11.
草原の真ん中で寝落ち。二人して疲労困憊のあまり、互いに会話を終えると眠りの世界に落ちていたらしい。
春とはいえ高原の夜と早朝はとても冷えるが、長時間に及んだじじさまの特訓により身体は疲れと熱を溜め込んでいて、その火照った身体に夜の肌寒く感じる風はむしろ心地よかった。
二人して草原に大の字になって無防備に寝てしまったことは、ナツァグさんのさらなるお怒りを買うかと思われたが、むしろ疲れ切った子供を放置してきたじじさまにその矛先が向かい、あたしたちはよほど不憫に思われたらしかった。
じじさまにはばばさまからキツイお仕置きがあったらしく、それに不満たらたらのじじさまはあたしたちの稽古をその捌け口として活用した。あたしたちとしてはいいとばっちりだ。
二人の口癖が早く学校に行きたいとなるほどに切望していた学校へ行く日がついにやってきた。
買い物に行った日には必要なものはとっくに揃っていて、その翌日はバタバタしていたが買い物の翌々日には学校へ行く準備もとうに整っていた。
稽古の終わりを告げられた昨日の夜など、ウルと二人ようやく学校に行けると諸手を挙げて喜んだ。互いの目尻には涙が浮かんでいたことだろう。計七日にわたった稽古という名のじじさまの強行特訓はそれほどにきつかったのだ。
「現役の時に俺の班にやらせた訓練よりましだよ。お前らにやらせたのは当時の半分くらいかなー」
現役の兵士と比べることすら間違いだと気づいて欲しい。まあ、この人はワザとやってるんだろうけど。
「まぁ、でも、その訓練に三分の一はついてこられなかったんだけどね」
これを聞いてウルと二人、乗り越えた自分たちを称えあったのは自然な流れだろう。このことを迂闊にもばばさまに聞かれて、じじさまがとても怒られていたので、気分も少しスッとした。
ナンサの見送りの時と同様、幌馬車に乗って学校を目指す。
相変わらず、別れは端的だった。でもそんな短い言葉の端々からも、あたしを心配する期持ちが伝わってきた。
がんばりなさい、風邪引かないように、みんなに迷惑かけるなよ、そんな言葉を口々にかけられ、近づく別れにあたしは別れの悲しみよりも新たな出会いに心を躍らせていた。
心配してくれる人がいる、帰れる場所がある。それだけでこんなにも心が満たされるとは知らなかった。
そんな跳ねるような心持ちのまま別れを済ませ、あたしは家族と離れ新しい環境へと向かった。
春の空は晴れているのに、どことなくぼんやりしている気がする。大学の授業で、春は空気中の塵が舞っているだのなんだのという話を聞いた気がするが、すでに体感では十年も前のこと。正確に覚えているわけもなく、それを確かめる術もない。
「おい、置いていくぞ」
「馬車に酔ったの? 気持ち悪い?」
「アシュリー大丈夫? 荷物持ってあげる」
清々しい心持ちのなか乗った馬車は…とても揺れた。瞬く間に気持ち悪くなり、長々と乗っていた馬車がたいそう恨めしい。姉たちは慣れたもので、あの激しい揺れのなかでもバランスを崩すことなくうたた寝していたのには目を見張った。
優しいナンサとナーシャに助けられ、挙句に荷物まで持ってもらって、あたしはみんなにフラフラとついていくのが精一杯。ウルの労わりのない言葉に文句を言う元気もなかった。
「寮は基本四人部屋。学年の人数によっては三人部屋のとこもあるよ。一階の入り口に寮監督の大人がいるから、まず自分の寮部屋に案内してもらおう」
「わたしとナンサは同じ部屋だから、何か困ったことがあったらおいで」
あたしは優しい姉たちに連れられ、女子寮へとたどり着く。馬車を降りてからそれほど時間は経っておらず、残念なことにまだ体調は万全ではない。
アルスとウルはさっさと男子寮へと向かった。アルスはすでにこの初等教育は卒業して隣接する高等教育に進んでいるため、校舎も寮もここにはないのだが、寮に戻っても暇だということで弟のところにしばらく居座ることに決めたようだった。そんな話を馬車の中でしていた。
「アシュリル・トウカンさんはここね」
「じゃあね、アシュリー」
「シュリー、ちゃんと休んでね」
第五学年の姉たちは一階に部屋があるが、あたしを心配してついてきてくれたのだ。
寮監督にお礼を述べ、姉たちには力なく手を振って寮部屋のドアノブに手をかける。緊張に汗ばんだ手で扉を押して中に入れば、真っ先に目に入ったベッドによる圧迫感のある部屋だった。
「あ、同部屋の子ね」
『はじめまして!』
「は、はじめまして」
すでに同部屋の三人は着いていたようで、あたしが最後のようだった。
「大丈夫、私たちも今日着いたの」
『そうなの』
ベッドの奥には机が並び、壁に向かって二つずつ備えられた机の間には多少のスペースがあり、三人はそこで座ってお話していたようだ。
