表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/169

第9話 リストラの勧告

「何をする気だよ。おじさん」


 俺は震えた声で、情けなくも聞いてしまう。辺りに響くのは先輩社員さんたちの攻撃と、それによる爆音。攻撃された方の雄叫びと。


「『ァ、あああ゛あァべっこちゃァあ゛あああ゛ん゛っっ‼』」


 化け物に掴まれた船橋さんの悲鳴だ。


 【16:33:04】


「『もえるを返しなさいッッ‼』」


 何度、攻撃を受けても。

 まとった銀の鎧がへこんでも、攻撃の手を緩めない。

 そんな彼女なんかよりも。

 俺が気になるのは――俺の目の前にいる、おじさんだ。


「くまちゃん。この倉庫はねー社内設定時間60分後には、ついさっき来た路がなくなっちゃうんだ。その後からこの倉庫からは出られくなっちゃうんだぜ」


 神妙な声でおじさんは続けた。

 俺も固唾を飲んで、見据えることしか出来ない。

 どうしてだとか、意味が分かんないし。

 説明して、だとかの言葉も出せないまんまだ。


「あっちに戻れなくなった従業員達を《殉職者ケアチャーヂャー》と呼ぶんだ」


 思いつめた顔でおじさんは、どうしてだか。

 急に笑う様子に、俺の身体も。

 思わず大きくビクついてしまったのは、仕方がないじゃないか。


「本当に。なぁ~~んでこんな職場にオレは帰って来ちゃったのかなぁ~~はは、っはっはっは!」


 ◇


『久しぶりだね! 群青の!』


 別荘のベルが鳴って出ると。

 遠い昔に、職場でお世話になった上司。

 恵比寿吾妻が満面の笑顔で突っ立っていた。


『――……恵比寿さん』


 低い口調で顔を覆うような前髪を、恵比寿が髪ゴムで縛った。

『? 恵比寿さん、何をすんですかー』

『君が気に入るといいんだけどねっ!』


『うわ! 相変わらず。声、ぅっさ』


 ひら…


 ひらひら……


『! っそ…それっ』


『ああ。早苗ちゃんの形見だ! 見つかったんだよ!』


 視界にチラチラ、と映る赤いリボンを。

 竜二も指先で確認をした。


『うん。うんーうんうんー~~かみさんのだよぉおおぅー~~』


『君が働きたくない理由は知っているし。君が働なくてもいい事情も知っていた上で、私は君に頼みがある! 私の甥っ子のたくまちゃんなんだがっ!』


 涙を流しながら竜二は恵比寿を涙目で見返して。

 彼の甥の名前を聞き返しながら。

 何度も、何度も、瞬きをした。


『た…くま?』

 

『ああ! 恵比寿たくまの…社会自立に付き合ってくれないかなっ!』


 ◆


「オレは……たくまの為に、戻って来てやったのさっ!」


 喜々とした口調のおじさんが言うもんだから、流石の俺も聞き返しちゃったよ。

 だって、そんなこと言われたら。

 もう黙ってなんかいられなうじゃないかよ。

 

「ぉ、おじさん?? ちょっと、意味が分かんないんですけど??」

「なぁーんて言ったらさぁー……嬉しいかぁ?? なぁーくまちゃん?」


「はァ?! この状況でな――っつ!」


 おじさんの表情がまた硬くなった。

 辺りの空気も、雰囲気の色も変えられていくのを、肌で感じてしまうのは。

 きっと、人間の姿の俺なのかもしれない。


「こっからの距離を、全員みんなで一緒に帰るってのは不可能だ。時間も足りねぇしな」


 強い口調でおじさんが生えた木の幹を叩いた。

 葉って散り落ちていく。

 だが、その生えた木の意味が、なんなのか。

 俺には本当に分からなかった。

「オレさー誰一人として、《殉職者》に何かにしたくねぇの」

 そして、額を幹に擦りつけた。


「ぉ、おじさん……その木は、何なの?」


 俺は木の正体が気になった。

 おじさんが放った種のようなものから。

 おじさんの唾液によって生えた――それ

 伸びた枝には緑色のプレートがぶら下がっているし。

 ボタンのある異質なものだ。


「お前がその目で、確認をするといいよ!」


 ばちん!


 おじさんはボタンを押した。


「ぉ、じさん……」

 俺は視ることしか出来ない。

 ただ、おじさんだけを。

「おじさんっ!?」


「《船橋萌る! 本間たける! 杵塚エイジ! 総指揮者の君島あべこ! 両4名の【強制退場リストラ】を命ずッッ‼》」


「「「「!?」」」」


 おじさんの言葉と同時に。名前を呼ばれた先輩従業員の人達が姿を消した。

 残ったのはおじさんと――俺だけになった。

 そうなって初めて。

 ここで俺は、おじさんが謝った理由が分かったんだ。


「おじさん! 俺は《強制退場》は無しだかんね!」

「いいや。お前もだ――たくま」


 おじさんの言葉に、やっぱりと思う反面。

 でもとか反抗心が歯を剥き出しになってしまった。

 俺はおじさんの横にいたいんだ。

 おじさんを見ていたいんだ。


「嫌だ! 俺だって最後まで! きちんと働きたいんだよっ!」



「……くまちゃんったらーじゃあ。おじさんの立派な社蓄っぷりを目に焼きつけろよ?」


 船橋さんを掴み弄んでいた化け物の腕が、おじさんへと伸びた。

 その掌の中におじさんが、すっぽりと包まれた。

 俺は血の気が引く思うで、息も、心臓も止まってしまうんじゃないか。

 そう思うくらいの衝撃を受けた。


「おじさぁアアアアんンんッッ‼」


 そして。

 おじさんが生やした木も、枯れてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