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またまた  作者: よだか
第一章
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21/73

19.



父たちは小屋と幕屋の家畜たちの様子を見に行っていたらしい。


居間に姿を現した父たちは頬や鼻を赤く染め、今も降り続く雪を掻き分けて戻ってきた疲労も伺える。

恐らく、大人たちは家畜の寝ずの番を交代でしていただろうから、そのせいもあるだろう。


「おかえりぃ。家畜たちはどうだったぁ?」

「どちらも大丈夫でしたよ。恐らく、簡易天幕の方だったら、今頃潰れていただろうねぇ」

「あらぁ、ツェツェグのお陰ねぇ。昨日は本当にありがとぉ。助かったわぁ」

「どう致しまして」



家畜たちは無事な様だ。そっと胸を撫で下ろす。


昨日ばばさまが魔法をかけてくれたお陰で、小屋に移された家畜たちは、異常なほどの寒さの中で一夜を明かさずに済んだのだろう。

聞けば、小屋に入りきらなかったもう一つの家畜のテントは、あたしたちの使う移動式住居に換えて、彼らをそちらに移したらしい。

当然簡易テントよりも頑丈で、室温もある程度保たれる。恐らくばばさまは、こちらにも同じ様に魔法をかけてくれたのだろう。


ばばさまには想像以上に助けていただいているが、それをさも当然のように捉えているばばさまは、相変わらず凄すぎる人である。

互助関係が常とはいえ、ばばさまからは貰いっぱなしである。一方的では、施しになる。



「皆さん帰って来ましたし、朝ご飯の準備始めますね」


ウルの祖母のその一言を皮切りに、居間にいた大人たちはわらわらと散って行く。

女手は台所、男手は外。ある種見慣れた光景ではあるが、当然に存在するジェンダー。そしてそれにどこか違和感を、ジェンダーというものを感じることのできるあたし。



この世界では、度々このような現代日本ではやや時代遅れと言われかねないような点も幾つか見られる。

しかし、文化程度が低いとは決して言えない。そもそも遊牧民において、大きく分業はなされない。


地球上の遊牧民の人々がどうであったかのかはもう知る由もないが、あたしたちは、あくまで狩りの主体は男性だが、女性も子供も狩りをする。男性がいないから狩りができず、食料を得られないのでは、それはあたしたちにとって死に直結してしまう。


加えて、男性が家を空ける、という状況は近年まで頻繁にあったのだ。

理由は西国との断続的な戦争にある。現在は休戦協定を結んでいるが、山向こうの西国は隣接する国々と折り合いが悪く、常に戦争に明け暮れる国であったそうだ。勿論自衛のため、我が国も兵の派遣は免れず、特に機動力に優れた我々遊牧民は否応無しに戦地へと投入された。

都市化・定住化した人々は敵ではなく、我が国の騎兵隊は圧倒的な強さを誇っていたようで、あたしの曾祖父母辺りの世代まで続いた戦争において、ほぼ負けなしであったという話もある。

その後、西国ではクーデターが起こり、先代の孫が即位すると、すぐさま近隣諸国と休戦協定を結び、平和な今の世の中へと至る。


もうこの世において戦争を知る世代は少なくなり、そのせいかどうもきな臭い噂がちらほらと流れてくる。



ふと感じたジェンダーから、国の歴史認識にまで思考が流れていたことに気づき、慌てて我に返る。

今も前も、歴史の教訓を見直すべき時代に生まれたようである。なんと人は愚かで、忘れやすい生き物なのだろう。



「アシュリー、いつまでそこにいるの。早く着替えておいで」

「はーい」


ぼーっと座ったままのあたしは、母に声をかけられ、ようやく動き始めた。

どうもこの小さな体は体力がなくて困る。動こう、という意識に体が着いてこられないのだ。



離れで着替えを済ませる時、あまりの見慣れなさに首を傾げる。

それもその筈。タクバク家に身を寄せてから、あたしは数える程しかこの離れで寝ていない。そして、過ごす時間のほとんどをばばさまの部屋で過ごしているのだ。いつまでも馴染むわけがない。



