9 新たな出会い
気づけば、巷では有名な天才魔法少年として扱われるようになっていた。
…こんなことを言うのも恥ずかしいのだが、どうにも、一般的な常識のレベルを超えているらしい。
基本的な4大属性の魔法も基礎レベルは一通り扱うことが出来、風の魔術にあっては中級レベルを扱えるようになっていた。
ちなみに、中級レベルの魔術を一つでも扱うことが出来れば、魔術士としては一端であり、それだけで仕事に困らないとまで言われているらしい。
また、複数の属性を扱うことが出来る魔術士はそれだけでも希少価値があり、優秀であるとされている。
ましてや四大属性全てを扱えるとなれば、宮廷魔導師レベルとまで言われている。両親はやっぱり俺、私の子供は天才だー、よー!と叫んでいる。本当に似た者夫婦だ。
が、これだけ魔術の才能があっても、シルフィは
「…もう少し風の魔法が扱えるようになると思っていたわ」
いや、いくらなんでも高望みすぎだろう。
「そんなことないわよ。私からすれば、あなたが使っている風の魔術なんて、初級以下にしか感じられないわ」
シルフィからすれば、人間が扱える風の最上級の魔術であっても、児戯のレベルなのだろう。
「でも、アレックスも悪い。この程度の魔法を扱えるようになるのに、何年もかかるなんて信じられない」
既に四大属性どころから、闇属性も聖属性も扱い、その他の属性やら特殊魔法やらを扱うことができるフェードからすれば、不出来らしい。
流石に精霊以上の魔法を扱うことは難しいと思うんだけどなぁ。
「そんなことないわよ。あなたが…そうね、一生をかけて風魔法を極める気があるなら、原初の上級魔法を教えてあげることだって出来るわ」
原初の魔法というのは、既に失われてしまった魔法体系である。現在の魔法体系に加え、通常は古代魔法と呼ばれる魔法体系が有名である。
しかし、古代言語を用いた古代魔法は現代人には扱いが極めて困難であり、人間で扱えるのは10人居るか居ないかとまで言われている。更に、原初魔法というは既に失伝された魔法体系であり、魔術を得意とするエルフであっても扱えるものは居ないとされている。
「…シルフィ使えるの?原初魔法」
「使えるわよ。しんどいから使わないし、コントロールが難しい上に原初魔法って威力がありすぎて、大体山の一つを吹き飛ばすくらいの威力があるから使う機会ってなかなかないのよねー」
最後に使ったのは500年前かしらー。とか言っている。一体いくつだ、この妖精。
「レディーに年齢を問うのは失礼なことよ」
大事なのは外見年齢と、精神年齢なのだから。等とうそぶく妖精を超えた大妖怪。
「ところで、ロネを知らない?最近元気が有り余ってるのか、昼でもどっか行くようになったんだよね…」
元々猫なのかもよくわからないが、ロネは夜行性で、昼間は基本的に部屋の中でのんびりと過ごしている。両親も、元気になったロネの姿を見て、飼うことを渋々認めてくれた。
ただ、俺以外の人間が触ることを極端に毛嫌いしているため、両親がロネの体を触ろうと近づこうとすると、一瞬で距離をとる。かなりの敏捷性で、元冒険者の二人が全力を持って、「「さわらせろー!!」」と叫びながら室内を駆け回る姿はなかなか心にくるものがある。
両親の鬱陶しい攻撃に嫌気が差したのか、昼間の外出が増えた。
「ロネなら…気づかないの?」
「うん?何処に居るの?」
「…ふぅん、本当に気づいていないの…意外に小器用だったのね」
「何さ、一人で納得して」
「ロネならあなたのすぐ近くに居るわよ」
「えっ?」
ぱっと周りを見渡すが、ロネの姿が見えない。
「むむ、嘘はダメだぞ」
