30.
今日はウルたち第三学年の班別対抗戦の初日。
先日までは第二学年の班別対抗戦が行われていたが、正直パッとするものもなく、その三日は特にそれらを意識することなく自分たちの勉強に励んだ。
双子は未だに先日のことを気にしているが、トラウマのようになって身体が動かないということはないので本当に安心した。まだ本番になってみないとわからないこともあるが、恐怖心がこびりついて取れない、なんてことにならなくてフラウとともにほっと胸を撫で下ろした。
「フィルたちの試合は何番目?」
「俺らは十班で、五試合目」
『えー観られないかもー』
「観なくていいから。お前らは真面目に授業受けてろ」
いつものような兄妹のやり取りを横目に、あたしもいつものようにウルと話をしていた。
「じゃあ、ウルたちは一試合少ないんだね」
「そうなるな」
「俺のくじ運のおかげ」
自慢げに胸を反らすオルマンにウルはなぜか苦い顔をする。
「そのせいで、俺らはいつも以上に目の敵にされてんだよ」
「どうして」
「俺らは第一・第二学年のこの班別対抗戦で優勝してきたわけ。まぁ、つまり、それだけ邪魔な存在な訳だが、そんな俺らが一試合少ないと体力の消費も少ないし余計有利だろ?」
「あー…」
「そうそう。これで今年も俺らの優勝に一歩近づいたってこと」
嬉しそうに笑うオルマンとは対照的に、困ったように眉を下げるウルは、周りの嫉妬や妬みにうんざりしているのだろう。
それを物ともせず勝利に貪欲な姿勢を見せるオルマンは、むしろ嬉々としてこの状況を歓迎しているのだから、穏やかそうな外見とは裏腹に案外負けん気の強い性格なのかもしれない。
しかし、彼らのこの自信は一体どこからくるのか。対照的な表情の二人だが、その様子には自分たちが負けるなんて微塵も思っていないことは明らかだった。
「アシュリー、そろそろ教室に行こう」
フラウに声をかけられたことでウルに聞くタイミングを逃した。
「無理するなよ」
「あたしはもう治ったって言ってるでしょ。ウルこそやりすぎたらダメだよ」
心配性なウルは別れ際いつもこうしてあたしに釘をさす。
心配している人間がいるんだということを言葉で、態度で示して、あたしにあと一歩を踏み込ませないようにさせる杭を丁寧に丁寧に打ち込んでくる。
それは決して痛みを伴うものではない。だからこそ戸惑い、なんとも言えないくすぐったさを感じるが、あたしはそれをうまく言葉にできなくて、そんな必要はないとウルを突っぱねるしかできないのだ。
運動場から校舎の教室に移動し、席に着いたところで鐘が鳴る。授業が始まり師の話の合間合間に外から歓声が聞こえてくる。
ウルの試合は始まっただろうか。
そわそわと落ち着かない気持ちに、ウルもこんな思いだったのかとようやく思い至った。
友人がすぐ見えるところで怪我するかもしれない、しているかもしれない、そんな姿が見える…こんな状況でやきもきするしかないなんて、あれだけ心配されて怒られたのも納得だった。
今日のウルたちの試合は五番目だったが、あたしたちもいつも通り授業があり休み時間とタイミングが合わず、結局一日目の今日は試合を観ることはできなかった。
『観たかったー』
「本当にね」
「すごかったんだぞ、俺ら。な、オル、ウル」
「なー!」
あたしたちの授業も終わり、ウルたちの元に降りれば、すでに試合は九試合目。ほとんどの人が試合が終わった状態で、どこか気の抜けた雰囲気が漂う。
「そんなにすごかったの?」
「まーな」
今日はオルマンの調子が良かったらしく、グイグイと攻めるオルマンとそれに追随するようにフィルも調子を上げ、二人は好き勝手に動いて大変だったとウルは一人疲れた顔で言う。
「俺はあいつらのお守りだからな」
冗談交じりに色々なものを諦めたようなその言い方に、あたしは言葉が見つからず苦笑を浮かべる。
その後は他愛もない話をしているうちに今日の試合は全て消化し、ウルたちとともに夕食をとって帰寮した。
毎晩しているウルとの手書きメールも今日はお休みだ。なんでもフィルとオルマンのやる気がみなぎっているせいで、今晩は作戦会議に専念したいそうだ。勝つことに対してあれだけの自信のある三人は、それだけ勝ちに向けた執着があるということだろう。
あたしも、おやすみとだけ返してすぐに寝る準備を整える。もう背中に痛みはない。脇腹はうっすら黄色いあざが残っているが、こちらも痛みはない。
ウルがこんな怪我をするのは見たくないな、そんな思いが自然と浮かび、小さな後悔と申し訳ない気持ちを持て余しながら眠りについた。
次の日、いつものように朝ウルたちと話をして教室に向かい次の授業を待つ。
「おはよう」
始業の鐘とともにバト師がやってくる。日本の学校でいうところの朝の会が終われば、今日の最初の授業はバト師の実技だ。この期間運動場は班別対抗戦で使えないため室内か座学となる。
「よし、全員外に出ろ。次は第三学年の班別対抗戦を見学する」
言うだけ言って師はさっさと教室から出て行ってしまった。
厳しいバト師の指導がなくなり、また自分たちの知り合いの試合を見ることができるとわかると、教室は途端に騒がしくなる。その賑やかなまま運動場へ降りれば、何試合目かの決着が丁度ついたところだった。