再びタクバク家の母屋に戻れば、居間には着替えを済ませたウルがいた。


「おはよ」

「おはよ。ばばさまがよんでる」

「あたしを?」

「おれも。もどってきたら、つれてこいって」


何事かと思いながらも、二人で向かうのはいつものばばさまのお部屋。

そういえばあたしたちによって占領されている間、ばばさまはどこで寝ているのだろう。



「ばばさま、つれてきました」

「ありがとう」


扉を開いてばばさまのお部屋に足を踏み入れると、いつも感じる安心感。ものすごく頑丈な壁で守られているような、それなのに押し付けられるような圧迫感はない。まるで乳飲み子が親に抱かれ、感じる全幅の信頼と安心がこの部屋を包んでいるかの如く、それは温かい。



「さて、今日から魔法の練習を本格的にするつもりだったんだけどね。生憎の天気だからね、外は無理。今日は座学、うちの中で勉強をしようと思う」


はい、と二人の返事がそろう。

一つ頷いたばばさまは、何故かそれ以来言葉を発しない。



ばばさまに向かい合って座ったまま視線を向けるものの、ばばさまは固く目を閉じ、話し出す気配はない。


窓に目を向ければ、灰色の空と、その空をまるで白く染め上げるように降る雪。

誰かが雪かきをしているのだろう。サクサクと、かき氷を食べる時のような音が微かに届く。

その音を度々かき消すのは、台所で作業をしている女性の声。響く笑い声は、外の寒さをものともしないエネルギーを発して、この家に良い匂いを漂わせる。


あたしもウルも、そのままばばさまを待ち続けた。




どれくらい時間がたったのだろう。

バタバタと階段を駆け下りてくる音に気づき、思わず音のする方を見る。

するとその音はこの部屋に嵐のように舞い込んできた。


「ウル!」

「おはよ、アルス」


アルスは挨拶もそこそこに、早く練習するぞ、とウルを外に連れ出そうとしている。


「アシュリー、おはよ」

「あ、ナンサ。おはよー」


どうやら二人で起きだしてきたようだ。

騒がしいアルスにウルは適当にあしらっていたが、互いに譲らず徐々に取っ組み合いのようになる。互いに投げたり投げられたり。見ている分には、とても面白い。

あたしたちはどうすることもできず、する気もなく。ただそれを眺めていた。




「ナンサ、アシュリー」


小さく名を呼ばれれば、思ったよりも近くにばばさまがいて、驚きのあまり声が漏れ出そうになるのを抑える。


「昨日のアシュリーの歌は、二人とも歌えるの?」


アルスとウルのことなど気にも留めていないようで、あたしたちに問いかけるばばさま。

あたしたちは顔を見合わせ、ナンサは困ったように笑って、あたしの背をぽんぽんと叩く。うん、あたしが説明するしかないよね。


「いいえ、あたしだけです」

「そう…。アシュリー、あの歌はどこで知ったの?」

「えっと……」


答えに困って言い淀む。“前世”なんて言い出す四歳児は異常だろう。家族ぐるみで仲の良いタクバク家に変な印象を持たれるのは好ましくないし、これから冬を越すまでお世話になるのだ。それまで奇異の目に晒されるのは避けたい。さてどうしたものか、と考えあぐねていると、ばばさまが二の句を継いでくれた。



「言いたくないことなら言わなくていいよ。ただ、あれはあまり人に聴かれてはいけないものだね」

「えっ」


それほど下手くそだっただろうか。確かにアカペラでの音程のミスはあからさまにわかるが、それほど聞くに堪えないものだったのかと思うとへこむ。


「ち、違う。歌はとても上手かったんだよ。思わず外で聴き惚れるぐらいにね。そんな青い顔しないで」

「は、はい」


それほど落ち込んでいるように見えたのか、目に見えて慌てるばばさまを初めて見た。これはこれで貴重である、と思ってしまう自分は立ち直りが早い。ナンサもあたしの背中を撫でながら、心配そうな顔で顔を覗いてきた。


「あの時…、あたしの空魔法の結界に、アシュリーの歌は溶け込むようにして一緒になった。あんなことは初めてだったし、今朝もう一度確認しに行ったんだけど、小屋のと幕屋のは違うものだった」

