合宿だ
やはり軽い時差ボケになったものの、史朗は2日目の夕方には復活した。身の回りに執事やメイドがいるという事に戸惑っていたけど、3日目には腹が据わったようだ。
「あれだな、超高級ホテルに滞在してると思えばいいわけだ」 そう言って、うちでの生活を楽しみ始めた。
何もせずボーッとして、リビングでお茶を飲んで、雪が降る窓の外を眺めて時を過ごし、ソファから降りて、暖炉の前で寝転がって本を読み始めたと思ったら、いつの間にか俺の愛犬2頭に挟まれて居眠りをしてた史朗。とりあえず写真は撮っておいた。
秋田犬2頭にぴったりと両脇から挟まれて暖められながら、守られるように寝ていた自分の姿を、起きてから写真で見て「この写真、なんかすげえ嬉しい」と喜んでいた。
「俺って、ぬくもりに飢えてたんだな」とつぶやいていた。
今夜から一緒に寝ると良いよ。貸してあげるよ、マサルとマサコ。
次の日には、iPadで絵を描いているなと思ったら、急に描いていた木に登ってみたいと言って外に出て行き、すぐに雪に負けて戻って来て暖炉で暖まっていた。
何だろう?史朗は猫か?猫なのか?
そうかと思えば、「これさ、会社の出張の時に買った駅弁の入れ物なんだ」と「高崎市の駅弁の器」だという、プラスチックの赤いだるま型のケースを出して来て、それで雪だるまを作りたいと言い出す。その為だけにこの弁当箱を持って来たのだと。
日本語がわかるからダジャレと理解したけど、そうじゃなきゃ雪だるまとそのケースの意味が繋がらない。俺は自分が理解できたことに喜びを感じながら「やろう!」と言った。
今度は雪に負けないように、到着前にセバスが海外から来るお客様(史朗)用に念の為にと用意していた防寒着に着替えて、一緒に玄関先のアプローチの所に沢山の「雪だるま」を作って並べて遊んだ。
史朗が雪を詰め型を取って出す。俺が並べる。
史朗が雪を詰め型を取って出す。俺が並べる。
史朗が雪を詰め型を取って出す。俺が並べる。
途中で俺も型とりをやらせてもらった。顔の方にぎゅっと雪を入れて、そして雪を足していき後ろ側と合せる。そして型から抜く。楽しい。
サナエが呆れながら「ここでだるまを見るとは思ってもいなかった」と、「北欧だるま軍」と名付けて笑っていた。
「北欧だるま軍」すごく可愛い。俺もあのケース欲しい。セバス、すぐに手配して!
爺ちゃんが帰って来て「何だあれは」と言うので、俺と史朗で作ったと言うと「それは聞かなくてもわかるが、何であんな卵に顔がある雪だるまなんだ?」と。あ、そっちね。
サナエが「縁起物でございます。だるまと申しまして、その形状から「何度失敗してもくじけず、立ち上がって努力すること」、七度転んでも八度起き上がる意志を示しており、また魔除けでもあります。白いものは財運・人間関係運上昇を呼ぶと言われております」と説明した。
「ほう、そうか。それは興味深いものだが、しかし、少し多すぎはしないか?」と俺達を見る。
「だって、しょうがないよ。面白かったんだもんね。簡単だし。このケースで型を取って作ったんだよ」とだるまケースを見せた。
ちょっと間をおいてから、「どれ、ちょっと貸してみろ」と爺ちゃんがベランダに出て、雪をつめて「雪だるま」を作る。そのまま3つ作って「面白いな」と笑いながら振り返った。
セバスにこのケースを手配してもらうおうと思ってると言うと「私の分も、あと幾つか一緒に手配しておきなさい」とセバスに言った。
やった!これから毎年みんなで一緒に作ろう。
史朗が来ていても、常に一緒にいるわけではない。もちろん俺は作業を続けている。
「俺工房」を覗きに来た史朗が「おもしれえことやってんなあ。難しいことは俺にはさっぱりわかんないけど。「鉄人」ねえ、名前はどうかと思うが、なんか萌えるな」と興味津々で、ジンバルを使ってライブ配信の撮影係をやってくれた。皆とのやり取りにも参加して質問したり感心したり楽しそうだった。