こういうすでに出来上がりかけているグループに入っていく難しさ。これを経験するのも、湊的に考えると30歳過ぎ、どうしても今更感があるし、アシュリル的に考えれば10歳というのは遅すぎる気がする。とにかく、ここが肝心なのだと、ドアノブの時以上に手汗がひどい。
『ほら、座って』
先ほどから妙に息のあった二人は驚くほどそっくりで、あたしの両腕をとって座らせた。
双子なのだろう。そんな共通点から妹たちを思い出し、いつも二人ではしゃぎ回るチャナーとチャウラの声が耳の奥で聞こえた気がした。
ああ、離れてまだ一日も過ぎていないのに、この物寂しい気持ちは、軽いホームシックなのかもしれないな、と心の中で自嘲する。
「ワタシはフラウ・ベル。よろしくね」
「私はヴァンメルン・コート」
「私はマイス・コート」
『私たち双子なの、よろしく』
両隣の明るさにも飄々としているフラウはともかく、ぐいぐいくる双子に押され緊張も吹き飛ぶ。
「アシュリル・トウカン、です。よろしく」
戸惑いつつも自己紹介を終えれば、双子に手を引かれベッドと机の場所決めとなった。希望を聞かれたが、あたしとしては正直どこでもよい。
「ワタシもどこでもいいよ。というか、二人とも下がいいんでしょ。アシュリルもどっちでもいいって言ってるし、そうさせてもらったら?」
『わーい、二人ともありがとー!』
扉から向かって左手側の下がヴァンメルンで上がフラウ。右手側の下がマイスで上があたしとなった。双子の様子を見て飛び上がって回るほどうれしかったのか、普段からこれほど感情の表現が激しいのか。感情の表現が素直で少々大げさなところは、うちの双子とよく似ているな、と思わず二人を見て目を細める。
定位置が決まったところで、会話に花が咲くのは女子の専売特許。それはどこの国でもどこの世界でも共通のことらしい。
「へー、三人は友だちだったんだ」
なんとなく雰囲気からも察してはいたが、元々家が近所らしい。
「そうなの。小さい頃からワタシが双子の面倒見てきたの」
どうやら双子の手綱捌きは彼女の役目のようだ。どこか自慢気な彼女のきりっとした表情は随分大人びて見える。本当同い年なのかな…。
三人の親密さはその打ち解けた感じからもよく伝わってきた。
「アシュリルって普段はなんて呼ばれてるの?」
「アシュリーが多いかな。あとはシュリーとか」
『アシュリー!』
「名前の響きも可愛いのね」
『ね!』
三人で通じ合うものがあるらしいが、残念なことにあたしにはわからないためその輪に入っていけない。どうしよう、何もしてないのに出足から転んだ気分だ。
「あ、あのね、アタシたちアシュリーが来る前からもう一人の子ってどんな子だろうね、って話してたの」
「可愛い子だといいねって言ってたの!」
「そうしたら想像以上の可愛い子が来たから驚いたの!」
慌てたように説明をしてくれたところを見ると、よほどあたしは表情に出てしまっていたのだろうか…それはそれでいたたまれない。
「ヴァーナ、マイス、声でかい。興奮しすぎ。少し落ち着いて」
『はーい』
「アシュリーも、うるさいなって思ったら遠慮なく注意してね」
「ふふっ、わかった」
双子のこの無敵っぷりはうちの妹たちでも見覚えがある。何をするにも二人一緒、二人でできる、そんなうちの双子は活発で無鉄砲で、でもどこか愛嬌があって憎めない。
この二人のキラキラした目を見てると、うちの双子のようになぜか絆されてしまう。
そしてこの二人をよくわかっているフラウとの掛け合いも面白い。うちの双子も妙に祖父母の言うことは素直に聞いていたので、そんな様子に似ていて、思わず笑みがこぼれる。
『かわいい!』
ぐいっと迫ってきた二人から距離を取ろうと思わず仰け反る。こんなに連呼されるととても恥ずかしい。
確かに湊の時とは比べ物にならないほど今は可愛らしい顔だと思う。でもそれは湊の価値基準であって、遊牧生活で集団との関わりが非常に薄いせいか、正直この世界の美人やかわいいの基準がよくわからない。
仰け反りつつ首を傾げれば、さらに二人は詰め寄ってきた。
「もう、こんなにかわいいのになんでおしゃれしないの」
「後ろで一つに結んでるだけなんて」
『もったいない!』
…どうしたらいいのかわからない。
思えば同い年の子供との関わりなど皆無だった。姉たちのようにちょっと上か、妹たちのようにちょっと下の子とばかりいたので、こういう女子特有のガールズトーク的なものに触れた経験が圧倒的に少ない。
困りに困ってフラウを見れば頷いて貰えたので、あたしは、助かった! と安心したのもつかの間。
「ワタシもそう思う。大丈夫二人に任せておけば。うるさいけど二人ともおしゃれだから」
