第一章 2話
「あー、つかれた。」
あれから一週間経っていました。自由を取り戻したとうふは、青空を見上げ、大きく深呼吸しました。
「もう逮捕はこりごりだ。」
あのあと、とりあえずとうふは、幽体離脱しました。やってみたらできました。神様に魂をうつしてもらった感覚を思い出してみたら、意外と簡単にできたのです。拘置所から抜け出し、ほかの豆腐に乗りうつって、お掃除バイトなどをして過ごしていました。そして、貯まったお金で、ゴメダ珈琲にきちんとパンケーキ代を支払い、お巡りさんにも許してもらえました。ざっと一週間かかりました。
「バイト、たいへんだったなあ。」
お掃除のほかに、チラシ配りや、お菓子づくりもしました。一番きつかったのはお掃除バイトでした。しかしとうふは、今はバイトのことを思い出したくないようです。
何はともあれ、それらをがんばった成果で、けっこうお金も貯まりました。
「そうだ。これで刀を買おう。」
拘置所と違い、商店街はにぎやかです。今日は日曜。老若男女ワイワイがやがや。たたずんでいるだけで、元気がわいてくるのを感じます。
「レッツゴー!」
とうふはわくわくして駆け出しました。人混みを抜けて、数分走ると、すぐにあの、刀のお店にたどり着きました。
「おじさん。刀ください。」
ドアを開けるなり、とうふは叫びました。
「おや。この前の豆腐じゃないか。」
「はい。お金もってきました。ください。」
「いいよ。好きなの選んでいきな。」
「やったー!」
とうふは店内に入り、刀を見定め始めました。
「んーと。」
どの刀もぎらぎら光っていてかっこいいです。
「これにしよう。」
とうふは、<妖刀・村正>とラベルのついた刀を手に取りました。呼び寄せられたように、自然に手に取っていたのでした。柄を握ると、しっくりきます。重さも大きさもちょうどいいです。とうふは、一瞬でこの刀に魅入られました。
「お目が高い。それはね、伝説の業物なんだ。江戸時代、徳川家に災いをもたらしたという。恐ろしくも美しい呪いの刀。きみならきっと、使いこなせるだろう。」
おじさんは、嬉しそうにとうふに説明しました。
呪いの刀。とうふは背筋が寒くなりました。でも、あまりにも握り心地がいい。刀と気持ちが通じ合って、一体化した気分。これは運命な気がする。とうふは迷いませんでした。
「まいどあり。」
とうふは、村正を買って、外に出ました。外に出るなり、刀を鞘から抜き、太陽に向かってかかげてみました。刃の部分は光を反射しキラキラと瞬いています。峰の部分はどす黒く、得体の知れない生物が刀の中で不気味にうごめいているようにすら感じます。
とうふは、しばらくその美しい刀身をぼんやりと眺めていました。
「あ。刀を持っているぞ。」
不意に、近くで鋭い声がしました。見てみると、道の向こうに、お巡りさんたちがいました。刀を持っているとうふに気づいて、警戒しています。
「また豆腐だ。」
「銃刀法違反だぞ。捕まえろ。」
日本では、特定の機関の許可なく刀剣を所持することは犯罪です。お巡りさんたちは、全速力でとうふに向かってきました。
「そんな。どうしよう。」
「俺にまかせろ。」
耳元で、しわがれた低い声が響きました。刀からです。
「俺は村正だ。警官くらい、一瞬で斬り飛ばしてやる。」
とうふは驚きました。村正は、生きていたのです。でもすぐ我にかえって、話しかけました。
「お巡りさんを攻撃しちゃだめ。たいへんなことになる。」
お巡りさんに危害を加えると、普通の人を傷つけるより重い罪になります。拘置所から出てきたばかりのとうふは怖気が立ちました。
「びびるなよ。やっちまおうぜ」
「うおお! 豆腐! おとなしくしろ!」
警官たちがとうふたちになだれかかってきます!
もう時間はありません。
村正が跳び上がって彼らに立ちふさがりました。
「皆殺しにしてやる!」
「だめ! もう悪いことは、ぜったいしないんだ!」
とうふは村正をおさえつけました。
そしてとうふ自身は、警官たちにおさえつけられました。体がつぶれそうです。
「うぐうううう」
とうふのもろい体に、警官の重さは耐えられません。
「離せ! 俺が全員ぶった斬ってやる!」
しかし村正の誘いには乗らず、とうふは耐えました。少し幽体離脱することで、のしかかられる痛みをおさえていました。
「おや、この刀、おもちゃじゃないか。」
「なんだ、紛らわしい。」
「人騒がせな。」
やがて警官たちは何かに気づき、とうふから離れて、あっさり帰っていきました。
「あれ?」
幽体離脱から戻ったとうふは、刀を見て目を丸くしました。村正が、ダンボールでつくったオモチャみたいに、へにゃっと柔らかく折れ曲がっているのです。
「こ、こわれちゃった?」
「違うぞ。とうふよ。」
神様の声でした。
「神様!? どこにいるんですか?」
「お前の心に話しかけている。よく我慢したな。悪い誘いに乗らなかったお前は、えらい。勇者に選んで良かった。」
神様は、なおも言いました。
「刀は、必要なときだけ本物の村正に戻るよう魔法をかけておいた。これからは、正しいことのために使うのだ。」
「は、はい。神様、ありがとうございます! それで次は、どこに行けばいいですか。」
神様の声は消えました。
「神様? 神様ー!」
返事はありません。どうやら、帰ってしまったようです。
「はぁ。結局、どこへ何をしに行けばいいの? 神様、役に立たないなあ。」
その瞬間、村正が刀に戻ってとうふの頭を斬り飛ばしました。
「ぎゃああ!」
「聞こえているぞ、とうふよ」
神様が村正を操ったのでした。
「言葉には気をつけるのじゃ。」
捨て台詞を吐いて、神様は再び消え去りました。
「血を! 血を吸わせろお!」
横では村正がじたばた暴れながら叫んでいます。
やれやれ、めんどくさい旅になりそうだ。とうふは、頭からとめどなく流れる豆腐液を押さえながら、神様に聞こえないように不満顔で毒づきました。




