ヒロインはどこにも行かない・完
クラリベルから婚約破棄と冤罪について詳しく聞きだした。婚約破棄だから、結婚した僕らには関係のないことだったけど、やっと彼女が婚約解消したいと叫んだ理由がわかった。命に係わることだったから、僕との関係を解きたかったそうだ。嫌われたとか、見限られたわけでなくてホッとした。
もうヒローナに成り代わったサターシャもいないし、今の学園で公爵になった僕の奥さんを堕とす輩はいない。
念のため、婚約破棄に似た騒動を防止する対策について動いた。卒業式に王太子が決まった記念と合わせて、僕らの結婚の祝賀会を行うように学園に取り付けたのだ。それから記憶操作の魔道具の使用や、何か薬を飲まされた時に反応がでる魔道具の開発を行った。自分で作った惚れ薬の封印を解いて全て処分もした。ここまでやれば大丈夫だと思う。
結婚のときに一回、新入生がきてからもう一回、僕らが夫婦になったことを書いた張り紙を学園中に貼っていたから、前から公認の夫婦であることは示している。ここで祝賀会でもクラリベルと愛を誓えば彼女の見た未来は変わったと言えるだろうか。
そもそも僕が自分からクラリベルと婚約を破棄するなんてありえない。よほど何か、それこそ毒を持ち得て心が壊れてしまった状態でもなければ、不可能な内容だった。
後は冤罪だった毒殺の件だけど…
今、断頭台に首を置かれるような気分で食卓についている。
クラリベルは料理で兵器を作るタイプで、今まで練習しても上達せず僕に料理を作ることがなかったそうだ。
未来予知では家庭料理の上手いヒローナに対抗しようと、手料理テロを何回か僕にしかけていたらしい。それが命に係わるほどのもので、ここまで食材殺しになるはずがないから何か仕込んでいると疑われた、というのが毒殺の冤罪に繋がったそうだ。
「クラリベルの手料理なら炭でも毒物でも食べて見せるよ!!毒殺の疑惑なんて払拭するから、今度、練習している手料理を作ってくれないかい?」
「そこまでエリオットが言ってくれるなら…」
意気込んで、淡い下心を抱いたのがいけなかった。可愛い奥さんの手料理を食べてみたいなんて、思っちゃいけなかったんだ。恥ずかしそうに作ってくれた彼女の手料理で天国をみた。
「かはっ…」
口に含んだ瞬間に、意識が飛んだ。
何度も練習しているだけあって、見た目は完ぺきだった。見た目は。
最初は一口で気絶した。美味しいご飯しか知らなかった僕の胃は、数日間再起不能になった。
それでも懲りずに何回か作ってもらって、最近耐性がついてきた。
今日は魚がメインディッシュの料理らしい。サラダも水もあるからどこか褒められるはず。そう気合を入れて食卓についている。
張り切って作ってもらった魚のソテーは生臭さ香る、フォークをさしたら寄生虫飛び出すえぐいもの。フワフワな手触りのパンは中が生で、千切ったら何故か液体と小麦の粒が零れていき、塩と砂糖を間違えたのか、舌を乾かすような強い塩味に襲われた。スープはスプーンを弾くほど固く、飲むところに行かなかった。
希望だったサラダは採れたてのはずの野菜が腐ったように溶けだし、得も言われぬ甘さのドレッシングと混ざってどろりとしたものになっていた。
「ごめんなさい…また失敗だったみたい。」
一口食べて悲しそうなクラリベルの顔を見て、何とか褒めようと料理?を口に運ぶ。今日もまたクラリベルの手料理で臨死体験をしてしまった。
今度は一緒に作ってみよう。
それでもだめなら、自分で自覚して遠ざけていた彼女の手料理を下心で食べたいと言った責任をとろう。数口なら食べられるようになったんだから、いずれは完食できる日がくるかもしれない。
もし胃が先に逝ってしまったら、最終手段で「公爵夫人のクラリベルは料理何か作る必要ない」とか「綺麗な手が、包丁や焼き窯で怪我してしまうのが辛い」とかなんとか言って、料理から遠ざけていく準備をするしかない。
毒殺云々の冤罪を防ぐために色々手をうっているけど、逆に毒耐性を高めて僕自身を毒殺はほぼ不可能とかにした方がいいかもしれない。今までそっち方面は魔力飽和で何とかなるから気を抜いていたし、公爵になったからその方面も気に掛けるいい機会だと思うことにした。
