腕時計
最後の魚を食べ終えたユウキは、水をかけて焚き火の火を消した後、あらためて土をかけ、火種が完全に消えたことを確認した。
空のクーラーボックスは手水舎で洗ってふたを閉めた。その後、水筒に水を汲んだ。
リュッ君が口をあけて、中からスリングショットと球を取り出すと、ズボンの脇のベルトに挟んで、すぐに取り出せるようにした。
「拳銃みたい」
ユウキが、銃を取り出すように、ベルトからスリングショットを取り出すと、ゴムを引っ張って、狙いを定める。目標は、目の前にある杉の木の幹だ。対象を片目でしっかりと捉えて、グリップを持った利き手を固定する。ゴムをギリッ、と引っ張り、力を入れると、杉の木の幹に向けて直径10mm大の白銀の弾を弾き飛ばした。
ひゅっ!っと空を切って、勢いよく放たれたユウキの弾は、杉の木を大きく外れて、藪の中に消えていった。
「ありゃあ、オーガニック弾だから取りに行かなくても大丈夫だ。良かったな、自然にやさしくて」
リュッ君が、にやにやしながらユウキに声を掛けた。
「当面は石か何かで練習したほうがいいかもな」
むすっとしたユウキが、足元の小石を拾って、もう一発杉の木に向って撃った。次は右のほうにそれて、弾は再び藪の中に消えていく。
しばらく、スリングショットを撃つ練習をするユウキ。
どうやら、見た憶えはあっても、撃ったことはなさそうだな…、とその様子を見てリュッ君は思った。なんせ、一発も当たらない。狙った杉の木に弾はかすりもしなかった。まるで神様のご加護でも働いているかのようだ。「しめ縄でも巻いてありゃあ、少しは言い訳できるのにな」などとは口に出さずにユウキの様子を見守っていたリュッ君だったが、ややあってユウキに声を掛けた。
「ユウキ。今何時だ?」
ユウキは、悔しそうな顔をして撃つ手を止めると、リュッ君の方を振り返った。腕時計を見て、盤上の数字を読み上げていく。
「7時くらい」
「朝のうちに到着したいから、もう出発するか。ユウキ。射撃の腕前は、小さい石ころを何個か持って、歩きながらでも練習しよう」
悔しそうな顔をして、スリングショットを腰の脇に挟むユウキが、水筒、クーラーボックス、リュッ君を担いで、神社の境内を後にした。
本殿裏手の小さな鳥居をくぐっていく二人。神社の周りには丈の高い木々に覆われているため、木々の隙間から差し込む入射光を頼りに、太陽に位置は、だいたいのアタリでつけるしかなかった。
「もう少し、方角が判りやすくなる方法ってないの」
「そうだなあ…、磁石があれば、もっと分かりやすいんだが…」
ユウキに聞かれ、回りをきょろきょろするリュッ君。すると、大きな切り株が一つ、鳥居の脇の社に守られるように鎮座していらっしゃった。ご神木だったのか、こちらには、大きなしめ縄が飾られていたが、しめ縄はボロボロに朽ち果てて、ところどころ黒ずんで汚れていた。しかし、切り株は平らに綺麗にきられており、切られた断面の年輪の模様を綺麗に見せていた。
「植物はな、日の光と、土の中の水からエネルギーを得て成長することが出来るんだ。光合成ってやつだな。だが、植物はその場所から動くことが出来ないから、太陽、つまりお日様から多くエネルギーをもらう方角が自ずと決まってくる。だから、森の木々なんかは、お日様の通り道になる南側のほうが栄養はたまりやすい。つまり、枝の大きさや葉振りの大きさが大きいほど、南方向に近いといわれている」
ユウキがふんふんという風に頷きながら聞いている。
「年輪もそうだ。光合成が多く出来る、太陽からエネルギーを多くもらえる南側のほうが大きくなる。その切り株を見てみろ、切られた断面に対して、輪っか見たいなのが一杯見えるだろう?その輪っかの幅が広いほう、大きいほうが南方向に近い」
ちょっとしたドヤ顔を浮かべて語るリュッ君。ユウキは聞きながら、切り株の断面を見つめた。まじまじと見つめるも、その断面の違いを大きく判別することは難しかった。確かにいわれて見れば、輪っかの幅がやや一方向に偏っているように見えなくもない。
「うーん、なんだか違いが良くわかんない。難しいね」
リュッ君もチョット困った顔を浮かべて、
「そうだな、これも、そういわれているだけで、場所の条件によっては変わるらしいから、まあ、困ったときには参考にしてもいいが、一応気をつけろ」
と、心なしか顔を赤らめて答えた。
「うん」
「後は、その腕時計を使う方法だな」
ユウキが自分の腕時計を見て、「これ?」とリュッ君に指し示す。
「そうだ、腕時計を外して手の平に乗せてみろ」
リュッ君に言われて、ユウキが腕から時計を外して、その手のひらに載せて前にかざす。
「そうそう、ところで、今、何時だ?」
ユウキが再び盤上の数字を読み上げる。
「8時くらい」
「何分か、まではわからねえか?」
「…うん」
申し訳なさそうにユウキがうつむき答える。
「ユウキ、今はこの時計では、時刻は8時20分くらいだな。分は一周するのに60分かかる。それで一時間だ。書いてある数字は、1で5、2で10と5進数で進むって、今はまだわかんねえか。とりあえず、1時間は60分だけ憶えとこう。あー…そうだ、方角の話だったな」
ユウキが黙ってこくりとうなずく。
「まず手のひらの上に乗せた時計の、12が書いてある方向をお日様の方角に向けてみろ」
ユウキが見ると、木の合間から太陽の光が差し込んで来た。ユウキは、それを確認すると、体ごと方向転換をして、盤上に描かれた12の数字を、太陽がある方角へ向けた。お腹に抱えられたリュッ君がその様子を確認すると、
「さあ、時計のキャラクタの短いほうの手が指し示す方向はどっちだ?」
とリュッ君がユウキに聞いた。
ユウキが時計の短針が指し示す方角を確認して、そちらのほうに指を差す。
「そうだ、ユウキ。そっちがな、南の方角になる」
ユウキが、へええといった様子で自分の指し示した方角を見つめる。
「太陽のいる場所は、刻一刻と変化するからな、時間に応じてきちんと確認しないと、こんなところだとすぐに方向を見失っちまう。まあ、知っといて損はないがら、憶えとけ。いつか役に立つかもしれんからな」
「うん。わかった」
「さて、方角を確認したら、後は次の目的地のダムがある場所を確認だ。地図を広げよう」
ユウキがリュッ君から落書き地図を取り出して広げる。
昨日の夜を過ごした神社の場所と、これから行くダムの場所を地図上で確認して、方角を特定する。落書き地図では北西の方角にあるらしい。それを見て、リュッ君がユウキに問いかけた。
「南の位置を確認したら、後は、北と西の位置もわかるだろう?ユウキ。直角に手を広げて、どっちにダムがあるのか確認するんだ」
ユウキが左右を確認して、手を広げ、南を指した後、ぐるっと直角に曲がって西と東の方角に手を広げる。
「あっちが、ひがしとにしのあいだ?」
ユウキがある方向を指し示す。その先には道成りに獣道がやや登り坂に続いていた。




