10.
空気が明るくなった。
それほどタクバク家の面々にとって、彼の帰宅は待ちに待った出来事のようだ。
少年が帰宅を告げれば、まさしく家族総出でお出迎え。
ルスティムさんが馬に乗せていた荷物を下ろしてエステルさんと共に馬を馬小屋へ連れて行こうとしていて、その地面に降ろされた荷物をウルの祖父母にあたる人たちが家に運ぼうとしているのが目に入る。当の少年はウルたち兄弟に囲まれていた。
我が家はお邪魔なんじゃないかな、とも思ったが、ばばさまが子供の集まりに近づき、父ジルバのいる方を指さして何か言っている。すると、少年はばばさまと並び、後ろには子供三人を引き連れて父の方へと歩き出した。
その様子を見て、あたしもそっちにいた方がいいかな、なんて考え、父とはやや離れた位置にいたアニスばあさまとイドリースじいさまの元へ向かった。
さ、挨拶だよ。とばばさまに促され、少年は父の前に立った。
その父の左隣にはナンサ、そのナンサを挟んで母が立っている。その服にしがみついて左右の足元にはチャナーとチャウラがいるが、少々緊張した表情を見せる少年は、父しか見えてなさそうだ。
父は身長もそこそこあるし、筋肉のせいでがたいもよい。目の前で感じる圧迫感ははじめての、それも子供ではしんどいかもしれない。
そんな父にビビったのか、ウルの姉と弟がばばさまの後ろに逃げていた。ウルは兄がどうするのかを兄の半歩後ろで見ていた。まあ、助けに入るような場面ではないわな。
「はじめまして。
タクバク家ルスティムが長男のアルスランです。どうぞよろしくお願いします」
「トウカン家のジルバです。こちらこそお世話になっております。家族ともども宜しくお願いいたします」
思ったよりも少年は堂々と自己紹介を終えた。父も調子に乗って丁寧な返答を返す。全くもって柄じゃない。
「まぁ、そんな畏まらなくていい。アルス、我が家はこの冬の間世話になる。是非うちの子どもたちと仲良くしてやってくれ」
父はそう言って頭を下げる。口調は先ほどよりもくだけ、普段のものに戻ったが、あたしの位置から父の顔は見えないものの、声音は真剣そのものだった。
父のこういうところは尊敬している。
「はい、よろしくお願いします」
どうやらすっかり方の力は抜けたようで安心した。父たちの隙間から目があったウルも肩をすくめて、一安心したような表情を浮かべていた。
父は少年の頭を髪がくしゃくしゃになるくらいに頭を撫で、家族の紹介を始めた。
まずは母のパドラ。その下にいるチビ二人のチャナーとチャウラ。そして、左隣にいる長女のナンサが紹介され、あたしも呼ばれた。
父の隣に並べば、初めて少年を間近で見た。しかし、あたしは少年と目を合わせられなかった。なぜなら少年は、先ほど紹介されたナンサをまじまじと見つめていたからだ。
さてどうしよう、と思ったが、別にあちらから挨拶してもらうのが当たり前ではないので、あたしの方から自己紹介を始めた。
「はじめまして。アシュリル・トウカンです」
「ぁっ、はじめまして。アルスランです。よろしく」
どうやらあたしに声をかけられるまで気づかなかったらしい。
ようやく目が合い、失礼ながらあたしもまじまじとアルスの顔を観察した。なるほど、ウルの言った様にアルスの顔立ちはエステルさんそっくりだ。ウルの父譲りの天パとは異なり、母譲りのさらさら真っ直ぐなストレートで、髪の色は逆に父と同じく明るい茶色だ。ウルともよく似た顔立ちで、ウルやエステルさんと同じく薄い緑色した宝石のような瞳だった。
あたしのガン見に耐えられなくなったのか、あるいはナンサへの興味が抑えきれないのか、アルスの瞳には再びナンサが映されるが、それは彼の妹であるナーシャによって邪魔された。
ナンサとナーシャは同い年で、ここに我が家が来てからすぐに仲良くなったらしい。あたしもまざりたかったが、風邪と部屋から出られなかったブランクで、どうも二人の間に入って行きにくくなってしまったのだ。
そのためあたしの相手は専らウルになったのだが、まぁそれはそれでツイていた。
要は、二人は仲が良いのだ。ナーシャが兄の変な様子に気がつき、そこからナンサを引き離そうとしたのか、それとも、外の寒さに早く家に戻りたかったのかはわからないが、ナンサを目の前で掻っ攫われたアルスは、ちょっと不機嫌な表情と言えなくもない。
面倒なことになりそうだぁ。と思ったあたしはウルを見た。その顔は、めんどくせぇなぁ、とはっきり声まで聞こえてきそうなほど、ありありと感情を表に出していた。
アルスのその珍しいものを見て興味津々ですという表情は、夕飯のときも続いた。
盛大に帰宅を祝われ、豪華な食事が食卓を埋めつくす。部屋に鎮座する大きなテーブルには、タクバク、トウカン両家が勢揃いし、アルスからの簡単な挨拶の後、ルスティムさんの音頭で食事が始まった。
