【閑話】量産型悪役令嬢物語そのいち〜あるモブ令嬢の決意
「1.ガーデンパーティー」に登場する、量産型悪役令嬢の中のひとりのモブ令嬢視点です。
「お願いっ! 今度のガーデンパーティーで、私と一緒に悪役令嬢になって!」
「え、ええっ?!」
幼なじみの子爵令嬢からの唐突な言葉に、私は驚いて手に持っていたカップを落としそうになりました。
幼なじみといつものお茶会をしていたのですが、そういえば話が上の空といいますか、様子がおかしかったように思えます。
よくよく話を聞いてみれば、我が家にも招待状が届いていた王妃様主催のパーティーのことでした。なんでも、王妃様の実子である第二王子マリウス様の花嫁探しの場でもあるらしいと、上昇志向の強い幼なじみは鼻息荒く語るのです。
「それでね、マリウス様って玄人好みの劇に出てくる悪役令嬢が理想の女性像なんだって! だから、マリウス様の目に止まるように悪役令嬢らしいドレスとか化粧とかにしたいのよ。一人じゃ恥ずかしいから、一緒にその格好をしてほしいの」
「う、うーん……その話を実際にマリウス様から聞いたのは、誰なのか知っていますか? あと、劇の名前とか……」
「誰って……みんな噂しているから、最初に誰が聞いたのかわからないわ。舞台の名前は、たしか薔薇が付いていたけど、聞いたこともないものだったからちょっと忘れちゃった」
あっけらかんと答える幼なじみに、私は機嫌を損ねないように慎重になります。
彼女は子爵令嬢で、私は男爵の娘。幼なじみといっても家柄の差があり、小さい頃からずっと彼女の面倒を見させられてきました。特に最近は、なかなか婚約者が決まらない焦りから目に見えてイライラしていることが多いものですから、刺激しないように気をつけないと。
「薔薇が付くタイトルの舞台って、何作かありますよね……噂の出どころや劇の登場人物を調査しないまま信じてしまうのは……」
「でも、どうしても他の子たちより目立ちたいの! マリウス様にお目通りできる機会なんてそうそうないもの! わかったわね!」
「はあ……」
王妃様主催のガーデンパーティーを純粋に楽しもうと思っていたのですが。目立ちたいなら一人で悪役令嬢の格好でもなんでもすればいいのに、恥ずかしいから一緒にやってなんて、私はいつまで彼女のお守りをしないといけないのでしょう……。
幼なじみにはっきりと断れない自分の弱さにうんざりしながら家へ帰ると、私宛に一通の手紙が届いていました。
ガーデンパーティー当日。
「なにこれ……」
「みなさんも、考えることは一緒だったというわけですね……」
私と幼なじみは、眼の前の光景に思わず呆然と立ち尽くしてしまいました。
どこもかしこも派手なドレスに派手な化粧、そして圧巻の金髪縦ロールという、にわか悪役令嬢だらけではありませんか!
