31.
「おめでとう」
「あー、うん、ありがとう」
あたしの折角のお祝いの言葉なのに歯切れの悪い返事が返ってくる。
今日、ウルたちの学年の班別対抗戦が終わった。
結果はウルたちの班の優勝。
オルマンとフィルヴェルケリが、勝利後大はしゃぎしている様子が窓から見えた。というか、その声が聞こえてきたのだ。
「相変わらず、目立ちまくりだね」
「俺のせいじゃない」
「でも、ウルが全く貢献していないわけでもないでしょ」
「まあな。あいつらの手綱は俺が握ってるからな」
さも当然のような口調で随分なことを言っているが、その言葉は比喩でも大袈裟ではない。
班別対抗戦は年に三回あり、今回の春と、秋と冬に行われる。班のメンバーは毎回変わる。春は寮の同室の面々だが、寮部屋もメンバーも毎年変わるので、いつも同じ人同士で班を組むわけではない。
ここで、ウルたちの班の話になる。
彼らも当然、第一学年は同じ寮部屋だったので、春の班別対抗戦では同じ班として戦った。当然その年の秋と冬の班別対抗戦では、班は別になりそれぞれがそれぞれの班で戦うことになったそうだが、ここで問題が起きたという。
春の班別対抗戦は、ウルたちの班の圧勝だった。しかしオルマンとフィルの個は突出しすぎていたため、彼らは自分と同レベルでやれない、もしくは自分の力が存分に発揮できないことによるストレスからか、秋や冬の班ではかなり和を乱していたらしい。
師たちもなんとかしようとしたそうだが、我の強い二人を上手く御することができなかったそうだ。
それもそのはずで、秋には学年の個人戦もあり、第一学年の個人戦でオルマンが優勝、フィルが準優勝だったそうで、生意気な態度に見合う実力もある厄介なお子様であったのだ。
そこで、気づいたというか思い出したのがウルの存在だったという。
特殊過ぎる二人もウルとは上手くやれていた。むしろ、ウルが上手いこと問題児二人を操れていたのではないかと思い至り、第二学年でも三人は同室となり、彼らはその春の班別対抗戦も見事優勝を飾った。
もうここまでくれば、随分実力に差のある班となるが和を乱してまで彼らを分ける必要性はなく、彼ら三人は特例として三年連続同室で同じ班という処置に落ち着いたのだ。
「あの穏やかそうな二人がねぇ」
「あいつら見た目と違ってすごい好戦的なんだよ。実力もあるだけにタチが悪い」
「やっかみとかないの?」
「あるに決まってるだろっ」
間髪入れずにウルは溜まり溜まった愚痴をこぼし始めた。…水を向けたあたしが悪かったのだろう。
「三年も同じならチームワークが悪いわけないだろとか、個人戦優勝と準優勝の二人がいる班に敵うわけないとか!
そもそもはあの問題児二人を野放しにした教師らのせいだろうが!
それを寮部屋さえ変わらない俺らにズルいだの、勝って当たり前だの。勝てば調子に乗ってるだのやっかみやがって。挙句に金でも渡してるんだろなんて言われる始末!
んなわけねーだろっ! うちにそんな金があれば耕作地の改善と水路整備に使うわ! どこの誰に何のための金を払うんだよ。もっと考えて発言しろ!