それからクラリベルが手を加えたら兵器になるのなら、毒程度の味じゃあ彼女の手料理の味にまで行きつかない、とかも言えるようになれそうだ。
未来予知の中の僕はバカだったんだろう。
クラリベルの手料理が毒程度の兵器なわけないじゃないか。
胃を押さえて、ベッドの上で彼女のために今後を考えていると、お見舞いにクラリベルが入ってきた。ひどく落ち込んでいてこちらが申し訳ない。
「大丈夫だよクラリベル、僕は何があっても君を疑ったりしないよ。君に毒殺の冤罪なんかかけたりしない。それより、今日はヒナがローガンのところに行っているから2人で眠れるんだろう?こっちにおいでよ、お話しよう?この間のヒロインの意味について聞かせてほしい。」
恐る恐る近づいてきたクラリベルの腕をつかんでベッドに引きずり込んだ。胃は痛いけど、奥さん一人逃がさないくらいには回復している。
「エリオット!破廉恥…です、わ…」
赤くなって距離を取ろうとしたけれど、恐々腕の中に収まった。様子を伺うように、そっと身を寄せてきた。
「私の料理、兵器だったでしょう?どうして…いえ、体調はもういいのかしら、旦那様」
ニヤリと笑って起き上がり、彼女とベッドに座り込んだ。ヴィントの真似をしてしばらくお茶らけて見せたら、やっと笑ってくれた。
「もうエリオットには敵いませんわ、ふふふ。」
「元気になったかい?僕も、もう大丈夫だから安心して?」
「良かったわ、ありがとう…それで話題は、…ヒロインについてですわね。ええっと、…ヒロインの語源はギリシャ語で半神の女性、勇敢な女性、女性の英雄などを指しますの。物事で最も活躍した女性を、人に紹介するときなどに使う言葉ですわ。小説や遊戯の物語の中では女主人公や、英雄の恋人役などの意味に使われることが多いですね。私がヒローナ様をヒロインと呼んだのは、彼女が学園にいるヒーローの恋人になる運命を持っていたからですわ。」
「ヒーローって前に僕を“影ブンシンできるヒーロー”って呼んだよね?まさかヒローナと僕が結ばれる運命だった、なんて言わないでほしいな。」
婚約破棄の件でも気になっていたけれど、それらしい発言を彼女の口からききたくなかった。部屋に入ってきた時と打って変わって、ニコニコと穏やかに彼女が笑う。
「ヒローナ様の運命の相手はエリオット以外にも4人いましたわ。誰が彼女の運命の相手になるのかは、私にもわからなかったのです。ローガンなら騎士道を貫き第二王子が王になるまでヒローナと支えた英雄、ヴィントなら没落から這い上がって貴族たちをまとめ上げる王の右腕になった英雄、などの運命がありましたの。結ばれる運命に入った時をルートと呼んでいました。他の4人のヒーローとしての運命もヒローナ様がいなった時点で終えておりますが…。ローガンルートと口にしたのは、そういう意味ですの。だから、もうあなたと結婚した時点で、怖かった運命は終わり。本来あったエリオットの英雄の運命の話は、卒業式が無事に終わったら話すわね。この話も終わりにしましょう?」
「そうか、それなら…ん?いや、その話でいくならクラリベルもヒロインだよね?僕の人生でもっとも勇敢で活躍した女性、僕の運命の人だから…」
真っ赤になったクラリベルに枕でたたかれた。羽毛が舞って、瞬きの間に後ろから抱き着かれた。
「もう、もう!!いやですわ、この旦那さまったら!やっと二人きりになれた時に、こんな…こんなハッピーエンドを迎えるなんて…思ってなかった…」
「…クラリベル、こっちを向いて?」
相変わらず、見事な腕力で中々ほどけない。顔を見たいのに見せてくれない。ここで影武者を作り出すのは野暮かなぁ、とか考えていた時だった。
「前に寝ないで時間を作ってほしいって約束した話、伝えたかったことだけど…」
「うん…?」
「私は、エリオットが、…す、すす、しゅきよ!!」
思いっ切り言葉をかんだ彼女から呻き声が聞こえたけれど、こっちは幸せ過ぎて同日に二度目の昇天をした。ハッと意識を戻して、魔道具を一斉に発動させた。記録はばっちりだ!
