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またまた  作者: よだか
第一章
32/73

30.

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。



緊張してばばさまの元に尋ねに行けば、返事はあっさりとしたものだった。


「ああ、軽量物質転移装置のことね。あるよ」

「そうねぇ、大元はタクバク家(ここ)だけれどぉ、トウカン家(うち)にもあるわよぉ」

「アシュリーが遊牧に戻ったら、それを使って連絡を取り合うしか方法はないね」

「ツェツェグにはぁ、ほとんど毎日新聞を送ってもらってるからぁ、そのついでに使っちゃえばいいのよぉ」

「まぁ、そうなるね」



本当にあっさりと使用許可がおりた。

えっ、いいの?と言葉を挟む間も無く、ご自由にどうぞ、という雰囲気で話は進む。


「じゃあ、ある場所と使い方の説明でもしようかね。アニスはトウカン家のを持ってきてちょうだい」

「はあい」




トウカン、タクバク両家にあるばばさまが発明した軽量物質転移装置なるものは、ばばさまの空魔法を駆使した大発明である。

なので、とても厳重に守られているのかと思えば、それが置かれていたのは先ほどまでいた地下室だった。

どうやら壁の二面を埋める多くの荷物に隠されていたようで、それらを避けると姿を現した。


見せてもらったタクバク家にある大元は教卓のような大きさの箱型で、両開きに戸を開ければそこそこ広かった。洋服ダンスのようなそれは、戸以外の正面と上下左右の五面には何やら魔法陣のようなものが描かれていた。

しかし、それを見たからといって何にもわからないのが残念でならない。



大元を見ていたところで、うちのもやってきた。いくら持ち運びが可能とはいえ、まさか日本で言うところの、2リットルペットボトル6本入りの段ボール箱ほどの大きさとは想像もしていなかった。

さすがにアニスばあさまでは持ってこられなかったのか、イドリースじいさまがそれを抱えて運んできた。いくら遊牧民といえど、イドリースじいさまのようなお年を召した方でも運べるなんて、軽量化にもかなりの段階まで成功しているのかもしれない。


そんな段ボール箱のような大きさではあるが、よく見ると取っ手が一つ付いていて、それを引くとこちら側に向かって開き、中を見ればこちらも同様に、上下の面に魔法陣のようなものが描かれていた。

その形は、オーブンレンジのようだった。



「さて、簡単に説明するよ。二人とも空魔法が内と外を分ける魔法ということは教えたね。

これはそれを応用したもので、この箱の中にはすでに空魔法によって分けられている。つまり、今あたしたちがいるここ(・・)と、その箱の中(・・・)は別の空間というわけ。

そして、分けた空間同士をつなげる、という空魔法の応用をさらに使用することで、この大元と別のところが繋がって、もののやりとりができる。ただし繋げる際には新たに魔力を使用しなければならない。箱にかけた魔法は単に空間を分けるだけだからね。そして、その繋げるための魔法は、大元のあたしの魔力だけでなく、受け取る先でも魔力が必要になるから、トウカン家のように魔力に不安のある先には魔力を込めた魔石の存在が必須になる。これの下準備なんかは全てあたしが行っているから、魔法に関する整備もあたししかできない。

これらが揃って初めて遠く離れた場所同士でのもののやりとりが可能になるんだよ」



大元と言うだけあって、やはりこのタクバク家にあるものがすべての中心のようだ。ばばさまが転移に関するあれこれを準備しているということはわかったがしかし、ばばさまが説明している内容の半分も理解できなかった。

ばばさま、あたしたちに魔法の理論関係を殆ど説明したことないってこと、まさか忘れたとかいいませんよね。それともあまりばばさまは教えるのが得意ではないのだろうか…。



「ツェツェグぅ、それじゃあわからないと思うのぉ。いくらこの子たちが頭がいいからって、ねぇ?」

「あ」

「一度実際に見せた方が、この子たちも理解できるのではないでしょうか」

「…そうだね」


やや罰が悪そうにあたしたちから視線を逸らしたばばさまは、こほんっと一つ咳払いをして話を仕切り直した。



「二人には直接見てもらおう。理屈は理解しなくてもいい」

「というかぁ、わからなくても大丈夫よぉ。私もよくわかっていないんだもの」


何度説明されてもちんぷんかんぷんだというあたしの曾祖母に、ばばさまの向ける目はどこか諦めの色が見える。イドリースじいさまの薄い笑いを浮かべた表情からは何も読み取れないため、ばばさまの説明が悪いのか、はたまたアニスばあさまの理解力の方に問題があるのか、あるいはそのどちらもなのか。


まぁ、百聞は一見に如かずとも言うし、何はともあれ直接見てからである。そもそも、詳しく魔法の理論を学んでいないあたしたちが、正しくばばさまの説明する内容を全て理解できるとは思ってもいなかった。