幼なじみも元々の薄茶色の髪を縦ロールに巻いていましたが、金髪に比べたら地味に思えてしまいます。
「他の令嬢方の気合も相当のもののようですね。金髪に染めたりカツラだったり、このまま本物の舞台に立てそうな悪役令嬢の出で立ちにしてくるとは……」
「くうっ、これじゃあ私がほとんど目立たないじゃない!」
「通常のパーティードレスの方もいらっしゃいますよ。あの方は……」
にわか悪役令嬢たちの輪に入らず、凛とした佇まいの令嬢がその集団をじっと見つめていました。その美しい緋色のまっすぐな髪と冷たくも見える冴えた美貌は周囲から一段と際立っています。仕草が洗練されていることから、男爵子女の私なんかが声をかけてはいけない高位貴族なのでしょう。
私は、急に今の自分が恥ずかしくなりました。似合いもしない派手な色のドレス、きつい目つきに見えるような濃い化粧、幼なじみのワガママを渋々聞いてしまう気弱な性格。
あの方のことは存じ上げないけれど、噂など気にも止めず自分の意志をしっかり貫く方のように思えます。
ああ、私も今からでも自分を変えることができるでしょうか。あの方のように、しっかり自分の足で堂々と立てるのでしょうか。先日届いたあの手紙に応える勇気が持てるのでしょうか。
ついみとれていると、私の視線の先を追った幼なじみが驚いた声を上げました。
「まあ、オパール伯爵令嬢のレイラ様じゃない! 珍しいわね、こういったパーティーなどは滅多に参加されない社交嫌いで有名な方なのに」
「あの方がレイラ様……観劇がご趣味で、劇場ではよく見かけると聞いたことがあります。初めてお見かけしましたが、本当にお美しい方ですね」
「でもどうして? まさか、マリウス様を狙っているとか? オパール伯爵家って昔から王族と関係があるから家柄は釣り合っているし、しかもあの冷たい感じは悪役令嬢っぽく見えるかも……!」
「うーん、そうでしょうか。観劇がお好きなレイラ様なら、芸術に造詣の深い王妃様のお話が聞きたかったのでは? それに、レイラ様は悪役令嬢よりも悪女役のほうがお似合いだと思いますけど」
私の言葉に、幼なじみがギョッとした顔をしました。
「ちょっ、ちょっと! おとなしそうな顔してすごいこと言うわね。っていうか、悪役令嬢も悪女も同じような役柄でしょ?」
「私の勝手な考えですが、悪役令嬢は、ヒロインをひきずりおろそうとして最後に全てばれてあがく小物感があるような気がします。それに対して悪女は、自分の手を染めずに美学を持って悪事を行い、最後は潔く命を散らす強さを持っている印象があります」
「ふふっ」
「え?」
聞き覚えのない楽しげな笑い声が横を通り過ぎたかと思えば、それは、絵姿でしか見たことがないこの国の第二王子、マリウス様その人ではありませんか!
数歩先で歩みを止めたマリウス様が、笑いをこらえたような表情で振り向きました。
「失礼、話が聞こえてしまってね。君、面白いね」
「ええと、ありがとうございます」
よくわからないまま私が淑女の礼を取ると、手をひらりと振ってマリウス様は立ち去っていきました。そのままレイラ様に話しかけに行き、先程の微笑みよりももっと甘く優しい笑みを浮かべています。
「ちょっと! なんであんただけマリウス様に話しかけられているのよっ! どうして私を紹介してくれないわけ?!」
「そんな、私にも何がなんだか……」
「ねえ聞いてるの?! 私は子爵家であんたは男爵家でしょ! 格上の者を敬いなさいよ!」
理不尽に私の肩を揺さぶる幼なじみが、顔を真っ赤にして激怒しています。その顔越しに、レイラ様の凛とした横顔を遠くに見て、私は覚悟を決めました。
「……わかりました。では、今後は私のことを敬っていただけるということですね?」
「はあ?! 急に何言って……」
「先日、我が家の本家筋の伯爵家から、私を養子として迎え入れたいと手紙が届きました。私の意志を尊重してくれるというありがたいお話で両親と相談していましたが、立派な伯爵子女となれるよう努力することにします」
「え、あ、そんな、嘘でしょ……」
「それでは早急に伯爵家へ返信をしますので、これで失礼します」
真っ赤な顔が真っ青になった幼なじみを置き去りにして、私はドレスの両端を持ち上げて早足で会場を後にします。
長年の憂いがなくなり、とてもスッキリしました。伯爵家の人間になるという重荷に悩んでいましたが、レイラ様を見習って堂々とした立ち振舞いができるよう励んでいきましょう! 忍耐力ならすでに付いていますしね!
……このときの私は、気持ちが軽くなりうきうきと心が弾んでいました。だから、この先レイラ様と親しく会話を交わす日がくるなんて、思ってもいませんでした。
レイラ様、知らないところで一人の令嬢を救っていらっしゃいました。
(本編掲載時に、伯爵令嬢になった彼女の名前が出てくる予定です)