かぐや姫の難題
『日暮るるほど、例の集りぬ。あるいは笛を吹き、あるいは歌をうたひ、あるいは唱歌をし、あるいはうそを吹き、扇をならしなどするに、翁出でて言はく、
「かたじけなくきたなげる所に、年月を経てものし給ふこと、極まりたるかしこまり」と申す。
「『翁の命今日明日とも知らぬを、かくのたまふ公達(公達)にも、よく思い定めて仕うまつれ』と申さばことわりなり。『いづれもおとりまさりおはしまさねば、御心ざしのほどは見ゆべし。仕うまつらむことは、それになむ定むべき』と言へば、これよきことなり、人の御恨みもあるまじ」と言ふ。
五人の人々も「よきことなり」と言へば、翁入りて言ふ。
かぐや姫、
「石作の皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり。それを取りてたまへ」と言ふ。
「庫持の皇子には、東の海に蓬莱といふ山あるなり。それに白銀を根とし、黄金を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それ一枝折りてたまはらむ」と言ふ。
「今一人には唐土にある火鼠の皮衣をたまへ。大伴の大納言には、竜の首に五色に光る珠あり。それを取りたまへ。石上の中納言には燕のもたる子安の貝取りてたまへ」と言ふ。
翁、
「難きことにこそあなれ。この国にもある物にもあらず。かく難きことをばいかに申さむ」と言ふ。
かぐや姫、「なにか難らむ」と言へば、翁、
「とまれかくまれ申さむ」とて、出でて、
「かくなむ、聞こゆるやうに見せたまへ」
と言へば、皇子たち、上達部聞きて、
「おいらかに、あたりよりだにな歩きそとやはのたまはぬ」
と言ひて、うんじて、皆帰りぬ』
(日が暮れる頃、例の求婚者たちがいつものように集ってきた。ある者は笛を吹き、ある者は歌を歌い、ある者は旋律だけ口ずさみ、ある者は口笛を吹き、ある者は扇で拍子をとっていた。
おじいさんが求婚者たちの前に出て行くと、
「恐れ多くも高貴な皆さまに、このようなむさくるしい所に、長い月日を通っていただき、大変もったいない事でございます」と言った。
「姫に『この翁の命は今日明日とも知れぬ、短い命。姫のお世話もいつまでできるか分からないのじゃから、姫を欲しいとおっしゃっている貴公子の皆様の御心を真剣に考えて、よく判断してどなたかの妻になられるのがよいじゃろう』
と物の道理を言い聞かせた所、姫が、
『どのお方の御心も優劣がない。わたくしが一番素晴らしいと思える物を見せて下さった方の妻になる』
と言うので、わしもそれはいい考えと思いましたのじゃ。それならどなたの御恨みも買う事は無いじゃろうと思いましたので」と言う。
五人の求婚者も「良い考えだ」と言うので、早速おじいさんは姫の部屋に入ってそれを伝えた。するとかぐや姫は、
「石作の皇子には、仏の御石の鉢というものがあるそうなので、それを取って来てください」と言う。
「庫持の皇子には、はるか東の海上に蓬莱山と言う山があるそうなので、その山に白銀を根に、黄金を茎に、白玉を実に立っていると言う木がありますから、それを一枝折って来て下さい」と言う。
「阿部の右大臣は、唐土にあると言う火鼠の皮衣を持ってきていただきます。大伴の大納言には、竜の首に光る珠を取って来てください。石上の中納言は、燕の持っていると言う子安貝を取って来ていただきたいと思いますわ」と言った。これには翁も、
「それはあまりにも難題じゃ。どの品もこの国には無い物ばかりじゃ。このような難しい注文を、どう皆様にお伝えすればいいのじゃろう」と戸惑いますが、姫は、
「何が難しいと言うんでしょう」と、ツンとしている。
「……とにもかくにも、皆さんにお伝えせねば」
そう言っておじいさんは姫の部屋を出ると、姫の望みの品を求婚者たちに伝えた。
「このように姫は言っていますので、これらの品をお持ちくだされ」
渋々おじいさんがそう言うと皇子達、上流貴族たちはそれを聞いて、
「それほどお嫌なら、不可能な難題など持ちかけずに、最初から近くを歩きまわらないで欲しいとはっきりおっしゃって下さればいいものを」
と言って、うなだれ愚痴をこぼしながら帰って行った)
***
実は姫の望みの品が難題だらけ。普通に手に入るものではありません。しかも翁は姫の先々を考えて必死の思いでいるのに、肝心の姫の高飛車なこと。
「あんた達、あたしが本気で欲しいなら、世にもまれなプレゼント、持って来て頂戴」ってわけ。自分の美貌を鼻にかけて、どんだけ高ピーな女なんだか。
でもこの難題は作者の知識の豊富さを楽しく示してくれます。
天竺の仏の石の鉢。東海の蓬莱山にある白銀の根、黄金の茎、真珠の実を付けた木の枝。唐土の火鼠の皮衣。竜の首の五色の珠。燕の子安貝。
これは全て日本では知られていない物ばかり。天竺はインドの事ですし、東海の蓬莱山は中国で東の海の仙人が住む山といわれている、伝説の山。唐土も中国の事です。インドや中国と言った遠い異国の伝説の品々。異国にはそんな素晴らしい宝物があるのかと、当時の読者は胸躍らせた事でしょうね。
でも求婚者たちはそんな物を持って来られるわけがないと、すっかり意気消沈してしまいました。こんな難題を持ちかけるのは、はなから姫が誰とも結婚する気などないせいだと分かっているのです。こんな方便を持ち出すくらいなら、もっとはっきり断ればよいものをと皆思っているようです。
でも、どんなにかぐや姫が有名でも姫は翁の拾い子。その翁はしがない竹取の身です。皇子様や上流貴族を理由もなく断るのは憚られるのでしょう。貴人たちもそう思って、がっくり肩を落として帰って行きました。
けれど彼ら求婚者は一人ではありません。ライバルがいるのです。皆、大人しく引き下がるのでしょうか?
そんな程度のことなら、こんな事にはならずに済んだはずなのですが……。
かぐや姫は結婚を勧める翁に「何故結婚しなくてはならないのか」問いかけています。その問いに翁は姫の今後の生活のためと答えていますね。
当時の結婚は大変割り切った物で、結婚とは地位や生活や出世に関わる重要な事でした。貴族たちは結婚によって自分を優位に立ったせるために必死でしたし、外で活動することを禁じられている姫たちも、自分の人生をかけて行動を起こす事ができる、唯一の機会でした。
身分のない、貧しい女性ならなおのこと、自分を生涯守ってくれて、地域社会の一員として認めてもらえる男性との結婚以外に、生きて行く道はほとんどありませんでした。
そんな時代に「何故結婚するの?」と姫は疑問を持っています。
こんな考え方は当時の女性にはおそらくない事だったことでしょう。
「何故結婚するのか?」
「結婚する以外に女の生きるすべは本当にないのか?」
自分の立場や生活を男女共に結婚に頼る以外になかった時代に、人はもっと素直に生きることはできないのかと、姫は問いかけています。
このお話は人生を結婚に頼らない生き方を模索しようとする、一人の女性の生き方の物語として読む事も出来ますね。