「クラリベル、もう一回!!」
「勿論よぉぉおおぉ!練習したのにどうしてこうなるの!?今の無し!…エリオット、す、しゅ…いえ、愛しているわ!!」
もう彼女の父君との‟卒業まで待つ”約束なんか知らない。
僕に告白をやり直すという約束を果たしてくれた彼女に深いキスをした。結婚式以来のキスは、彼女が逃げ出すまで何回も嵐のように降らせ続けた。
余談だけれどずっと我慢してた僕は枷が外れたから、事あるごとに遠慮しなくなった。
例えば、ヴィントに容姿についてからかわれた時。
「エリオットの容姿についてどう思っているか、ですの?…今さら過ぎません?その、…癖のあるフワフワの黒い髪は触り心地が良くて好きですわ。猛禽類のような金色の目は吸い込まれそうです。雄ライオンは黒いたてがみの方がもてるそうですし、鷹のような瞳なので鷲獅子であるグリフォン由来の家の人にふさわしい容姿の人なのでは…?あ、待っ、好きといったのは…ちょ…キスをしてほしいわけでは…もう、まだ言い足りな…」
からかってきたヴィントに見せるようにキスをして、気づいた彼女に突き飛ばされたりした。部下たちの前とか、ヒナの目を隠しローガンが気まずそうにしていても気にしなくなった。
他にも
王太子にまた仕事を増やされ出して落ち込んでいた時
「…ねぇ、エリオット、聞いてちょうだい。これは私がここで生まれる前に聞いた話なのだけど、
小さい頃から縄に繋がれてきた獅子の仔はいつまでも自分の力に気づかないらしいの。小さいときに檻に押し込められたまま、調教師に言われるままに動くの。鞭で芸を仕込まれた時の恐怖を抱えたままで、自分がもう大きな獅子になっていることがわかってないのよ。大きな四肢で縄を引きちぎれる力をとっくに持っているのに、それがわからないの。
でも、貴方は小さな獅子の仔じゃないわ。
貴方のは言いなりになって、ただ動くだけの四肢じゃない。
沢山の人を助ける魔道具を作れる器用で大きい素敵な四肢
どんな時でも成果を出すために頑張り続ける誇り高い獅子の心。
貴方はどちらも持っている人だから、けっして無能な人ではないわ!王太子であっても無理な時は無理断りましょう?そういった苦言を行うのも臣下の…んんんー?待って今、良い事言おうとしてたの、うむぅ、キス待って、エリオッ…」
彼女が逃げだすまで何度もキスをするようになった。
その結果、クラリベルが僕から隠れるのが上手くなってしまった。避けられてはいないんだ、ただ人目があるところでは二人きりになってくれない。特にヒナが一緒にいると、どんなに魔道具を張り巡らせても、影武者と部下を総動員しても見つからなくなった。
「大変だ!ヒナがいない!!」
「クラリベルもいないんだ、さっきまで二人で庭であそんでいたはずなのに!!」
ヒナが健やかに成長するにつれて今度は逆に過保護になってきていた脳筋と、幸せ色ボケしてきていた僕の悲鳴が木霊する。
「ヒナは」
「クラリベルは」
「「どこに行った?」」
呆れたヴィントが、フリントン夫人の後継者の少女宛に手紙を書きながらこっちをみている。
「あー、うるさい、うるさい。野郎どもが粘着過ぎるんだよ。押され過ぎれば、相手は逃げるに決まってるだろう?さっき庭の抜け穴をヒナちゃんが見つけて、2人で抜け出していたよ。追跡と伝達、武力に長けた部下たちをつけたからしばらく自由にしてやれよ。最近のお前らはみてらんなーい。…ぐえぇぇ、飛び掛かってくんな!!」
「どこに行った?」
ローガンと一緒にヴィントを締め上げた。
血の気がひいて、浮かれ頭が冷静になってくる。2人を追いかけながら、卒業まで本当に残り僅かに迫ったから、これ以上クラリベルが逃げ出す環境を作らないように我慢しようと思った。
我慢と努力をしてきた僕なのに、いつからか変わってきていたらしい。
そこからも色々あったけど、卒業式は無事に終わって祝賀会も難なく終わった。クラリベルから聞いた危機は起こらなかった。
そわそわといつもの寝室で待ちきれずに動き回っている。今日で、ある意味本当に夫婦になる日だ。
騒がしい声がして、準備途中らしいクラリベルがメイド長を引きずりながら駆け込んできた。ネグリジェの肩紐が片側ずり落ちており、カーディガンのボタンが全開で脱げそうだ。髪もまだ濡れて雫が落ちている。湯上りで上気した頬と唇が赤く鮮やかだ。紫の瞳が美しい。
「大変よ、エリオット!続編があることを思い出したの!私たちの卒業後に、第四王子が末の姫様と結託して帰ってくるわ!第一王子が王太子の座から追い込まれる展開になるの!このままだとプロローグのクーデターが始まるわ!!」
悩ましい格好のクラリベルが不穏な予言をした。ちょっと焦ったけれど、冷静を装う。
「わかった、何とかするから落ち着いて。今は僕たちの近い未来に集中しよう?」
ここまできたから、僕らの未来は何があっても一緒に進んでいける。「もう少し準備のお時間をください」と仕事不足に泣くメイド長と、入り口から様子を伺ってくるメイドたちをなだめながら寝室から追い出した。状況が解っていないクラリベルは、あっさり納得して2人きりになってくれた。
