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私の好きなかぐや姫 ~竹取物語の世界~  作者: 貫雪(つらゆき)
7/23

~挑戦者その二、庫持の皇子(2)~

『翁、皇子に申すやう、


「いかなる所にか、この木はさぶらひけむ。あやしくうるはめでたきものにも」と申す。


 皇子答えへてのたまはく、


「さをととしの二月きさらぎの十日頃に、難波より舟に乗りて、海の中に出でて、行くかむ方も知らずおぼえしかど、思ふこと成らで世の中に生きて何かせむと思ひしかば、ただむなしき風に任せて歩く。命死なば如何いかがはせむ。生きてあらむ限り、かくありきて、蓬莱といふ山にあふやと、海に漕ぎ漂ひ歩きて、我が国の内を離れて歩きまかりしに、ある時はなみに荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時には風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のようなるもの出で来て殺さむとしき。ある時には来し方行方も知らず、海にまぎれむとしき。ある時には糧尽きて、草の根を食いひ物としき。ある時は、言はむ方なくむくつけげなるもの来て、食ひかからむとしき。ある時には、海の貝を採りて命をつぐ。


 旅の空に、助け給ふべき人もなき所にいろいろの病をして、行く方そらもおぼえず、舟の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日いほかといふ辰のときばかりに、海の中に、はつかに山見ゆ。舟の中をなむせめて見る。海の上に漂へる山、いと大きにてあり。その山のさま、高くうるはし。これや我が求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、ふつか三日みっかばかり見歩くに、天人のよそほひしたるをんな、山の中より出で来て、しろがね金椀かなまりを持ちて、水を汲み歩く。これを見て、船より下りて、『この山の名を何とか申す』と問うふ。女、答へて言はく、『これは蓬莱の山なり』と答ふ。これを聞くに、うれしきこと限りなし。この女、『かくのたまふは誰ぞ』と問ふ。『我が名はうかんるり」と言ひて、ふと、山の中に入りぬ。


 その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。こがねしろがね瑠璃色るりいろの水、山より流れ出でたり。それには、いろいろの玉の橋渡せり。そのあたりに照り輝く木ども立てり。その中に、この、取りて持ちたまうで来たりしは、いとわろかりしかども、のたまいしに違はましかばと、この花を折りてまうで来たるなり。山は限りなく面白し。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、舟に乗りて、追い風吹きて、四百余日しひゃくよにちになむまうで来にし。大願力だいぐわんりきにや、難波より、昨日なむ都にまうで来つる。さらに潮に濡れたる衣をだに脱ぎへなでなむ、こちまうで来つる」


 とのたまへば、翁、聞きて、うちなげきて詠める。


  呉竹くれたけのよよの竹取野山にもさやはわびしき節をのみ見し


 これを皇子聞きて、


「ここらの日頃、思ひわび侍りつる心は、今日けふなむ落ち居ぬる」


 とのたまひて、返し、


  わがたもと今日けふ乾ければわびしさの千草ちぐさの数も忘られぬべし


 とのたまふ』



(おじいさんは皇子に、


「どのような所に、この木はあったのじゃろう。信じられぬほどに素晴らしく、美しいものじゃのう」と、ほれぼれしながら言う。


 皇子は自分の冒険を長々と話し、答える。


一昨昨年さきおととしの二月の十日頃に、難波から舟に乗って、海へと出たのだが、どちらに向かえばよいのかも分からずに、だからと言って決意した事が成就できなければ、この世に生きてどうするものかとも思ったものだから、ただむなしくも風に任せて波に漂っていたのです。


 死んだからと言ってどうだと言うのだ。生きている限り、どうにかして蓬莱と言う山に出会えるだろうと、海の上を漕ぎ漂い進んで、我が国から離れていくうちに、ある時は嵐にあって波が荒れ、海の底に沈みそうな思いをし、ある時は強風に流され、見知らぬ国に吹き寄せられて漂着し、鬼のような者に殺されかけ、ある時は行く方角も帰る方角も分からなくなり、どうにもできずに海の藻屑となることを覚悟し、またある時は食料が尽きて、通りがかった見知らぬ土地の草の根を食べ物にした。ある時は何とも言いようがない、筋骨隆々とした大きな化け物が来て、食いかかられ、ある時は海の貝を取って食べては、飢えをしのぎ、命をつないでいました。


 旅の空の下の事なので、だれの助けも呼べない所で色々な病にかかり、この先どうなるとも知れないままに、船の進むままに任せて海を漂い、五百日目の辰の刻(午前八時)ぐらいに、海の遥か向こうにうっすらと山の影が見えたのです。