「一時間目の俺の授業の時間だけだが、第三学年の試合を観て勉強だ。戦い方などを知るいい機会にもなる。では各自上級生に迷惑をかけないところで観戦するように。以上」
自由度の高い指示の後は、皆がバラバラに動き出す。
「どこで観ようか」
『フィルがいない』
問いかけるフラウも二人がそう言うことをわかっているのだろうから、三人が意図するところは明白だ。それだけフィルが愛される人柄なのだろう。
あたしはあそこ、と指差し、いまだ方向違いの場所を探す双子に居場所を教えてやる。
「始め!」
大きな声が響き渡り、運動場は一気に緊張に包まれた。
『あ』
ようやく、視線の先に探していた人の姿を捉えたようだ。
あたしたちはその試合を観ながら、邪魔にならない場所に移動し、十分距離をとったところで地面に腰を下ろした。
後はただ言葉もなく、その試合を観続けた。圧倒されたのか、三人は目をそらすことなく彼らの戦いを観ていた。
あれだけ自信満々だった彼らは、そう言えるだけの実力を十分兼ね備えていた。
前衛のオルマンはやや大きめの木剣を軽々と扱い、敵班の前衛二人を力で押す。相手もウルたちと同じく三人班だが、構成は前衛二人に後衛が一人という編成で、オルマン一人に前衛が二人ついているが、すでに軽くあしらわれている。
敵の後衛はオルマンを狙いたくともうまく狙えないらしく、仲間が近くにいないフィルを狙って魔法を放つ。しかし、それでも相手が悪い。フィルにことごとく魔法を相殺され、あっという間に敵の後衛の少年は自身を粉々に砕かれたようだった。
それを狙っていたのだろうが、フィルも人が悪い。フィルは敵を攻撃することなく、自らに放たれた魔法に己の魔法を返していただけだ。
魔法の手が緩んだところで、ウルがその敵の後衛を討ち取ると、フィルは敵の前衛二人にまるでタライをひっくり返したような水を浴びせた。当然接近戦を行っていたオルマンも水を被ったが、これはわざとだろう。器用なフィルならオルマンを避けて魔法を使えたはずだ。
オルマンは、突然水浸しになり動きの止まった敵二人を置いてその場から離れる。
待ってましたとばかりにフィルが動き、敵二人を炎で囲む。先日のあたしたちの戦いを参考にしたようだ。威力は格段に兄の方が上なので、事前に水をかけるようウルの指示があったに違いない。
囲まれた二人は、そこでようやく後衛がすでにウルの手に捕まっているのに気づいたようだ。
なす術もなく降参を宣言し、ウルたちは勝利を収めた。
勝利宣言の後、彼らはまっすぐこちらに向かってきた。
すぐさま双子が駆けつけ、兄の班を賞賛する。それに気をよくする兄たちの表情は明るい。疲れも少ないのだろう。まだまだやれる、そんな雰囲気だった。
「お疲れ」
労いの言葉をかけてやれば、自信に満ちた顔で頷くウル。
「さっきの、あたしたちのマネでしょ」
「参考にさせてもらった」
確かにウルの言うように、威力も上でレベルも違うことで、せっかくあたしたちの考えた技なのに、彼らの方がものにしていた。
正直、悔しい。
「俺らの方が二年先輩だからな。単に年下のマネしたんじゃ格好がつかないだろ」
言い訳、と言うよりこれはあたしたちに対するフォローなのだろうか。
その後、あたしたちは特に会話をすることなく、ただ行われる試合を観ていた。
突出した能力者や実力者はいないようだった。時間はあっという間に過ぎて、バト師の授業時間が終わり、あたしはウルと別れ元の教室へと戻る。
「そういえばさ」
教室の席に着き、次の授業までの休み時間はいつものようにおしゃべりが始まる。
「フィルたちを見ていて思ったんだけど、班ってずっと同じなのかな?」
マイスの疑問に言われてみればと納得する。
「あれだけ強いのに、ずっと一緒じゃずるいよね」
言われてみれば確かにそうだ。
同じ班での練習の利点もあるが、当然勝ち負けを決める以上、その不平不満の方が大きいに違いない。
しかし、今年の優勝云々という彼らの口ぶりからすると、ずっと同じ班らしいけど…そんなことバト師は言っていただろうか?
その後はあたしたちだけで結論が出るわけない話題に飽きたのか、話は自然とオシャレの方向へと進む。
「今、イファーの流行りは第一皇女さまが作ってるようなものなの。特に皇女さまのような白い肌に似合う淡い色の布が人気らしいわ」
「装飾品もそう。皇女さまの瞳の色が薄い灰色らしくてね、そういうものがよく売れるんだって」
「皇女さまの結婚のお話しも出てるみたいだから、その衣装とか装飾品によっては、また新しい流行が生まれるかも」
全世界、いや世界さえ越えて女子の話題は共通だ。
彼女らは店の子どもということもあってか、流行にかなり敏感で、オシャレで、しっかり街の子だ。
遊牧生活を送ってきたあたしは、この手の話題に乗れない。何より、この国出身でありながらこの国の皇都にいる期間はかなり限られていて、流行遅れというより流行すら知らないのだ。
だからこういった話になると、あたしはひたすら相槌を打つだけになる。
もう心は大人なはずなのに、それが、少しさみしい。
その日の授業も終わり、学校生活への慣れを感じながら一日が過ぎた。
忙しいであろうウルからの連絡はなく、あたしは何気ない毎日を振り返りながら、穏やかな眠りについた。