史朗が「ボディはどんな形にするの?」と聞く。まだ、はっきり決めてないけど、今のところは中世の鎧をアレンジしたイメージにしようかなと思ってる。
「ゴジラじゃないんだ?」
「本当はそれにしたいけど、人が着用する物だからゴジラ型だとちょっとね」
「それもそうか。しっぽとかな。そもそも「鉄人」じゃなくなっちゃうしな」
「そうね、完全にメカゴジラになっちゃうね。…って、くそう、それ最高だな!」
「あはは。まあ、出来上がりが楽しみだな」
そして言った「あのさ、『鉄人』もアレだけど、『俺工房』ってのはどうかと思う」と。
他に思いつかなかったんだよ。安直なのはわかっている。日本語が分かる人がいると小っ恥ずかしいな。くそう、くそう。
あ、そうだ、子犬サイズでメカゴジラを作ろうかな。 で、ラバーで外見を作って着せ替えも出来るように…いかん、そっちを先に作りたくなっちゃう!だめだ、だめだ。
俺が、新たな萌えに向かって出発しつつ、作業で忙しくしていても、史朗は史朗で観光に出たり自由に過ごしていた。
思ったとおり、爺ちゃんに会っても平気になって来たらしく、「シロ」「フリードリヒさん」と呼び合って、俺がいなくても2人で仲良くおしゃべりをしてる事もあるらしい。
それでも、せっかく来てるんだし、やっぱり出来るだけ夜は一緒に過ごすようにして、晴れた夜は星を見て温かいココアを飲み、そして徹夜でゲームをやった。
ゲームの友はもちろんお土産のタタミイワシ、そして昆布茶だ。
「チーム☆フェルナンド」の面々には「何よ!史朗君、門倉君ちにいるの?」「海外か〜!いいな」「土産を所望!」と大騒ぎされた。
史朗が「門倉君の家って城みたいなんだよ!マジで!!俺は毎日メイドさんに給仕されて、用事があれば執事さんに頼んで、出かける時は運転手付きのリムジンで優雅に暮らしてるわけよ!」と自慢をする。
ミュリエルさんが「門倉君、結婚して!」と言うと、モモハラさんも「アタシも!」と言う。ふたりとも既婚者だよね、あはは。
田中さんが「次は絶対俺にも声かけてくれよー!」と騒いで、レンさんが「写真撮りに行きたい!」と燃えて、そして彩音ちゃんが「あああ、離れていても全てを門倉君に持っていかれる〜」と悔しがる。この人達は変わらず面白い。
史郎が「門倉君はアランっていうんだぜ。こっちではアランって呼ばないと怒られるんだ。なんかお祖父さんに内緒で門倉を名乗ってるらしいぞ」というと、皆が「よし!門倉君の弱みを握ったぞ!」「バラされたくなかったら結婚して!」「アタシも!」「待て、俺は味方だ!バラさないから俺も遊びに行かせろ!」と乗って来る。
更に「実は、アランは今、自宅でガチのアイアンマンを作っている」と史郎がバラすと、更に大騒ぎになって、今年のComiComi祭りに着用して飛んでこい!と言われた。
「行けんわ!!」
…なんてね。行けたら良いけど。
俺は確かに12歳で大学に入ったりはしたけど、そんなにすごい天才じゃない。多分1人じゃ鉄人くん完成までにはもっと時間がかかる。
最近は、前に面談に来た専門家の人達が、「俺工房」に作業見学というか、手伝いに来る事がある。俺が教えてもらう事だってあって、やっぱり大人はすごいなって思うことが幾つもあるんだ。
そういえば、この前はライブ配信を始めたタイミングでこの専門家さん達が来ちゃって、彼らが挨拶をしてから普通に作業に加わったのを見た何人かが、「おお!」と自分たちのスケジュール調整を始めたから慌てて断った。
見ているだけではなくて、実際に現場で関われるなら「行きたい」と思っている人達が居ることを知った。
「俺工房」じゃなくて、別の場所に専用の短期研究施設を設けたら、日本のマンガにある「部活」の「合宿」みたいに出来るだろうか?
