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第十六話 剛爪獣グラウル



 出発まで約三十分。


 冒険者ギルドを出たリリスは《銀の木亭》へ急いで戻ると、部屋の机へ《革鎧一式》と昨夜完成させた《鉄葉浸透強化液》を並べた。


「時間はないけど、端材では成功してる。やっておこう」


 胸当て、籠手、腰当て、脚甲へ強化液を均一に塗り、《錬金術》を発動する。鉄葉草から抽出した強化成分が革の繊維へ入り込み、ブルースライムの粘液がそれを内部へ定着させていく。


 硬くなりすぎれば動きを邪魔する。だから防御力だけを上げるのではなく、弓を引き、走り、回避するための柔軟性を残すよう慎重に調整した。


━━━━━━━━━━


錬金加工成功


《鉄葉強化革鎧》


品質:高品質


基礎装備:


《革鎧一式》


追加効果:


物理防御上昇


耐久性上昇


耐摩耗性上昇


裂傷耐性上昇


柔軟性維持


━━━━━━━━━━


「よし」


 装備して腕を動かしてみても、邪魔になる感覚はない。


 これでグラウルの爪を受け止められるとは思わない。四、五メートル級のD級魔獣が振るう三本爪だ。あくまで、避け損ねた時に生き残る可能性を少しでも上げるためのものだった。


 その時、視界の隅に新しい表示が浮かんだ。


━━━━━━━━━━


条件を満たしました。


新規スキル取得可能


《強化魔法》Lv1


取得条件:


《身体強化》Lv3以上


《魔力操作》Lv4以上


《魔法制御》Lv3以上


━━━━━━━━━━


「強化魔法?」


 今まで取得一覧にはなかった技能だった。


 昨日まとめて基礎能力を強化したことで、条件を満たしたらしい。


「これは……取る」


 即決だった。


━━━━━━━━━━


《強化魔法》Lv1


通常必要SP:40


《ポイント消費軽減》Lv10


最終必要SP:4


━━━━━━━━━━


取得しますか?


YES


━━━━━━━━━━


 続けて強化可能範囲を確認する。


━━━━━━━━━━


《強化魔法》


Lv1



Lv3


通常必要SP:80


軽減後必要SP:8


━━━━━━━━━━


「上げられるなら上げておこう」


━━━━━━━━━━


SP:1012



SP:1000


━━━━━━━━━━


《強化魔法》Lv3


習得魔法:


《フィジカルブースト》


《クイックムーブ》


《ハードスキン》


━━━━━━━━━━


 知識が頭の中へ流れ込む。


 《フィジカルブースト》は筋力・体力・身体能力を総合的に高める強化魔法。《クイックムーブ》は敏捷性と反応速度を重点的に強化し、《ハードスキン》は肉体と身につけている防具へ薄い魔力膜を形成して防御力を底上げする。


「これ、今の私とかなり相性いいかも」


 恒常的に働く《身体強化》《筋力強化》《敏捷強化》《体力強化》の上から、さらに魔法による一時強化を重ねられる。


 MPは十万。


 しかも回復速度まで大幅に強化されている。


 長時間使い続ければ制御負荷はあるものの、強敵との短期戦なら積極的に使わない理由はなかった。


「魔法の方も……昨日レベル上げたんだよね」


 各属性魔法を確認する。


 これまでは《ファイアボール》《アイスニードル》《スパーク》など、扱いやすい初級魔法を中心に使っていた。しかしスキルLvを上げたことで、すでに新しい術式が解禁されている。


━━━━━━━━━━


《火魔法》Lv3


新規使用可能:


《フレイムランス》


━━━━━━━━━━


《水魔法》Lv3


新規使用可能:


《ウォータージェット》


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《風魔法》Lv3


新規使用可能:


《エアカッター》


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《土魔法》Lv3


新規使用可能:


《ストーンスピア》


━━━━━━━━━━


《雷魔法》Lv3


新規使用可能:


《ライトニングボルト》


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《氷魔法》Lv4


新規使用可能:


《アイスランス》


《フロストバインド》


━━━━━━━━━━


「ちゃんと増えてる」


 《アイスニードル》は以前から三本同時に作れる。今後も低燃費の牽制には便利だが、Lv4になった現在は、それより威力の高い《アイスランス》と、相手の動きを凍結で抑える《フロストバインド》まで使えるようになっていた。


 さらに武器技能を確認したところ、こちらにも変化があった。


━━━━━━━━━━


戦技(アーツ)


