12 狂犬との再戦
失っていた意識がゆっくりと覚醒する。
じっくりと感覚が戻ってくる。
強く打たれた頭の痛みが徐々にはっきりしてくる。
強烈な一撃だった。
思い出すだけでも背筋が冷たくなる一振り。
「ようやく目を覚ましたか。全く、鍛え方が足りなかったか?」
父はゆっくりとこちらの頭に手を伸ばしてきた。
乱暴だが、何処か優しさを感じる手つきで頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「大した傷じゃない。男だろう、しゃんと立て。女の子にやられて眠りっぱなしが良いのか?」
そう言われれば立たざるをえない。
こちとら前世も含めれば良い年のおっさんなのだ。
女の子に叩かれて気絶した上に、地面で寝転がるような趣味はない。
けれどもダメージはそれなりに深刻で、立ち上がろうとするも、立ちくらみが起きた。
が、そこは意地で踏ん張る。
そして、自らに治癒術を施す。
前世であれだけ強烈に頭を打ったのなら即病院行きだが、俺には治癒術がある。
多少頭を強く打ったくらいなら十分に回復可能だ。
「…戦意は折れてないな。よし、このまま二回戦だ」
「何を?」
思わず聞き返してしまった。
「え、一回負けただけで諦めるの?」
信じられないものをみるような目で父は見てきた。
「負けたのに、負けを認めないのは駄目だと思う」
「ほら、【疾風】お前の息子もこう言っているし、もう良いだろう?」
何故か勝者であるはずのリサが不満げな顔をしながら父に文句を言っている。
「潔いね、俺の息子とは思えない。なら言い方を変えるぞ。アレックス、もう一度戦ったら、リサに勝てるか?」
「勝てる。次は負けない」
その瞬間、リサからとてつもないほどの殺気が放たれる。
今までも一番強烈である。
思わず腰がひけそうになるが、関係ない。
「次は勝てる」
再び胸中を吐露した。
リサに負けじと睨み返す。
鋭い目付きでリサは
「死にたいの?」
「大丈夫、少なくとも同じルールなら負けない」
リサは苛立ちを隠そうともせず、木剣を再び構えた。
「良いわ。二回戦始めるわよ」
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先の敗戦した時と違い、モードを切り替える。
練習モード、悪く言えば本気を出していなかった。
今からは戦闘モードだ。
何が違うか。
勿論気分の問題だけではない。
攻撃手段も戦法も全てを変える。
手段を選ばず、勝つための戦術に変更する。
彼女は相当に強い。
正面から戦っても勝ち目がないほど強い。
けれど、汚い手を使えばどうとでもなる程度の強さだ。
「後悔しろ!」
リサは大地を蹴ろうとするも、先ほどと同じように、地面が沼地になっていることに気づく。
「この手は通じないと分からないのか!」
リサは先よりも強く鋭く、地面を蹴る。
しかし、一歩も動き出すことはできなかった。
「な、くっ!なんで…!」
さっきの魔術と違い、土の強度を跳ね上げた。
ただの沼ではなく、金属以上の強度を持つ泥に変えたのだ。
それだけでリサは動けなくなった。
両足が動かせなくなったリサに勝機はない。
遠距離からエアハンマーを連発し、木剣を叩き落とした。
さすがのリサであっても、両足が動かせない状態ではまともに剣を振るうことは出来ない。
「私がこんな簡単に負け…」
「次は三回戦だね」
「えっ?」
父は否定していたが、残念ながら、俺も生粋の負けず嫌いなのだ。
負けは認めよう、しかし、屈辱は倍返しだ。
「ほら、地面は元に戻したから、木剣を拾ってもう一度やろう」
「…後悔させてやる!!」
リサは木剣を持った瞬間、猛然と突撃を仕掛けてくる。
感情に任せての戦法ではない。
魔術士を相手に剣士が取るべき最善の戦闘方法だ。
最を最大の速度で距離をつめ、魔術を発動させない。
近接戦闘で相手を上回っているのであれば、接近して戦えば良いだけの話。
それが最適解だと理解しているからこそ、リサが取るべき戦法は変わらない。
「わかり易すぎる」
「へっ?」
彼女は気づいていなかったが、リサの木剣を叩き落とした瞬間、3つの魔術を発動させていた。
1つ目は水の魔術。人間大の水人形を作り出した。
2つめは光の魔術。幻術で水人形が俺の姿と誤認させた。
3つ目は風の魔術。声の響き方を変えて、水人形から声が聞こえるように調整した。
リサは見事に罠に引っかかり、水人形に全力で攻撃を仕掛けた。
その瞬間、水人形は爆発し、リサの体に液体が降りかかる。
リサはしっかりと握っていはずの木剣を落としていた。
「なに、これ」
「ぬるぬるしてるでしょ?スライムみたいなものだよ」
限りなく摩擦を軽減する優れた液体だ。
ローショ…ヌルヌル水と命名した。
「水で流せばすぐに溶けるから、危ないものじゃないよ」
「私が…二度も…負けた?」
「変則ルールだし、仕方ないんじゃないかな?」
父がリサが木剣を落とした時点で負けというルールにした理由は、恐らくそうしないと俺が本気を出せないと気づいていたから。
もし、そのルールがなければリサに大怪我を負わせない方法で戦わざるを得なかった。
負けるのも嫌いだが、女の子が怪我をさせるほうが余程嫌だ。
だからこそ、もしこのルールがなければリサに対して素直に負けを認めて、再戦することもなかっただろう。
「あなた…強いのね」
リサは今までの雰囲気と打って変わって、優しい笑顔で微笑んだ。
「いえ、あなたのほうが遥かに強いですよ」
ヌルヌル水を洗い流すため、リサに近づいていくと、彼女の姿が消えた。
「…せめて道連れにしてあげる」
いきなり抱きつかれた。
着衣のローショ…ヌルヌル水プレイだなんてまだ早すぎる!
それを見た父は
「俺の目に狂いはなかったなぁ」
としみじみともらいしていた。