それはとても「青春」だな。ちょっといいな。
日本の高校みたいにユニフォームは学ランとセーラー服で。お揃いの学生手帳配って。夏に企画してみようかな。
史郎に話したら「それは、コスプレ合宿だな」って言って爆笑していた。
史朗が来て6日目、雪がやんで気持ちよく晴れて、気温もちょっと高めの8℃になった。
俺達は一緒に市内観光に出かけることにして、あちこち歩いてはカフェでお茶して、史朗が撮った写真を見せてもらいながらお喋りをした。
史朗は写真が上手いんだ。何気ない見慣れた風景も史朗が撮ると違って見える。褒めると、「レンさんがすごい写真撮るじゃん。あれに刺激されてちょっと勉強したんだよ」と照れる。
レンさんは写真の「自称セミプロ」だ。実際は写真だけで生計を立てる立派なプロなんだけど、自分を完全にプロだと言わないのは「俺が自分を掛けるのはコスプレだからさ!」なんだそうだ。やっぱり変な人で面白い。
俺は、先日の史朗のお迎えと、この日の史朗の案内という理由で、久しぶりに外出をすることが出来た。時々、黒い車が近くを通ると、ちょっとだけドキッとするけど、もう大丈夫かな。
せっかくだからキャロを呼び出して15時過ぎに合流した。「久しぶり。元気そうね」って笑顔が優しい。染みるなあ。
史朗は童顔で背も175cmくらいで、一緒に居ると俺よりも年下に見える。キャロに紹介した時は、史朗は25歳だと言っても中々信じてもらえなかった。
でも、話しているうちにわかったらしくて「史朗は見た目と違って大人なのね」と言って、「なんかあなた達、不思議ね」と笑われた。
その夜は、屋敷には帰らないで3人でアパートに泊まった。合宿だ。
アパートもちょっと怖かったらどうしようと思ったけど、大丈夫だった。3人だからってのもあるかもしれないけどね。
史郎が、「あのさ〜、アパートって言うからさすがに学生の部屋ってイメージで1DKあたりを想像してたんだけど、この玄関ホールだけでも俺は暮らせそうだぞ。普通の一軒家より広くないか?何部屋あんの?」と呆れたような顔をする。
「セバスに任せたらこうなったんだよ」と、何となく言い訳をした。「それに、ここは俺が自分でやってる会社の利益があったから買ったんだもんね。買ってもらったんじゃないもんねー」と言うと「こいつ、会社までやってやがる…」と史朗が目をつむって上を向いた。
キャロが「ここ好きよ。落ち着くし。中々こういう家で自由に過ごせる事ってないじゃない?思い切り楽しませてもらってるわよ」と笑う。嬉しい。
「だよね、たまにキャンバス持ち込んで絵のアトリエみたいに使ってるしね」
「キャロさん、絵を描くんだ?」
「趣味でだけどね。ここだと集中しやすいのよ。まあ、たまに大型犬が戯れて来て邪魔されるけど」キャロがいたずらっぽい顔でウインクする。
「わん!」大型犬な俺が鳴く。
「お前かよ」史郎が笑う。
楽しい。
なんだかあったかい気持ちになる。ホッとするっていうのかな。
3人で夕食を作って食事をし、そしてゲームをしたり、映画を観てあれこれ言い合って夜を過ごした。
酒を飲む良い匂いのお姉さんと、酒を飲むシャイで優しい兄貴な史朗がいて、俺は飲んでるのはジュースなのに、まるで自分も酔ったみたいに、ラグの上で寝転がったまま映画に勝手に変なアテレコをして遊んだ。
ソファの足元でゴロゴロしている俺を見た史朗が、「完全に安心してダレ切っているな、この大型犬は」と笑う。
「アフガン・ハウンドかしらね」「いや、ディアハウンドだよ」なんて言ってるから、「秋田犬ならザギトワに飼ってもらえる」と言ったらキャロにパシっと叩かれた。
俺は、ヤキモチを妬いてもらったと思ってニヤニヤしながら、床暖房が暖かいと思っていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
翌朝、起きると、2人も一緒にラグの上で布団をかけて寝ていた。
これこそ合宿!