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私の好きなかぐや姫 ~竹取物語の世界~  作者: 貫雪(つらゆき)
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~挑戦者その五、石上の中納言(2)~

『日暮れぬれば、かのつかさにおはして見給ふに、まこと、燕巣つくれり。倉津麻呂申すやう、尾浮けてめぐるに、粗籠あらこに人をのぼせてつり上げさせて、燕の巣に手をさし入れさせてさぐるに、「物もなし」と申すに、中納言、


「悪しく探ればなきなり」と腹立ちて、「誰ばかりおぼえむに」とて、「われ登りて探らむ」


 とのたまひて、に乗りてつられ上りてうかがひ給へるに、燕尾を捧げていたくめぐるに合はせて、手を捧げて探り給ふに、手にひらめる物さはる時に、


「われ物握りたり。今は下ろしてよ。翁、しえたり」


 とのたまひて、集りて、「く下ろさむ」とて、綱を引き過ぐして、綱絶ゆるすなはちに、八島やしまかなへの上にのけざまに落ち給へり。

 人々あさましがりて、寄りて抱へ奉れり。御目おほんめ白眼しらめにて臥し給へり。人々、水をすくひ入れ奉る。からうして生きで給へるに、また鼎の上より、手取り足取りしてさげ下ろし奉る。からうして、


「御心地はいかがおぼさるる」と問へば、息の下にて、


「ものは少しおぼゆれど、腰なむ動かれぬ。されど子安貝ふと握りもたれば、うれしくおぼゆるなり。まづ、脂燭しそくさして。この貝、顔見む」


 と御頭みぐしもたげて御手をひろげ給へるに、燕のまり置ける古糞ふるくそを握り給へるなりけり。それを見給ひて、「あな貝なのわざや」とのたまひけるよりぞ、思ふに違ふことをば、「かひなし」と言ひける。


 貝にもあらずと見給ひけるに、御心地も違いひて、唐櫃のふたの入れられ給ふべくもあらず、御腰は折れにけり。中納言は、わらはげたるわざして止むことを、人に聞かせじとし給ひけれど、それを病にて、いと弱くなり給ひにけり。貝をえ取らずなりにけるよりも、人の聞き笑はむことを、日にそへて思ひ給ひければ、ただに病み死ぬるよりも、人聞き恥づかしくおぼえ給ふなりけり。

 これをかぐや姫聞きて、とぶらひにやる歌、


  年を経て波立ち寄らぬ住の江のまつかひなしと聞くはまことか


 とあるを読みて聞かす。いと弱き心にかしらもたげて、人に紙を持たせて、苦しき心地にからうして書き給ふ。


  かひはかくありけるものをわび果てて死ぬる命をすくひやはせぬ


 と書き果つる、絶え入り給ひぬ。これを聞きて、かぐや姫、「少しあはれ」とおぼしけり。

 それよりなむ、少しうれしきことをば、「かひあり」とは言ひける』



(日が暮れたので、中納言は大炊寮を訪れてつか柱を見ると、たしかに、燕が巣を作っていた。そして倉津麻呂が言った通り、燕は尾を上げて回っている。

 早速目の荒い籠に人を乗せて綱でつり上げ、燕の巣に手を差し入れて探らせてみたが、家来は「何もありません」と言う。中納言は、


「探り方が悪いから見つけられないんだろう」と腹を立てる。


「誰か子安貝を取る自信のある者はいないのか」と文句を言うと、


「もういい! 自分で登って探す!」


 と痺れを切らして、自ら籠に乗り込み、綱でつり上げさせ、巣の様子をうかがった。

 するとまさしく今、燕が尾を上げて盛んに回っている。それに合わせて中納言が巣の中を手で探ると、手に何か平らな物が触れた。その時、


「私は何か物を握った。すぐに降ろせ。翁、ついに手に入れたぞ!」と叫んだ。


 家来たちは急ぎ集ると、「早くお降ろししなくては」と慌てて綱を強く引き過ぎたので、綱が切れてしまった。すると中納言は八島のかなえ(かまどの神を祭る神具)の上にのけぞるように落ちてしまった。家来たちは驚いて、中納言に駆け寄るとお身体を抱きかかえた。しかしその目は白眼をむいていて、気を失っている。家来が水を持ってきて飲ませると、かろうじて意識が戻ったので、鼎の上から手取り、足取り、どうにか身体を降ろす事が出来た。


「御気分はいかがでしょうか」と家来が聞くと、中納言は苦しい息の下から、


「意識は少し戻ったが、腰を動かす事ができない。だが、子安貝を握りしめている事が嬉しいと思う。さあ、まずは灯りを持ってこい。この貝の顔を見せてくれ」


 と、頭を持ちあげてその手を広げ、握っていたものを見てみると、中納言は燕がした古い糞便を握っていたのだった。

 それを目にすると、「ああ、貝の無い事だった」と嘆いたので、それからは苦労しても思った通りに行かないことを、


「かいなし(甲斐無し)」と言うようになったそうだ。


 苦労して手にしたものが子安貝ではなかったと分かると、中納言は気が遠くなり、まったく動けなくなってしまった。そのままでは抱える事も、運ぶ事も出来ないので、家来たちはなんとか唐櫃のふたの上に身体を乗せて運ぼうとして、無理をしたためにとうとう腰の骨が折れてしまった。中納言は子供っぽい行動を止められなかった愚かな行いを、世間の人に聞かれたくないと考えたために、折れた腰の骨もろくに治療せず、それがもとになって病にかかり、とても身体を弱らせてしまった。


