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そんなつもりではなかった  作者: はるくうきなこ


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1親切から始まった


 「あなた、いい加減にして下さい!」

 ディアナは並んだ金具の前で夫であるアルベルトを睨みつけた。

 「おい、それが夫に対する言い方か?」

  夫の手がカレンから離れた。すぐ横ではカレンが持っていた鎖の一つをそっと机に置き二人を見た。

 その頬はほんのり染まっている。

 「この仕事を彼女に言いつけたのはお前だろう?それを何だ。いい加減にしろとは」

 アルベルトの唾毛がディアナの袖に散った。


 ハルドン子爵領は鉱石を産出している領地で鉱石は良質の宝石になり、領地内でその鉱石を宝飾品にする。

 領民はそれぞれの仕事をしている。鉱山で働くもの。荷を運ぶもの。工房では働くもの。この領地にはたくさんの人間の生活がある。

 工房の職人は宝石をカットしたり土台となる金や銀に細工を施す。職人は男性がほとんどだ。

 ここでは女性の作業員が主に働いていてアクセサリーに必要な金具や鎖などのパーツを作りそれを仕上げて棚に片付ける仕事をしている。

 金具の型を作る者、取り出して余分なところを削る者、磨いて仕上げる者、仕上げに問題がないかを検品するもの、出来上がった何種類もの金具を仕分けるもの、そして倉庫に片付ける者がいる。

 今回カレンには出来上がった金具を仕分ける仕事に振り分けた。


 それはそれでよかった。

 でも、ディアナが声を荒げたのはそう言う事ではなかった。



 「いいか、ディアナ。カレンはまだ辛い時期なんだ。だから仕事もお前が思っているほど出来ないのは仕方がないだろう?」

 「私はそんな事を言っているわけではありません。あなたがここで彼女が呼ぶたびにそばにいる事が問題なのです」

 「奥様、申し訳ありません。私、よくわからなくってつい旦那様に頼ってしまうから」

 カレンがアルベルトを上目遣いで見るとまんざらでもなさそうにアルベルトがふっと微笑む。

 そんなやり取りを何度見て来たことか。

 カレンが来て三ヶ月ほどが経った。彼女に仕事を教え王都の店で働いてもらう計画は頓挫している。

 カレンはうちにやって来て直ぐに18歳になった。この国では18歳で成人なる。身内でもない大人の女性をこのまま屋敷に置いておくわけには行かなかった。だから直ぐにでもうちの商会が持っている作業員寮に入ってもらうつもりだった。なのに彼女はすぐに具合が悪いと言う。仕事を選ぶ。やる気はあるが身体が辛いなどと言い訳ばかりなのだ。

 更に仕事をさせれば何でもアルベルトを呼ぶ。そしてアルベルトも呼ばれたらすぐに尾っぽを振って行く。

 屋敷でも二人になるとアルベルトに言い寄っているようにも見える。

 そんな二人の関係を周りがどう見ているかなどアルベルトには何も見えていない。

 カレンがハルドン男爵の愛人だとまで言われ始めているなどアルベルトは知らないのだろう。

 「もういいわカレンさん、あなたは明日作業員寮に移ってもらいます。ああ、仕事はこのままやってもらっていいから安心して。追い出すんじゃないわ。きちんとあなたが自立できる環境を整えるの。いいわね」

 「ディアナ、そこまでしなくたっていいだろう。彼女だって一生懸命やってるんだ」

 「ええ、だからこそ、ずるずると屋敷にいない方がいいんです。寮に移ればやるしかなくなる。いつまでも甘えてはいられなくなる。あなただってそれが彼女のためだと思うはずだわ。カレンさんが好きでもないのなら!」

 「また、何を言ってるんだ。俺たちは夫婦なんだぞ。そんな事あるわけがないだろう!」

 アルベルトは声を荒げた。

 あら、本当にそうかしら?そんな風に思う私が悪いのかしら?胸の中のモヤモヤはどんどん膨らんでいる。

 だからこそこうするべきだ。

 「では、決まりですね。じゃ、カレンさん明日寮に移って下さい」

 「わかりました。そこまで奥様が私を嫌っていらしたなんて私気づかなくて申し訳ありませんでした」

 カレンは泣きながら走り去った。

 アルベルトが追いかけようとした。ディアナはそんな彼にため息をついたがもう決めた。


 

 