対応武器技能Lvと

実戦経験によって解禁される

武器固有戦闘技。


━━━━━━━━━━


《弓術》Lv8


使用可能戦技(アーツ)


《剛射》

威力を高めた強力な一射。


《二連矢》

高速で二本を連続射撃する。


《精密射撃》

一点への命中精度を大幅強化。


《穿ち矢》

矢へ回転を加え、貫通力を高める。


《曲射》

高い弾道から標的を射抜く。


━━━━━━━━━━


「こんなに使えたんだ……」


 通常スキルの《照準》《急所狙い》《速射》とは別物らしい。


 たとえば《精密射撃》へ《照準》を組み合わせれば、さらに高精度の射撃が可能になる。《穿ち矢》へ《急所狙い》を重ねれば、硬い外皮を持つ魔物にも対抗できる可能性がある。


 そして剣。


━━━━━━━━━━


《剣術》Lv4


使用可能戦技(アーツ)


《踏み込み斬り》

一気に間合いを詰める斬撃。


《剛斬》

体重と筋力を乗せた重い一撃。


《受流し返し》

攻撃を受け流し、

直後に反撃へ移る。


━━━━━━━━━━


「……今まで普通に斬ってただけだった」


 思わず苦笑する。


 せっかく強くなっているのに、以前と同じ戦い方を続けていたら意味がない。


 今日からは違う。


 使えるものは全部使う。


「グラウル相手なら、出し惜しみしてる場合じゃないよね」


◇◇◇


 三十分後。


 リリスは冒険者ギルド前に集まった討伐隊へ合流した。


 中心となるのはC級冒険者四名。大盾を持った重戦士、長槍を背負った槍士、片手剣を使う剣士、そして火魔法を得意とする魔法使い。そのほか、フェルナ村の避難支援を担当するD級・E級冒険者とギルド職員が続く。


「リリス・ルクスヴィアだな?」


 C級剣士の男が確認してくる。


「はい」


「お前は索敵と避難支援だ。グラウルを発見しても、自分から戦闘へ入るな。俺たちが止める」


「分かりました」


「相手はD級だ。F級とD級じゃ、同じ魔物でも世界が違うと思っておけ」


「はい」


 それは理解している。


 昨日まで戦っていたゴブリンやブルースライムと同じ感覚で挑むつもりはなかった。


 部隊は西門を出ると、フェルナ村へ向かって速度を上げた。


 移動中、リリスは《強化魔法》を試しておく。


「《クイックムーブ》」


 淡い魔力が全身を包んだ。


 次の瞬間、足が軽くなる。


「……おお」


 走る速度そのものだけではない。


 足場を見て次にどこへ踏み込むか判断する感覚も速くなっている。


 元から持つ《敏捷強化》Lv4へ魔法が重なったことで、体感できるほど身体性能が上がっていた。


 数分ほど維持して解除する。


「MPは全然問題ない。でも、ずっと使うと集中力の方が疲れそう」


 魔力の量ではなく制御負荷。


 そこは覚えておいた方がよさそうだった。


◇◇◇


 フェルナ村まで数キロ。


 その地点で、《危険察知》Lv6が突然強く反応した。


「――来る!」


 リリスが足を止めた。


━━━━━━━━━━


《危険察知》Lv6


強危険反応


方角:


北西


━━━━━━━━━━


「《索敵》!」


 意識を広げる。


━━━━━━━━━━


大型敵性反応:1


距離:約340m


推定進行速度:高速


進行方向:南東


━━━━━━━━━━


「大型一体! 三百四十メートル、こっちへ向かってます!」


「全員戦闘準備!」


 剣士の号令が飛ぶ。


 直後、森の奥から低い咆哮が響いた。


 ――グォォォォォォォン!!