「それじゃあ、始めるよ」


ゴクリと音を立てて喉を鳴らしたのは、果たしてあたしだったかのかウルだったのか。

興奮のあまり体を前のめりにして、ばばさまが手でさす先、タクバク家(大元)の方を凝視する。


「まずは、うちのに送りたいものを入れる。そして送りたいところ、今回はトウカン家との空間を繋げる。このとき、空間を繋げるためには、片方から魔力を注いでも駄目なの。両方からそれなりの魔力が必要になるの。そのために必要なのがこれ」


そう言ってばばさまが見せてくれたのは、丁度ばばさまの掌に収まるくらいの大きさの乳白色をした石のようなものだった。


「これは、魔力を貯めることのできる魔石というもので、これのお陰で今まで空魔法の使い手のいないトウカン家でも、空間を繋げることが可能にしていたの。特にこの魔石は空魔法の魔力を込めたものだから、空魔石(くうませき)とも呼ばれる」


手渡されたそれは、普通の石のように小ぶりでもずっしりと重く、硬かった。

乳白色は空魔法の魔石の色だそうで、多様その魔法を込めた魔石は、また別の色なのだという。

間近で見た空魔法は乳白色の中に淡い青色が浮かんでいて、月長石(ムーンストーン)のような宝石に似た輝きを湛えていた。



「これはただの魔力を込めた魔石だけれど、トウカン家に渡してある魔石には少し加工してあるの。空魔石だけでは魔法は発動しないため、こちらが空間を繋げるときには作動するように設定済み。

なのであたしが空間を繋げるために空魔法を使えば、繋げたい先の空魔石の魔法が発動して、空間が繋がる。そして、あたしが届けるものをトウカン家の空間に置いて、繋げていた空間を切ればお終い」

「うちの方にツェツェグに渡したいものを入れておけばぁ、ツェツェグがうちにものを届けてくれるときに、ついでに持って行ってくれるって訳なのよぉ」

「そういうこと。トウカン家の方には空魔法を使える人がいないから、空間を繋げられない。つまり、あたしの方から一方的なやりとりになるため、トウカン家ですぐにタクバク家(うち)に送りたいものがあっても、あたしが空間を繋がない限り、それを渡す方法はない」

「まぁ、大抵朝に新聞を送ってもらっているからぁ、遅くとも次の日には届くから大丈夫よぉ」



何故空間が繋がるのか、などの細かい説明は端折られていたが、恐らく聞いても全くわからなかっただろうことは明白なので、今のようにやりとり可能と教えてもらえただけでも大変ありがたい。



「まぁこれからは、アシュリーも自在に使えるようになれば自由にやりとりできるようになるんだけどねぇ」

「あらぁ、そうなのぉ。練習頑張るのよぉ」

「はい、これでお終い。他に何かある?」


二人して首を振れば、ばばさまの合図で曾祖母らと共に上に戻り、じゃあ解散、の一言で気付けば二人、地下への入り口のある部屋に残されていた。



「…とりあえず、目ひょうたっせい?」


ウルの問いに一先ずは頷く。

よくわからないことや不思議な点、謎なままの部分は多々あったが、当初の離れてもやりとりできる方法の確保、という目的は達成された。


「そうだね」

「ん」


ウルは両手を顔の辺りまで上げ、掌をこちらに向けていた。あたしも促されるままに両手を上げ、いぇーいと気の抜けた声と共に二人の手を合わせる。

ぺちんっ、と気の抜けた音を立てたどこか残念なハイタッチとなったが、それもあたしたちらしい。



「これで、定き的にれんらくがとれるな」

「うん。次にいつ会えるのかわからないしね」

「そうなんだよなぁ。同じ学校にかよえるとはかぎらないもんな」


今のところウルは恐らくアルスと同じ学校に行くだろうが、あたしはまだわからない。

この春にトウカン家が遊牧に戻ると、次にいつ会えるのかは全くの未定なのだ。


「別の学校になっても、王都にいればなんとかして会えるんじゃない?」

「まあ、それもそうか。

とにかく、今やれることはやっておこう」






それからの日々はあっという間だった。

父たちから習う武術も、ばばさまから習う魔法も、さらにはウルたちの母エステルさんからは一般的な読み書き計算などの教養的な座学も習い、あたしたち五人は柔らかい脳と身体で多くのことを吸収した。それぞれ得意不得意はあれど、万遍なく学習し、ある程度の土台を作り上げることに成功したと思う。


今思えば学習環境も整い過ぎていたし、これほどの知識や技術を身につけられた、あるいは身につけられるよう学ぶ機会を持てたこと自体、実は凄いことだったのではないだろうか。学校に行くまでは比較もできないが、比較できるようになればなったで、それは怖い気もする。