さすが手綱を握ってきただけある。双子の暴走を締めるところはしめ、時にはアメも必要なのだろう。これはきっと良い息抜きだ。…私が犠牲になるけどね。
皆に気づかれないように小さくため息をつき、あたしは双子にされるがままになった。
あたしというお人形遊びも双子の空腹を告げる音が部屋に響いたことで終わりを告げた。
「昼、食べに行こうか」
フラウの声がけであたしたちは食堂に昼食を取りに行くことになり、ようやくあたしは息をついた。
三人とも初めてだったので、オロオロしながらもなんとか食事を終えてまた部屋に戻る。
幸いというか、残念ながらというか、ウルや姉たちとは会えなかった。
ウルは恐らく噂の三人組でいる筈なので、関わり合いにならなくて済んだと、ほっとすべきなのかもしれない。
多分だけど、この双子の兄である三人組の一人、フィルヴェルケリが自分の姉や妹たちと会いたくないから時間をずらしたんだと思う。以前文房具屋で遭遇した時、彼は姉妹たちにいかにも使われていた。
双子によれば、男子はフィルヴェルケリのみ。アルスと同学年に長女、ナンサたちと同学年に次女、ウルと同学年にフィルヴェルケリがいて、あたしと同学年に双子のヴァーナとマイスの三女と四女。女系家族の真ん中の唯一の男子は、きっと家でストレスを溜め込んでいるのだろう。学校でまで家族と会いたくないに違いない。
ウルから聞く学校での三バカの様子から見るに、きっと良いストレス発散になっているのだろう。
いじられる間に双子から聞いた話からも、なんとなくフィルヴェルケリのちょっとかわいそうな感じが伝わってきた。
「三人は幼馴染みなんだよね」
『そうなの!』
「家が近くなの。二人の家は装飾屋さんで、うちは布屋」
なるほど、道理で三人ともなかなかのオシャレさんなわけだ。装飾屋ということはアクセサリーなどの小物も多く取り扱っているだろうし、布屋はいい染めいい模様など見慣れたものだろう。そうして養われてきた目やセンスが三人の随所に見られる。髪飾り、耳飾り、腰紐、靴などなど、数え上げればきりがない。
「私たちは姉や兄がいるからお下がりばっかり」
「遊牧民ってどんな感じなの? アシュリーって兄弟いるの?」
興味津々、と目を輝かせて聞いてくるヴァーナに若干押されつつも、当たり障りのないことを答える。
「うーん、あたしは上に姉が一人だけで、年も近いからあまりお下がりはないかな。兄弟はあたしの四つ下に女の子の双子と八つ下に弟がいるよ」
「うらやましいなぁ。ワタシ一人っ子なの」
「そうなんだ」
それはまた珍しい。いくら平均寿命が延びても、早期結婚早期出産そして多産という種の保存に関する半ば文化とも言える慣習がまだまだ一般的で、一人っ子というのは限りなく珍しい。
「だから、コートさん家の上のお姉ちゃんとかと小さい頃から遊んでもらってたの」
『だからずっと一緒なの』
「ほんとにね」
そう言って笑顔を浮かべる三人。
こんな風にすでに出来上がっている間に入っていくのはなかなかに難しいのだが、彼女たちのその陽だまりのような笑みを見て、この三人なら深く親しい友人となれなくとも、うまくやっていけそうな気がした。
あたしの想像通り、元気が溢れ溌剌とした双子のヴァーナとマイス、そしてその二人を上手くあしらいまとめ上手なフラウと始まった生活は滑り出しは上々だった。
少しずつ親交を深め、はじめは家族や好きなこと得意なことなど他愛もないことから話が広がり、気兼ねせず話せる雰囲気になってきた。
久方ぶり、アッシュ的には初めての他人との集団生活への不安もあったが、子供特有の明るさと彼女たちの人の良さもあってか、それほど違和感なく馴染めている、と思う。
毎日が楽しい、そう感じている自分に気づいて思わず頬が緩む。
そんな充実した数日を過ごし、簡単な入学式があっさりと行われた。学校長のありがたいお言葉、先生方の挨拶、男女それぞれの寮の寮監督の先生と寮長という生徒のまとめ役の紹介が簡単に行われただけで、日本の学校の式典と比べれば随分簡易なものだった。
正直長々とした校長先生の話を覚悟していた分拍子抜けした。
その後クラスに分けられ、ようやく学校での生活が始まろうとしていた。彼女たちのおかげか、教室も入る前に確認した手汗は、それほどひどくなかった。
お楽しみいただけたなら幸いです。
お読みくださりありがとうございます。
今回登場した人物名を簡単に紹介させていただきます。
ヴァンメルン・コート(ヴァーナ) 双子、コート家三女(兄弟の仲では四番目)
マイス・コート 双子、コート家四女(五番目)
フラウ・ベル 双子の幼馴染、一人っ子
後々にまとめる予定ですが、しばらく先のことだと思うので簡易的ではありますが末尾に添えさせていただきます。