 空気が震え、鳥の群れが木々から一斉に飛び立つ。


「グラウルだ!」


 木が折れる。


 藪が潰れる。


 巨大な黒灰色の影が森の中を駆けてきた。


 ところが。


「待て、進路が違う!」


 グラウルは討伐隊へ向かっていなかった。


 部隊の横を抜けるような進路。


 その先にあるのは――フェルナ村へ続く別の農道だった。


「村だ!」


 剣士が叫ぶ。


「止めるぞ!」


 一斉に走り出す。


 だがグラウルは速い。


 全長四メートルを超える巨体でありながら、四肢を使った疾走速度は予想以上だった。


「間に合わない……!」


 リリスは迷わなかった。


「《フィジカルブースト》! 《クイックムーブ》!」


 二種類の強化魔法を重ねる。


 身体の奥から力が湧き上がり、周囲の動きが僅かに遅く感じられた。


「リリス!?」


「先に止めます!」


「待て!」


 聞こえている。


 でも、このままでは村へ届く。


 地面を蹴る。


 強化された《敏捷》と《耐久走》が噛み合い、一気に距離を縮めていく。


 農道へ飛び出したグラウル。


 その前方には、荷車を引いて村へ戻ろうとしていた二人の農夫がいた。


「逃げて!」


「なっ――!?」


 二人が振り返る。


 そして巨大な魔獣を見る。


「ひっ……!」


 グラウルも人間に気づいた。


 進路が変わる。


「させない!」


 リリスは走りながら《樫木の短弓》を構えた。


 距離七十メートル。


 狙うのは顔。


戦技(アーツ)――《剛射》!」


 通常より深く弦を引く。


 《身体強化》と《フィジカルブースト》で増した筋力を乗せ、限界近くまで張った弦を解放した。


 ――バシュンッ!


 いつもの射撃とは明らかに違う音。


 矢がグラウルの頬へ激突した。


 ――ガンッ!


「グォッ!?」


 硬毛に阻まれ、刺さらない。


 それでも衝撃そのものは通った。


 グラウルの頭が横へ振られる。


「こっち!」


 リリスはさらに一射。


「《穿ち矢》!」


 矢へ高速の回転が加わる。


 ――ギュンッ!


 今度は肩へ。


 黒灰色の硬毛を押し分け、鉄鏃が浅く肉へ食い込んだ。


「入った!」


「グルルルル……!」


 成功。


 そして、完全にこちらへ注意が向いた。


「二人とも村へ!」


「わ、分かった!」


 農夫たちが荷車を捨てて走り去る。


 これでいい。


 リリスは後退しながらグラウルを《鑑定》した。


━━━━━━━━━━


《剛爪獣グラウル》


Lv:28


種族:魔獣種


ランク:D


全長:約4.6m


特徴:


黒灰色の硬毛


極端に発達した前脚


三本の巨大な剛爪


高い突進力


高耐久


━━━━━━━━━━


「Lv28……」


 現在のリリスはLv14。


 倍。


 数字だけ見ても、格上だった。


 グラウルが地面を蹴る。


「来る!」


 《危険察知》が鳴る。


 《クイックムーブ》を維持したまま横へ飛ぶ。


 ――ドォン!


 巨体が直前まで立っていた場所を通過し、土が盛大に吹き飛んだ。


「速い……!」


 体勢を立て直し、すぐ弓を構える。


「《ライトニングボルト》!」


 青白い雷撃が一直線に走った。


 初級の《スパーク》とは威力も射程も違う。


 ――バヂィィッ!!


「グォォッ!」


 雷撃がグラウルの右肩を直撃した。


 筋肉が硬直し、前脚が僅かに止まる。


「今なら――《精密射撃》!」


 《照準》Lv6。


 《急所狙い》Lv4。


 狙う場所は右目。


 息を止める。


 放つ。


 ――ヒュッ!


 しかし。


「っ!」


 グラウルが寸前で頭を振った。


 矢は眉付近へ当たり、硬毛に弾かれる。


「簡単には当たってくれないよね」


 次の瞬間、グラウルが前脚を振り上げた。


 遠い。


 そう判断した。


 だが。


 大きな身体が一歩で間合いを詰める。


━━━━━━━━━━


《危険察知》Lv6


緊急警告


━━━━━━━━━━


「《ハードスキン》!」


 回避。


 間に合う。


 はずだった。


 右へ身体を投げ出した直後、三本爪の先端が胸当てを捉えた。


 ――ドガァッ!!


