結婚を拒む姫
『その中になほ言ひけるは、色好みと言はるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼来たりけり。その名ども、石作の皇子、庫持の皇子、右大臣阿部御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足、この人々なりけり。
世の中に多かる人をだに少しもかたちよしと聞きては、見ほましうする人どもなりければかぐや姫を見まほうして、物も食はず思ひつつ、かの家に行きて、たたずみ歩きけれど、かひあるべくもあらず。文を書きてやれども、返事もせず、わび歌など書きておこすけれども、かなひしと思えど、霜月・師走の降りこほり、水無月の照りはたたくにも、障らず来たり。
この人々、ある時は、竹取を呼び出でて、
「むすめを我に賜べ」
と伏し拝み、手をすりのたまえど、
「おのがなさぬ子なれば、心にも従わずなむある」
と言ひて、月日過ぐす。
かかれば、この人々家に帰りて、ものを思ひ、祈りをし、願を立つ。思ひやむべくもあらず。
「さりとも遂に男合わせざらむやは」
と思ひて、頼みをかけたり、あながちに心ざしを見え歩く』
(求婚者の中でも噂に高いのは、色恋事の得意な五人の貴公子だった。彼らは諦める様子もなく、昼夜を問わず姫の邸を訪れる。
五人の名は、石作の皇子、庫持の皇子、右大臣阿部の御主人、大納言大伴の勤行、中納言石上の麻呂足という人々だ。
世の中には多くの色々な人がいるものだが、彼らは少しでも美人がいると聞いては、興味を覚えずにはいられない人々なので、かぐや姫にも興味シンシンのあまり、物も食べられないほど思いつめて、姫の家に通っては、周りをうろうろしていたが、姫の気配は感じられない。恋文を書いてみても、返事の一つもなく、想いを詠んだ和歌など贈ってみても、悲しいかな、十一月・十二月の雪が降ったり、氷が張ったりする時も、六月の真夏の日差しが照りつけるような時でも、返事のない姫に誠意を見せようと懲りもせずに彼らは通い続けていた。
そして彼らは、ある時、おじいさんを呼び出して、
「かぐや姫を私に下さい」
と、這いつくばって拝み、手をすり合わせて頼んだけれども、おじいさんは、
「そうおっしゃられても、姫は不思議な御縁で私が御育てした子。私の実の娘という訳ではないのじゃから、普通の姫のように私の思い通りになる訳ではないのですじゃ」
と言うばかりで、月日が過ぎて行く。
だから、彼らは家に帰っても、姫のことばかり思い、姫を手に入れたいと祈り、神仏に願等も立ててみる。恋心はやむ気配が全くない。
「翁はああ言ったが、姫を一生独身にさせておくはずがない。いつかは男と結婚させない訳にはいかないはず」
彼らは皆そう思って、望みをかけ、深い愛情を示そうと熱心に姫の家へと通い詰めていた)
***
姿どころか気配さえも感じる事の出来ない姫に、一時の好奇心で姫に近づこうとした者達は、たちまち興味を奪われていってしまいました。
どんなに美しいと言っても見れなければ意味が無いですし、少しも自分に興味を持ってくれなければ、長者の娘とは言え、苦労するかいもないってものでしょう。
普通の男達からすれば、成り上がり長者の拾った娘に、まるで馬鹿にされているように感じたかもしれませんし、相応の地位にいる男には自分の地位を上げるうまみのない相手に、いつまでもかまってなんかいられないのでしょう。当時は母系社会で少しでも地位の高い娘の婿となって、その娘の親に自分の出世をかけていたのです。
それでも名うての色事師と呼ばれる五人の貴人は、懲りずに姫に言い寄ります。
娘の親に出世をかける母系社会。一夫多妻で本人に地位と養う実力があれば妻を何人でも持つことが出来ます。女性を口説く能力は名誉にこそなれ、邪魔になる事は無いのです。
当時の貴族に取って、美しい物をコレクションする事は自らを誇示する事になりました。もちろんそれは女性に対しても同じです。貴重な宝玉を我が手におさめるように、美しい女性をコレクションする貴人もいました。収集癖はライバルがいると燃えるのも、今のオークションなどの熱狂ぶりを見れば分かりますね。
ですから彼らは簡単にあきらめたりなどしません。我こそは世の男どもが憧れる姫を手に入れるにふさわしいと、どんなに姫の態度がつれなくても、真冬だろうが真夏だろうが、かまわず姫に家に通い続けます。そして翁に自分の身分も位を返り見ずに懇願しました。
それなのに翁もかぐや姫は普通の姫ではないので、思うようにはいかないと言って良い返事をくれません。当時は女性の結婚がとても大事で、娘を育てた親は娘が良い人と結婚出来るために一生懸命努力をするのが当然のこととされていました。
ですからこれほどの貴公子達が求婚しているにもかかわらず、翁が良い返事をしないと言うのはとても珍しい事で、求婚者たちはますますムキになってしまいました。
それに言う事を聞かせられないと言っても、かぐや姫だって女性なのだから、結局は「誰か」と結婚させるはずだ。その「誰か」は自分こそが相応しいと、五人とも考えているのです。
***
『これを見つけて、翁、かぐや姫に言ふやう、
「我が子の仏、変化の人と申しながら、ここら大きさまで養ひ奉る心ざしおろかならず。翁の申さむこと、聞き給ひてむや」
と言へば、かぐや姫、
「なにごとをかのたまはむことは承らざらむ。変化の者にて侍りけむ身とも知らず、親とこそ思ひ奉れ」と言ふ。
翁、