あっという間に大人の方は宴会となり、いつの間に持ってきたのか、弦の張られた楽器をばばさまとエステルさんが弓を用いて演奏し始めれば、アニスばあさまが歌い出し、父とルスティムさんが合いの手を入れれば、トゥリンばあさまとウルの祖母の舞が披露される。
飲んで食べて、歌って踊って。皆を巻き込むこんな楽しい食事が、あたしは結構好きだ。
本当は近所の人も呼んでもっと大所帯でやる予定だったらしいが、年明けの新年の祝いの祭りが近いこともあり、子どもたちの帰宅は各々の家で行われることとなったらしい。
…この地区まとめてやる気だったらしいが、今回は思い止まったようだ。こんな宴会が日常茶飯事なことに、あたしは若干ついていけない。だって、地域のつながりとか、ここまで濃密なとこに住んでなかったしね。田舎だったけど。
一方。子ども側の方は穏やかな食事の時間が流れていた。
…アルスのナンサを見る興味深さゆえに爛々と輝いた目線以外は。
あたしは長方形の食卓の一番端っこを陣取っていた。その隣にウル、アルス、そしてウルの弟のユルクが座っている。対して、ウルの向かい側にはナーシャがいて、隣にはナンサ、その横にはチャナーとチャウラがいる。
ちゃっかりナンサの正面の席を確保したアルスは、食事を取りながらもナンサに色々と話しかけていた。ナンサを取られたくないのか、隣のナーシャも参戦し、傍目には子ども三人が楽しく話しているように見え、微笑ましい。
もう、あたしたちは関わらないことに決めたので、アルスの様子を伺いつつ、状況確認を急いだ。余計なことに巻き込まれないために。
どうやらアルスは、ナンサの夜の闇のように深い黒色の瞳に興味を持ったらしい。ウルが本人から聞いてきた情報なので間違いはないだろう。
確かに、こちらの世界ではこれほど真っ黒な瞳の持ち主は他に見たことがないし、黒目がちではっきりとした顔立ちは、日焼けと合間って、地球でいう東南アジア系の顔をしている。この国で一般的な顔立ちは東アジアのような平たい顔であるため、やや珍しいといえばそうなのだろうが、遊牧民はその限りではないし、様々な人が出入りするこの王都には多くの異国民も多数いる。
「それほど、めずらしいかな」
「学校に通ってたアルスが言うんだから、そうなんじゃないの」
「そっか」
確かに、不特定多数の人間がいる学校に通っていたなら、にたような特徴を持った子もいた可能性もある。それでも珍しいと感じるなら、ナンサの瞳の色は特殊なのかもしれない。もちろんあたしも綺麗で素敵だと思う。
「あとね、うちのアニスばあさまからきいたはなしなんだけど」
「オマエのひいばあちゃん?」
「そう。なんでもね…」
あたしがアニスばあさまから教えてもらった話をすれば、ウルの顔には徐々に眉間に皺が刻まれていく。子どもがそんな顔するもんじゃないよ。
「おれも、そんな話きいたことある」
「まじで?」
「うん。おれのじじさまって、ばばさまにほれてから、ストーカーなみのしつこさだったんだって。今年の新年のおいわいころまではいたから、おぼえてるんだけど、もうじじさま、ばばさまだいすきってかんじだった。いつでも」
驚いて、「いつでも?」と問えば、「いつでも」となんでもないことのように返される。
もうこれは突っ込まないのが正解なんじゃないかな。
あたしが聞いた話は、「アルスはスレンに似ちゃったのかもねぇ」から始まった。
「スレンっていうのはウルの曾祖父のことね。もう一目惚れでねぇ、ツェツェグずぅーと眉間にしわ作ってたのよぉ、あんまりにウザくて」
うわぁ…。
「しかも、実力もあるしぃ、見た目も優男風な感じでぇ、周りの嫌がらせもすごかったのよぉ。まぁ、ツェツェグはそんなの余裕で蹴散らしてたけどねぇ」
笑い事じゃないよ、アニスばあさま。
「ツェツェグを好きになった理由がねぇ、目、だったの。まずあのオリーブ色した黒目がちの目に惹かれたんだってぇ。それからね、ツェツェグのあの強さを目の当たりにしたらぁ、落ちちゃったんだってぇ」
ばばさま、物凄く大変だったんだね。
そんな友人の苦労話も、うちのアニスばあさまの手にかかれば笑い話のようで、今度写真見せたげる、と笑みを殺しながらあたしに言った。全然抑え切れてなかったよ、アニスばあさま。
「まだ、ラブじゃない?」
「んー、そんなかんじには見えないな」
ならまだ大丈夫だろうか。ナンサはあたしの大切な姉だ。こんなストーカー予備軍にロックオンされる訳にはいかない。
「しんじるよ?」
「今は、まだな」
そう言うウルの困った顔からも分かるよう、あたしたちにはどうしようもできない。ナンサの安心と平和のためになんとかしてあげたいが、そもそも人様の恋路を邪魔しては馬に蹴られてしまう。実際今あたしたちにとって馬は身近な存在であり、ここは蹴られることが非現実的な世界ではない。嫌だ、死んでしまう。