「――っ!!」


 身体が宙へ浮く。


 十メートル近く吹き飛ばされ、地面を二度、三度と転がった。


「かはっ……!」


 肺から空気が抜ける。


 胸が焼けるように痛い。


 強化した革胸当てには三本の深い裂け目が刻まれていた。


━━━━━━━━━━


《鉄葉強化革鎧》


物理防御補正


《ハードスキン》


防御補正


《創造神エルシアの加護》


物理ダメージ半減


━━━━━━━━━━


「……これで、半分……?」


 ぞっとする。


 防具を強化した。


 防御魔法も使った。


 さらに加護で物理ダメージまで半減されている。


 それでも痛い。


 普通に受ければどうなっていたのか、考えたくもない。


━━━━━━━━━━


《体力自然回復超強化》


発動


━━━━━━━━━━


 胸の痛みが徐々に引いていく。


 骨は折れていない。


 立てる。


「強いなぁ……」


 声が少し震えた。


 怖い。


 でも、身体は動く。


 グラウルが再びこちらへ向かってくる。


「同じのは、もう受けない」


 立ち上がる。


 今度は相手の爪だけを見ない。


 肩。


 前脚。


 腰。


 重心。


 攻撃の直前に身体全体がどう動くのかを見る。


「《フロストバインド》!」


 グラウルの右前脚周辺へ冷気が集まった。


 地面から伸びた霜が前脚へ絡みつき、一気に凍結していく。


「グルッ!?」


 完全には止まらない。


 しかし、明確に速度が落ちた。


「そこ!」


 弓を構える。


「《穿ち矢》!」


 回転を加えた一射が、凍りついた右前脚の関節へ突き刺さる。


「グォォッ!」


 さらに。


戦技(アーツ)――《二連矢》!」


 ――ヒュッ! ヒュッ!


 二本の矢を高速で放つ。


 一発目が同じ傷へ入り、二発目がそのすぐ横へ突き刺さった。


 血が飛ぶ。


「効いてる」


 グラウルが怒りに任せて前脚を振り回す。


 今度は距離を読み違えない。


 《クイックムーブ》で斜め後方へ。


 爪が空を切る。


「《エアカッター》!」


 風の刃が左前脚の内側へ走る。


 硬毛の薄い部分。


 ――ザシュッ!


「グァッ!」


「そこは毛が薄いんだ」


 情報が増えていく。


 背中や肩は硬い。


 脚の外側も硬い。


 でも関節の内側、腹部、顔には比較的薄い部分がある。


「だったら――」


 リリスは《樫木の短弓》を一度インベントリへ収納した。


 代わりに抜くのは、《鉄の剣》。


「近づくのか……私」


 自分で少し思う。


 けれど弓だけで戦わなければならない理由はない。


 グラウルが再び突進。


「《フィジカルブースト》!」


 強化を維持。


 間合いに入った瞬間。


戦技(アーツ)――《踏み込み斬り》!」


 一気に横へ踏み込む。


 グラウルの突進軌道から外れながら、負傷した右前脚の内側へ斬撃を叩き込んだ。


 ――ザンッ!


「グオォッ!」


「斬れた!」


 普通に振るうより明らかに速く、重い。


 だが喜んでいる余裕はなかった。


 グラウルが身体を捻る。


 三本爪が迫る。


「《受流し返し》!」


 鉄の剣を爪の軌道へ斜めに合わせる。


 ――ギィィン!


「っ……!」


 受け止めない。


 流す。


 三本爪の力を横へ逸らし、そのまま身体を回転させて反撃へつなげる。


 ――ザシュッ!


 頬を浅く斬った。


「できた……!」


 しかし。


 鉄の剣を見る。


 刃が僅かに欠けている。


「やっぱり、これで何回も受けるのは無理だ」


 すぐに離れる。


 剣はあくまで緊急時。


 主武器は弓だ。


◇◇◇


 遠くから複数の声が聞こえ始めた。


「リリス!」


 討伐隊が追いついてきている。


 あと少し。


 それまで持たせればいい。


 そう考えた瞬間だった。


「グォォォォォォッ!!」


 グラウルが森の方へ顔を向ける。


 逃げる。


「そっちは……!」


 南東。


 フェルナ村。


「駄目!」


 リリスは弓を取り出し、走り出す。


 グラウルも負傷した右前脚を引きずりながら加速した。


「《クイックムーブ》!」


 距離が縮まる。


 五十メートル。


 四十。


 でも普通の矢では止められない。


「なら……魔法で」


 走りながら右手を向ける。


「《アイスランス》!」


 これまで使っていた三本の《アイスニードル》よりもはるかに大きな、一本の氷槍が形成された。


 全長一メートルを超える。


 魔力を集中。


「行け!」


 ――ドシュッ!


 氷槍が飛ぶ。


 グラウルの右後脚へ直撃。


 ――バキィッ!


