~挑戦者その三、阿部の右大臣(2)~
『家の門に持て至りて立てり。竹取出で来て、取り入れて、かぐや姫に見す。
かぐや姫の、皮衣を見て言はく、
「うるわしき皮なめり。わきて真の皮ならむとも知らず」
竹取答へて言はく、
「とまれかくまれ、先づ請じ入れ 奉らむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをと思ひ給ひね。人ないたくわびさせ奉り給ひそ」
と言ひて、呼びすゑ奉れり。
かく呼びすゑて、「この度は必ずあはむ」と嫗の心にも思ひをり。この翁は、かぐや姫の寡なるを嘆かしければ、「よき人にあはせむ」と思ひはかれど、切に「否」と言ふことなれば、え強ひねばことわりなり。
かぐや姫、翁に言はく、
「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはこそ真ならめと思ひて、人の言ふことにも負けめ。『世になき物なれば、それを真と疑ひなく思はむ』とのたまふ。なほこれを焼きてこころみむ」
と言ふ。翁、
「それ、さも言はれたり」と言ひて、大臣に「かくなむ申す」と言ふ。
大臣答へて言はく、
「この皮は、唐土にもなかりけるを、からうして求め尋ね得たるなり。何の疑ひあらむ」
「さは申すとも、はや焼きて見給へ」
と言へば、火の中にうちくべて焼かせ給ふに、めらめらと焼けぬ。
「さればこそ異物の皮なりけれ」と言ふ。
大臣、これを見給ひて、顔は草の葉の色にて居給へり。かぐや姫は、
「あなうれし」と喜びて居たり。かの詠み給ひける歌の返し、箱に入れて返す。
なごりなく燃ゆと知りせば皮衣おもひの外におきて見ましを
とぞありける。されば帰りいましにけり。
世の人々、
「阿部の大臣、火鼠の衣持ていまして、かぐや姫にすみ給ふとな。ここにやいます」
など問ふ。ある人の言はく、
「皮は火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひ給はず」
と言ひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、
「あへなし」と言ひける』
(右大臣は火鼠の皮衣を持って、意気揚々とかぐや姫の邸の門前にやってきた。おじいさんは大臣を出迎えて、姫への贈り物を受け取るとかぐや姫に見せた。
かぐや姫は皮衣を見ると、
「大変美しい皮衣ですこと。けれどもこれが本物の火鼠の皮衣なのか、見ただけでは分かりませんわ」
「まあ姫や、とにもかくにも、まずは大臣にこちらにいらしていただこう。この世で見た事もない皮衣を持ってきて下さったのじゃから、これを本物とお信じなさい。人をあまり悲しませるものではありませんぞ」
おじいさんはそう姫にくぎを刺して、右大臣を呼び入れる。
右大臣を呼び入れると、おばあさんも、
「今度こそ、かぐや姫を結婚させる事ができそうだわ」
と思い、胸をなでおろしていた。おばあさんはおじいさんが姫の行く末を心配して、姫が独身でいることをそれは嘆いていたのを知っているので、おばあさんも「姫を良い人と結婚させたい」と思っていた。でも姫が切実な様子で「嫌です」と言うので、親心がうずいて強引な事も出来ずにいたのだ。
かぐや姫はおじいさんに言う。
「この皮衣は火に焼けないと言います、火にくべても焼けなければ本物の皮衣をお持ちしたのだから、わたくしの負け。右大臣の妻になりましょう。おじいさんは『世の中で見た事のない物なのだから、これを本物と思って疑うな』とおっしゃいますけど、やはり火に焼いて試してみとうございますわ」
そう言われるとおじいさんも、
「それは、姫の言う通りじゃ」と言って、大臣にも「姫がこう申しております」と伝えた。
けれど、大金を使って手に入れた皮衣でしたので右大臣は、
「この皮衣は中国にさえ無かったものを、かろうじて手に入れた貴重な物です。何を御疑いになる必要がありましょうか」といったが、やはり姫の手前、
「……とは申すものの、疑われたとあっては私も心外です。これは本物。早く焼いてみてください」と言った。
そこですぐに皮衣を火にくべて焼かせてみると、あっという間にめらめらと焼けてしまった。
「やっぱりこれは別の物。火鼠の皮衣ではありませんでしたのね」
かぐや姫はそう言い、右大臣はこれを見て、顔の色を草の葉の色のように青くしてその場にいるばかり。かぐや姫の方は「ああ嬉しい」と喜んでいた。そして大臣が姫に贈ったあの歌の返事の歌を、衣の入っていた箱と共に突き返した。
「名残を惜しむ間もなく燃えてしまうような皮衣だと分かっていたら、どうせ約束の品とは違っていたのですから、あなたの『おもひ(想い)』とは別に、火の外においてじっくり見て楽しみましたのに」
という歌が返されてきた。大臣はもう、帰るしかなかった。
世間の人々は、
「阿部の右大臣が火鼠の皮衣を持って行ったので、かぐや姫と結婚するって言うじゃないか。もう、この邸にいるのかい」なんて聞いてくる。
ある、右大臣の従者が言うには、
「皮衣は火にくべて焼いてみたらめらめらと燃えてしまったので、かぐや姫とは結婚できなかったんだ」
と答えたので、これを聞いた人たちは、目的を遂げられなかったことを、「あへなし(阿部の大臣がいない。かぐや姫に逢えない)」と言うようになったという)
***
早くかぐや姫を結婚させたいと願う、翁と嫗。そして自信満々の阿部の右大臣。
ところが姫は前の庫持の皇子の件で、すっかり慎重になっていました。翁がいくら「これは本物と思っていいだろう」と言っても、姫は頭から信用していません。本物なら燃えないはずと、世にも珍しい、見た事もない高級な毛皮を、あっさりと燃やすようにと言います。
姫にこんな風に言われたら、右大臣は自分の面子にかけても大枚はたいて手に入れた毛皮を燃やすより他にありませんでした。あまりに高価な品だったために一時は『何の疑いあらむ』と言いながらも、結局は火にくべることに同意してしまいます。すると毛皮はあっけなく燃えてしまいました。右大臣は姫は手に入れられないわ、皮肉は言われるわ、騙されたことが分かって悔しいわと、踏んだり、蹴ったりな思いだったでしょう。
世間の人は「あへなし」なんて駄洒落で右大臣を笑いますが、かぐや姫は今度は前の皇子達の時のように、嘘をあからさまに暴いたり、嘘が暴かれるきっかけを作った職人に褒美を取らせるようなことまではしていません。ニセモノと分かっていれば、あなたを受け入れる事はなくても、苦労して手に入れた毛皮を愛でるくらいは出来たのにと、騙された大臣にやや同情的な歌を返しています。自分を騙そうとした相手には辛らつですが、悪意のない、でも有難迷惑な好意にはきっぱりとした態度を見せつつも、それ以上無駄な憎悪を向ける事はないようです。
財力でなんでもカタをつけようとする貴族のありようをこき下ろして、溜飲を下げたのは民衆の方でしょう。姫自身はさほど右大臣を貶める気はないようですね。
貴人を貴人とも思わない高飛車な態度の姫ですが、無意味に残酷な女性ではない事がわかります。