……そもそも、そんなことうちのばばさまがやるわけねーっての」
あふれた数々の愚痴だが最後にポツリとこぼれた言葉が全てを物語っている。彼女はあの家の法であり正義である。そもそもウルが不正しているとは微塵も思っていない。
問題児であることが問題なのであって、そこを棚上げし問題を先送りにした対応は確かに教師陣の責任だが、師のみを責めるのも違うだろう。つけあがらせる周りも、それにあぐらをかく二人も悪い。
なにより、だ。
「なんで、ウルが二人を注意しないの」
それこそ、ウルの役目だろう。ましてや、ウルの言うことなら聞くという特殊な状況ならなおさら。
「一緒になって、バカやってるんじゃ意味ないでしょ」
「…」
心当たりがあるのか、視線をそらしどことなく拗ねたような顔をするウル。そんな顔をしても、いくら美人とはいえ許されない。そういえば、ウルの顔も徐々に可愛らしさよりも美人さの方が立ってきたような気もする。母のエステルさんに似て、この兄弟は見た目は美しい。見た目だけなら。
態度は、見る限りまだまだ子どもだが。
「それにしても、なんで二人はウルの言うことを素直にきくんだろうね」
「さあ? でも俺ら喧嘩はしょっちゅうするぞ」
「喧嘩するほど仲がいいってことじゃない」
「そうとも言えるか」
「で、なんで言うこと聞くんだと思う?」
「さあな」
本人は全く気づいていないようだが、あたしはあの二人は本能的な部分でウルの強さを感じているのではないかと思っている。
あの二人のやんちゃな一面を聞く限り、自分より実力の下な人の話をまともに受け入れるとは到底思えない。ウルの言うことを素直に聞くことができるのも、ウルの何かしらを認めているからなのだろう。それが何かはわからないけど。
「まあ、なんでもいいよ。俺、あの二人好きだし、今の班も寮部屋も悪くない」
先日の班別対抗戦や普段の様子を見ていれば、あの三人はそれぞれをきちんと認めているのはすぐわかる。
努力の結果、と言うのも変な話だがウルの学校での評価はあまり良くない。きっと二人はそれ以外の点でウルの何かを感じ取っているのだろう。
「あのさ、ウル。やっかみに関しては、ウル個人に対するのはないの?」
正直気になっていたのはこちらの方だ。先ほど聞いたものの、ウルから溢れ出た不満は班に対するやっかみばかり。個人的な誹謗中傷はなかった。
「ああ。まあ、色々言われてるみたいだけど、あまり気にしても仕方ないからな」
ははっと笑うウルの笑みに曇りはなく、そういうものと、諦めや嫌悪などなく受け止めているようだった。
実際、ウルへのそうした言葉はあたしも聞いたことがあった。
“野良猫のお守り”、なんていうのはかわいいもので、“お荷物”、“二人のおかげ”、“虎の威を借る狐”、“おまけの優勝”などなど数え上げればキリのないほどの嫉妬と妬みが矢となってウルへと向かっていた。あたしが聞いたのはごく一部であろうが、それでもウルはああ笑えるのだから、その点は尊敬に値する。
「そう」
「子どものすることと思えばかわいく思える」
ウルがそれで納得しているなら、あたしからなにか言うこともない。
「ま、優勝記録更新おめでとう」
共に笑顔で別れ、今日の夜の会合は終わった。
以前、ウルと将来について語り合った日以来、たまにこうして会うのが普通になった。
入学当初、あたしたち二人が仲の良い友人関係であることを隠そうとしていたことが嘘のようだ。あたしたちは今まで手紙でしかまともにやり取りできなかった時間を埋めるように共に過ごす時間を作る。
会話を重ね、時には会話がなくとも一緒にいるだけで、互いの今を紡ぎ織っていく。
そんな一種の依存のような関係だが、隣で過ごす時間がこれほど当たり前に感じるのだから離れ難いし、会わないという選択肢に目を背けがちだ。
それだけ、あたしにとって“彼”の存在が大きいことに気づく。いや、気づいていたけれど、見ないふりを気づかないふりをしていただけ。
あたしは部屋に戻り、やはり前を捨てきれない自分を隠すように、布団をかぶって眠りの世界に逃げ込んだ。しょうがない、なんて言い訳を心の中でしながら。
学校生活というか定住生活にも慣れてくると、毎日は淡々とあっという間に過ぎていく。
ウルたち第三学年の班別対抗戦が終わると、次は第四学年、そして初等教育最高学年の第五学年の班別対抗戦が行われた。さすが最上級生だけあって他学年とは違い実力も作戦もしっかりした戦いが繰り広げられており、ナンサたちも奮闘していた。今回ナンサとナーシャは同じ班で、残念なことに三回戦目で敗れた。やはり14歳にもなると、男女の差も大きいし、実力の差も顕著になるようだ。
イファーに四季はないが、日本風に言うなら班別対抗戦は春の運動会のようなもの。これが終われば、次は夏の行事に向かって時は進んでいく。
夏の行事は、第三学年から第五学年までの三学年が合同で行う実践的な学習、いわゆるサバイバル体験がある。野山や森を駆けずり回り、自然の中で生きる力を育むのだ。
なんでもこの実習は、もともと第三学年だけのものだったらしい。しかし、かなり前にその実習中に魔物が出現したことがあったそうで、それ以降子どもの安全確保と実習への意識改革のために三学年合同で行うようになったという話だ。
