第一王子は謝りたい【後編】
「別に謝ってほしいとは思っておりません」
それを否定と受け取ったらしく、彼は机の上に乗せた拳を握り締めた。
「いえ、許す許さないではなくて。実はですね、私は―……」
小説の件を素直に話した。
王子殿下との婚約破棄を願っていたなど、正直に言うと不敬罪に問われそうであるが、今の彼なら別に大丈夫かと思った。
話の途中から段々と殿下の顔がなんとも言えない妙な表情になっていたのは知っていたが、彼は話し終わると深く深呼吸を一度して、背もたれにぽすんと背を預けた。
どうやらかなり緊張していたらしい。
「けど、謝りたい。歩み寄ってくれた君を俺は自分の劣等感を理由に邪険にした。だから、君はそんなことを考えたのではないか?本当にすまなかった」
彼はもう一度立ち上がると、私に深く頭を下げた。
彼もどうやら変わろうとしているらしい。
「顔をあげてください。これでこの件は終わりにしましょう、もう言いっこなしですよ!」
パンと手を叩くと、殿下は驚いて頭を上げた。
次いで、にっこり笑って、ありがとうと言った。
いつも会うと睨まれていたから、彼の笑顔は初めて見た気がする。
笑うと彼とエドは少し目元が似ていると思った。
その後は二人で仲良くお茶をしていたのだが、ふと視線を私の後ろに流した殿下が突然固まって動かなくなってしまった。
「あれ?殿下、殿下?」
顔の前で手を振って見るが、動かない。
どうしたものか私が唸っていると、
「わっ!」
「わあ!?」
背後から誰かが私の肩に手を置いて、耳元で大きな声を出した。
私もびっくりして思わず叫んでしまった。
ちょうど廊下を通りかかった騎士も何事かと思ったのだろう、こちらを凝視していたが、私の後ろを見ると納得したようにうなづいて礼をするとそのまま去っていった。
「もう!びっくりさせないでよ!」
勢いよく後ろを振り向くと案の定笑いを堪えるエドがいた。
やっと剣の稽古が終わったらしい。
「兄上と話は出来た?」
「ん?まあね」
まさか、そのために剣の稽古を長引かせたのだろうか。
じっと顔を見つめていると、彼は疲れを感じさせない顔でにこりと笑った。
そして、殿下をちらりと見ると呆れたように苦笑した。
「いつまで固まっているのですか、兄上」
「ハッ!とにかく、今日は君に謝りたかったんだ、それじゃ!」
我に返った殿下は早口で捲し立てるように言うと、音を立てて椅子から立ち上がり逃げるように去って行ってしまった。
「行ってしまわれたわ」
向かわれた方を殿下の姿が見えなくなるまで見ていると、エドが言った。
「今日は遅れてごめんね」
口ではそう言いながらも、全く顔に反省の色がない。
殿下とは大違いである。
「あなた、わざと遅れてきたわね」
「……あれからずっと兄上はリラに謝りたそうにしてたから。でも僕がいるとやりづらいと思ってね」
やはりそうか。
私は思わずため息をついた。
「悪い人ではないんだよ。ただ、ちょっと僕の出来が良すぎてあんなにひねくれてしまった」
「さらっと自慢しないでくれる。でも私もそれに拍車をかけたのよね」
お互い出来がよすぎるのも困りものらしい。
側に立っていた侍女が微妙な笑みを浮かべていたが、見なかったふりをした。
だって、事実ですもの。
「殿下、本来はああいう方だったのね、これからは仲良くできそうだわ」
さっきまでの様子を思い出して思わず笑みが零れた。