 それでも子安貝が取れなかったことよりも、こんな無様な結果になって世間に笑われることを、日が経つにつれてますます気に病んだ。ただの病気で死ぬよりも人聞きが悪く、恥ずかしい死に方をしなくてはならないと考えて、心身ともに衰弱して行く。

 この話を聞いたかぐや姫は、中納言への御見舞に歌を贈った。


「長い間私の住む所に立ち寄っていただいておりませんが、子安貝を取れず、浪が立ち寄らない住吉の松のように、わたくしも待つ(松)甲斐(貝)は無いと言う噂は、本当でしょうか」


 これを家来が読み聞かせて差し上げると、中納言はとても弱った心で頭をもたげて、人に紙を持ってもらい、苦しくて意識も朦朧とする中でどうにか返事を書いた。


「あなたから歌をいただけたのですから、貝は無くとも甲斐はありました。だが、それなら悲しみのあまり死ななくてはならない私の命を、あなたの愛でかいですくうように、救っていただきたかった」


 そう書き終えると、そのまま息絶えてしまった。


 これを聞いてさすがのかぐや姫も、「少し、気の毒だったわ」と思ったと言う。

 それから、少しだけ嬉しい事があった時に、


「かいあり(甲斐有り)」と言うようになった)


  ***


 燕は近年数が減って見かけなくなったようですが、昔から人々に愛され、親しまれている渡り鳥です。日本では春に訪れ、秋に帰る鳥なので、「燕」と言えば春の季語、「燕帰る」と言えば秋の季語にもなっています。

 さらに古代では、海のかなたには「常世の国」と言う、理想郷があると信じられていました。厳しい冬を越えて気候が良くなると、海のかなたから渡ってくる燕は、幸せを運んでくる鳥としてより、人々に愛されたのです。今でも人家に巣を作ると、その家には幸せがやってくると信じられていますね。子育ての様子などからも子宝、家の繁栄の象徴ともされたようです。

 

 そんな燕の巣の中にあると言う子安貝。価値の高い希少な貝が、たまたま燕の巣の中から発見されれば、縁起の良いことこの上なく、最高の安産のお守りとなるのでしょう。

 それだけに燕の巣に子安貝が運び込まれるなどと言う事は、本当にまれなことなのでしょうが、中納言は多くの燕が巣を作っているのだから手に入るはずだと思い込んでいて、家来が苦労して探しても見つけられずにいることに、苛立ってきたようです。


 人の目に触れると消えてしまうと言うのですから、誰も実物を見た事が無いはずです。ましてや自分で手にした人もいないでしょう。どんなに倉津麻呂のアイデアが優れていたとしても、それで必ず手に入るという保証はなかったのです。それなのに中納言は彼を極度に信用しすぎてしまいました。

 この石上の中納言は人の意見を聞き、検討し、相応に判断のできる人のようです。しかしそれが理に勝り過ぎるのか、机上の空論であっても信じてしまう所があるのでしょう。探せば必ずあるはずだと息巻いて、とうとう自ら巣へと登る籠に乗りこんでしまいました。


 かりにも中納言と言う高い身分の人です。立派な身分の多くの家来を抱える人間が、燕の巣をあさることにムキになって、役所の建物に宙づりになるなんて、大伴の大納言のように大がかりな事ではありませんが、彼にとっては大変な冒険です。その姿は大納言が無謀にも勢いで海に出た時と何ら変わりはないのでしょう。人は何かに夢中になると見境がなくなるようです。


 燕は春の使者でもあり、幸せを常世の国から運ぶ、いわば神の使者でもあります。その巣を荒らそうとしたバチが当たったのでしょうか? 中納言を乗せたかごの綱が切れて、中納言はまっさかさまに落ちてしまいました。しかも落ちた先は「八島のかなえ」の上。八島とは日本の神が最初に産み落したとされる、日本を代表する八つ島々『淡路、伊予(四国)、隠岐、筑紫(九州)、壱岐、対馬、佐渡、大和(本州)』のこと。この国そのもののことを言います。鼎は三本脚で支える金属で出来た窯のことです。この「八島の鼎」は八つの島、日本各地のかまどの神様を祭った、神具なのです。


 しかもそうまでして手に握りしめた物を確認してみると、それは子安貝ではなく、燕の糞が古くなって固まったものでした。喜びに忘れていた痛みが気力が萎えると同時に中納言を襲い、中納言は再び気を失います。しかも中納言を運ぼうと家来たちがあれこれ身体を無理に動かしたために、中納言は腰の骨を折ってしまいました。


 それでも中納言は人の噂を恐れて、まともな治療を受けませんでした。人の意見を良く聞き、重要視すると言う事は、それだけ人の話を気にしていると言う事なのでしょう。こんなことになって世間では自分のことをどんなふうに笑っている事だろうと思うと、中納言は病の苦しさや、死への恐怖をしのぐほどの羞恥の念に駆られたようです。そのため気力までもが失われてしまい、中納言はいよいよ衰弱してしまいました。


 ここまで悲惨な事になると、さすがのかぐや姫も同情の念が生まれたようです。本心かどうかは別として、「私は待っておりましたのに」と言うような歌を御見舞に贈りました。

 しかし中納言の返事は、「歌をいただけた事は嬉しく思いますが、同情する気があったのなら、私を愛してくれれば良かったのに」と、死の直前まで姫を想っていた事を書き残して亡くなります。これに姫は初めて、相手に「可哀想」と言う感情を持ったようです。

 自分に言い寄ってくる男性には、容赦のなかったかぐや姫に、いつしか変化が起っていることを、この場面は読者に知らせてくれています。


 





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