「グオォォォッ!」


 氷が砕け、脚の一部が凍りつく。


 走る速度が大きく落ちた。


「今なら……!」


 弓を構える。


 グラウルが振り返る。


 怒りに満ちた顔。


 大きく口を開けて咆哮する。


「そこだ」


 狙う場所を決める。


 口。


 硬毛がない。


 でも頭蓋を正面から抜くには、普通の射撃では足りない。


 だったら。


━━━━━━━━━━


《照準》Lv6


《急所狙い》Lv4


《精密射撃》


《穿ち矢》


複合使用


━━━━━━━━━━


「二つ、重ねられるんだ」


 《精密射撃》で照準を絞る。


 《穿ち矢》で貫通力を上げる。


 さらに《身体強化》《フィジカルブースト》で増した筋力を使い、《樫木の短弓》を限界まで引き絞った。


 弓が軋む。


「……お願い、耐えて」


 初心者用の短弓。


 今の力に、そろそろ武器の方が追いつかなくなり始めていた。


 グラウルがこちらへ突進する。


 三十メートル。


 二十五。


 二十。


 口が開く。


 その奥。


「――今!」


 指を離す。


 ――ギュォンッ!


 高速回転する矢が真正面から飛び込んだ。


 口内。


 喉。


 さらに奥へ。


 ――ドスッ!!


「グッ……!?」


 グラウルの動きが一瞬止まる。


 でも。


 倒れない。


「まだ……!」


 突進は止まっていなかった。


 十五メートル。


 十。


━━━━━━━━━━


《危険察知》Lv6


最大警告


━━━━━━━━━━


「――《ライトニングボルト》!」


 ほとんど反射的に放った雷撃が、口の中へ刺さった矢を伝う。


 ――バヂィィィィッ!!


「グガァァァァァッ!!」


「通った!」


 金属製の鉄鏃。


 そこへ雷。


 口内へ食い込んだ矢が、電撃を身体の内側へ流し込んだ。


 グラウルの巨体が激しく痙攣する。


 突進速度が落ちた。


 リリスは横へ跳ぶ。


 巨大な身体がすぐ横を通過し、そのまま地面へ倒れ込む。


 ――ズドォォン!!


「……」


 砂埃が舞う。


 それでもリリスは弓を下ろさない。


「《索敵》」


 反応。


 まだある。


「生きてる」


 グラウルの前脚が動いた。


 ゆっくりと身体を起こす。


 片脚を凍らされ、右前脚を傷つけられ、口から血を流している。


 それでも立った。


「……D級って、こんなにしぶといんだ」


 グラウルが低く唸る。


 左目がこちらを睨んだ。


 なら。


「最後まで気を抜かない」


 もう一度矢を番える。


 今度は目。


 距離三十五メートル。


 グラウルも残った力で地面を蹴る。


「《精密射撃》」


 狙う。


 揺れる頭。


 走る巨体。


 小さな左目。


「《二連矢》!」


 ――ヒュッ!


 一射目。


 グラウルが頭を振る。


 外れた。


 だが。


 二射目。


 逃げた先。


 そこへ置く。


 ――ドスッ!


「グォォッ!!」


 左目へ突き刺さった。


 グラウルがよろめく。


「もう一発!」


 矢を番える。


「《剛射》!」


 大きく弦を引き絞り、同じ場所を狙う。


 ――バシュンッ!


 二本目の矢が、最初に刺さった矢のすぐ横から眼窩の奥へ潜り込んだ。


「グ……ォ……」


 巨体が止まる。


 一歩。


 二歩。


 そして。


 ――ズズゥン……!


 黒灰色の巨体が、完全に地面へ崩れ落ちた。


 リリスは息を整えながら《鑑定》する。


━━━━━━━━━━


《剛爪獣グラウル》


Lv:28


状態:


死亡


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「……倒した」


 膝から力が抜けそうになる。


 胸はまだ痛い。


 強化した革鎧には三本の爪痕が残っている。


 剣の刃も欠けた。


 《樫木の短弓》も、さっきの全力射撃で少し軋んでいる。


 楽勝なんかじゃなかった。


「本当に……強かった」


 でも。


 勝った。


 ほぼ同時に、システム表示が次々と現れた。


━━━━━━━━━━


《剛爪獣グラウル》


単独討伐成功


━━━━━━━━━━


強敵撃破


《撃破者経験値》


+25%


━━━━━━━━━━


《獲得経験値上昇》Lv10


獲得経験値 ×10


《必要経験値減少》Lv10


必要経験値 ×1/10


━━━━━━━━━━


ベースLv


14



20


━━━━━━━━━━


レベルアップ:6


AP+600


SP+600


━━━━━━━━━━


「一体で六レベル……」


 普通ならあり得ない。


 けれど、リリスの場合は実質約百倍の成長効率。


 D級の格上を単独で倒した経験値は、それだけ大きかった。


 さらに。


━━━━━━━━━━


《弓術》


Lv8



Lv9


━━━━━━━━━━


《回避》


Lv4



Lv5


━━━━━━━━━━


《急所狙い》


Lv4



Lv5


━━━━━━━━━━


《強化魔法》


Lv3



Lv4


━━━━━━━━━━


《雷魔法》


Lv3



Lv4


━━━━━━━━━━


「……かなり上がった」


 戦い方も、これまでとは明らかに違った。


 ただ矢を撃つだけではない。


 戦技(アーツ)