何はともあれ、慣れ親しんだ人々との別れはもう目の前まで来ていた。



今日、遂に我が家はここを発つ。

雪も溶け、青々と生え始めた草が春の匂いを連れてやってきた。遊牧民である我が家がここに止まる理由は既にない。


十日ほど前から出立の準備は進められており、父たちのその慌ただしい様子を見るたび、ウルとともに急かされるように練習に精を出した。



タクバク家での体験・経験は、語るには多すぎて言葉で表せるようなものではない。

ウルとの仲はもちろん、ナーシャとナンサのお姉さん二人にも仲間に入れてもらって仲良くなれた。

アルスとは主にナンサの話をした。彼があまりに必死すぎて、ウルとナーシャと三人で笑っていたのは秘密だ。

ウルたちの弟のユルクをウルと二人で構い倒したのもいい思い出だ。末っ子のサラトゥが昨年の末に生まれて以来、構ってもらえずグズグズしていたため、あたしとウルがこれでもかと連れ回したのだ。

昨年生まれたばかりの我が家の双子チャナーとチャウラと、タクバク家の末っ子サラトゥとはあまり一緒にいる機会もなかった。まだ乳飲み子のため母親にべったりだったし、何より母たちがあたしたちを近づけなかったのだ。特にあたしとウルは特に危険人物認定されていたようで、余計なことをするなと釘を刺された。二人で首を傾げたが、姉たちには笑われたので、何か彼女らには思うところがあったのかもしれない。



「元気でな」

「ウルも」

「手紙でやりとりできるけど、さみしくなるな」

「…そうだねぇ」


こんな口にするのをやや躊躇うような恥ずかしいことも、こいつは言葉にしてしまう。

感傷に浸っていたあたしはどこかに消え、次は羞恥心が心に居座る。


「たよりだけはかかすなよ。心配になるからな」

「わ、わかったよ」

「ぜったいだぞ。おまえ、ふでぶしょうっぽそうだから心配だ」


失礼な奴だ。言うに事欠いて人を筆不精扱いするとは。しかし、それもはっきりと否定できないのが悔しい。なぜなら、湊のときは友人とのやりとりに関して、年賀状ですら面倒臭がっていた人間だったのだ。あたしもその湊の考えに非常にシンパシーを感じている。



「多分、会えるのはアッシュが学校に入学する五年後になるだろうな」

「ん、それまでがんばる」

「がんばろう、だろ」


そう言われ、この広く未知の世界であたしが一人ぼっちではないことを強く実感する。心の奥の方が暖かくなり、思わず笑みがこぼれる。

ぱっ、と差し出された手を意図がわからずただ眺めていたら、右手を取られ握手を交わす。


軽く握り合い、目を合わせ、頷きを交わす。


もう言葉は必要なかった。

寂しい思いとともに、新たな旅立ちへの高揚感がこみ上げてくる。


どちらからともなく握っていた手を離す。

またな、という小さな声に、またね、とだけ返す。二人にしか聞こえないような、春風にかき消されてしまうような微かな会話だったが、それでよかった。



家族はまだ別れを惜しんでいた。

特にアルスなんて、ナンサを見送るために学校の寮へ戻る日をずらしてここにいる。その執念には脱帽するとともに、そのしつこさには恐ろしささえ感じるが、彼の結婚に残された時間は短いため、目を瞑ることにする。


あたしは一足先に荷台へと乗り込んだ。

来た時同様、あたしは荷物よろしく乗り何もしない。敢えて言うなら、邪魔もしない。



多くの別れの言葉と同じくらい、感謝の言葉をタクバク家の皆々へと送る。


別れは笑顔が良い。

旅の別れは必然だ。少しでも相手に良い印象を与えて去りたい。


タクバク家の面々に見送られながら、トウカン家は一歩を踏み出した。

互いに笑顔で手を振りながら、別れを惜しむ。



我が家の皆が前を向いたところで、その別れは終わる。既に行く手を見つめた遊牧民にとって、振り返る地は帰る場所ではない。進むべき道の先にこそ目的地がある。



先は長く、自然は険しい。

悲しみに浸る暇もない。

見据えるは、遥か先。



雄大な空と大地に足を踏み出した今、自分を守るのは自分しかいない。

先の見えぬ青い空と、空色に染まりぼやけた山々を見つめながら、強くなりたい、生きたい、と決意を新たに我が家の遊牧生活が再び幕を開けた。




今回も分かりにくい説明の多い回となってしまいました。

それでも、一応ここで一区切りつきました。

大分長くなってしまいましたが、お付き合いくださりありがとうございます。まだまだ続きます。


次回は3月29日(日)に更新予定です。

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