「うたの、せい?」

「まあ、そうとしか考えられないだろうね。昨日は簡易な魔法をかけたんだが、小屋の方はそれよりも質の高い結界になっていた。きっと中の家畜たちも過ごしやすかっただろう」


いいことだったんだよ、と言って頭を撫でられ、何故か涙が滲む。自分でもなんで涙が出てくるのか分からなくて、そんな姿を隠すように顔を伏せる。



「どうしてそうなったのか、あたしにもよく分からない。だからなるべく、人に歌は聴かせない方がいいだろうね」

「はい」

「うちにいる間は思う存分歌っていいからね。また聴かせて頂戴な」

「っはい」

「こぉらっ、いつまでやってんの!」



ばばさまの一喝でぴたっと取っ組み合いを終えた二人とあたしたちは、ばばさまに促されるまま朝食のために食堂に向かう。一番のお寝坊さんとなったナーシャは自分だけ仲間外れにされたと思ったのか、少し機嫌が悪そうだったが、おいしい朝食を食べ終わる頃にはすっかり機嫌を戻していた。どこか一際幼く感じるナーシャだが、彼女はまだ八歳。周りの子供たちのせいでそれが強調されているような気もするが、本来年齢からみれば年相応なのだろう。





食事を終え、再びばばさまのお部屋に集まったあたしたち。

前回同様、ばばさまを囲んで座る。違うのは、ばばさまから手渡された紙の束とペンとインク。


「では、今日は座学です」

「ざがく、って?」

「座ってお勉強をすること、ね。色んなお話をするから、ナーシャみたいにわからないときは、どんどん訊きなさいね」


はーい、と小学生さながらの良い返事を合図にばばさまの講義が始まった。



「では、前回のおさらいからね。

アルスに昨日教えてもらったように、魔法の要素は五つあります」


するとばばさまは、一つ一つの魔法を手本として見せてくれた。

右手の人差し指をくるくると回して小さな風を起こし、両手の掌を広げてぽこぽこと音を立てる水球を生み出し、近くにあった観葉植物に手をかざせば枝がにょきにょきと伸び、パチンと指を鳴らしてマッチほどの火を燃やし、最後に指揮者のように腕を振り上げれば、ここだけ薄い膜が張ったように周りから音が消えた。


「これが風、水、地、火、空の極々簡単な魔法だよ。まず、これで具体的に考えられるようになったと思うので、次ね」


続いてなされた説明は以前ウルに聞いたものと同じで、魔力の量、強さ、使い方に関することだった。

量と強さに関しては個人の才能がものを言うようで、ばばさま曰く、量・強さ共に一番はウルらしい。


「じゃあ、次は魔力の使い方を簡単に勉強してみよう。実際にやりながら覚えるんだよ」

「この部屋で、大丈夫なんですか?」


ナンサが危惧するように、室内でしかもよく使い方も知らない子供が魔法を使うのは正直どうなるかわからない。だが、ばばさまの答えはあっさりとしたものだった。


「ああ、大丈夫だよ。この部屋にはかなり強力な結界を張っているし、もう一枚あたしたちの周りだけに作るから、心配しないでおやり」



実際本当に大丈夫だったのである。

魔力の使い方の下手くそなアルスとウルが、加減を間違えて強い風を巻き起こしてもばばさまの部屋の物一つとして動かなかった。

ばばさま恐るべし。


魔法の使い方に関しては、ナンサが一番上手かった。


それに対して、

「ナンサが一番ねんぴがいいエコカーだな」

なんてウルの言った言葉が妙にツボに入って笑った。

非常にわかりやすい例えをありがとう。



魔法を使うとお腹が減る。

前に魔力は体力と同じようなもの、と例えられたのも納得である。


一段落ついたところで、再び居間に移動し、昼食を待つ。



ふと今までの生活を振り返って、気づく。

あれ、あたしここにきて食事ばかりしているような…。


これは確実に太ったな、と考えながらも、まだ子供だし、と甘える自分に気づきつつ、鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いと甘ったれた自分が手を組むのをあたしは止める術を持たなかった。





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