11.
案の定というか、思ったとおりというか。
狩から帰ったアルスは、ナンサにベッタリだった。それはもう父がイラつくくらいに。そしてそんな父の様子を見て、曾祖父はずっと笑っていた。
彼ら三人は日の出とともに家を出発し、太陽がもうそろそろ天辺に辿り着こうか、というような時間に帰ってきた。
朝食には間に合わなかったが、これなら昼の食卓には並びそうだ。
狩の成果は兎が一羽と狐が一匹で、冬にしては大収穫である。
きちんと仕留めた後に血抜きをしていたようで、家の前をそれほど汚すことはなかった。血の匂いは獣を呼び寄せるので気をつける必要があるのだ。
早速解体が始まったが、手際の良い父と曾祖父はあっという間に肉として切り分け、その肉はすぐさまタクバクとトウカン両家の女性陣によって台所へと運ばれる。
父たちは獲物への感謝を述べ、あたしたちでもどうしても食べることのできない部分を遠くの大地に返しに行った。恐らく今日の狩場まで戻るのだろうが、一人だし獲物を狙う時間は掛からないので、昼食には間に合うだろう。
残った三人は、すでに解体中にナンサとアルスで馬を戻し餌をやり終えていたので、残るは解体の後片付けと自分たちの身を綺麗にすることだった。
血は殆ど出なかったためあまり汚れてはいないが、アルスは解体時に用意されていた桶に入った水を大地に流して、一旦家に戻り新たに水を汲んできた。するとイドリースじいさまがその桶を受け取り、地面に置くと、今度はその水面に右の掌を向け何か呪文のようなものを唱えはじめる。水は緩やかに舞い上がり、あたしたちの頭上に平たく楕円形のように広がれば、ぽつぽつと小さな水滴が大地に向かって落ちてきた。その間、イドリースじいさまは獣を解体したあたりに膝をつき、自然への感謝の言葉を捧げていた。
じじさまが立ち上がると水も止まり、落ちた水滴が日の光を浴びてきらきらしていた。不思議と水に濡れたはずなのに衣服はそれほど冷たくなっておらず、あまり寒さも感じなかった。
「すげえ…」
と微かに漏れ出た言葉が隣から聞こえてきた。魔法のことはよくわからないため、残念なことにあたしにはどこがどう凄いことなのか理解できない。
「そんなことないよ。君の御婆様の足元にも及ばないんだから」
ウルの声が聞こえていたようで、わざわざこちらを向いて返事を返してきた。
「そんな謙遜を。…足元くらいにはいらっしゃいますよ」
「希代の天才にそう言ってもらえるなんて、とても光栄だよ」
「いえいえ…」
「いやいやいや…」
…なんて寒々しい会話だろう。
曾祖父の腹黒さは何となくわかっていたが、この家最強のばばさまと言い合いができるくらいだったとは。認識を改める必要がありそうだ。
冬空の下、余計寒くなるような会話をアルスの明るい声が遮った。
「おれら部屋もどって遊んでていい?」
「あ、ああ、そうだね」
「ナンサ、行こ」
なんとも空気の読めない発言のように聞こえるが、実はしっかりと周りの状況を考えた上での発言だろう。
二人の会話に程よいところで口を挟み、敢えてタクバク家の一番であるばばさまに許可を求めた。そしてイドリースじいさまに今回の狩りの際の指導についてお礼を丁寧に述べると、ナンサを連れそのまま家に向かった。ちゃっかりナンサの手を握っていたが今回は見逃してやろう。
毒気を抜かれた二人はそれ以上空寒い会話を続ける気は起きないようで、ばばさまはアルス達の後を追って家へと帰って行った。じいさまも空になった桶を手に取りあたし達に、
「ほら寒いから、お前達も中に入ろう」
と言って三人で家に歩を進めた。
「ねえ、イドリースじいさま」
「うん?」
「かり、どうだった?」
もう素直に聞くのが一番である。あれ、とナンサ達の方を指差して言った。なにがどうして彼がこうなったのか。
「そうだねぇ。アルス、狩は全然ダメだったよ。手綱捌きも武器の扱いも、実践とは程遠い。