 中級魔法。


 強化魔法。


 それらを組み合わせて、初めてD級へ届いた。


「もっと使い方を考えたら、まだ強くなれそう」


 その時、《自動収集》が討伐ドロップを回収する。


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【今回取得】


《グラウルの剛毛》×10


《グラウルの大牙》×20


《グラウルの剛爪》×30


《グラウルの強靭皮》×10


《グラウルの大魔石》×10


━━━━━━━━━━


 死体はそのまま一体残っている。


━━━━━━━━━━


《剛爪獣グラウルの死体》×1


回収しますか?


━━━━━━━━━━


「もちろん」


━━━━━━━━━━


《剛爪獣グラウルの死体》×1


回収しました。


━━━━━━━━━━


「この毛とか皮……装備に使えるかな」


 さっきまで命懸けで戦っていたのに、素材を見ると錬金術師としての興味が出てくる。


 そして。


 地面へ光が集まり始めた。


「……来た」


 強敵。


 つまり宝箱は確定。


 光が収束し、一つの箱が現れる。


━━━━━━━━━━


強敵討伐報酬


《鉄の宝箱》×1


━━━━━━━━━━


「鉄……!」


 木や銅より一段上。


 中身が気になる。


 ものすごく気になる。


 リリスが手を伸ばしかけたところで――。


「リリス!」


 森の向こうから声がした。


 討伐隊だ。


「……あとにしよう」


 宝箱を《インベントリ》へ収納する。


 数十秒後、C級冒険者たちが開けた場所へ飛び込んできた。


「無事か!?」


「はい」


「グラウルは!?」


「倒しました」


「……どこにいる?」


「《インベントリ》の中です」


「……」


 剣士が止まる。


 槍士も止まる。


 魔法使いまで黙った。


「一人で?」


「はい」


「俺たちが追いつくまでに?」


「はい」


「D級を?」


「……はい」


 沈黙。


「お前、F級だったよな?」


「そうです」


「……」


「でも結構、危なかったですよ」


 リリスは胸当てに残った三本の深い爪痕を見せる。


「一回まともに食らって、かなり吹き飛ばされました」


「そういう問題じゃない」


「ですよね」


 剣士は額を押さえた。


 その横で、魔法使いがリリスの弓を見る。


「それ……初心者用の《樫木の短弓》だろ?」


「はい」


「それでグラウル倒したのか?」


「魔法も剣も使いましたけど」


「もっと意味が分からなくなった」


 少し困る。


「……武器、そろそろ変えた方がいいですか?」


「絶対変えろ」


 即答だった。


 リリスは手元の《樫木の短弓》を見る。


 確かに、今回の《剛射》や《穿ち矢》では弓そのものへかなり負担がかかっていた。


「気に入ってるんだけどなぁ」


「気持ちは分かるが、壊れてからじゃ遅い」


「……そうですね」


 少し寂しい。


 でも、弓をやめるわけではない。


 むしろ逆だった。


 もっと強い弓なら。


 もっと遠くへ。


 もっと硬い相手へ。


 もっと強力な矢を撃てる。


「新しい弓……見に行こうかな」


 そう呟いてから、リリスはフェルナ村の方向を見る。


「村は?」


「避難準備は進んでいる。グラウルを倒したなら、少なくとも目前の危険は消えた」


「よかった……」


 ロイ。


 エレナ。


 ダリオ。


 ベルク。


 全員無事。


 それだけで、戦った意味は十分にあった。


 だが、問題はまだ残っている。


 このグラウルは、本来ここにいる魔獣ではない。


 追い出した存在。


 西方林深部に現れたB級相当の大型魔獣。


 《剛腕巨猿ガルガンド》。


 そして、そのガルガンドさえ本来の縄張りから動かした可能性がある地脈異常。


 グラウルは倒した。


 けれど。


 これはまだ、異変の入口にすぎなかった。

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