 舟にいる者は皆、これは本当の事なのかと目を凝らして見ていました。海の上に漂っているように見えるその不思議な山は、それは大きいのです。

 その山の様子はとても高く、気高く、立派な物でした。これが私が探し求めていた山なのかと思うと、さすがに嬉しいを通り越えて、そら恐ろしくなってしまいました。

 遠巻きに山の周りを廻りながら、二、三日様子をうかがっていると、天人のような服装をした女が山の中から現れ、銀の椀を持って、水を汲み歩いています。それを見て勇気を持って舟から降り、


『この山の名は、何と言うのでしょう』と尋ねると女は、


『この山は蓬莱山です』と答えます。


 これを聞いた時の嬉しさと言ったら……この上ない喜びでしたよ。

 今度は答えた女の方が、


『そうおっしゃるあなたは、どなたでしょう』


 と聞いてきたので、答えると女は、


『私の名はうかんるりと申します』


 と言って、すぐに山の中に入って行ってしまいました。


 その山を見ると、さらに上にはとても登れそうもない。仕方がないので山の周りを廻って歩くと、この世の物とは思えないような、美しい花の木々が立っていました。そして金・銀・瑠璃色の水が、山から流れ出ていたのです。その流れる川には様々な宝玉で出来た橋が渡されています。その回りにも美しく輝く木々が立ち並んでいました。その木々の中では、この折取ってきた枝はかなり美しさでは劣る方だったのですが、姫のおっしゃった物と違わないようにと、この花を折って持ってきたのです。


 ……いやあ、あの山はこの上なく素晴らしかった。世に他に例える物がないほどだが、そんな神々しい山からこの枝を折り取ってしまったものだから、バチが当たりはしないかと、ひどく心もとなくなってしまい、舟に乗って、追い風に吹かれて、四百四日かけて帰ってきました。

 神仏の大願力のおかげで、難波から昨日都に戻ってきた所です。長い間潮に濡れた衣すら着替えもせずに、まず、こちらに伺ったのです」


 この話を聞いていたおじいさんは、すっかり感激して歌を詠んだ。


「代々竹取の仕事で野山に入っていますが、あなたのような辛い目にあった事はありません」


 これを聞いた皇子は、


「この長い日々の中、辛く思っていた心が、今日のその言葉ですっかり晴れました」


 と言うと返歌として、


「念願かなって帰る事が出来て、私の衣の袂も乾いた。おかげで千もあったこれまでの苦しさも、忘れてしまえそうだ」


 と詠んだ)


  ***


 いくら都でも有名な名匠達が集められたと言っても、姫の注文した白銀の根、黄金の茎、白玉の実を持った枝を、本物そっくりに作りだすのはたやすくはなかったのでしょう。一年、二年では作り出す事ができずに、三年の月日がかかりました。

 その間皇子も自分の姿を隠しながら、この秘密の工房が人に知られぬよう、自分自身も職人たちと共に工房の建物に籠って、日々を過ごしていました。その間皇子はやる事がないどころか、人のいる所に姿をあらわしたり、自分の噂が立ってしまうような事態を、極力避けなければならなかったはずです。


 華やかな都から離れて、職人と僅かな供周りの人たち以外に、顔を合わせ、言葉をかわす相手すらいない所で、隠れ暮らすのです。さぞや暇を持て余したことでしょう。

 とにかく時間は嫌になるほどありました。皇子にとっての数少ない楽しみは、この企みが成功した時の都人の感激する様子や、羨望のまなざし、身を揉んで悔しがるであろうライバルたちの顔、そして姫を手に入れる瞬間を想像する事だったことでしょう。


 それはやがてさまざまな想像を膨らませ、「本当に自分が旅に出ていたら」と言う空想世界を描き出して行ったようです。皇子は実に詳細に旅の出来事を翁に話して聞かせました。

 旅にどんな苦難があり、絶望し、しかし気力を奮い起し、辿り着き、蓬莱山が大変素晴らしい所で、喜びよりも恐れが湧きあがるほどで、木を手折った後も、天罰を恐れるほどだったと、もっともらしい話をとても筋道立てて作り上げていました。


 あり余る時間を使って、幾度も話の練習をしていたことでしょう。

 話を聞いて信じこんだ翁は、本当に感動して思わず歌を詠みました。けれどこの様子では皇子の歌は、こんな風に褒められるだろうと予測が出来ていて、事前に作ってあった歌なのかもしれません。それほど皇子の計略は、入念に言葉の隅々にまで行きとどいていました。

 さぞや皇子はかぐや姫争奪戦の勝利を確信して、良い気持ちでいたことでしょうね。






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