 カレン・ロートン男爵令嬢。彼女はアルベルトの遠縁の娘だ。実は一年ほど前カレンの両親は仕入れに出かけた途中馬車で事故を起こした。

 激しい雨が降っていて視界が悪かったにもかかわらず無理をして馬車を走らせたのが悪かった。

 緩んだ坂道、右側は山、反対側は断崖と言う場所で事故は起きた。

 遺体は回収不能を言う過酷な事故だった。

 カレンは夫婦の子ではなく夫が愛人に産ませた子で母親が亡くなりロートン男爵家に引き取られた子だった。

 肩身の狭い思いをしていたらしい。虐げられ食べ物も満足に与えられなかったらしい。服もみすぼらしいものを着まわしているらしい。

 跡取りのジャックの妻キャサリンは両親が亡くなるとカレンを邪魔者扱いしているらしいと噂が出回りカレンは縁せきの家に預けられる事になった。


 どこの家がカレンを引き取るかで手紙のやり取りがあった。

 カレンは17歳。本来なら学園に通っている年齢だったが愛人の子にそこまでする義務はないとロートン男爵家の亡くなった奥様が決めたらしい。18歳になれば屋敷から出して男爵家の仕事をさせるつもりだったとも聞いた。

 だから最初はもう少し屋敷にいさせる予定だったらしいとも。

 だが、カレンは異母兄であるジャックに色目を使うようになった。そしてジャックもそれをまんざらでもないと思ったらしい。

 ジャックの妻のキャサリンは間違いが起きないうちにカレンを親戚に預けると決めた。

 どうやら邪魔者扱いには理由があったとわかった。そしてカレンが少し問題のある娘だと言う事も。

 だからどの家も名乗りを上げるのに時間がかかった。

 だがそんな中、正義感の強い夫のアルベルトは若い娘が気の毒だからと引き取ることを決めた。

 私は反対した。

 「だが、間違いを起こしたわけじゃない。だったらいいんじゃないか?それともディアナはまだあの時のことを根に持っているのか?」

 「そんな」

 確かに根には持っていた。でも、それをいつまでも言っているわけにも行かなかった。と言うのも今年は実家が不作でハルドン男爵家から少し融通をしてもらっていたから。

 「まあ、俺も悪かった。でも、この先はお前と仲良くやって行きたいと思っているんだから。な」

 アルベルトの一言でカレンを引き取る事になった。


 アルベルトは気のいい優しい夫だった。結婚は領地が隣同士で年も近い事もあって決まったものだった。

 私はモリス男爵家の次女でハルドン男爵家の跡取りとの縁談ならと両親も喜んだ。もちろん私も彼が優しく気の利く人だと知っていた。

 だが、彼の優しさは時として行き過ぎると思えることもあったから。

 結婚して2年、そう言う場面に何度出くわして来たか。

 この領地は女が働く場所が多い。金具を作る。仕上げる。仕分ける。宝石のカットをする。だが、その周りで男が手を貸さなければならない仕事も多い。

 若い者同士ならそんな出会いもいい。だがアルベルトはもう結婚している。だが、彼は子供の頃からそうやって来たのだろう、いつだって若い女から年配の女性にまで優しく手を貸す。

 結婚してすぐの頃にはそんな彼の態度が腹立たしかった。慣れたように金具を持つ女性の手に触れる。持った箱を受け取る時に身体が触れ合う。

 私が育った家ではそんな事をするのは破廉恥な事だと言われて来たのに。

 だから何度かそんな事を見た夜にアルベルトに尋ねた。

 「アルベルト様、その‥仕事場で若い娘さんと触れ合うのはいかがなものかと」

 アルベルトが何の事みたいな顔をした。

 「だから、倉庫で女性と身体が触れ合うのは。私達結婚したんですよ。それなのに」

 恥ずかしさで頬に熱が上がった。

 「そんな事気にしてたのか?ディアナは純情なんだな。あんなの何でもない。俺に取ったら金具の方が気になる事だ。そんな事いちいち気にするなんてどうかしてるぞ」

 アルベルトにとったらそんな事は些細な事らしかった。

 

 でも、結婚して半年後、その心配は本当になった。若い領民の娘が母親を失くして泣いていたのを慰めているうちにふたりは一夜の関係を持ってしまったと言うものだった。

 アルベルトは間違いだったと謝った。女はすぐに倉庫の仕事から外されて顔を見る事もなくなった。

 あれきっりそう言う間違いは起こってはいなかったがされた側は良く覚えているものだ。

 そしてその半年後義理父が病で亡くなりアルベルトがハルドン男爵家を継いだ。母親は亡くなっていたので私たちは夫婦でこの家の切り盛りをしなくてはならなくなりこの一年は瞬く間に過ぎて行った。

 でも、そんな状況の中で二人で力を合わせるうちに、互いを思いあういい関係が出来ていた。

 ディアナの中でアルベルトの浮気は過ぎた過ちだと思えるようになっていた。



 「でも、可愛そうじゃないか。頼りの親も失くして馴染んだ場所さえ追い出されるんだ。ここなら王都にも近いし若い令嬢なら仕事を覚えて王都の店で働かせるのもいい。18歳になるまでその間だけ面倒を見てやればいいじゃないか。なぁ、そう思わないかディアナ」

 「ええ、でも‥」

 「心配するな。俺はお前を愛してる。カレンには仕事を覚えてもらって王都の店で働いてもらえばいい」

 「まあ、あなたがそう言うなら」

 あの時はアルベルトは親切だと思った。だからカレンを引き受けた。













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