「あら、嘘つき呼ばわりとは心外ね。でも、くす。本当にあなたの傍にいるわ。これだけ近くに居て気づかせないのだから、ロネも意外とやるわね」
シルフィはくすくすと笑う。
シルフィの様子から見るに、本当にロネが近くに居るらしい。
「…むむ、わからん…」
「くすっ、存在が確立される前のフェードにすら気づけたあなたが気付け無いのだからのだから、ロネを褒めてあげるべきね」
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「今日はお使い…っと」
農家のバンさんのところに行って、野菜をもらってくるというお使いクエストだ。
村の人口は100人程度で、街とは呼べない規模であり、貨幣もあまり使われていない。
お互いに顔見知りだし、必要な物は基本的に物々交換であることが多い。
両親共に腕利きの冒険者であり、倒した魔物の素材や、魔物から取れる魔石で物々交換をすることが多い。
今日はオークの肉と野菜をトレードしてくることが目的だ。
といっても、事前に話が通っているので物を渡すだけだ。
普通なら、な。
「…アレックス坊、来たか」
「えぇ、バンさん。今日も美味しいお野菜をもらいに来ましたよ」
「くく、良いだろう…選ぶが良い。好きな野菜をな!」
くわっ!と目を見開くバンさん。
30代中頃のがっちり体型の、いかにも農家らしい風貌のおじさんだが、目を見開いた瞬間は歴戦の戦士を彷彿とさせるプレッシャーだ。
「なら、これとこれとこれ。あと、こいつも良いね。朝一とれたてかな?あ、これも…良いね」
「は、はぇな…アレックス坊…いや、その目利きには参ったわ。くぅー…持ってけ泥棒!」
今回の物々交換はあらかじめ野菜の個数や量は決まっていた。
なら大事になるのは、その野菜の質を見抜く目利き。
どうせなら日持ちして、美味しく食べられる方が良い。
触って重さを計ったり、感触を確かめる必要はない。
見れば野菜の状態なんて分かる。
魔力の流れを見るよりも簡単、というよりも、その応用だろうか。
不思議と魔力の流れが見えると、物の良し悪しも分かるようになってしまった。
「このキノコもお願いします。これくらいのおまけ…良いですよね?」
「…はぁ、わかったよ。アレックス坊。持ってけ持ってけ」
苦笑いをするバンさん。
「はい、これがオーク肉です。毎度ありがとうございます」
「ったく、5歳児でこれだけで見る目があるんだから、末恐ろしい…。そうだ、アレックス坊、ロッドを見かけたら家に戻ってくるように言ってくれ。朝からどっか遊びに行きやがった」
ロドリゲスことロッドはバンさんの息子で現在8歳。
やんちゃ盛りで村の中を駆け回っている。
「わかりました。見つけたら言っておきます」
「頼むぞ、ほれ、お駄賃だ」
追加でトマトまでくれた。
こういう気っ風の良いところがバンさんの魅力だろう。
お礼を伝えて、ロドリゲス探しだ。
ロドリゲスは大体同じ場所で遊んでいるから、何箇所か回ればすぐに見つかるだろう。
まずは村一番の大木、通称ご老樹さんのところへ行こう。
ご老樹さんは普通の樹の三倍は大きく、圧倒的な存在感を放っている。
周りには何も無いところなのだが、不思議と人が集まってくる場所である。
ロドリゲスもそんな不思議な魅力に誘われてか、ご老樹さんの近くでよく姿を見る。
目的地を決め、ご老樹さんのところへ駆けていく。子供の足でも大した距離ではない。
ご老樹さんのところへ行くと、そこには見たことのない人が居た。
それは、赤い、とても赤い獣を彷彿とさせる人だった。
見た瞬間、緊張が走った。
異質。
違和感。
今までに感じたことのない圧迫感に思わず怯んでしまった。
その真っ赤な人は、まっすぐにこちらを見て、
「お腹…減った…」
なんて言うのだった。