閑話.ツェツェグの災難1
タイトル通り、視点が変わります。
あたしの人生は思っている以上に厄介事が舞い込んでくる。
そもそも生まれた時から厄介事を身に纏っていた。
一般的な農家の子どもとしては過ぎる魔力量に強い魔力、そしてその魔力の扱いもさして苦労することなく覚えることができた。
そんな身の丈以上の能力にはやっかみもつきものだし、農家の長子に生まれたのということもあって、長子相続をとる我が家での家督の問題なども必然的に存在していた。
まあ、そこまではいい。
産んでくれた親には感謝してもしきれないし、丈夫で才能豊かに産んでもらったのにその才能に文句を言ってはいけないだろう。家督の問題にしたって、そのような問題が出るくらい、食べるに困らないそこそこの家に生まれたという証でもある。
学校で受けた嫌がらせや悪口なんてものは可愛いものである。そもそも実力も伴わない奴に何を言われようと痛くも痒くもない。そんな奴らは無視し、それでもしつこい奴は蹴散らしてやった。
そう、ここまではなんてことない。自分でどうとでもでき、振り返れば問題とも言えないような些細なことであった。
あたしの人生における最大の災厄は、スレンバートルという一人の人間の存在だ。
こいつに出会ってしまったことこそが、もう運の尽きだったとしか思えない。
鍛冶屋の三男坊というこの坊ちゃんは、私とは異なった数々の才能に恵まれた人物だった。
柔らかな金髪に秋空を思わせる澄んだ青い瞳、垂れた目からは優しそうな雰囲気が滲み出る。そして、そこそこ大店の商売家業の出であるが故の穏やかな物腰と皆から好かれやすい明るい性格。
そんな評判はこいつが入学するとあっという間に広がり、一つ上の学年にいた私にもすぐに届いた。
そしてその評判に加えて、実技の武術も魔法も優秀だという噂も、異国の物語に出てくるような王子様然としたこいつの雰囲気と合間って輝かしい存在感を表し始めた。
当時その存在は知っていても、あたしは一つ学年が違うために全く接点はなかった。
今思えば、そのまま過ごせていればもっと平穏無事な人生を過ごせたに違いない。
スレンとの最初の出会いは、私が初等教育第三学年次の夏の実習だった。
本来は第三学年から参加となる実習に、武器も魔法も優秀な成績を修めたスレンは当時第二学年で実習に参加することになった。このときの班分けが最大の幸運だったのだろう。私とスレンの班は別々だった。
実習最終日の五日目、余計な奴が姿を現さなければ、スレンとの関わりなんて無いに等しかったというのに、自然というのは斯くも人に厳しい試練をお与になる。
この世界において、魔力を持たぬものは存在しない。故に、この世を生きる動植物は魔力を持ち、大気に満ちた空気と魔力があって始めて生きることができるのだ。
魔力は体内を循環する血液と同じように身体中を巡り、生命維持に極めて重要な役割を担っている。体内の魔力というのは体力と似たようなもので、体を動かす際に体力を使うように、魔法を使用すればそれだけ魔力も消費しているのである。個人差はあれど、一日に動ける限界があるように魔力にも底があり、回復するには十分な休息やきちんとした食事の摂取が必要となる。
体力や魔力は当然内なる力であるため、視覚的に感知することは出来ないとされている。
そのため、当然自然の中には魔力の濃い場所とそうでない場所が存在するが、それを視認することは叶わず、またその遷移に関しても目で追うことができないために、感覚に頼るしか術はない。
しかし過ぎたる力は毒とも言われるように、魔力の濃い場所は、命あるものにとって危険な場所なのである。
そんな場所に、実習最終日にあたしたちの班は知らず知らずのうちに近づいていた。
草原と森と山という広範囲にわたる実習は、もちろん野営である。早朝から動き出し、白み始めた空の下、我が班は山の中で最終日を迎え、疲労の色が濃く現れた班員とともに散策を開始した。
元々指定された範囲内からは出ずに、きちんと指示を守って散策、狩猟採集に勤しんでいた。しかし教師陣の調査が足りなかったのか、あるいは本当に突発的に魔力濃度が高まったのか、あたしたちの班の指定範囲内にその危険な場所は含まれていたようだ。
気付いた時にはすでに遅く、我が班はその場所に足を踏み入れていた。
一応副班長だったあたしは、すぐさま引き返すよう進言したが、その警告も虚しくすぐ近くから複数人の悲鳴が聞こえた。立ち竦む班員を叱咤し、すぐさま逃げたそうとしたがそれも叶わず、危険から逃げてきたであろう必死の形相をした生徒たちが目の前に飛び込んできた。
あたしは驚きのあまり役に立たない班長を押しのけ、急いで状況の把握に努めた。
「どうしたのっ」
「まものだ!急いでにげろ!」
他班の班員から告げられた事実に背筋が冷える。まさか魔物とは。今己がそれほどの危機的状況に置かれていると知り、絶望の淵がすぐ目の前に迫っていることに気づく。
