僕の
僕の彼女は、ちょっとおかしい。たとえばスーパーからの帰りに、わざわざ道端に立ちどまり、ぼんやり空を見あげたりする。それだけじゃなく、気に入る形の雲を見つけて追いかけて、いつまでもそこに突っ立っている。それでその雲がくずれたら、おもむろにポケットのスマホを取り出し、写真を撮る。遺影と言って。僕は時間がかかっても、すてきな遺影が撮れるときまで彼女のそばで待っている。
彼女は、あらゆる皮を食べない。りんごやみかんの皮はもちろん、ぱりぱりに焼いた鶏肉の皮や、魚の皮もだめである。曰く、生前の彼ら(というのはりんごやみかん、鶏や魚だ)は、皮によって外界に接していた。それを食べるということは、外界を食べることと同じだ。お腹が破裂しそうだし、彼ら(と彼女が呼ぶのである)の内界を味わうためのノイズになりかねないだろう。そういうわけで、彼女はあらゆる皮を食べることを拒絶する。彼女とご飯を食べるときには、僕も一緒に皮を食べない。
そして彼女は眠れない。耳まで布団をかぶらなければ。どんなに暑いときでも、そうだ。なんでも、なにか遠くから、あるいは近くからかもしれぬが、声が聞こえてきそうなのだと。べつに聞こえているわけじゃない、だけど聞こえてきそうだという。なるほど聞こえてきそうなのかと、彼女のとなりに寝るときは、僕も耳まで布団に埋まる。彼女は、僕に笑いかける。くぐもった音が耳をくすぐる。ふたりで水に沈んだみたい。ある日、僕が部屋に入ると、彼女は布団に身投げして、なにか熱心に食べていた。ぼろぼろ、泣きながら食べていた。
それはなにか、白いものだった。僕は呆然と、それを見つめた。見つめることしかできなかったのだ。彼女は、なにを食べていたのか。白い、ぼろぼろ、くずれるものだ。ぼろぼろほろほろしろいぼろぼろ。うつ伏せの彼女の足もとには、ちいさな瓶が転がっていた。
それは、彼女が話してくれた、前に話してくれたもの。彼女はいとおしげに目を細め、瓶の入った巾着袋をあのとき、僕に見せたのだった。ほねがはいってるの。こいびとのね。
彼女は、恋人の骨を食べていた。泣きながら食らいついていた。僕はそれをただ見守っていた。見守ることしかできなかったのだ。いや、見守っていたかったのだ。僕は、ちゃんと、気づいているから。
彼女がこっちを見ていることに。背中を向けたままでいたって、じっとこっちを見ていることに。いつでも、ずっとそうだった。べつの世界を見るふりしながら、ずっと、僕を、見つめているのだ。いまだってそう。言っている。見ているよって言っている。見てるよ、きみを見ているよ、たすけて。とめて。わたしをとめて。とめない。
僕は、君をとめない。絶対にとめることはない。こうして、そばで見守り続ける。だって、だって愛しているから。ふわふわどこかに行っちゃいそうで、僕しか見てない君のこと。ああ、ずっとそう、ずっとそう。だから、そのまま、骨を食べてよ。それでも皮は食べなくて、耳が埋まらなきゃ寝られずにいて、ときどき道に突っ立って、雲のきれいな遺影を撮って。ずっと、ずっと愛しているから。こわれた君を愛しているから。こわれたふりを愛しているから。愛しているよ。僕だけの、僕だけのちょっとおかしい、君だ。
終わり