当時の子どもが機転を利かせ、なんとか大事には至らなかったというが、あくまで噂なので事実かどうかはわからない。
なかなか危険な話だが、それでも実習をやめるという選択肢を選ばないところに、この国のお国柄が現れている気がする。超実力主義であり、強いものが弱いものを守る、そんな意識が。
「ねぇねぇ、明日帰ってくるんだよ」
「へーそうなんだ」
この国の学校には、あたしのイメージする夏休みよりはやや短いが休みがきちんと存在する。
夏は農業を営む定住民からすればそれなりに忙しく、人手は子どもであってもあるに越したことはない。とは言いつつも、本当のところは、学校生活の疲れを家に帰るなり、あるいは寮でゆっくり過ごすなりして癒してほしいというのが大人の考えなのだろう、と思いたい。
この学校では、第一学年と第二学年はしっかり休みが与えられ、きちんとリフレッシュできるよう配慮されている。
しかし第三学年以上は実習がある。もちろん夏休みはあるが、その実習のせいで低学年よりも短い期間になる。それでも、三日に一日しかない休みに比べれば、しっかり体を休める時間が確保できるのだ。
「三人とも、帰らなくてよかったの」
「うん」
「おねえちゃんとフィルが帰ってきたら一緒に帰るの」
「三人とも残ってるのに、ワタシだけ帰るのもったいなくて。いっぱい練習できてよかった」
そう、時の流れは慣れとともに加速してすでに夏。熱を孕んだ軽やかな風が草原に吹く、そんな季節。
あたしたちはいわゆる夏休みを迎え、双子は先日合宿へと旅立ったフィルたち姉兄を寮に残り待っていたのだ。それも明日帰ってくるというのだから、時間の流れのなんと速いことよ。
その間、あたしたち四人は負けた悔しさをバネに色んな練習をした。
魔法も、体術も、剣術も、弓術も。この学校で学び始めてまだ三ヶ月ほどの時間だが、習ったことの精度を上げ、工夫することを知った。負けを知った悔しさからか、特に双子のヴァーナとマイスは貪欲にそれらを吸収している。
「ヴァーナもマイスも、元々得意だった魔法がもっと上手くなったよね」
「ありがとう!」
「でも、フィルはもっとすごいんだよぉ…」
あたしの賛辞にも、二人の目標とする兄の存在が双子の表情を曇らせる。
「そうだよねぇ、師の話だと、あの三人ってすごすぎるよね。うんと…規格外って言うんだったかな、ああいうの」
フラウが言うように、あの三バカは数々の偉業を成し遂げていたようで、彼らがいなくなったこの学舎は静かで、師たちも安堵の息を漏らしていた。
聞くところによると、彼ら三人はあの力をもってして様々なものを破壊してきたようだ。
まずは、木剣や盾、弓矢、的や藁でできた人型、小手や槍など、これらはまだ授業の教材と言えば教材なので許容できなくもないだろうが、これで止まらないから偉業なのである。
魔法館や武道館には空魔法によるいわゆる結界が張られているのだが、それらに傷をつけたのもこの三人で、これはやたら滅多なことでは傷もつかないようなものらしい。それでも一応魔法なので効力の問題で張替えも行われているようで、丁度張替えの時期に重なって傷がついたとのことだそうだ。
これはまぁ、こともことなのでお咎めなし。厳重注意と魔法省や軍事省からの好奇の目が向けられただけで済んだ。
問題は次だ。詳しくは誰も話してくれなかったが、彼ら三人はいつかの班別対抗戦の時に校庭に穴を開けたらしい。
こっちはずいぶん怒られたようだが、本人たちはどこ吹く風。反省の色は見えず、その状況に満足気な三人にはかなりの罰が与えられたが、それも彼らにとっては大したことがなかったのかあっけらかんとしていたという。
まさしく規格外。
師すら手に負えないと思わせる本物の悪ガキだったわけだ。
こんな話、あたしはウルから聞いていない 。
ウルが周りからどう評価されているか全く分かっていなかったとは考えにくい。あたしに対して、意図的に隠していたとしか思えない。
それだけ、自分でも悪目立ちしていることは自覚していたのだろう。…そこで自重できなかったのかと問い質したいところだが、そんな点も含めて、ウルらしいと言えばウルらしい。
『早く帰ってこないかなぁ』
双子の声が重なり、彼女らの姉兄の帰りを待ちわびる想いがこの小さな寮の部屋に積もる。口には出さないが、フラウも同じだろう。
姉兄が恋しい、家族が恋しい、家が恋しい。
そんな子どもとしては当たり前の感情が、この学校という場では見て見ぬ振りをされがちだ。
あたしはもう大人だ。
家族は好きだが、雛鳥が親鳥を求めるようなほどの熱はないと思っていた。
…でも、帰れないとわかっていても、あの草原と幕屋と羊と馬と賑やかな家族が、ふとした瞬間恋しくて恋しくてたまらなくなる。
これは大人でも感じる想いなのか。それともあたしがまだ子どもなのか。
あと一歩で大人に成りきれなかった湊の記憶があってもわからない。けど、わからなくてもいいような気がする。
そう思えるのも、きっとウルのおかげだ。
そう、結局は、あたしも早く家族のような友人に帰ってきてほしいのだ。