魔物とは、過剰な魔力を体内に取り込んだ際に体に変化をきたした生物全般をそう呼ぶ。
そもそも魔力は体に当然あるべきものなので、ある程度魔力に満ちた空間というのは、自然治癒を高めたり、身体能力の向上が見られたりなど、生命に恩恵をもたらすことが多い。
しかし、薬が一転して毒に変わるように過剰な魔力は体に悪い影響を与えてしまう。
その最たる例が、生物の魔物化である。
過剰な魔力を体内に取り込んでしまった魔物は、その強すぎる魔力を制御できず、終いには精神をも食い破られ、自我を失い有り余る魔力を暴走させてしまう。
そうなれば、魔物は害獣と同じく駆除の対象となり、一般の人では対処できず、駆除や戦いを専門とする人に任せるのが常である。
しかし、今のこの状況に置かれたあたしたちは基礎中の基礎を学ぶ学生だ。そんな危険を前にどうこうできるはずがない。
とは言え、みすみす殺られる訳にはいかない。
慌てて結界の基礎を組み立て、此方に逃げてくるよう叫ぶ。
真っ先に意図を察した他班の少年が他の班員に指示を飛ばす。あたしの周囲に人が集まり、先ほど指示出しをしていた少年を見れば頷かれたので、他班全員が無事集まったのだろう。間近に迫る危険に震える体を無理やり押さえつけ、周囲に結界を作る。
すぐさま前方から現れた狼のような生き物の魔物は、結界に一度体当たりしてきたが弾き飛んだ。すぐに態勢を立て直し、こちらを伺うように魔物は一定の距離を保ちながら睨みつけてくる。
結界が壊されるような威力でなかったことに、まず第一の関門を無事突破できたことを悟る。
とりあえずの均衡を保つことに成功したが、このままでは状況は好転するどころか悪化の一途を辿るだろう。
最悪の状況を想定して周囲を探るが、この魔物のような禍々しい魔力を放つものはいないようだ。
僅かばかりか安心して、ほっと一息ついたところでどうするべきかを考える。
「…みんな、まものはこれだけみたい。急いで先生を呼んできてほしい」
「で、でもどうやって…」
そうなのだ。今は結界の中にいるから良いが、ここから出たら最後、真っ先に魔物の餌食となる。自分を守る結界を作りながら、魔物の注意を引くなんてことができるのだろうか。
そう自問していたところに、先ほどから機転のきく少年が手を挙げた。
「おれが、こいつの注意を引く。きみの言う通りまものはこいつだけみたいだから、先生を呼びに行く間に別のまものとあうことはないはず」
「でもっ」
「それしか方法はないよ」
他班の子が反論を口にしようとするが、少年は有無を言わせない。まるで、居てもむしろ役立たずだ、と言っているかのようだ。
あたしも人が少ない方が結界の範囲も狭くて済むので、それには賛成だがあえて口には出さなかった。
五人ずつの班だったので、あたしと少年を抜いて八人。それだけいれば互いに助け合いながら先生の元まで辿り着けるだろう。
「…わかった」
「まずは一番近い先生を探そう。位置を地図でかくにんして、八人で行動する型を決めて、じゅんびが整ったところで、おれがまものの注意を引きつけるから、そのすきに走って」
的確な指示に皆が頷く。思ったよりもこの少年は頭が働くようだ。
先生の位置を探り、一番近い先生までの道のりを地図で確認し、八人というやや特殊な移動配置を考える。
僅かな時間でそれらを組み立て、指示出しを終えた少年はおもむろに立ち上がる。
話し合いの最中も、魔物は何度か結界への突進を繰り返してきたため、あたしは気が抜けなかった。
そのまま結界の外に出ようとする少年の動きに気付いた魔物は、姿勢を低くし少年へと狙いを定めたようだった。
「まって、」
あたしは少年を覆うように、薄い膜を模した空魔法を少年にかける。これも結界の一種で、外からの衝撃を和らげる、というものだ。
未だ改善の余地のある未完成の魔法なので、あくまで気休めではあるがないよりはマシだろう。
ありがとうございます、と小さな声で礼を言われたが、当てにはしないで、と注意を促すのは忘れない。
「まものの注意がおれに引きつけられたら、すぐに行って」
少年は素早く結界から出ると、待ってましたとばかりに飛びかかってきた魔物を剣で受け止めた。力が拮抗しているのか、両者とも動かない。その隙に八人は結界を抜け出し、先生の元へと駆け出した。
魔物もその様子に気付いたようだが、少年と力くらべをしているためか動くに動けないようだった。
守るべき人の減った結界の範囲を狭くし、あたしは魔物への火魔法の準備を始める。
拳大ほどの火の玉を二つ生み出し、投げるように魔物へ向けて放った。
それらを避けるためにバランスを崩した魔物は少年に押し切られるような形で、前足にやや傷を負ったが、まだまだ致命傷ではないようだ。
「えんごする」
「たすかります」
「危なくなったら、結界に入って」
「はい」
魔物から目をそらさずにやりとりをする。更に警戒を強めた魔物は、あたしたちの出方を伺うように唸り声を上げる。