それに対してナンサはよかった。元々弓の扱いと馬の操り方は上手いし、今日は殆ど矢を外してないしね。その凛々しさに落ちちゃったのかもねぇ」
「「あー…」」
なんとも思った通りすぎて。アルスの単純さに驚き、そしてまだ見ぬウルたちの曾祖父の血の濃さを感じた。
「まぁ、でも、魔法は上手だったなぁ。魔力の使い方は結構下手だったけれど、それを補って余りある魔力量と強い魔力。ナンサが狐を仕留められたのも、アルスの魔法のお陰だったんだよ。武器で役に立てないとわかると、彼は切り替えて後はずっと補佐役に回っていたんだ。このまま努力を怠らなければ、将来は引っ張りだこの逸材だろうねぇ」
「「へー」」
家に戻り、台所に手伝いに行けば、先程の肉と格闘している祖母達に、遊んでなさい、と追い返された。特にすることもないようなので、あたしたちはいつものように、ばばさまのお部屋で過ごすことにした。
「さて、どうする?」
「もう、本人しだい、じゃないの」
「だよなぁ」
ばばさまのお部屋の本棚の方を向きながら、背中のあたりにクッションを置いてベッドにもたれ掛かった体勢であたしたちはアルスとナンサについて話していた。
「あたしは、ナンサにまかせる。たぶん、アルスがうごけば、うちのお父さんもうごくから、とりあえずはおちつく、と思う」
「だな」
ナンサには悪いがあたしたちにはもうどうすることもできない。それにアルスは傍から見れば優良物件だ。顔よし、才能あり、空気も読めて、賢く、将来有望。…ナンサがやっかみを受けて苛められるなんてことになったら全力で守ろう。
「ああ、いたいた」
そんな決意をしていたら、ばばさまが本人たちを引き連れてやってきた。
ばばさまはあたしたちの向かい合うように座った。連れてきたアルス、ナンサ、あ、ナーシャもいた。その三人にも座るよう促し、皆が腰を下ろしたのを確認すると、おもむろに口を開いた。
「楽な体勢でいいからね。
まずはアルスラン、お帰り。学校でどんなことを学んできたのか教えてくれる?」
「はい。勉強は文字の読み書き計算、この国の歴史や周りの国のことも習いました。教室の外では馬、ぶき、まほうのあつかい方も学びました」
「そう、夏の手紙に書いてあった実習の参加は魔法の成績が優秀だったから?」
「うん、先生にはそういわれた。あ、せいせき表」
出すの忘れてた、と言ってばばさまが止める間もなく立ち上がって部屋から出ていき、すぐさまくしゃくしゃになった紙を手に持って戻ってきた。ばばさまにその紙を手渡すと、アルスは元の場所に腰を下ろした。アルスの徹底ぶりには尊敬の念すら浮かぶ。
「ほう…、本当に優秀だね。学年で三番は本当によく頑張った。でも勉強の方は随分苦手なのか、魔法学の成績だけずば抜けて悪いね」
「うん、なんていうか…、りくつで説明するのってむずかしくて」
ばばさまの問いにばつが悪そうに答えるアルスだが、要は天才肌なのだろう。習うより慣れよ、感じろ、実践あるのみというタイプなのかもしれない。
「…まあ、アルスもこれからはそうも言ってられないかもね。
さて、本題に入ろう。アルスには言う機会がないままだったけど、学校のことでばばからのささやかな忠告、知って置いて欲しいと思うことだよ」
「あらぁ、皆ここにいたのねぇ」
今からばばさまの真面目な話が始まるというその時、相変わらずの間延びした声でこの場にやって来たのはアニスばあさまだ。
「アニス、どうしたの」
「ううん、子どもたちの姿が見えないから探してただけよぅ」
「そう。じゃあ、話を続け…」
もう慣れたことなのか、すぐさま切り替えたばばさまだったが、アニスばあさまはなにも言わずにばばさまの隣にさも当たり前のように座り込んだ。一度は言葉を切って隣を見たばばさまも、特に表情は変えずにそのまま話を続けた。