僕らは正式な夫婦の関係になり、2年後には子供が何人も生まれだした。
途中、クーデターや第四王子騒動に王の崩御、王妃様の第四王子のための復讐劇などもあったけれど、夫婦で仲良く過ごしている。子供の1人には千里眼と王弟だった頃の記憶があって、ひと悶着あったけど解決していけた。
数年後にヴィントが婿入りして、伯爵夫人の夫となった。
ローガンとヒナは15年かかって結婚まで行った。この時に12柱の神獣が姿を現して、盛大に祝ったことで国内で大騒ぎになったりもしたけど、僕らの子供たちが上手く騒動を解決した。
いずれ僕も公爵を引退して、子供に譲る日がくるだろう。そうしたら、クラリベルと2人で静かに暮らしていける。
これからも色々あるだろうけど、僕はクラリベルがどこかへ行ってしまわないように努めていく。
【完】
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
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ここからは完全に蛇足の設定集です。
クラリベルの記憶が戻っただけなら、彼女の望み通り婚約解消されていました。
サターシャだけが記憶が戻って悪事を働いていたなら、ヒローナの真実は明かされず、不敬罪でサターシャ捕縛、事件未解決のままになっていました。エリオットもあまり成長しないので卒業後にヤンデレフィーバーしてクラリベル監禁エンドでした。
サターシャは本来、シンデレラの魔法使いと同じ役割を持つキャラでした。第三王子派にヒローナの存在が見つかることを恐れて姿を消し、幻覚装置で姿を変えてヒローナのピンチを助けてくれていました。
騙されたお茶会の本当の会場の場所の情報や、汚れたドレスに代わるドレス、知っていなければいけなかった知識の載った紙、攻略対象との接し方のアドバイスなど、ピンチに落ちたヒロインを助けてくれる謎の女性キャラという設定だったので、そのお助けキャラがいない状態になっていたのです。
攻略対象は5人おり、そこにプラス隠しキャラで第一王子がいました。
プロローグはバスキット地方から始まり、ヒローナが上京してくるところから本編が始まります。
一年生はほぼチュートリアルで終わり、二年生で固定ルートに入ります。
エリオットルート以外は、ヒローナが選んだ攻略対象にクラリベルが好意を持ってしまい邪魔をしてきます。エリオットはクラリベルに一途でしたが、自分以外を好きになってしまう彼女に3年かけて失恋します。
最後まで自分ではない誰かを好きになったクラリベルに婚約破棄を告げ、荒れた国内からせめて遠ざけようと国外追放する流れになります。ですが、千里眼の能力を恐れた者によってクラリベルは追放道中に命を落としてしまいます。
他の攻略対象ルートでは作中で表に出なかった攻略対象に好意を抱かせる惚れ薬が流出します。ヒローナが攻略対象に使うことが目的だったのか、クラリベルの恋を応援していたかはわかりませんが、それによってローガン以外の攻略対象たちもヒローナへの好感度が上がっていきます。惚れ薬もどきが好感度1upアイテムなら攻略対象用の惚れ薬は好感度5~10上げるアイテムでした。会話の選択で1~3up、イベントで5up上がる仕様でした。
どんなに対策しても、問答無用で好感度100になった瞬間にヒローナに落ちます。
アイテムなしでもクリアできますが、攻略本を読まないと成功率は低い状態です。
エリオットルートのみアイテム使用不可なことから難関攻略対象として公式推奨の攻略対象になっていました。
エリオットルートでは、ヒローナに嫉妬したクラリベルが悪意無き貶めをする発言でヒローナがどんどん追い込まれて、エリオットとの関係が良い方に転びます。また家庭的な料理を作れるヒローナに対抗して料理の‟り“の字も知らなかったクラリベルが兵器をお茶会に出してくるようになり、毒殺疑惑を抱えての婚約破棄に繋がります。その場合は他同様に、最後は命を落とす流れでした。
唯一、第一王子ルートに進むとクラリベルとエリオットは結婚しますが、人形のような何もできないクラリベルと作中のような成長をできなかった我慢するだけのエリオットはあまりいい夫婦関係を築けず、続編にて離婚間際からのスタートを迎えます。
これが最後にクラリベルが言っていた続編云々の話に繋がっていく話でした。
最初は女の子3人で進むミステリー小説だったのですが、作中のエリオット編の内容では解決まで行けずに泣く泣く削ったのが、クラリベル編の短編でした。こうして、エリオット視点で謎解きも含めた裏世界として、新しく完結まで書けてホッとしております。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
感想、ブックマークや評価をして下さった方々、誤字脱字の連絡がとても有難かったです。
これでこの作品は完全に完結です。