結論、現状あたしたちにはなにもできない。
「うん、じゃあ、ほうちで」
「さんせー」
互いに我が身は可愛いのである。
折角の二度目の人生。
余計なことなんてしないで、あたしは普通に生きて、長生きして、穏やかに寿命を迎えたいのだ。
ウルにそう伝えれば、ウルも全くだ、と言って大きく頷いた。
「よし、ごはんだごはん」
「おこめー」
楽しく美味しい食事を堪能すれば、満腹になった子どもは眠くなるのが世の常。
重くなった瞼は、あたしの意思に反して降りてくる。眠気でふわふわする体は船を漕ぎ出す。右に大きくふらつけば、温もりを感じ、より眠気が押し寄せてくる。
その温もりから動くことができず、身を委ねそのままもたれかかれば、声が耳に響く。
「オマエのせいで、おれもねむくなってきた…」
怒っているような台詞だが、口調からはそんなものは微塵も感じられなくて。その穏やかな声はただ心地よくあたしの鼓膜を揺らした。
翌日目を覚ましたあたしは、目の前にあるウルのなんとも綺麗な顔に驚いて、眠気も吹き飛んでいった。睫毛長い。
朝特有の底冷えを感じ、このぬくぬくの布団の中から出たくないため、毛布を首まで被った状態のまま、辺りを見回した。
天井には見覚えのある布が垂れ下がっていることから、ここはどうやらばばさまのお部屋らしいことが分かる。
寝ているせいで本棚は見えず、しかも2台のベッドがくっつけられているようで、いつもと見える景色が多少変わっていた。
あたしの右隣にはウル、その向こうにはウルの弟のユルク。あたしの左隣は僅かに隙間を開けてナーシャがいる。恐らく、この空いている空間にはナンサがいたのだろう。子どもはまとめてこの部屋に寝かされていたようだ。
とりあえず起きよう、と思って身じろぎすれば、ウルも目が覚めたようだ。
まだ布団から出ていなかったので、目の前のウルと目が合えば、おはようと朝の挨拶を交わす。
「とりあえず、おきよう」
「ん」
二人揃って、他の二人を起こしてしまわないようにそっと布団から這い出る。
無事起こさずに済んでホッとすれば、そのまま音を立てないようにして昨日の宴会場へと向かった。
昨日の賑やかな雰囲気の名残が残ったタクバク家の居間は、誰もいないが大方片付けられていた。
外の方から声が聞こえたような気がして、あたしとウルは一度顔を見合わせ、どちらからともなく外へ向かった。
外には馬に乗った父とイドリースじいさま。今まさに馬に乗ろうとしていたナンサ。そしてそれを見送ろうとしているのはルスティムさんと、ばばさまだった。
どうやら、あたしとウルそれぞれの祖父母と母はこの場にいないようだ。祖父母に関しては酒の飲み過ぎが原因かもしれない。
父、曾祖父、そしてナンサが弓を携え、狩猟準備万端なのを見て、あたしは思わず、
「あたしも!行く!」
と叫んでしまった。一斉に向いた視線にやや顔が赤らむのを感じる。
するとナンサがあたしを止めるために、わざわざ馬を降りてこちらに来て、穏やかな口調で諭してきた。
「だめ。かぜなおったばっかりでしょ」
「もうげんき」
「ダメなものはだめ。アシュリーが上手いのは知ってるけど、それでもだめ」
「…わかった」
渋々納得すれば、いい子と頭を撫でられた。恥ずかしいけれど、ちょっと嬉しかった。子どものこの素直な心、大事だよね。
弓を抱え直し、矢筒の紐を縛り直して、再び馬に乗ったナンサは父たちの方へと向かった。なにやら三人で話しているところに、アルスが慌ててそちらに加わった。どうやら馬に乗ってくるのに時間がかかったらしい。
「すみません!お待たせしました」
「よぉし!行くぞっ」
父の大声に、ばばさまが顔をしかめていたように見えたのは気のせいじゃないだろう。でも、お父さんが張り切ってくれれば美味しい食事にありつけるのは間違いない。
今回ばかりは、あたしは父を心から応援した。
あっという間に四人が見えなくなり、あたしたち見送り要員は家に戻る。
「なぁ」
「ん?」
掛けられた声の何処か真剣味を帯びた声音に、やや驚きながらも振り返れば、ウルは至極真面目な顔で言った。
「これ、まずくないか」
「え?」
「ナンサって、かりうまいだろ」
「そうだけど、なんでしってるの?」
ナンサの狩猟技術は父も褒めるほどだ。だが、それをなぜウルが知っているのだろうか。
意図が掴めずそう問えば、盛大なため息とともにウルは絞り出すように続きを話す。
「うちの兄は、強さにほれて、帰ってくるんじゃない?」
「あ」
きっとウルにしか届かなかったであろうあたしの驚きから漏れ出た声は、晴れた冬空に溶けて混ざり、消えていった。
はじめまして。よだかです。
今回から、恋愛タグを追加しました。
これからもよろしくお願い致します。