「うれしくも、のたまふものかな」と言ふ。
「翁年七十に余りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、男は女にあふことをす、女は男にあふことをす。その後なむ門広くもなり侍る。いかでか、さることなくてはおはせむ」
かぐや姫の言はく、
「なんでふさることかし侍らむ」と言へば、
「変化の人といふとも、女の身もち給へり。翁のあらむ限りは、かうてもいますがりなむかし。この人々の年月を経て、かうのみいましつつのたまふことを思ひ定めて、一人一人にあひ奉り給ひね」
と言へば、かぐや姫言はく、
「よくもあらぬかたちを、深き心も知らで、あだ心つきなば、後悔しきこともあるべきをと、思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き心ざしを知らではあひがたしとなむ思ふ」と言ふ。
翁言はく、
「思ひの如くも、のたまふかな。そもそもいかやうなる心ざしあらむ人にか、あはむとおぼす。かばかり心ざしおろかならぬ人々にこそあめれ」
かぐや姫の言はく、
「なにばかりの深きをか見むと言うはむ。いささかのことなり。人の心ざし等しかんなり。いかでか、中におとりまさりは知らむ。五人の中に、ゆかしき物を見せ給へらむに、御心ざしまさりたりとて、仕うまつらむと、そのおはすらむ人々に申し給へ」と言ふ。
「よきことなり」と受けつ。
(その姿を見ていたおじいさんは、かぐや姫に言った。
「姫を我が子と思いながらも、神仏の使わして下さった大事な娘、この世の方ではないと知りながらも、ここまで大きくなるまでお育てした親心は、決して粗末な心ではありません。ですからこの翁の言う事を聞いて、従ってはいただけませんかのう」
するとかぐや姫は、
「どんなことをおっしゃられても、お受けしないなどと言う恩知らずなこと、しませんわ。だって自分がこの世の者ではない、神仏の使いと言う身だなんて知りもせずに、本当のお父様とお母様だと思って慕っていたのですもの」と言う。
おじいさんは喜んで、
「嬉しいことを言ってくれる子じゃ」と言った。
「しかしわしも七十を過ぎました。命のほどは今日明日とも知れぬ身じゃ。姫や。この俗世の人は男は女と結ばれ、女は男と結ばれて結婚をしてこそ幸せになれるのじゃ。そうして子孫が繁栄する事が俗世の人間の幸せと言う物なのじゃよ。どうして結婚をなさらずにいられるものか」
それを聞いたかぐや姫は、
「なぜ、結婚をしなくてはならないのかしら」と聞いた。
「姫はこの世の人ではないとはいえ、やはりか弱い女の身じゃ。お一人で生きては行けぬ身なのです。翁が生きている間は、こうしてお世話をして差し上げる事も出来ましょう。ですが、これから先々の年月を、翁に代わって姫を大切にお世話して下さる人をよく見極められるように、一人一人の方とお会いになっていただきたいのじゃ」
「でも……。わたくしはそれほど大した美人でもありませんから、お相手の方の御心を深く知りもしないままに結婚して、浮気などされてしまったら、とても後悔するのではないかと心配なのです。世間の人が賢く御立派な方だと言っていても、わたくしへの愛情の深さを本当に分かってからでないと、お逢いしたくないのです」
「ほう。それはわしの思った通りにおっしゃられる。そもそもどのように御心深い方とならお逢いになられるとおっしゃるのじゃ。どの方も御心の浅からぬ方ばかりとお見受けするが」
「どれほどに深い御愛情を見せて欲しいと言う訳ではありませんわ。ほんのちょっとしたことですの。五人の方々の御心の深さは、皆同じように深いように思われます。どの方にも優劣など付けられませんわ。ですから五人の中で、わたくしが一番素晴らしいと思えるものを見せて下さった方の妻になろうと思います。そう、五人の方々にお伝え下さい」
おじいさんは、
「それはいい考えじゃ」
と言って、さっそく五人の求婚者たちにそのことを伝えた)
***
翁も姫を手放したり、よその男に愛情を寄せられたりしたいわけではありません。普通の娘でさえ、男親は目に入れても痛くないほど可愛いものなのに、姫は天から授かった、幸運を呼ぶ大切な娘。本当は無理に婿を取りたいわけではないでしょう。でも、翁はいいます。
「わしも七十を過ぎました。命のほどは今日明日とも知れぬ」
当時は四十歳で長寿を願う祝いをし、五十歳には長寿を感謝するお祝いをするほどでした。そんな中で七十を超えたのですから、今なら百歳まで長生きしているようなものでしょう。
実はこのお話の後半になって、翁は五十歳なのに、悲しみのあまり大変に年老いて見えるという記述が出てきます。これは幾度も多くの人々によって書きうつされるうちに間違えられてしまったのか、あるいはもともと、七十にもなっていた翁がかぐや姫の不思議な力によって若返る場面があったけれど、長い年月の間にそのシーンのところが失われてしまったのか。これも今では知ることが出来ません。
ただ、こんなところからも、このお話が千年以上にわたって受け継がれてきた、希少な存在だという事に、私は感慨を覚えてしまいます。
翁の不安は当然であり、それほど姫を心配しているのでしょう。変化の人、普通の人ではないと言っても、姫は美しく、頼りなげなか弱い女性なのですから。
姫はとうとう折れて、五人の中で愛情が一番深い人と結婚するといいます。その愛情を計るために、自分が一番喜ぶものを見せた人を結婚相手に選ぶと言うのです。




