か不敬な行いがあったから罰しただけだと言われてしまったら、どうしようもない。
「勝手なことを言いますが、私と村の人たちとの約束を果たさせて下さい。私が着ているこの服は、亡くなった娘さんの形見です。そうまでして助けてくれた人との約束を果たさせて下さい」
殺された二人は、何も悪いことをしとらん。
「コンスタンサ。あなたが聞いた話が真実かもわかりません。証拠もないでしょう。ましてや平民です」
「はい」
わかっとることや。
「ただし、理由もなく平民を殺すことは許されていません。パメラやパメラの派閥には他にも罪があります。あなたや村の者たちが言う罪も含めて、罪は償わせましょう」
「はい。ありがとうございます」
そのお言葉をいただけただけで十分や。
「まずは、あなた、いえ、私の侍女エスメラルダを教育すると預かりながら、湖で溺水させた責任を取らせましょう。湖畔の村にも確認のために人を遣りましょう。イサンドロにも知らせなければ」
うちを助けてくれた湖畔の人たちのために、うちが出来るのは、なんとか出来る方にお願いすることくらいや。
「よろしくお願いいたします」
「私は兄と約束をしましたから」
フィデリア様の視線の先には、先代国王陛下と先代王妃陛下の肖像画があった。