まず動いたのはあたし。先ほどと同様の拳大の火の玉を今度は四つ生み出し空中に止める。此方に注意を引きつけたところで、別の魔法の準備を整える。
まず二つの火の玉を放った。
あっけなく避けられたが、避けた先の地面を盛り上がらせ、四肢を固定するように土魔法を使用する。
その様子を見ていた少年は、あたしが魔物の足場を固定したところで、指示を出すまでもなく、魔物へと向かっていった。振り下ろした剣は魔物に命中するがたいした傷を与えることはできなかったようだ。
少年と魔物が接近戦を繰り広げる間、あたしは次の魔法に取り掛かる。先ほど出した火の玉を二つ再度魔物に向けて放つ。一つは命中したが、もう一つは避けられてしまった。
注意が魔法に向いたところで、少年は魔物の右目に傷をつけた。
怒りに吠える魔物から少年が引き、あたしは魔物の真上から皮袋ほどの大きさの火の玉を落とす。先ほど避けられた三つの火の玉をまとめたものだ。それは見事魔物の背中に命中し、背中の毛皮を焦がすことに成功した。焼けた匂いが鼻に付く。
苦痛の雄叫びをあげる魔物は毛を逆立て、ギラギラとした真っ赤な目で威嚇してくる。
先ほどからずっと背中には冷や汗をかき続けているが、恐怖にすくんでいる暇はない。
三たび魔物に斬りかかる少年は、まず視界を奪うためか、今度は左目に狙いを定める。しかし足を固定していた土魔法が緩んだせいで、その斬撃は避けられてしまった。
あたしは慌てて再度土魔法をかけ直し、先の固定よりも強く頑丈にした。魔物も弱っているのか二度目にも関わらず、この魔法は避けられることはなかった。
四肢を動かせないため、少年の攻撃をまともに受け、右目と同様に左目にも傷を負う。先ほどよりも深く傷ついたのか、鮮血が飛び散った。
傷を負わせた安堵感とともに、魔物の血も赤いんだ、と考えるどこか冷静な自分がいた。
少年がなおも斬りかかろうとしていたので、引いてっ、と指示を出しあたしは魔物の周囲に六面体の結界を張った。
あたしたちは無理にこれを倒す必要はない。先生が来るまで魔物をこの場に止めることが最重要課題であり、何よりもあたしたちが生き残らなければならないのだ。
「これで…、大丈夫なんですか」
「……」
人が集中しているときに話しかけないでほしい。
あたしも結界が一枚では不安なので、二重になるように魔物を囲う結界を作り出そうとしているのだ。しかし、外側に作る結界には一枚目の時よりも細かな作業が必要となる。強度を上げるためなので、一枚目の結界に被ってしまっては意味がないし、また一枚目と二枚目の間が離れすぎてもいけない。
集中して作り上げた二重結界は成功した。
ふうぅ、と長い息を吐き、魔物へ向けていた両手を下ろした。
魔物は四肢を動かすこともできず、また視界が奪われていようとも、己が結界に囲まれたことには気づいているようで、唸り声をあげ続けている。
それでも無闇矢鱈に暴れないのは、諦めたのか力をためているのか。後者でないことを切に願うばかりである。
「おつかれさまです」
「おたがいさまでしょう」
一度自分の身を守っていた結界を解き、再度作り直す。幾度か攻撃を受け損傷したものよりも、新たに作り出した結界の方が安心できる。少年とともに結界の中で、魔物を見張りながら、先生を待つことになった。
「あなたのおかげで助かった。ありがとう。剣、じょうずね」
「ううん、せんぱいのまほうこそすごかったですよ」
「せんぱい?」
「おれ第二学年のスレンバートルです。名前、教えてください」
こいつがかの有名な後輩だったとは。
この時は互いに実習中で尚且つ魔物との死闘の後であったから、噂にのぼる容姿には目がいかなかった。単に、一学年上の先輩と混じっても遜色なく、あるいはそれ以上の活躍を見せた少年の才能を肌で感じていた。
「ツェツェグ、です。よろしく」
「ツェツェグ、さん。
あらためて、すごいまほうですね。これ、空まほうですよね。うわー、おれ初めて見た」
「うん。ありがとう、でもそんなにすごいまほうじゃないし。スレンバートルくんこそ、第二学年とは思えない」
「おれん家、上に兄貴が二人もいるんで、ずっといじめられてたんですよ」
そんな他愛もない話しをしながら、結界の中で体力の回復に努めたあたしたちの元に、二人の道案内役の班員と大慌てで殺気立つ先生が二人やって来た頃には、すでに日は高く登っていた。
先生たちに魔物の処理を任せるためには結界を解く必要があったので、あたしたち生徒四人は結界の中で見守ることになった。
魔物の結界を解いた後はあっという間に片がついた。それはあまりにあっけないもので、己の未熟さを痛感した。
一人の先生が魔物の死骸を袋に収め、あたしたちとともに戻り、もう一人の先生は周囲の調査のために残ることになった。過失にしろ偶然にしろ原因の究明はきちんと行って欲しい。
その後実習は早めに切り上げられ、生徒はすぐさま帰宅・帰寮となり、その日は詳しいことを聞かれることもなく、あたしは帰寮して泥のように眠った。