「私が言いたいのはね、学校というところは色んな人から見られている場所だ、ということ。
国にはね、国のことを決めたりする行政省、軍の兵隊さんたちがいる軍事省、そして魔法のことを勉強している魔法省っていう大きく分けて三つのまとまりがあってね。そこの人たちは、学校で優秀な子を自分のまとまりに入れようと、いっつも探しているの」
「へぇー」
子どもたちの感嘆の声を聞きながら満足そうに頷くのは、ばばさまではなくアニスばあさま。ここでうんうんと満足そうに頷くのはばばさまではなく、何故かドヤ顔をしているアニスばあさま。それは違うんじゃないかな、と思いつつもわざわざ口に出すほどのことではない。
それで、所謂青田買いの話はどうなったのだろう。
「もうすでにアルスはどこかに目をつけられているだろうね」
「あらぁ、本当に優秀ねぇ」
勝手にアルスの成績を見ているアニスばあさまだが、ばばさまには全く相手にされていない。
「アルスには言うのが遅くなって済まないと思ってるが、アルスも勿論これから入学するあんたたちも、学校でどうするかをきちんと考えて行動しなさいね。将来、国のまとまりで仕事をしたいなら、一生懸命頑張って学校で優秀な成績を修めなさい。…目をつけられたくないなら、目立ちすぎないようにね」
「そうよぉ。あなたたちは才能に恵まれている分、目立ちやすいからぁ、気をつけなさいねぇ」
なるほど。余計な派閥争いに巻き込まれたくなかったら目立たないようにしてろ、ということか。どうやら平穏無事な生活には、それなりの努力が必要らしい。
「ツェツェグも大変だったのよねぇ。毎日働いて働いて働いて」
「本当にあの四年間は地獄のようだったわ…。休みなんて全然なくて、家にも殆ど帰れなくて、寝泊まりは専ら研究室。朝から晩までずっとずぅっと研究…」
「あの頃のツェツェグって、よく死ななかったわよねぇ」
ばばさまは国にお勤めだったんですね。超エリートだったんですね。この凄さも納得です。
それよりあたしにとっては、この国に関することが聞けたのは大きな収穫だ。何より、国の中枢組織がブラックというのはいただけない。堅実平和な生活には公務員が最優良物件であった前とは異なるようで、馬車馬のように働かされること必至である。定時五時になんて帰れないに違いない。
この数十年で環境が改善されているとは考えにくいし、ばばさまがあたしたちにわざわざ言うくらいなのだから、恐らく対してその当時と変わらないのだろう。
話終えたばばさまはどこか顔色が悪く、アニスばあさまに心配されながら早々に退室して行った。部屋を占領していることに申し訳ない思いでいっぱいです。
心の中でばばさまに謝りつつも、ウルとの作戦会議を早くしなければ、と気が急いでいたのも事実である。
しかし、すぐに昼食の用意ができたと母たちに呼ばれたので、話し合いは出来なかった。まあ後ででもいいか、とすでにあたしの意識は兎と狐の肉に向いていた。実は先程からいい匂いが漂って来ていたのだ。何とも目先の欲に囚われがちだと思うが、美味しいものは美味しい。
すでに食卓には料理が並べてあり、皆が席についていた。どうやら父も間に合ったようだ。よかったよかった。
今回は父による音頭で食事が始まる。
楽しみにしていた分、肉はなんとも美味しく感じる。この場の皆の表情を見てもわかるように、美味しいものを食べている時には笑顔がこぼれるものだ。
自然に感謝しつつ、いつも以上に進む箸でお腹いっぱい食べた。
その間、父は何度もアルスを見ていた。当のナンサに夢中のアルスも気付いていただろう。何せ父の視線にはどこか殺気めいたものが感じられるからだ。高々10歳の子ども相手になにをしているんだと、思わず食事中に溜息をこぼしてしまった。
全くせっかくの食事なのに、自然の恵みに謝れ。
お読みくださり、ありがとうございます。




