第一章 3話
「売れたか?」
その男は、店に入ってくるなり尋ねました。
「うん。計画通りだよん。」
お店のおじさんは振り向き、男の顔を見ると、口角をつり上げてにやつきました。
「今ごろ、村正は大暴れしているはずだよん。」
「よく考えたな、サィト。恐れ入ったよ。呪いの武器をばらまいて、人々を混乱に陥れる。そして世界を滅ぼす。そんな算段だったとは。」
村正を売ってくれたお店のおじさんは、自分の顔の皮をはがすと、一瞬で擬態が解け、化物の姿になりました。目玉の化物でした。目の中に目があり、体も丸く、目玉に手足が生えて歩いているような生物です。
サィトと呼ばれたその化物は、からから笑って言いました。
「ただ滅ぼすだけならいつでもできるよん。楽しまなきゃ。イァン、きみのほうは?」
イァンと呼ばれた、お店に入ってきたほうの男は、ぐにゅにゅとゼリーがうごめくような音を立て、同じく丸い化物に変わりました。しかしサィトと違い、耳が長く大きく、目もありません。
「まだ考え中さ。」
彼らは、宇宙人でした。地球人よりもはるかに優れた知能と肉体を持っています。宇宙旅行をしている途中で地球を見つけ、気に入ったため、支配しようと降り立ったのです。
「どちらのほうが面白く人類を滅ぼせるか、勝負はボクの勝ちみたいだよん。」
サィトは得意気に微笑み、アゴを上げました。
イァンはムッとして言い返しました。
「そいつはどうかな。まあ待ってろ。お前より面白い方法を思いついてやる。」
イァンは人間の姿に戻り、店を出ていきました。
それを見送ったあと、サィトも人間に化けて、店の奥へ引っ込みました。
「さぁて、計画を第二段階に移すよん。」
「まずい!」
村正の声が辺りに響きわたりました。
「しーっ! うるさいって! あんまり目立つなよ。」
ここは、町外れの公園でした。
とうふはベンチに腰かけ、村正にトマトジュースを飲ませていました。
村正はそれを四方八方に吹き出しながら、
「ぶー! やめろ! これは、血じゃねえ!」
「血みたいなもんだよ。ほら、赤いし。」
「あー! まずいまずい!」
せっかく自腹でジュースを買ってきてあげたのに、村正は文句ばかりです。とうふはうんざりして尋ねました。
「なんでそんなに血が欲しいの? 喉がかわいてるの?」
村正はいきり立ち、揺れながらわめき続けました。
「呪いの力がなくなっちまうんだ! 血を補充しないと!」
「呪いの力がなくなるとどうなるの?」
「俺が普通の刀になる!」
「それで良くない?」
村正は飛び上がりました。
「いいわけあるか! お前だって、死ねと言われて、死にたかねえだろ!」
「まあ、うん。」
「なんとかしろ!」
そう言われてもなあ、ととうふは首をひねります。
「しばらく、トマトジュースで我慢してよ。」
「だったらせめて、イチゴジュースにしろ!」
村正は刀身を反り返して抗議を続けます。
「ぜいたくな奴だなあ。」
とうふは呆れましたが、刀としては強そうなので、村正を手放す気はありませんでした。
じゃあイチゴジュースを買ってくるか、と思ったそのときでした。
今まで快晴だった明るい空が、突然深夜のように真っ暗になりました。そして、すべての音がなくなりました。車の音、風の音、人のしゃべり声、すべての音が、一瞬で無くなったのです。まるで、時間が止まったかのようでした。
静寂。
人々は息をのみました。とうふも目をぱちくりさせました。
「地球人よ、よく聞け。」
数秒後、重い暗闇と沈黙のなか、世界中に響くくらい大きな声が、漆黒の空から降ってきました。
「私はイァン。世界を滅ぼす者。滅ぼし方はまだ決めていないが、覚悟しておけ。とりあえず、地球を化物で満たしてやる。」
言い終わるが早いか、あたりの草木が地面から抜けて集まり、ぎちゃぎちゃと合体して、巨大なゴリラのような物体になりました。近くを確認すると、それが一瞬で数十匹以上周りに発生していました。木のゴリラたちは、本物の動物のように動き始め、建物を壊したり、ものを投げたり、やりたい放題です。
「な、なんだこれ?」
とうふは、事態についていけず、ただ呆然としていました。周りの人間たちも同じでした。しかし、木のゴリラが人々を襲い始めると、町は悲鳴と混沌の渦と化しました。大混乱です。
「た、助けないと!」
とうふは村正を持って立ち上がりました。よくわかりませんが、人々が危機にさらされています。この場で戦えるのは、武器を持ったとうふだけなのです。
「暴れていいのか?」
村正は飢えた様子でとうふに尋ねました。
「OK! あれはたぶん動物じゃない! 木だし!」
「よっしゃ!」
村正ととうふは駆け出しました。